1-36花の祭典⑪~rewriting~
「ブライアン様。どう考えたって、戻ってくるのが早過ぎますよ!」
彼が来てくれて嬉しい癖に、素直に喜べない私は、ぷりっとした口調になる。
……そう。
弓馬の進行役は、まだ、ミナトの名前を呼んでいなかった。「間もなく競技を終える」とアナウンスが聞こえる今。褒美の馬が、誰かの手に渡る事実。それはもう覆せない。
「まあね。屋敷でアリアナを待っている間、侍女から花を髪に飾る指導を受けたから。早くその姿を見たくて、つい」
と、さらりとエリーの行動を漏らすブライアン様が、照れたように苦笑する。
……は?
今、なんと言った!
この二週間。薄々何かがおかしいと思っていたが、やはりエリーが一枚噛んでいたのか。
私がこの場では不釣り合いな感情で気を取られているうちに、ブライアン様は籠の花を一つひとつ丁寧に、私の髪にいくつも挿し始めた。
少ししてから。満足げな彼は「これでよし!」とばかりに大きく頷く。
「アリアナに赤い花がよく似合って綺麗だ」
遠慮とは無縁。気持ちを少しも隠す素振りのない彼が笑顔を向ける。それに釣られるように私の気分も上昇する。
「本当ですか? ありがとうございます、ブライアン様。凄く嬉しくって。私、変な顔で笑っていないですか?」
その言葉に面食らう彼が、持っていた花を籠の中にぽとりと落とす。
「美しいアリアナを見て、私の方が緩んだ顔をしているはずだ。愛してるよ」
品よく笑う彼が、そう告げた瞬間。少し離れた所から、ガタンと音を立て、木製のチェアーが倒れた。
どうやら後ずさるルーカス様が、椅子の脚を引っかけたのだろう。
既に消え去ったものだと、すっかり彼の存在を忘れていたが、まだいたのか。
「たっ、大変失礼いたしました。僕はこれにて失礼します」
耳をつんざく大声で叫び、よろけながら間抜けな足取りで立ち去る姿。
そのせいで、二人の甘い空気が、ぶち壊しだ。
「も~う。ブライアン様ってば、褒美の馬はいいんですか? 何もしないで戻ってきたでしょう」
「さっき見ていたときに、信用のおける出場者が中々いい結果を出していたからな。今年は、彼が優勝だろう。問題はない。それよりも、フェンス越しに見えたアリアナの様子が、何かおかしかったから」
「それだけで、わざわざ戻ってきたの」
「当たり前だろう。何が起きているのかと、心配でたまらなかった。もし、あの男の姿があのとき見えていたら、手に持っていた弓で射ただろうな。運のいい男だ」
凍てつく空気を放ち、真顔で発した言葉にギョッとする。
もし現実に起きていれば、目の前で串刺し事件である。
「ブライアン様が射れば、絶対に当たるでしょう。むしろ、それは怖いから、そうならなくて良かったです!」
「くくっ、確かにな」
「もう、笑い事じゃないですよ!」
とは言ってもたものの、確かに笑えてくる。
あれだけおかしな元婚約者の姿を見れば、笑いを堪えることなんて、できそうにないもの。
やっぱり訂正しよう。そう思いブライアン様を見れば、視線が重なり、口角が上がる。
――ぷっふっ!
と声が漏れたときには、二人同時に噴き出し、屋上にけらけらと楽し気な声が響く。
「あ〜、よく笑ったわ」
と言えば、彼から「本当だ」と返ってくる。
ひとしきり声を上げて笑えば、気分は、爽快そのもの。雲一つない今日の天気のように澄み渡る。
だけど、ゲームの進行を全て思い出した私は、居心地のいい彼の横に陶然と酔いしれることはない。
「花売りの人、籠がなくて今ごろ困っていますよ。一緒に謝りに行きましょう。そのあと、私、ブライアン様に大事な話があります」
「今は聞かせてもらえないのかな?」
朗報を心待ちにするブライアン様が、期待感を覗かせる。私もその彼に期待したくて、笑顔を返す。
「帰り際の方がいいかと思うので、今はまだ駄目です」
「何だろう。楽しみだな」
「あぁー、そうだ。忘れていましたけど、弓馬で優勝しなかったので、私の手料理の話は白紙ですね。残念だな」
「うぅっ。それは、何とかならないだろうか」
「じゃぁ、帰りまでに考えておきますね」
一か八か。
そんな私の賭けは、彼との別れ際がいい。それまでは、祭り気分を存分に楽しみたいから。
そして、「部下へ、ここで待つように伝えている」と言うブライアン様と共に、花売りへ籠を返そうと、大通りで周囲を見回し探しているときだ。
「あら、アリアナじゃない。奉公中なのに呑気なものね。ところでクロフォード公爵様を見なかった?」
「……シャロン」
「ちょっと、どうしたの、その髪? 恋人も婚約者もいないのに滑稽ね。キャハッ」
シャロンが、扇子で口元を隠しながら声を上げて笑っている。
……やだ。
何故かブライアン様を探しているシャロン。
そんなヒロインの彼女と出会えば、今、私と背中合わせにいるブライアン様が変わってしまう。
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