1ー37花の祭典⑫〜rewriting〜
この国最大の祭り、花の祭典は、人、人、人でごった返す。だから近くにいるはずの花売りが、なかなか見当たらず、二人で視点を変えて探しているのだ。
大きな会場の中。どこにいるかも分からない、一人を探し出す無茶な挑戦。見つかるとは到底思えない。
その状況で奇跡のように、ヒロインのシャロンと攻略対象のブライアン様が遭遇する。そんなこと、どう考えてもあり得ない。
これは必然で、ブライアン・クロフォードとシャロン・ハロック。その二人のイベントだと確信した。
嬉しそうなシャロンが得意気に顎を上げた姿。私を見下す視線。止まらない高笑い。そんなの、どうだっていい。
……それよりも、言葉にならない喪失感が私の胸を締め付ける。
ブライアン様を見ると、自分の感情を、どうやっても誤魔化せない。
好きにならないと決めた決意が意味をなさず。今、はっきりと言える。
彼が好きだ。
……それなのに。
彼が、シャロンに捕らわれて変わっていく。そんな姿は見たくなかった。
やっぱりな……。
この世界。私がジタバタと藻掻いたところで、どうやってもシャロンの味方をする。
私の我儘を聞いてくれると言ってくれたブライアン様。
そんな彼へ馬鹿なことを伝える覚悟を決めたのに。
これでは伝える前から終わり。
彼の恋心はシャロンへ移り、私は瞬時に悪役令嬢に成り下がる。悔しいまでに。
私は絶望を覚悟し、はぁっと、小さなため息を漏らした。
そして背後から、ザサッと小さな砂利を踏みつけた音が響く。
……ぁ。
彼が後ろを向いたまま。シャロンに気付かず時が流れて欲しかった。でも、そうもいかない。
彼が踵を返す音を聞いた私の視界が霞み、涙が浮かぶ。
ブライアン様は、どんな顔でシャロンと向き合うのか? それを確かめたくて、彼に顔を向けると、彼は優しくそっと私の背中に腕を回した。
彼は全身で不愉快を滲ませ、侮蔑の顔をシャロンへ向ける。
えっ⁉
ヒロインを睨むって、どういうこと⁉
「アリアナを泣かせるのは誰かと思えば、さきほどアリアナに言い寄ったルーカス殿の元婚約者か?」
「クロフォード公爵様! えぇぇっ、アリアナとご一緒というのは、どうしてでございましょう⁉」
状況を理解できないシャロンは、素っ頓狂な声を上げると目をパチクリさせる。
私の想像と全く違うブライアン様に、驚くのは私も同じである。
だが、私以上に動揺し、あわあわと口を動かすシャロンが青くなる。
だって、彼女に冷めたい声を掛けたのは、王城騎士団長でもある公爵様だから、当然と言えば当然。
するとシャロンは、何かを思い出したようにハッとすれば、急に落ち着き払い、口調を変えた。
「あぁ、そうでしたか。アリアナの奉公先が公爵家だったのですね」
愛らしい可憐な声をだす。
だが、口元を扇子で隠したシャロン。彼女は、私にだけ表情が見えるように顔の向きを変えると、口だけパクパクと動かし何かを訴える。
「お・ど・ろ・い・て・そ・ん・し・た・わ」
……その仕草。
妙に既視感がある。
シャロンの癖。
それならよく目にしていたから当たり前だが、どうだろう。
彼女のことが見えておらず、今まで、気づいていなかったのか?
まあいい。
どちらにしても、私は奉公中じゃないし、シャロンの勘違い。甚だおかしな話を、「違うから」と、伝えようと思ったときだ。
横から発する怒気の強い声。
「私がアリアナの髪を飾り、更に美しくなったと満足している。でも、どこかおかしいのか? 着ける位置を直す、教えてくれ」
「あああっ! 滅相もありません、おかしくありません! アリアナに似合っています。でも、どどどうしてアリアナの髪にクロフォード公爵様が赤い花を⁉」
ビクッと跳ね上がるシャロンだが、不思議そうな顔で首を傾げる。
「君たちは揃いも揃って、鈍いのか? この祭りで赤い花を贈る意味は、一つしかないだろう。分からんのか」
「もっ、ももしやアリアナの恋人なのでございましょうか⁉」
「私の最愛の人だ。アリアナを謂れのないことで随分と侮辱して泣かせたのは、見過ごせないなご令嬢」
それを聞き、真っ青になったシャロンは、立っているのもやっとなほどに震えている。
「おっ、おふたりには大変申し訳ないことを申し上げました。何卒っ、何卒ご勘弁くださいませ」
土下座文化のないこの国でシャロンは、まるで日本の土下座のように、地面に座り込み必死な謝罪を続けた。
しばらく経っても起き上がらないシャロン。おそらく、公爵の彼が「許す」と言うまで続ける気だろう。
「何故、君が私を探していたのか知らないが、私へ気安く声を掛けていいと思うな」
「申し訳ありませんでした。心から、反省しております。どうかお許しください」
うずくまるシャロンは、地面に向かって謝罪する。
一言文句を告げたい私は、このまま黙っていられない。「人の話をちゃんと聞かないからよ」
とピシャリと告げる。
散々馬鹿にした私から反撃され、ますます小さくなる彼女は、顔を上げる気はないようだ。
だが、シャロンの態度を許す気など毛頭ない彼と、顔を見合わせ放ってきた。
私に言い返されたのが、よほど不満だったのだろう。シャロンが何かをブツブツと言っていたが、周囲の雑音にかき消され、耳には届かない。
行き交う人々が舞い上げる土埃をかぶり、黒いワンピースが真っ白になっていくシャロンを見て、私の心はスッキリしたのは間違いない。
だけど、完全に胸のつかえが取れていない。
もう今しかない。
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