1-15夜会の直後〜additional〜 ※ブライアン視点
よろしくお願いします。
夜会の最中に階段から落ち、意識を失ったアリアナ。彼女を抱きかかえた私が、バーンズ侯爵家の屋敷を訪ねた。
この邸宅へ一歩足を踏み入れると、中が妙に騒々しい。
どうやら私が到着する少し前に、別の人物も訪ねてきたようだ。
ロングテールのコートを着用した男、おそらく家令だな。
その彼が、黒いコートを羽織る男をどこかへ案内している背中がある。
外套を着た男が持つ、使い込まれた黒い皮の鞄。一見したところ……医師か。何かあったのだろう。
医師を案内している、家令とおぼしき痩せた男の慌てぶり。
それからすると、召使の急病ではなく、当主か夫人に何かあったように見える。
それに……。
私の視線を正面から、ちらりと右斜め下へ動かす。
するとそこには、メイド服を着た若い女性が大号泣する姿がある。
その従者はエントランスでしゃがみ込み、床を叩きながら泣き叫んでいるのだ。
……斬新な出迎えだ。
とは思いつつ、怪しい従者に絡まれないよう、細心の注意を払う。
……この状況。
屋敷の中で、何かが起きているのは一目瞭然である。
瞼を赤く腫らした従者。彼女へ関わるのを回避すべく、音を立てないよう一歩離れた。とりあえず他の従者を待ちたいと思う。
だが、そのメイド服の従者は突然顔を上げると、すっと立ち上がり、血相を変えて近づいて来た。
うっ。
何事かと一瞬恐怖を感じたのは事実。
だがよく見れば、彼女は私に全く見向きもせず、腕の中にいるアリアナだけ凝視している。
その表情を見れば、アリアナを心配していたのだと、なんとなくだが理解した。
「お、おっ嬢様! まさか、自棄を起こして……。お嬢様が死んでしまったなんて。エリーのせいだわ」
声を掛ける前から圧倒されっぱなしの従者へ、我慢できずに言葉を発する。
「……いや、生きている。眠っているだけだ」
「生きてる⁉ あー、本当だ。ちゃんと息をしているわ。うわーん、お嬢様!」
アリアナの胸が上下に動いているのに気付き、再び取り乱す。
一目で私の心を捉えたアリアナは、随分と面白い従者に愛されているようだ。
「落ち着け。一体どうなっているんだ」
「こ、これは大変失礼致しました、お客人様。えっ、えーと。アリアナお嬢様をここまで運んでいただいたのでしょうか……?」
「ああ、そうだ」
「それは誠にありがとうございます。私では、お嬢様を部屋まで運ぶには心もとないので、家令を呼んでまいります」
「いや、彼に任せるのは不安だ。私が部屋まで運ぶ。可能であれば、当主に声を掛けて欲しい」
他の者になど、彼女を任せられるわけがない。
そう思い、眠っているだけに見えてしまう、穏やかな顔のアリアナを覗き見る。
……落ちる直前。
慈愛に満ちた聖女のような笑顔を見せたあなたは、目が覚めたらどんな反応をするのだろうか。
「あっ、なるほど。お嬢様ってば、やりますわね。当主は今、医師の診察中ですので後で報告致します。では、お嬢様の部屋までご案内します。……どうぞこちらです」
そう言うと、自分の服の袖で、ぐっと力強く涙を拭った従者が歩きだし、続くようにアリアナの部屋へ向かう。
「承知した。……が、バーンズ侯爵は大丈夫なのか?」
「おそらく問題はございません。お嬢様がいないと知って、卒倒しただけですので」
「夜会へ行っただけだろう」
「それが少々事情がありまして」
「元婚約者殿のことか?」
「まあ、ご存じでしたか。日中、ゲルマン侯爵の御子息様が、ご主人様の元を訪ねて、お嬢様との婚約を解消されまして。……ですがお嬢様と私がそれを聞かされる前に、予定通り、お嬢様を迎えに来やがって。あの男っ、何の目的でお嬢様を連れ出したのか、許せません」
「それはまた……。夜会でアリアナと一緒にいたな。婚約者だと名乗る、くるくる頭の令嬢と共に」
「やっぱりそうですか。……こちらが、お嬢様の部屋です」
そうして案内されたアリアナの私室。
手前にある居室を通り抜け、寝室へ通される。
令嬢らしいフリルの付いた寝台を見た私は、それまで熱くなりっぱなしの感情が冷静になった。
……うっ。
彼女の寝台を前にした途端、急に現実味を帯びてきた。
私が無断で入って大丈夫だろうか。アリアナから、白い目で見られないかと、不安に思ってしまう。
アリアナが階段から落ちた直後。「自分は婚約者だ」と言い張り彼女に纏わり付くルーカス殿。
彼をアリアナから必死に引き剥がしたのは、どこの誰だ。私だろう。
そんな自分が、当主の承諾も、本人の承諾もなく寝所に入り込んでいる状況。
どう考えても騎士としてではなく、一人の男として。
これは相当にまずい気がして、ごくりと唾を飲む。
目覚めた彼女にすぐさま、愛を乞うつもりでいた。
だがしかし、……早々に私の恋心を見せては、アリアナに引かれてしまう。そんな気がしてならない。
私は、どうしても彼女を手に入れたいんだ。
拒絶されては困る、絶対に。
……となればだ。
目覚めた彼女と会うときは、先ずは騎士として会いに来た、そういうことにすべきだろう。そうだな、間違いない。
そうして、従者が掛け布団を捲り、無言で促すベッドの上にアリアナを横にした。
まだまだ目覚める気配のないアリアナの頭を撫でる。
……もちろん、何の反応もない。
そして、この従者が愛しげな顔でアリアナを見る姿に、二人の関係が垣間見えた気がする。
「医者がいるなら、アリアナも診てもらって欲しい。目に見える所に傷はないが、階段から落ちて、頭を強く打ったはずだ」
「お嬢様、どうしてそんなことに。ぼんやりなさって、落ちてしまったのですか」
「いや、件のルーカス殿を助けたためだ」
「へ⁉ なんですって。どうしてそんなことを。誰がどう見ても、お嬢様の片思いだったのに。あんな馬鹿男を助けたなんて」
片思い。
その言葉に嫉妬した私は、従者から事情を聞きだすことにした。
「アリアナの片思いねぇ。それは興味深い。もっと聞かせてくれないだろうか」
「そういうことですか。それでしたら、お任せください」
得意げな顔の従者が、生き生きと話し始めた。
今しがたまで号泣していたのにな。
全くもって愉快な従者である。
どうやら、アリアナはしっかりしている割に、「色恋については相当鈍い」ようだ。
元婚約者のルーカス殿。誰がどう見ても相手は政略結婚としか思っていないのに、アリアナは相思相愛だと思い込んでいたらしい。
周囲の人間たちは、不憫な彼女を静かに見守っていたと。
「なるほど。また、アリアナのことを詳しく教えてくれるとありがたい」
「もちろんでございます。アリアナお嬢様のことでしたら、エリーにお任せくださいませ、お客人様」
もう少し詳しく聞きたいところだが、令嬢の寝室に長居するのは、さすがにまずいと思い、後にした。
そして、私の恋を応援してくれる、強力な助っ人を手に入れたようだ。
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