1-18見舞い③~additional~
2人の攻防の結果回です。
そっけない私の態度にもかかわらず、優しく頬笑みかけてくるクロフォード様。いつか「ざまぁ」されると分かっている殿方なのに、自分への気遣いを無下にしきれず、結局、美しい花束を自然と見入っていた。愛の証しの花々を。
そして気が付けば、初めて貰ったジェムガーデンの花束に呆ける私が、要らないことを口走る。
「まあ、こんなに大きな花束は初めて見ました」
「そう。それは良かった。これくらいしないと、アリアナ嬢へ私の気持ちが伝わる気がしなくて」
いやいや、伝わらないわよ。このゲームの攻略キャラは、「私を追い詰めることだけ考えている」ってのを、よ~く知っていますから、ねっ。
愛しいなんて伝えるのは表向き。
本当は、私を好きだとか大切だとか、さらさら思っていないくせに。
「そんなことをされても、私に気持ちは伝わりませんよ、クロフォード公爵様」
「そうか、これではまだ駄目か。ところで一つ気になるのだが、私のことはブライアンと、名前で呼んでくれないだろうか。何だかその呼び方だと、距離があるようで好ましくない。それに私は、アリアナと呼ばせてもらいたい」
「えっ……」
あまりの衝撃に、私は椅子からずり落ちるところだった。
相当な嫌味を言ったはずなのに、どうして、そこを聞き流すのよ。
まずい。……とにかくまずい。
今の私は完全に、攻略相手を横恋慕する悪役令嬢のルートから、ちっとも逃げられない仕様になっている。
私が横恋慕すると言っても、シャロンはルーカス様をもう選んでいるわけだし。
一体これは、何のストーリーの展開だというのか。
あぁー、もう。ちっとも分からない。
でも、名前を呼び合う仲になんて、なってたまるものですかっ!
「嫌です! クロフォード公爵様とは、そんなに親しい間柄ではありませんから」
「そうか、少し先走り過ぎたようだ。そうだ、それでは、一週間後の花の祭典に私と行ってくれないだろうか。あなたを婚約者にしたい私の気持ちは、変わることはないからね。アリアナ嬢に私のことをもっと知って欲しいんだ」
「花の祭典ですか……」
花の祭典。
国が国民を労うために開催されている祭りで、庶民から貴族まで大勢の人が詰めかける。
その日だけは、町の大通りが祭り会場に変わり、このロードナイト王国、最大の祭りである。
婚約者や恋人がいる未婚の娘は、髪に赤い花をつけて参加する風習があり、もちろん、去年は赤いカーネーションをルーカス様から髪に挿してもらい参加した。
毎年、ルーカス様と参加し、去年までは彼と笑って過ごした時間だった。
今年は、未婚の娘でいるのもそろそろ最後だと思い、ルーカス様から赤い花をたくさん着けて欲しいと頼んだけど、渋る彼に嫌がられてしまった。
それでも彼を意識した水色のワンピースを着て、大好きな祭りに一緒に参加するだけで幸せな気がしたから、それで良かった。
私は、花の祭典が楽しみで仕方なかったのに、彼は端から私と過ごす気はないにもかかわらず、花の祭典へ行く話を続けた。到底信じられない。
その気もないのに、私と一緒に出掛けるという体で会話していたルーカス様は、あの時既に「ざまぁ」のことしか考えていなかった。内心大喜びしていたことだろう。
彼の心情に気づけず、嬉しそうにした自分が悔しい。
この世界の攻略対象は、悪役令嬢の私には、平気な顔で嘘をつく。
「……かない。行かない。絶対に行きません」
……花の祭典と聞いただけで、夜会で抱いた幸せな感情も、その直後の絶望も鮮明に蘇ってきて、唇を噛む。一度、感情の抑えが利かなくなれば、後は崩壊するのはあっと言う間だった。
ルーカス様への怒りが込み上げ、涙がポロポロ溢れ出す。
それに動揺したクロフォード公爵様の様子が、明らかに沈み込んだ口調に変わる。
「もっ申し訳ない。アリアナ嬢が、泣くほど嫌がるとは思ってもいなかった。無理やり付き合わせる気はないから、この件は無かったことにしてもらえないだろうか」
「……こちらこそ申し訳ありません。思うところがあって、今年は花の祭典に行きたくないので」
あの祭り。ゲームでちょくちょく出てくる場所だ。その記憶がある今となれば、踏み入れるのは危険。
「知らなかったとはいえ、私はあなたを不快にさせたようだ。何か他に……」
予期せぬ涙で化粧が崩れている気がしてならない私は、それを隠すように俯いたまま、絞り出した声を発する。いら立ちのせいで、明らかに声が震えて低い。
「いいえ、もう結構です。建国記念の夜会で階段から落ちたことも、このように問題はありませんので、これ以上クロフォード公爵様のお手を煩わせる必要はありません。ですからお引き取りください」
「本当に申し訳ない。事情を知らずに、大変失礼なことを願ってしまい、なんと詫びていいか……」
「気にしなくていいですから、私に関わってこないでください。甚だ迷惑ですから、お帰りください」
「今日のところは、これ以上何か言うのは控えた方が良さそうだ。また、次の機会に出直すから、詫びはそのときに改めるとする」
庭から静かに立ち去る彼の背中を、無言で見送った。
本当は、行きたかった花の祭典……。
……今年は、彼の姿は見られないのか。
ううん、それよりも。私にしては大前進じゃない。
以前と違い、攻略キャラの罠を乗り越え、目標をやり遂げた。
ルーカス様のように、私を有頂天にさせてから突き落とす計画なんでしょう、どうせ。
「残念でした」
私とクロフォード公爵様に、次の機会はない。あなたの企みなんて、知ったことではないわ。
よぉし! 始めはどうなるかと焦ったけど、これで彼からの「ざまぁ」は、免れたわね。
この調子で好色おやじ一直線の未来も、回避したいところ。
ってな訳でさっさと、私のまったり人生計画を進めるわよ。
善は急げというし、動き出すか。
お読みいただきありがとうございます。
読者様の予想は、どちらの勝利だったでしょうか。
勝った気満々のアリアナの行方を、引き続きよろしくお願いします。
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