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1-29花の祭典④~additional~ ※セドリック(アリアナの兄)視点

 花の祭典の日は、いつにも増して朝が早い。今朝、まだ起きていない妹のために一輪の赤いバラを置いてきた。今年で最後だと思えば、贈らずにはいられなかった。


 以前、私にクロフォード公爵様に言い寄られて困っていると嘆いていたのは、どうやら嘘ではなかった。彼は、ジェムガーデンの花を全て買い占めて妹に贈っていた。赤い花は除いてだが。

 公爵様が買ったその花だけで、豪華な馬車一台の値に相当するはずで、長年花を管理していたが、そんな人物は初めて見る。


 階段から落ちた翌日にアリアナと話をしたきりで、会話はない。その後、公爵様と気持ちが通じ合っているならいいが、妹がいいようにされていないか心配ではある。どうも男心に鈍い節があるからな。


 かつての聖女が住まう宮殿の一角にある。ジェムガーデン。それが、三メートル四方の小さな温室であることは、大半の国民が知らない事実。


 五百年前。いつでも、聖女の魔法が使えるようにと、庭に魔法がかけられた。

 おかげで、花、それぞれに異なる効果が付与された。

 それを摘めば、国の外れでさえ聖女の奇跡が届けられると、惜しむことなく自分の力を分け与えていた。初めは国中の人々から慕われていた聖女。


 だが、ある日を境に、聖女から一変、魔女と呼ばれるようになった。

 魔女が、頭上に大きな岩を出現させ、国中の至る所に被害を与えたと、汚名を着せられて。

 危険を察した聖女は、自身の存在価値を守るため、庭にかけた魔法に、聖女にしか分からない鍵をかけた。それが、今に言われる聖女の呪文。

 この庭自体にかけられた不思議な魔法。それによって、キラキラと美しく輝く花は、摘んでも摘んでも絶えることなく咲き誇っていた。三週間前までは。


 聖女の花が新しく咲かなくなった理由は一つ。容易に推測できる。

 予言通りの変化を見せたジェムツリー。

 少し大きめの鉢植えに根を張る、僅か五十センチメートルの細い木に、七色に輝く小さな木苺のような実を結び、宿主を求めている。聖女の力の全てを、余すことなく新たな者に授けるために。

 陛下と共に何度も触れようと試みたが、ジェムツリーに弾かれ、我々には触れることさえ許されない。男性には、端から授ける気はない。そう思わせる反応。


 王妃陛下が手を伸ばせば、触れることはできたが、それまでだ。変化はない。

 その鉢植えに、解読不能な言葉で、何かが書かれている。

 おそらく、これは聖女の実の力を手にする鍵。

 これまでの聖女の花を見ていれば分かる。ただ手にしても、食しても、駄目だ。

 アリアナのように呪文を口に出さなければ、聖女の力を手にすることはできないのだろう。

 私の目の前で、黄金に輝く光を放ち、カモミールにかけられた聖女の鍵を開いたアリアナ。

 妹を聖女にはしたくないと悩み続けて二週間。

 花の祭典で売られる赤い花を、今しがた全て別の者に託した。もう二度と、本物のジェムガーデンの花は、王城で売られることはない。


 長い年月が経つというのに、一向に大きさを変えない小さな木。それに、実を付けてから、庭の様子が一変した。

 もはや庭とも呼べない、花を失った殺風景なこの場所で佇み、考えに耽る。

 遠くの方で、重い石の扉がズズズと低い音を立てながら、開く音が聞こえた。

 当時の言葉でかけられた魔法が今も残り、宮殿の入り口は固く閉ざされている。入ってくる者は王族のみ。この現状に、一番危機感を持った人物だろう。


「聖女の庭も随分と様子が変わったな、セドリック。美しく輝いていた花が、とうとう一本も残っていないのか……」


「はい。このとおり、今では、普通の植物と変わらない生態に変わりました。……陛下。今日の花の祭典に、これまでどおり聖女の花を売って良かったのですか? 摘んでしまえば輝きは失せ、他の花と見分けられないのですから、王城の庭の花でも代用できたのではないでしょうか?」


「いいんだ。どちらにしろ、鍵のかかった聖女の花を残しても、恩恵は授かれないから同じであろう。むしろ、花が無くなった方が、現状を実感できるからな」


 国王陛下が、茎と少しばかりの葉が残るノースポールに手をやり、感慨深げに話し終えた。

 それは、花を摘み取ってから既に一週間が経ち、茎の断面が緑から黄色に変わっている。以前であれば、次の花が咲いていた頃だろう。


「もし、私がこの鉢植えに書かれた呪文が分かれば、どうしますか? 長年の分析で、後少しで読める気がしてきました」

 私が読めるわけではないが、手段がないわけでもない。


「さすがセドリック殿だ。隕石が落ちる予言までは、まだ時間がある。それまでに、王室も聖女を迎え入れる準備を整える」


「陛下……。突然現れた聖女が大きな岩を砕けば、また、五百年前と同じ歴史を繰り返しますよ。どうせ砕いたところで、石が各地に降るのは防ぎようがないのですから」


「まあな。この国の者は隕石という言葉も知らないからな」


「危機を救ってもらって、石の雨を国中に降らせた元凶だと再び言い出すでしょう。国民総出で魔女狩りになるのは目に見えています」


「そうは言っても、どこかに大きな隕石が落ちても困る。それが王都であれば、甚大な被害になるからな」


 どこかに落ちれば、一つの領地が壊滅するだろう。前回の砕けた石の被害を集約すれば、岩の大きさは相当だ。誰がやったところで、結果は目に見えている。


「もしも、私が読み解いた呪文で、聖女と祀り上げられた人物が、悲劇の再来になるのは困ります」

「そこはセドリック殿。大きな利益のために、小さな犠牲は仕方ないと割り切るしかない。五百年前は、聖女の運が悪かっただけかもしれない。次はもっと上手く隕石を破壊する聖女かもしれないだろう」


「そうですが。成功するのが当然で、失敗すれば聖女が悪いとなれば、随分と割に合わないですね」

「そのために誕生するからな。むしろ、その力を悪用されて国が傾く方が心配だ。急に権力や力を持てば、どんな善人でも変わっていくからな」

 

 最終的に課せられた使命が、どちらに転ぶか分からない。そんな危険をはらむ聖女。

 私の身の振り方も確固たるものに定まる。

 呪文が分かることは、私とアリアナだけの秘密にして、そっと隠しておく。

 アリアナは、私が書き写したこの文字を読むだけでいい。

 そうすれば、平穏に過ぎ去り、聖女の実をアリアナに託されることはない。

 お願いだから、大人しくそのまま静かにしているんだ。いいね。



お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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