1-25デートの約束~additional~
よろしくお願いします。
「あっ、大丈夫です」
ぼんやりと考えに耽る私が、慌てて反応した。
すると、不安げに瞳を揺らしていた彼の目元が緩む。
「私がもっと早くアリアナの元に着けば、豆を落とさずに済んだはずだ。私が、後で買って届けようか?」
「いいえ、豆はいいんです。私のために走って来てくれたのは、ちゃんと分かっていますし」
「……とは言ってもね。必要なんでしょう。戻ると彼がいるから、どこか違う店を探そうか? このまましばらく歩いていれば、他に店が見つかるかもしれないからね」
彼が道の先へ目をやるが、馬車からの道中、他に店がないのは把握済みである。
私と一緒に歩く気満々の彼は、皺一つない漆黒の騎士服を纏い、すれ違う女性たちが目を取られるほど洗練されたお姿。
一方の私はというと、使用感たっぷりのお仕着せ姿である。なんともまぁ情けない。
小豆を失ったのは、正直なところ惜しい。
だけど、どうして一緒に付いてくる気になるのか⁉
この状況で、ぶらぶら歩いて買い物するなど、言語道断。あり得ないでしょう。
おたく様の肩には、ひと際目を惹く、派手な階級章が付いている。騎士団長のやつがッ!
随分と楽しげにしているけれど、そんなあなたが、そもそもメイド服の私に腕を回して歩く時点で相当に変だから。
さっきから、じろじろと白い目で見てくる周囲の視線が刺さり痛いし。悠長に小豆なんか買えるわけがない。
「騎士団長様がメイドと歩いていれば、変な噂が立ちますよ」
「別に気にすることはないさ。私の恋人がメイドだと噂されても、アリアナだけに誤解されなければ、それでいいからね。このまま買い物に行こう」
気にする素振りは一切ない彼に、愛おしげな口調で言われ、頬に熱を感じる。
「いいえ。無理をしなくても、また買いにくるからいいんです。作る迄に、レシピを完璧にしておくので」
「……えっ。今日は、アリアナに驚かされてばかりいるな。まさかとは思うけど、アリアナが何か作ろうとしていたのか?」
「ええ、そうですよ。でなければ自分で買いに来ないですよ、流石に」
「となれば、私もアリアナの手料理を食べたいのだが。次の買い出しの護衛に名乗りでれば、権利をもらえるだろうか」
「騎士団長様に護衛を頼んで、お礼が、私なんかの手料理では、到底割に合いませんよ。ご遠慮いたします」
危険しか感じない申し出に、誰が同意するものか!
「それでは護衛ではなく、デートということにしよう。アリアナが何を作るのか、今から楽しみだな」
「騎士団長様ともあられるお方が、随分と図々しいことを仰いますね。私、デートには結構うるさいし、豆を買うくらいでデートなんて言われるのは、心外だわ」
意地悪だと分かりつつも、辛辣な口調で突き放す。
よぉし、決まった。
私へ「ざまぁ」を仕掛ける男と、誰がデートをするかっ!
乙女の純情を弄びやがって。
さっき有頂天にさせられたこと、相当に恨んでいるから。
そう思う私は、じろりと冷たい視線を向ける。
だが、さして気にする様子もないクロフォード公爵様が、穏やかに頬笑む。
そうしていると、視界の先に我が家の馬車が見えてきた。
話しながら歩いていたせいだろうか……。
一人で歩いていたときより、時間が経つのが早い。あっという間に着いてしまった。
「まあ、一度に欲張るのは良くないから、それは別の機会に強請るよ。どちらにしても、次のデートは決まっているしね」
爽やかな笑顔を見せるが、はて、何のことだ。
……今、断ったでしょう。
「次のデートって何を仰っているのですか?」
恋愛経験の乏しい頭をフル回転してみたけれど、デートという言葉を、ただの知人としない気がする。
それとも、手練れの彼は違うのかしら。
どちらにしろ、私とクロフォード公爵様とは、そんな関係もなければ、予定もないはずだ。
「うん? 花の祭典に決まっているでしょう。本当は行きたくて楽しみにしていた、らしいからね」
「えっ? あれは、あの場で話を合わせてくれた、だけですよね?」
「まさか。至って本気だけど。もしかしてアリアナはこんなに喜んでいる私を騙したのかな?」
この場所が、瞬時にピリついた空気に変わる。
穏やかな口調で話しているクロフォード公爵様だけど、その顔は全く笑っていない。
彼から放たれる凍り付くような冷気。
それを感じ、ぞわぁ~っと、血の気が引く。
「いいえ、滅相もありません。クロフォード公爵様の気持ちが違ったら、困るなぁ~と思って、確認しただけです」
危険を察知した私は、肩をすくめて、恥ずかしがる演技を付け加える。
だが、私の小賢しい芝居は、何の意味もなさず。彼の眉間に寄る皺が、深さを増したのだ。
そして彼がぷいっと横を向く。
「ブライアンって呼んでくれる約束を、少し前に交わしただろう」
口を尖らせ、拗ねた口調でそう言われた。
へっ? 怒っているのは、そっち?
どちらにしろ私には、そんな約束をした覚えがない。
訳もわからずボケッとしていると、鋭い眼光で、私を見つめてきた。
あぁっー、私ってばしっかりしてよ。
間抜けな顔をしていないで、笑いながら指示に、……いいえ命令に従うべし。
「そうでした。ブライアン様」
照れながら頬笑む。
そうすれば、彼から目のくらむような笑顔で返された。
「良かった。今更呼ばないと言われたら、立ち直れないところだった。では、祭りの日は、朝から迎えに行くからよろしくね。愛してるよアリアナ」
そう言って、我が家の馬車の扉は閉められ、ゆっくりガタガタと動き出す。
それと共に……。
ガラス越しに、笑顔を向けていたブライアン様の姿も視界から消えた。
ぎゃぁー、やってしまった。ヤバいわよ。
「愛してる」と言わせてしまった。
いつ、どこで選択を間違ったの?
全くもって無駄に、悪役令嬢の攻略が進行している。
なぜだか分からないけど、アリアナに用意された悪役令嬢のルートから、全く逃げられる気がしない。
それどころか、落ちるとこまで、落とされた。
もう、こうなればの話。一度、天国気分を味わってから、断罪されてもいいんじゃないだろうか。
びくびく過ごすより、よっぽど、そっちの方がましに思えてきたし。
ならばと、ゲームの記憶を思い返す。
……やっぱり危険だ。
彼のルートは知らないんだもの、どんな断罪か、さっぱり予想がつかないんだった。
攻略対象一から五までの中に、投獄される「ざまぁ」がある。それも、貴族用じゃない所で見せしめにされるのが。
ブライアン様に限っては、その上の隠れキャラである。
投獄以上の事態に陥るのは間違いない。
ルーカス様だって、結局のところ、私にとっては冤罪だし。
ブライアン様からも冤罪を掛けられたら、お終いだわ。
国外追放なんて、されてごらんなさいっ。
アリアナの間の悪さなら、即刻、好色おやじと出くわす気がしてならない。
……うん。なんかそんな気がしてきた。
……冤罪ねぇ。
あれ?
もしかして、心にもなく笑ったり、照れて見せたり、思わせぶりなことは危険なんじゃないの。
あー、私の馬鹿っ!。
次回からは、絶対に禁止だから。
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