1-12元婚約者の後悔②~additional~ ※ルーカス視点
本日2話目となります。
アリアナが二度と夜会に来られないよう、僕は、一階からも二階からも見える、敢えて目立つ場所を選び審判を下すことにしたのだ。計画は完璧。
全て順調にことが進む。僕の気を惹くことしか考えていないアリアナは、嬉しそうにホイホイ僕に着いてきたのだから。
アリアナの笑顔が目に入る。この女、仕返しされる側になって、初めてことの重大さに気付くだろうと、己の笑みを抑えるのに必死になるほど、愉快で仕方なかった。
「バーンズ侯爵令嬢のアリアナ。君との婚約を破棄する。金輪際、僕とシャロンに関らないでくれ」
言いたかった胸の内を告げ、得も言われぬ爽快感に興奮を覚えた。
それなのに、納得しないアリアナの顔。まだ分かっていない図太さが不快に思え、言葉を足してやる。
「お前の傍若無人な態度に、うんざりだ。また、シャロンを虐めていたのだろう」
「虐めてなんていないわ。私はシャロンを守っただけよ。ですから何度も言っているでしょう」
「意味が分からない嘘を吐くなと、何度も言っているだろう」
アリアナがシャロンを突き飛ばすのは、あくまでも「守るため」と相変わらず自分勝手な理由を付けて、自分の悪事を正当化していた。心底不愉快な話だ。
「ですから、嘘ではありません。それは二人を守るためと、何度言ったら分かってくれるのですか」
アリアナは、この期に及んで何度も同じ言葉を繰り返す。僕は虐めを目の前で見ている。目障りなこの女は、どこか頭が可笑しいのではないかと思った。
「そんな虚言を信じる方が可笑しいだろう。お前は、シャロンを平然と突き飛ばしていただろう。僕が何度注意しても止めないその行動。お前への気持ちは、もう何年も昔に冷めていた。いい加減気付いたらどうだ」
「冷めていた……。さっき二人で祭りへ一緒に行こうと話したのも、始めから行く気はなかったの……。全部……嘘なの……」
唇を震わせ、今にも泣きそうなアリアナがそう言った。
嘘を吐く女に、嘘を言って何が悪い。
不思議なことに、僕はアリアナの涙を見ると妙に気分が良くなった。
「当然だ」
「うふふっ。ルーカスは明日、あたしと海に行くのよ。ね~、ルーカス」
「駄目よ。海には絶対に行ってはいけないわ。止めて、お願い、考え直して」
シャロンの言葉で青ざめるアリアナが、滑稽に思え笑い出しそうになった。
我が儘で、着飾ることしか考えていないアリアナへ世間を教えてやったのだ。
これで少しは「自分の行動を反省するだろう」と、晴れ晴れとした気分になる。
ここで会話するだけで十分目立つ僕たちに、向けられる視線が増す。準備は全て整った。
最後の締めとして、僕は会場中に響くであろう一際大きな声で、婚約破棄の宣言をしようとした。
アリアナは浅ましい女だと、世間に知らしめるべく意気込むと、緊張でシャロンと組む腕に力が入る。
姿勢を正そうとした……そのとき。僕は、床から足を踏み外してしまった。
シャロンを巻き込む訳にはいかないと、彼女が僕に絡めていた腕を咄嗟にほどき、ぽんっと突き飛ばした。
えっ……シャロンを「守るために」突き飛ばした……? アリアナも同じことをしていたよな?
しかし、僕がシャロンを突き飛ばしたのがまずかった。
その反動が更に、僕の体を階段側へ押しやったのだ。
傾きかける体。これは堪え切るのは無理だなと、階段の下へ落ちる確信を得る。
これから向かう階下へ目をやれば、ゾッとした。
相当な高さがある。これは無傷でいられる気がしない。
少しでも怪我を回避するため、身を固めるのみ、そう思った。
だが、そのタイミングでアリアナから腕を引かれた僕は、何事もなかったかのようにその場に留まり時が過ぎた。
けれど、僕を庇ったアリアナは「良かった、ルーカス様が落ちなくて……」と、僕へ笑いかけて階段から落ちていった。
彼女へ手を伸ばそうと思ったが、驚きのあまり、間に合うことはなかった。
ドンッ――と大きな音を聞いた途端、僕の中で何かが変わった。
嘘だ。この高さから落ちたら彼女は……。
アリアナは無事だよな……。
アリアナ……もしかして今までの話は、嘘じゃなかったのか。
横にいるシャロン。
階段の下で倒れたアリアナ。
……この現実。
この状況に直面し、初めて、僕は何かを間違えたのかもしれないと思い始めたのだ。
無理に違うと否定してみたが、ガタガタと震え出す僕の足。
それが疑いのない真実だと自覚する。
「後悔」そんな言葉では言い表せない、大きな過ちを犯した気がしてならない。
階段の下で倒れているアリアナへ駆け寄ろうと思った、そのときだ。
僕の横をクロフォード公爵様が、疾風の如く駆け下りていった。それに続こうと思ったが、隣の人物に水を差された。
「キャハハ。なんてみっともないの。ねぇ、ルーカス見て! いつも『はしたない』って、あたしを馬鹿にするアリアナが、膝を見せているわよ」
卒倒しそうになる僕は、慌ててシャロンの口を手で押さえた。
「止めるんだ。仮にも幼馴染の事故を笑うものではないだろう。アリアナが心配だ。僕はアリアナを屋敷まで送り届けてくる」
「ごめんなさい。いつも意地悪をされていたから、つい」
僕から顔を背けたシャロンが、掠れる声で、そう言った。
……そうだ。
この婚約破棄は、「ちょっとした喧嘩だった」と、アリアナの父へ伝えなくては、二人の関係が手遅れになる前にやり直すべきだ。
会場を見渡したが、バーンズ侯爵は来ていないようだし、屋敷にいるのだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次話は③。
ですがブライアンが、がっつりと登場予定。
引き続き、よろしくお願いします。






