1-13元婚約者の後悔③~additional~ ※ルーカス視点
よろしくお願いします。
シャロンがアリアナの膝が見えていると大喜びしていたが、僕が再びアリアナに視線を向けたときには、彼女の足は見えていなかった。
誰かがすかさず隠してくれたようだ。実際、僕は目にできずに終わる。
騒ぎ立てるシャロンを止めているうちに、アリアナの周囲には、既に人が集まっていた。
思わずシャロンをねめつけたが、全く気付く素振りはない。
初めに駆け付けた、クロフォード公爵。
王太子と王太子の側近。
隣国のクンツァイト帝国からの留学生。
第二王子。
あとは知らない、赤い瞳の男。
多少遅れはしたものの、僕もアリアナの元へ駆け付けた。
静かに眠るようなアリアナを見ているうちに、走馬灯のように彼女との想い出が蘇ってくる。
彼女の誕生日。愛しい人へ贈る聖女様の花。
……毎年、それを彼女へ渡すべきか迷った僕は、贈らなかった。自身の気持ちに嘘をつけなかったから。
結局、僕が適当に用意した花束を贈り続けた。
少しへこんだアリアナは、何か不満を言いたげな目で僕に訴える。
でも、何も言わずにアリアナは、それでさえ胸にギュッと抱えて、静かに笑顔を浮かべていたんだ。
……毎回ドキリとさせられる僕は、彼女には、何故か違いが分かると気付かされた。
そして、いつだって。
シャロンが瞳を潤ませ、アリアナと同じものを強請る。
「アリアナから、いつも自慢されて悲しくなる」と言うシャロンが、可哀そうに思えた。
アリアナと同じ花を渡せば大はしゃぎするシャロンには、あれが、ジェムガーデンの聖女様の花に見えたのだろう。
だから所詮、花なんぞ、大して遜色がないものだと思っていた。
……こんなことなら、アリアナへ迷わずジェムガーデンの花を贈っておけば良かった。僕を慕ってくれていた彼女のために、何かしてあげた記憶が一つも思い浮かばない。
僕がアリアナの真横へ行けずに困っていれば、クロフォード公爵様がアリアナを抱きかかえようとしていた。
それはまずいと、僕は慌てて声を掛ける。
人の婚約者へ気安く触れるのは、許さない。
「彼女は僕の婚約者です。僕がバーンズ侯爵家まで送り届けます」
「婚約者……。そうか」
「そうです。ですから僕の婚約者に触れるのは、お止めください」
「ルーカス! アリアナはルーカスの婚約者じゃなくて、元婚約者でしょう! 今は、あたしが婚約者なんだから」
遅れて駆けつけたシャロンが背後から大声を張り上げた。
僕は、余計なことを知らせたシャロンの方へ振り向き、はっきりと首を横に振った。シャロンはお呼びじゃない、気付けよと。
だが、クロフォード公爵様が言葉を発し、シャロンの視線はそちらに逸れてしまう。僕の気持ちは伝わっていないが、とりあえずシャロンは、どうでもいい。
そして再びアリアナを見ると、既にそこにはいなかった。
シャロンへ目を向けた僅かな時間。たった少し目を離しただけで、アリアナはクロフォード公爵様の腕の中にいたのだ。
「そちらのご令嬢。階段から落ちたご令嬢は、アリアナという名前なのか?」
「はい、そのとおりでございます。ですが、アリアナは、婚約者でもない殿方が触れると癇癪を起す、我が儘な性格です。何かあっても困りますから、クロフォード公爵様の手を煩わせなくても、誰か別の者に運ばせた方がよろしいかと存じます」
よし!
でかしたと、心の中でシャロンを褒めてやった。
「あっ、ですから僕、ゲルマン侯爵家のルーカスにお任せてください。僕が婚約者です」
そう言って、腕を伸ばす。
「ルーカス殿は元婚約者なんだろう。それなら君でなくても私が運んでも同じことだ」
「まっ、待ってください、僕は彼女の屋敷の場所を知っていますから」
「我が家の御者は私が指示しなくても、上位貴族の屋敷であれば、王都内はおろか各領地においても全て把握しているから安心したまえ」
「いや。もし、途中でアリアナの目が覚めたら、彼女はよく知る僕が居れば安心するでしょう。彼女を僕にお渡しください」
「アリアナ嬢が、新しい婚約者のいる君に、近くにいて欲しいと思うのか?」
「いや、ですが、彼女は僕を庇って落ちたんです。彼女とは相思相愛の仲ですから」
「それなのにルーカス殿は、バーンズ侯爵家との婚約を解消したのか? 私には理解できない所業だな」
「いや、それは……」
痛いところを突かれ、言い返す言葉は見つからず。
僕の酷い思い込みで彼女との婚約を白紙にしたこと。それが最大の過ちであり、アリアナは僕のもので間違いない。
そもそもアリアナは、僕との婚約解消を渋っていたわけだし。
謝れば許してもらえる自信がある。
何としても彼女を返してくれと、クロフォード公爵様の腕を掴む。
「ルーカス殿に掴まれる覚えはない。その手を離せ」
無礼を承知でクロフォード公爵様を制止すると、触れた僕の手を冷めた目でぎろりと睨まれた。
相手は公爵様。こうなれば、引くしかない。
僕が手を離したのを見届けると、アリアナを抱きかかえるクロフォード公爵様は、足早に会場を後にしてしまった。
アリアナが階段から落ちたことで、辺りは騒然としているが、僕の耳には「良かった」とアリアナが優しく呟いた、愛らしい声が残り続けている。
腕を引かれた直後から彼女の声と笑顔が、僕を惹き付けて離さない。
こんなことなら彼女が目覚めるまで、傍にいたかった。
階段から落ちる直前。あれだけ僕から悪く言われたにもかかわらず、僕を気にかけてくれたのだ。
『アリアナは、まだ僕のことが好きなはずだ。問題はない、まだ間に合う』
何度もそうやって己に言い聞かせてみたものの、アリアナが階段から落ちた直後、出足が遅れたのは悔やまれる。
アリアナを送り届けるのと同時に、彼女の父と交わした婚約解消を、白紙に戻せばいいだけだった。
それなのに、シャロンのせいだ。
僕は「元婚約者だ」と、要らないことをクロフォード公爵様へ告げたシャロンをじろりと睨んだ。
すると、「大丈夫よ」とシャロンから返ってきた。
アリアナが無事であって欲しい。そういうことかと、思いつつも話が噛み合っていない気がした。
理解できずに目をしばたかせていれば、シャロンが僕の手を取って話し出す。
「階段から落ちたのは、アリアナが悪いんですもの、ルーカスが気に病む必要はないわよ」
は?
「……違うだろう」
「いいのよ。アリアナは『遠慮は要らない』って言う癖に、『ドレスを貸して』と頼んでも、取りあってくれないんだもの。『お母様が怒る』と嘘を吐いて。酷い意地悪ばっかりじゃない」
何を言っているんだ、シャロンは。
どう考えても、当然、貸してもらえないだろう。
「それは……。いや、申し訳ない。……これ以上、シャロンと何か話しても無駄だな。なんだか気分が悪い。今日はもう帰ることにするよ」
憶測でしかないが、今まで聞かされていたアリアナの話は、全部嘘だった気がする……。
……こうしてはいられない。
明日、直ぐにでもバーンズ侯爵家を訪ねて、再度婚約を結び直さなくては。
ルーカス視点は、ここまでとなります。
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