1-35花の祭典⑩~rewriting~
ここの管理人。そうだ、彼に助けを求めよう。そう思った途端、大通りから怒号にも近いやじが上がる。
……駄目だな。
これだけの声援では、私が叫んだところで誰にも気付かれないだろう。
こうなれば、自分で何とか切り抜ける。それしかないようだ。
兎に角「落ち着け」と自分に言い聞かせてみるが、怖いものは怖い。
無意味と言える彼の自信。
それが、どこから来るのかと理解に苦しむ気持ちも、私の恐怖を助長する。
口元に笑みを浮かべる元婚約者。ここに来てからブレることなく私の瞳を覗き見ていた。
だが、その彼の視線が、僅かに下がる。
一体、彼は何を見ているのかと伺い見れば、ぞくりと背筋が冷えた。
彼の瞳。
そこに、反射して映り込むのは、今朝、自分でも見惚れた潤いのあるローズピンクだ。
狙うように私を見る彼の気持ちが、はっきり伝わる。
何とか突破口を見つけたい私は声を振り絞り、「あなたには、シャロンがいるでしょう」と現実を突きつけた。
だが、その言葉に、ふっと笑えば、「なるほどな」と納得げな声が返ってくる。
「ああ、そういえば、まだ伝えていなかったね。それで拗ねていたのか。安心して。シャロンも僕との婚約を喜んで解消してくれたよ」
……ぇ?
目を細める彼は、心底嬉しそうに見える。
私を「好きだ」と、のたまう彼が、シャロンとの婚約解消を喜ぶのは理解できる。
だけど。
……どうしてシャロンが、喜んで婚約を解消したの? あり得ないでしょう。
あぁぁあ、駄目だ駄目だ。
そんなことに気を取られるより、今の状況を逃げ切るのが、最優先である。
彼に拒絶を示そうと、口を固く結び、全力で首を左右に振った。
さっきから、私の頭に浮かぶのは、笑顔で立ち去ったブライアン様だ。それが、少しも離れない。彼がいいし、彼じゃなきゃ嫌だ。
「……やめて。あなたと結婚する気はないわ。もう終わった事だと、どうして分からないの。私、ここで待ってる人がいるんだから」
「また、そんなことを言って。しょうがない、強情なアリアナが悪いからね」
私の両手を掴み上げようと、ルーカス様が手を伸ばしてくる。
「アリアナに触れるな!」
ピシャリと言い放つ、怒りに満ちた低い声。
それが、元婚約者の動きを、私の手首の触れる寸前のところで、ピタリと止めた。
この瞬間だって、遠くのほうでは楽し気な歓声が響き渡り騒がしい。
なのに、屋上だけは、張り詰めた空気で静まり返った。
フェンス際で向かい合う、私とルーカス様。
その瞬間、二人同時に声のする方向へ顔を向けた。ブライアン様が鬼気迫る姿で立っており、ルーカス様が慌てて手を引っ込める。
すると、赤い花があふれた花売りの籠を持つブライアン様が、私に向かって頬笑んだ。
複雑な気持ちの私は、言葉に詰まる。
だが、ルーカス様が、素っ頓狂な声を発する。
「クッ、クロフォード公爵様!」
「ルーカス殿はしつこいな。どう見ても、アリアナが嫌がっているだろう。前回、私の処罰が甘かったようだが、二度目は容赦しない。私の名前で、君の家に正式に見解を求める」
そう言うと、穏やかに頬笑むブライアン様が、私ヘ駆けてくる。
「申し訳ない。アリアナの元へ戻って来るのが遅くなったね。約束の赤い花は籠ごと買ってきた」
彼の姿を見た途端。私は、ふっと緊張が解け、深い安心から、泣きたいのか笑いたいのか分からない顔になった。
どうしよう。きっと、不細工な顔なのに戻せない。
一度自分の気持ちをはっきりと自覚してしまえば、自分から、ブライアン様の腕に飛び込みたかった。
……けれど、彼がここに来たということは、未来が一つに繋がった。
直ぐ先の未来。全てを確信した私はもちろん、彼に飛び込むことはしなかった。
「ま、まさか本当にアリアナとご一緒に。私の恋人と、どういうご関係で……」
まだ言うか! と、ムッとしかけたが、そんな大人げない感情は、私しか見ていないブライアン様の姿に気付き、消え失せた。
目を見開き驚く元婚約者。それとは対照的なブライアン様は、「どうでもいい」と、まるで彼を相手にしていない。
その姿が、私と一緒にいたいと譲らなかった、彼らしいなと思う。
だけど、そんな彼は、私の視線が元婚約者にブレるのが、気に食わなかったのだろう。首を動かすと、元婚約者へ冷めた視線を向けた。
「私がアリアナを花の祭典に誘ったと伝えただろう。それに、この祭りで赤い花を彼女に贈ろうとしているんだ。いちいち説明しなくても分からんか。お前の出る幕はない、邪魔だ、さっさと立ち去れ」
「えっ。いや、そんなことが。王太子殿下と約束しているとの話は……。まさかアリアナとクロフォード公爵様が……」
彼は、私が何度も伝えた言葉を、嘘だと疑っていなかったのだ。
どうやら。決定的な現実を突きつけられ、ショックで言葉にならないようだ。だから言ったのに。
予期せぬブライアン様の登場に青ざめた元婚約者。彼は、動揺を隠しきれず、私とブライアン様を交互に見ている。その姿が滑稽でしょうがない。
だが、どうしてここにいるのかと、驚く気持ちは私も同じだ。
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