1-33花の祭典⑧~rewriting~
よろしくお願いします。
目を丸くしたブライアン様が、自信ありげな私を見て、観念したかのように口を開く。
「毎回服を変え、頭には兜を被り顔は見えないのに、弓の扱いで見破られるのか……」
頬をポリポリと掻いて、ブライアン様は気まずそうに顔を背ける。
「えっ? もしかして、飛び入りで優勝していたのは、ブライアン様ですか? 毎年、褒美の馬が欲しくて騎士団長様が……」
この男。偽名まで使って褒美の馬が欲しいのか。最低だなと、冷めた視線を送る。
「いや、言い訳をさせて欲しい。褒美の馬が欲しいわけではない。毎年、馬は王城へ返している。だが、正しく世話を出来ない人間の元へ無暗に渡るのが許せなくて。せめて私を超えるくらいに馬を乗りこなせる者なら納得できると思うのだが、毎年現れないだけだ」
「そうでしたか……。失礼な想像を顔に出して申し訳ありません。でも、それを聞いて安心しました。庶民の方が血相を変えて参加しているけど、どうなるんだろうって、私も心配していたんです」
「三年前の百年記念のときに、ジェイデンの意見で馬を褒美にしたのが大反響で、止めたくても引くに引けなくなったようだ。今年、私は出る気がないから三年越しに誰かに褒美が渡り、恐らく来年は従来どうりに戻るだろうな」
そう言うと、ブライアン様は挑戦中の参加者の様子を、真剣な眼差しで見ている。
なるほどなと思う。さっきの王太子との会話はそういう事だ!
王太子は、ブライアン様に弓馬へ参加して欲しいのだ。
以前の優勝の褒美と言えば、今の二番手の賞品。かぼちゃやら、玉ねぎやらの、野菜の詰め合わせ。
そうそう。
三年前から、目玉となる馬が加わったんだ。あの当時、太っ腹だと凄く話題になったから、よく覚えている。
来年から馬がなくなれば、祭りの魅力が半減するかもね。
そうよね。
数あるイベントの中で、一際目を惹く弓馬の褒美。それを何の脈絡もなく大幅な変更をするとなれば、言い訳が必要になるのだろう。主催者の立場だと。
あの王太子。どうやら百年記念のときに、馬が手元に残ったものだから、調子に乗ったのか。やっぱり好きになれないやつだ。
だけどだ!
図らずも王太子と私の利害関係が一致した。
窺うように彼を見れば、彼の視線は弓馬に集中している
「今年も出場したらいいじゃないですか? ジェイデン王太子も期待していましたよね」
「いや、アリアナと過ごす時間の方が大事だから必要ない」
出場者を目で追うブライアン様が、落ち着き払った口調で静かに告げた。
私の方が大事って……。それを信じてもいいのかな。
そんな言葉、湊とアリアナの記憶を総動員しても、殿方から言われた記憶がない。
「馬のことだってあるし、出た方がいいですよ」
「ああ、それは少し悩ましい。ジェイデンが褒美に出すつもりの馬は、気性難だからな」
は? おかしいでしょう。どういうこと。
「失礼なことを承知で言いますが。どうして、そのような馬を褒美に選ぶのか、私には理解できないわ」
「そう思うよね。初めは、アニーに振り落とされたジェイデンが、厄介払いのつもりで言い出したんだ。自分が乗れない馬が、王城の厩舎にいるのが気に食わなくてね。祭りの褒美で馬が貰えるとなれば、聞こえも良いから打ってつけ、だったんだろう」
私が腑に落ちない顔をしていると、「アニーは、褒美の馬の名前だ」と教えられる。それを聞いたところで、納得できないのは変わらない。
「そんな。じゃあ、優勝したって誰も乗れないじゃない」
「違う。そんなことはない。私にとっては優秀な馬だ。少々コツが必要なだけで、他にも数名乗れる者がいる。まあ、そうは言っても、馬に慣れている騎士たちでさえ扱える者が限られている馬を外に出すのは心配でね」
「それなら、尚更こんな所にいないで出場した方がいいですよ」
「そろそろやめる、潮時なのだろう。毎年、私が隠れて出場しているのをアリアナに気付かれているくらいだしね」
「駄目です。今年も出場してください! だって、その馬を手にした優勝者は、手に負えなくて、直ぐに殺処分しちゃいますよ」
馬も可哀そうだけど、私にとっては、彼の姿も見たい。
毎年、知らず知らずに心躍らせて見ていたのは、ブライアン様だと分かってから、感情が昂って落ちつかないんだもの。
年に一度しか見られない、彼の姿が忘れられずにいたけど、まさか目の前にいたとは。
もっと早くに気付いていたら、後先考える暇なんてない。とっくに彼を好きになった自信がある。
それに、今年出場してくれなければ、胸に焼き付く爽快な姿。
アレがもう見られなくなる。
……それは寂し過ぎるから。
「いいや。馬はもういいから。私にはアリアナの方が大切だから」
私を説得するように、強い口調でそう言った。
この瞬間、自分の中で、もやもやする何かが一つ、弾けた気がする。
断罪?
そんなときが来たら、それまでかもしれない。
湊もアリアナもずっと焦がれていた人が手の届く所にいるのに、掴まないなんて、そんなのは馬鹿だ。
よし、決めた!
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