1-9攻略対象その3、兄の登場②~additional~
応援ありがとうございます。
シスコン……。
そのお兄様に対して、的外れなことで誤魔化せば、後で痛い目を見るのは承知の上だ。
そうね……こうなったら、この先の会話でブレないように、それっぽいことを伝えておくべきか。
「あれです……。妹に優しいお兄様という意味ですよ。お兄様の忠告を真に受けていたら、安全だったのになぁ~って」
不思議そうな顔から、真顔に変わったお兄様は、緊張が緩むような口調で声を出す。
「あー、そうか。ルーカス殿のことか。こんなことになるなら、もっと強く反対しておけばよかった。階段から落ちたんだって。体は大丈夫なのかい?」
「あはは、まぁ」
白々しい空気が流れるが、お兄様は気にせず穏やかな顔をする。
「アリアナの目が覚めて……本当に良かった」
「私は大丈夫ですけど、何かありましたか?」
「扉を閉める大きな音が響いたから、いら立ているのかと思って、お茶を持ってきたんだよ」
やっとお兄様を真面に見れば、どうやら手ぶらではないようだ。
トレイに乗ったティーカップとティーポットを持っている。
丁度お茶を飲みたいと思っていたから正直助かる。兄を心配させる大爆音を出した張本人は、どこかで油を売ったきり。
何やっているのよ、本当に。
「おや? ノートを開いて、アリアナは勉強していたのかい?」
私の手元をいぶかし気な顔で覗き込もうとするお兄様に、見られてはまずいと、慌ててノートを閉じた。
「頭をぶつけたから、記憶が飛んでいないかな~と心配になって書き出してみたけど、大丈夫でした。そんなことより、私の部屋にお兄様がいるのは、なんか懐かしいですね」
「あー、部屋に入ってきて欲しくないのは分かっていたけど、どうしても放っておけなくて」
お兄様はカップにお茶を淹れ、すっと差し出す。
「良い香り。……カモミールの香りが、なんか癒やされますね」
「そうだろう」
お兄様とは元々仲が良かったのに、三年程前から衝突が多くなっていた。以前、大喧嘩をしてから、「部屋に入ってこないで」と私が言ってしまったのだ。
お兄様がルーカス様を嫌うから、意固地になった私が避けていたって話。
まあ、喧嘩の原因はルーカス様が建国記念の夜会にドレスを贈ってこないってことだし、結果的に自分が悪い。
「心配をかけてごめんなさい。でも、このとおりピンピンしていますので、ご心配なく」
「そうみたいだね。少し安心したよ」
お兄様から受け取った、淡い色のお茶を凝視すると、小さなカモミールが一つ浮かんでいるのだ。
一度乾燥したそれは、花びらの白も、中央の黄色も、すでに褪せているものの、小さなラメが混じるようにチカチカしている。
「お兄様、もしかして、このカモミールってジェムガーデンの花ですか?」
「ああそうだよ。とは言っても、呪文は分からないから、聖女の魔法は発動しないけどね。それでもアリアナが少しでも元気になる気がして」
私へ、にっこりと優しく頬笑むお兄様にドギマギする、湊がっ。
そうなれば、案の定。
乙女心を爆発させる湊は、お兄様の気を引きたくて、一緒に、奇跡を見たい衝動に駆られる。
クロフォード公爵様といい、お兄様といい。湊ってば、良い男にちょろ過ぎるでしょう。
リアルな恋に縁がなかったせいで、どうも免疫が足りないらしい。
私がハッとしたときには、引き止める間もなかった。
「……いっとき前に連れ戻せたら」
湊の感情が口走る。
その瞬間。
私の声がお茶へ届くと、そのティーカップの中が、キラキラと眩しく輝きだしたのだ。
うわぁ~、綺麗。
何かが起きると思いながら試したことだけど、実際に見ると、美しさに目を見張る。
五百年もの間一切使うことが出来ず、ただの伝説に変わり果てた聖女様の力。それを解くことが出来るなんて。私って凄くない。
ねぇこれってもしかして、悪役とか、ゲームとかどうでもよくて、調子に乗ってもいい存在へ昇格したんじゃないかしら。
悪役から一変、崇められる存在になれる気がする。
そう思えば、手に変な汗が出てきたし。
勝手な想像で、ぶるぶると震える手。それを必死に抑えながら、音を立てないようにティーカップをソーサーへそっと置いた。
そのころには、光は消えていたけど。
すーっと視線を変えてお兄様の顔を見る。
そうすればお兄様は、小さく首を傾げて微笑んだ。
えっ? それだけっ? 違うでしょう!
もっとあるでしょう、顎を外すとか、目を飛び出すとか、ねぇ。
ほらっ、見せてよ!
「うん? 私をそんなに見つめて、どうかしたかい?」
目を細めて笑顔を作るお兄様が、変わらない口調で聞いてくる。
あれ……。そっち?
「いいえ、なんでもないですわ」
ん~、駄目だ。
体中がむずむずする。気持ち悪い。
知性派のお兄様が、これだけ眩しいお茶に気が付かないなんて、あるはずがない。
お茶が光った直後、確かに私は視線を感じていたのよ、お兄様からの。
なのに、今、お兄様を見つめれば涼しい顔をしたまま。
……そうか。
そうなれば、結論は一つ。
この光は呪文を唱えて聖女様の魔法を発動させた、私にしか、見えていないのだろう。
私を気にするように直視していたお兄様が、ゆっくりと目を伏せる。
「昨夜、私がアリアナに気づいていれば屋敷まで運んでいたのに。申し訳ないことをしたね」
「ふふっ、どうせお兄様のことだから、ジェムガーデンの中で時間を忘れていたんでしょう。会場にいなかったのは、直ぐに分かりましたよ」
「気付かれていたか。ちょっとだけ庭を覗くつもりが、つい夢中になって」
「そのおかげで、クロフォード公爵様が、まとわりついて困っているんですからね」
「くくっ。アリアナのことは心配する必要はなかったかな。あれだけ色眼鏡で見ていたルーカス殿と婚約を解消したから、自棄を起こしていると不安になったが、冗談を言う余裕まであって良かった」
お兄様が、私を揶揄うように笑い声を上げる。
「いいえ、冗談ではないですよ。至って真面目です」
お兄様が首を激しく横に振ると、真剣な口調で告げる。
「やめとけ、やめとけ。クロフォード公爵様のような高嶺の花に入れ込んでも、どうせ相手にはされないから。令嬢に興味のかけらもないお方だ」
「……そうですか」
もとよりクロフォード公爵様を好きになる気はないが、やはり、そうかと唇を尖らせ何度も頷く。
「なぁに、心配しなくてもアリアナのことは、兄がちゃんと面倒を見てやるさ」
「まあ、なんだか今日は随分とお優しいですね」
「かわいい妹を心配するのは、兄の役目だからな」
……いいえ。
お兄様はそう言っているけれど、その言葉を鵜呑みにしてしまえば、私は好色おやじの餌食である。
だから、兄の申し出を真に受けて、素直に甘えてはいけないことは理解している、ちゃんとね。
「ふふっ、嫁に行けなければ、お兄様を頼りにしています」
「困ったら、いつでも私を頼るといい」
「そういえば聞いてもいいですか」
「なんだい」
「お兄様と以前話していたけど、思い出せないことがあって。……毒に効く花は何でしたっけ?」
「私がアリアナと、そんな話をしたか?」
「ええ、しましたよ。でも、すっかり忘れてしまって」
「そうだったか……」
お兄様は納得しない顔で、首を傾げる。
あー、ごめんなさい。いちいち突っかかるお兄様を、混乱させてしまった。
それはアリアナとお兄様の会話ではない。けれど嘘でもない。
お読みいただきありがとうございます。
次話は③です。
引き続きよろしくお願いします╰(*´︶`*)╯♡






