捨て犬を拾ったら彼女が出来た件
梅雨も開け本格的な暑さが迫る日、夕映えの河川敷に座り携帯をイジっていた俺の足元に、小さな茶色の毛玉が纏わりついていた。
「………………」
毛玉と例えたが、犬だ。まだ生まれたばかりに見える片手だけで持ち上げれるほどの大きさしかない子犬が、俺の足にすり寄ってきている。
一体どこから、首輪がないな、などと考え周りを見渡すも迷子犬を探しているような人も犬の散歩をしているような人も辺りには見当たらない。
いるのはせいぜい俺のような帰宅途中の学生くらいのものだ。
はぁ、と溜め息を着き俺は子犬に手を伸ばす。
すると、伸ばした手に子犬が寄ってきたのでそっと頭を撫でる。嫌がる様子もなく目を細め撫でる手を受け入れている。いや可愛いなおい。
触ってから野良犬とかだと衛生的にマズイかな、という考えが頭を過ぎったがこの現代日本では猫ならともかく野良犬はそうそういないか、と考えを落ち着ける。
「お前は一体どこから来たんだー?」
撫でながらそんな事を漏らす。今まで動物を飼ったことは無いが、伝わるはずが無いのに自然と話しかけてしまった。動物番組で芸能人が自身のペットに話しかけるのを今まで冷めた目で見ていたが、なるほど人目が無いと自然とこうなるのか、と自分に言い聞かせる。
「飼い主はどこにいるんだー? 早く飼い主の所に帰りなー?」
言いながら撫でていた手を離し、携帯を自分の体の上に置きながら子犬を体の下から両手で持ち上げる。帰れ、と口ではいいつつも今の状況からある可能性を考え続けていた。
河川敷に首輪もなにもない子犬、探しているような人影も無い、となるとおそらくは捨てられたのだろうか。
どうしたもんか、と思いつつその感触はなかなか気持ちがいいもので子犬の前足を軽く動かして遊んでしまう。
「お前を置いてどこいっちゃったんだろうなー?」
言いながら持ち上げつつ上半身を倒していく。
「こーーーんな可愛いお前をほったら………か…………………」
倒れきったとき、黒髪を夕日に透かせこちらを見下ろす少女と目があった。
少女は笑いをこらえた様子で、
「何してるの、進藤君……ふふふっ」
こらえきれていなかった。
「えっ………と、確か、北上、さん…………?」
「そう、同じクラスの北上真尋だよ、進藤未来くん」
北上さんは笑いながらそう答える。
「………………………どこから?」
「お前は一体どこから来たんだー? ってとこから」
「…………………………………………殺してくれ……………………………」
全部見られていたらしい。見回したときに確かに制服の女子はいた気はするがそこまで気が回らなかった。決して子犬の可愛さに気を取られていたわけではない、筈。
顔が赤くなるのを自覚しつつ、子犬を北上さんと俺の間に持ってきて顔を隠す。
「うわっめっっっちゃ可愛い〜〜〜〜〜!! 一応聞くけど進藤くんちの子!?」
「わかってるだろう上で答えると違うよ………ここにいたらどこからか寄ってきたんだ」
「こんな所にいるって事は捨て犬かなぁ?やいやいきみはどこからきたんでちゅかー?」
子犬と目線を合わせるためしゃがみ込みながら赤ちゃん言葉で俺と同じことを聞いていた。しかし、やはり考えて行き着くところは同じらしい。
「まあ十中八九捨て犬だろうなぁ。どうすっか」
「飼わないの? こんなに可愛いのに」
「おんなじ言葉をそのまま返すわ。 このまま引き取ってくれると後腐れなくなって助かる」
「まあ、即答は出来ないよねー」
「同じく。なんにしても一旦親父に相談だなぁ」
体を起き上がらせると子犬を北上さんに差し出す。北上さんは俺から子犬を受け取ると愛おしそうに撫で始めた。俺は携帯を手に取り電話を掛ける。数コールの後、電話は繋がった。
「もしもし、………うん、ちょっと相談があって。 あのさ、早紀さんって動物にアレルギーとかある? 悠もだけど……………、うん、実はさ、」
と、話しているところで体を揺さぶられた。見ると、北上さんが何かを言いたそうにこちらをみている。
「ごめん、ちょっと待ってて…………どうした?」
「あの、あそこの橋の下、草陰に何かあるように見えない?」
「んんー…………?」
言われて目を凝らす。 言われれば確かに、といったくらいだが何かがあるように見えた。
「この距離でよく気付くな…」
「目はいい方なんだ。 確認しようよ、悪い方の予感があたってる気がする」
言いながら橋の下へと向かう。 北上さんに悪い予感と言われて俺も考えを走らせるが、正直当たっていてほしくない思いばかりが強まっていく。
橋の下へたどり着き、意を決して覗き込む。 そこには、
「嘘だろぉ……」
「子犬溜まりだぁ…………」
北上さんが抱える子犬と同じ毛色をした子犬が3匹、拾って下さいと古典的な事が書かれたダンボールに入って寄り合うように固まっていた。
◇
「ありがとう、うん、そういう事だから一旦連れて帰るつもり。 ワガママ言ってごめん。………うん、今から動物病院に向かうからそこで。 ………また改めて相談する。 じゃあ今から向かうから」
一時的に引き取る事を決めた俺は電話を切って北上さんへ声をかける。こうなってしまった以上は協力してもらわないと手が回らない。
「話がついたから、一先ずはここで。 出来れば飼ってもいいよって言ってくれる人を探しておいてくれないか?」
「いや、私も一緒に拾ったようなものだし動物病院まで一緒に行くよ。 こっちもお母さんに連絡して一通り話はしたからさ。 1人で鞄も持ってその子達も運ぶの大変でしょ?」
「いや、あまり迷惑かけるわけにも」
「私がそうしたいの! いいからもう行くよ!」
「お、おう………」
押し切られる形で動物病院へ向かう事になった。 幸い帰り道の近くにある事を覚えていたので先に電話で連絡を入れ、親父に住所を送り子犬たちが入ったダンボールを抱え歩きだす。
しばらくは無言で歩いていたが、北上さんがおずおずと口を開いた。
「なんかごめんね…?」
「……何が? 謝らなきゃいけないのはこっちだと思うけど。 巻き込んじゃったし。 俺は帰り道もこっちだからいいけど北上さんの帰りまでは考えてないからそこもだし」
まさか着いてくるとは考えていなかったものの、自分が行き来しやすい場所を目的地にしてしまい少しの罪悪感が募る。
「私も帰り道はこっちだからそこはいいよ……巻き込まれたとも思ってないし」
今まで意識したことはなかったが、どうやら帰宅路が被っていたらしい。意識していなかっただけで姿を見ることもあったかもしれない。
「………それじゃあ何が?」
「あまり見られたくないところを見ちゃったかな、って思って」
「…………」
言われて、子犬に話しかけていところを見られたのを思い出し顔が赤くなる。すっかり失念していたが、その瞬間を思い出すと北上さんのほうが見れない。
「いや、まあ、ちゃんと周りを確認しなかった俺が悪いし、いいよ」
「そう言ってくれるならありがたいけど。 でもちょっと安心しちゃった」
「な、何が」
「進藤くんって結構つっけんどんというか、天宮君以外には冷たいイメージがあったから。 だからついこの子に話しかけてるのを見ちゃってたんだけど」
そう言われて、俺は教室での自分を思い出す。高校になり、面識がない人物も増えたため生来の性格が強く出ていることを自覚する。
「単に人付き合いが下手なだけだよ……。 聡志……天宮は小学校から同じだから気を使わないだけ」
「つまり、幼馴染なんだ、そっかー。 天宮くんはパッと見がちょっと怖いけど色んな人から声かけられてるし友達多いよね」
「聡志はまたちょっと事情が違うというか………」
俺は目つきが悪いながらも、面倒見が良く他人に頼られがちな幼馴染のことを思い出し、笑みがこぼれる。
「?」
「まあ今は天宮の話はいいよ。 問題は目の前のこいつ等」
抱えた段ボールの中でおとなしくしている子犬達に目線を落とし、軽くため息が出た。まさかあんな場所でこのような事態に出くわすとは思っても見なかった。まだ結果はわからないが、怪我の功名と言っていいものか。
「言い方が乱暴じゃない? でもそうだねぇ……」
俺は、話しながらも心に決めていた事を切り出す。
「一匹だけは、うちで引き取れないかな、と思ってる」
「えっ」
「結局は俺の所にコイツが来たから北上さんが俺の所に来て、他のやつらも見つけられたんだから。 全員は無理でも、最初に俺の所に来たコイツは面倒を見てやりたいと思って」
北上さんは驚いた表情のまま俺の話を聞いている。
俺が逃げいてた事で子犬を見つけた以上、こいつらから逃げるわけにはいかない。
「…………成程?」
「自己満足だし、親父にもまだ相談してないからどうなるかはわかんないけどな」
自分勝手さに苦笑いが出るがそう言い切る。俺の話を聞いて北上は考え込んでいたが、考えがまとまったのか口を開く。
「うん、私も相談しなきゃだけど、できる限り引き取ってあげたい」
「……俺が言うのもなんだけど、あまり無理するなよ」
「ちゃんと家族と話して決めるから大丈夫、引き取れなくても里親探しもしっかりやるよ」
その言葉に、少し体が固まる。動揺を表に出さないように、俺は会話を続ける。
「…………なら、まあ、いいけど。俺も可能な限り声はかけるから」
「あまり交友関係広くなさそうだけど大丈夫かな~?」
「からかうなよ……北上さんも頼りにしてるし、俺はそうでも俺の友達は顔が広いからさ、なんとかなると思う」
笑いながらそう言うと北上はこちらをじっと見ながら、何か言いたそうに口を開いては、閉じる。そして、少しの沈黙の後に口を開いた。
「進藤くん、普段からそうならもっと印象良くなるのに。 無愛想なのは人見知りだから?」
「そうってどうだよ……人見知りもだし、あんまり人との距離感が掴めないというか、どう接したらいいか判断しかねてるというか」
無理に距離を詰められるとなるべく関わらないように離れてしまう。いまいち心を許せる人がいないのは自業自得だが生き方はそう変わらないものだ。
改めて自分のことを考えて、そこでふと今までと違うことに気づく。
「それで冷たくなっちゃうんだ」
「直球すぎるけどまあ、そうだな」
「じゃあ今私と普通に喋れてるのは?」
北上さんに問われる。自分でも不思議だった。幼馴染達とのつながり以外はろくに友人関係というものを作っていなかった自分が、今こうして何のけなしに喋れている。
今までだったらこうしてついて来ることももっと明確に拒んでいたと思う。疑問の答えは出ないが状況から考えてとりあえずの答えを出す。
「それはまあ、一番恥ずかしいところ見られてるし、あの状況で冷たい態度とるのも違うだろ」
「あれ以上はない感じなんだ...。 あ、ここを曲がった先?」
気づいたら動物病院までもうすぐの所まで来ており、胸を撫で下ろす。会話自体はいいものの自分の事が話題に出続けて、言いたくない事まで探られたくはない。
動物病院が見える道に入ると、親父が既に到着していたらしく病院の前に立っていた。こちらをみるなり駆け寄って来る。
「未来! 大丈夫か」
「俺はなんともないよ、大変なのはこいつら。 忙しいのにホントごめん」
「それこそいつも気にするなって言ってるじゃないか。 あまり謝らないでくれ。 こちらの方は?」
「たまたま居合わせた同じクラスの北上さん。」
「は、はじめまして! 北上真尋でしゅ」
噛んでいた。耳まで真っ赤だ。愛嬌あるなぁ北上さん。
「一緒に来てくれてありがとう。 ここで話してるよりかは早くこの子達を診てもらおうか」
その言葉を受けすぐ動物病院に入り、子犬達を預ける。
待っている間に、親父に忙しいのは承知で一旦うちで預かりたい、一匹は自分が引き取りたいと素直な気持ちを話す。
「未来はワガママを全然言わないから、少し安心したよ」
と言いながら快諾してくれた。ここでの金銭面でも負担をしてもらっているので申し訳ない気持ちがどうしても出てしまうが、頼るしかなかった以上考えすぎてもしょうがない、と気持ちを切り替える。
北上さんは診察の間落ち着かない様子で、こっちをみたり、携帯を触ったりとそわそわしていた。
少し弱っているが健康面では問題なし、とのことで一先ず安心。北上さんも安堵の表情を浮かべていた。
診察後、親父が病院まで車で来ていたので後部座席にダンボールに入った子犬達をのせ、北上さんに声をかける。
「北上さん、連絡先教えてくれない?」
「うっ、うん、そうだね。 里親さがしとかこれから必要、必要だもんね」
「そうだけど………? 体調悪い? なんか様子が」
「全然そんなこと無いから! まだ大丈夫だから!」
「お、おう、そっか」
顔を赤くした北上さんにまくしたてられてそれ以上聞けなくなってしまう。
北上さんは親に迎えを頼んでいたらしく、来るまで待つそうだ。
「それじゃあ何かあったら連絡お願い。 また明日学校で」
「うん、また明日。 進藤くん。」
そう言って北上さんと別れ、そこから親父とスーパーに向かい、必要そうなペットグッズを一通り買って来て貰い帰路に着いた。
待っている間、後部座席で子犬達は固まってすやすやと眠りについていた。
◇
『未来と北上さんが一緒に歩いてるのを見たって話が入ってきたんだけど』
「……………お前には一生隠し事出来ない気がする」
自室に戻ったタイミングで電話がかかってきて開口一番、幼馴染の1人である天宮聡志にそう言われ、驚きの気持ちと共にこいつには逆らわないでおこう、と改めて思う。
『まあ未来の事だし今までそんな素振りも無かったから変な事広めないようにだけ釘さしといたけど。 で、何があったんだ?』
「理解あって助かるよ。 実は犬拾っちゃってなぁ。 たまたまそこに北上さんが来て一緒に行動してたってだけ。」
大雑把にだが今日の顛末を説明する。頼み事もある以上大筋はしっかりと説明しないと。
「それが1匹ならまだいいんだけど4匹もいてさ。 親父にはお願いして1匹は飼うことになると思うんだけど残りは里親探さないとでさぁ」
『この流れは俺に飛んでくるやつか。 里親探し手伝えって言うんだろ』
「その通り。 悪いけど頼むわ。 一応後でグループの方にも投げて朝陽たちにもお願いするつもりだから」
頼りになる幼馴染達を思い浮かべ、安心した気持ちが湧いてくる。すると聡志が
『はいよ。 しかし……………』
「? 急に黙ってどうした」
『犬拾ったのってどこ?』
「拾ったのは帰り道の河川敷だけど」
『ああ、お前が最近たまに座り込んでる河川敷か』
なんでそんなことまで知ってんだよ。帰り道違うだろ。
『そこに? 北上さんが? たまたま?』
「同じ帰り道使ってるみたいだし犬に引きつけられて来たんじゃないの」
帰宅路が同じであれば時間が被ることもままあることだろう。そう俺は思っていたが聡志はスッキリしないらしい。
『んー…? お前本気でそう思ってる?』
「それくらいしかないだろ状況的に?」
そう言うと少しの間沈黙が流れる。何を考えているんだ。
『今度またみんなで集まろう。色々聞くからそのつもりでな。』
真面目なトーンでそう言ったのが聞こえ胸の奥に痛みに近い何かを感じる。
「……忙しくない時にな。今なかなか手を離せないから」
『…まあ解った! とりあえず可能な限り里親募集広めておくから写真よろしく。最終的な対応はよろしくな』
「未来〜?ちょっと来て……助けてくれ〜〜〜」
「ん、親父の悲鳴が聞こえる」
『悲鳴って』
「いや荷物おいてくるってだけ言って部屋来たタイミングで電話来たから多分子犬4匹にもみくちゃにされてるんだと思う」
『はよ助けにいけ……って俺が電話したタイミングも良くなかったか』
「まあどちらにしろ話すつもりだったからそれはいいさ。 じゃあまた」
『朝陽達には俺からも話しとくわ。 じゃーな』
電話を切って部屋から出た俺はリビングへ向かう。そこでキッチン側に避難していた早紀さんが顔を出した。
「未来くん、裕二さんが大変な事になってるから助けてあげて〜」
「すぐ行きますね。 悠もなんともなさそうで良かった」
言いながら俺は早紀さんが抱きかかえる妹の頬に手を伸ばす。すべすべのほっぺを堪能していると早紀さんからはい、と粘着ローラーを手渡される。
「これしか無いから着替えた後の服とか寝る前にこれで一通り毛を取っといてね。 制服毛だらけで学校行くわけにもいかないでしょ。 裕二さんにも言っといてね」
「ああ、わざわざありがとうございます。 ペット用品は一通り買ったつもりでしたけどそこまで気が回ってませんでした」
「専用のやつ買ったほうが良いのかなこういうのって……」
そう言う早紀さんを尻目に子犬4匹に悪戦苦闘する親父のもとへ向かう。大丈夫。おかしなやりとりは無かったはずだ。その思いが胸の奥に滲んでいった。
◇
北上さんからその日のうちにメッセージが届き、家族会議の結果1匹はOK、という結果だった。
そして休日の今日、北上さんが俺の家まで子犬を迎えに来ることになっている。帰り道が同じ方向だったという事もあり、それ程お互いの家が離れていないことが解ったので、ケージを持って歩いてくるそうだ。
それを了承し、今は家で待っている。
(誰かがうちに来るのは久しぶりだな)
ここ2年程幼馴染達も家に来ることは無かった。気を遣ってくれているであろうことは日々過ごしているとよく解っている。自分でも家を優先している態度をとっていた。それでも、やはり、
(寂しい)
そう考えている矢先、インターホンが鳴った。対応するために部屋から出て、親父達に声をかける。
「話してた子犬引き取ってくれる人だと思うから出るよ」
言いながら玄関へ移動し、ドアを開ける。
「こんにちは、進藤くん。ワンちゃんをお迎えに上がりました!」
「いらっしゃい、北上さん。 ……ん?」
北上さんを見たとき、どこか違和感を抱く。ああ、なるほど、
「北上さん、今日は毛先を巻いてるんだね」
彼女の普段ストレートの髪に軽くウェーブがかかっていたんだな。
「うぇっ、うん、はい、そうなの……」
北上さんの事を意識するようになったのはこの前の出来事からだが、どうやら正解だったらしい。すると北上さんがおずおずと口を開く。
「…………やっぱり変だったかな?」
「そんなことないよ、可愛いし似合ってる」
「かっ………………!?」
北上さんが赤面し絶句した後、俺は自分の言った事を認識し、血の気が引くのを感じる。
「ご、ごめん! 気持ち悪いこと言った! 不快にさせてごめんなさい!」
頭を深々と下げ、謝罪の言葉を並べる。
誰彼構わず言っていいことじゃない……!
「なんか、言い慣れてる感じがしたんですけど………もしかして進藤くんってタラシだったの?」
「いや違くて……幼馴染の1人がなかなか会えないからって会った時は何かしら気合い入れたところを見つけて褒めろってやらされてたんだよ………それでつい……………」
言った直後、北上さんの体が固まり動かなくなった。いや、俺がそう感じているだけかもしれないが、少しの間北上さんは黙り、少しづつ俯きながら聞いてくる。
「…………その幼馴染さんは、進藤くんの、かのじょさん……………………?」
「…………違うよ」
その言葉を聞くと彼女は顔を上げる。そして俺の顔を見て、驚きの表情を浮かべる。それもそうだろう、おそらくその時俺は、
心底嫌そうな、それこそ苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたに違いないんだから。
「すごい顔してるけど、どうしたの………?」
「ああいやごめん、えっと色々と省略して話すんだけど」
「まずその子、阿久根舞伽って言うんだけど、それが天宮の彼女で、」
「えっ!?」
「そもそも朝陽……緒方朝陽って解る? あいつも幼馴染なんだけど」
「ええっ!?」
「それで阿久根だけ1人だけ少し離れた場所に住んでるからってたまに会う度に俺たち男3人にさっきみたいに褒めさせてるんだよ……それでつい口から……………」
「えぇーっと……もしかして藍崎さんも?」
「ああ、解るんだ。流石学年有名カップル」
緒方藍崎の入学数ヶ月で学年全体に広めたラブラブカップルぶりに感心しつつ、言葉を続ける。
「天宮とその阿久根も含めた5人で昔からつるんでるんだよ……それで、その阿久根を彼女は俺には無理だなって」
「無理」
「いや別に嫌いじゃ無い、というかいいヤツだしじゃないと今も付き合い続かないし、それでも恋愛対象としては全然別って話で、さっきももし付き合ったら俺じゃ長続きしないな、って想像しただけだから…………」
一通り話し終えて、ふと冷静になる。何をこんなにまくし立てて説明しているんだ。こんな玄関先で。暑さも厳しくなってきてる中屋外で。黙った2人の静寂があたりを包んでいる。
「こんな所で長々とごめん……中にどうぞ?」
「は、はい……おじゃまします」
親父たちは悠の世話で部屋に戻っているので、北上さんを子犬達がいるリビングへと案内する。
柵に区切られた中では、子犬たちがクッションで落ち着いていたり、動き回っていたりと思い思いに過ごしている。
「進藤くんは名前は決めた?」
「うん。 メスでリリって名前になった」
俺は寄って来た首輪を着けた子犬………リリを抱き上げる。警戒した様子は無く大人しく抱かれたままだ。
「最初に寄ってきた時から思ってるけど本当に警戒心が無いというか……人懐っこいなリリは」
「進藤くんが良い人だって最初から解ってるんだよきっと」
さらっと言われて、気恥ずかしい気持ちが湧いてくる。それを誤魔化すためにも返事をかえす。
「そんな風に言われるような事は進藤さんの前でしてないと思うけど……」
「この子達を見つけて、ちゃんと責任感持って動いてるのは良い人じゃない? 見なかったことにせずに」
「その時は北上さんもいただろ……。 あの状況から見捨てるなんて出来ないよ」
「じゃあ1人で見つけてたら見捨て帰ってた?」
「それは………」
「リリちゃんが寄ってきた時にかけてた言葉は思ってない事を言ってた? そうじゃないよね」
「それは忘れてくれ…」
「忘れません。 こーんなに可愛いのにねー?」
言いながら北上さんはリリを撫でる。からかわれていると同時に自分がやった事が認められたようで、少し嬉しい。
「それで、北上さんはどの子にするんだ?」
「えっとね、実は写真見て家族と相談済みなの」
北上さんは、頭の上が少し毛色の薄い子犬を柵から抱き上げる。抱き上げられた子犬は、嬉しそうに尻尾を振りながらも暴れることはなかった。
「解った。 準備するからちょっと遊んどいてあげて。」
「はーい。よーし今日からキミはうちの家族だぞー」
子犬に話しかける言葉が耳に入り、少し鼓動が早くなる。大丈夫。そういった言葉が出るであろう事は解ってるんだよ。だから落ち着ける。落ち着け。落ち着け。
動揺を隠したまま動こうとしたその時、リビングの扉が空き、声をかけられる。
「悠が寝たから様子を見に来たけど、未来くん、どの子か決まった?」
「さ、き、さん」
「お姉さん? ですか? お邪魔してます」
「こんにちは、未来くんの母………の進藤早紀です。今日はこの子達のためにありがとう」
そんな申し訳無さそう顔をしながら言わないでくれ。俺がいるから。しなくていい思いをさせている。
「いえ、私も新しく家族が増えて嬉しいので。流石に全員は無理なので後はいい縁があるといいんですが」
人がいる間は絶対に出てこないようお願いするべきだった。でもそうしたらどんな気持ちにさせるか。体の奥から冷えて固まっていくのを感じる。俯いてしまった状態から動けない。駄目だ。早紀さんを悲しませたら。なにか言わないと。動かないと。動け、動け、うご
「あの!」
おもむろに北上さんがあげた声に体が反射に近い反応をする。
「進藤くんと出かける約束をしていたので一旦お暇します! この子はその後にまた迎えに来るので!!」
そう言うと俺の手を引いて玄関へと早足で向かう。
「あ、えと、すいません、ちょっと出てきます」
辛うじてそんな言葉を漏らしながら、北上さんに手を引かれるまま家を出る。
その時見えた早紀さんの顔は、呆然としているのか、悲しんでいるのか、その判断は今の俺にはつかなかった。
◇
「様子がおかしく見えたから結構無理矢理連れ出しちゃったけど…」
家から少し離れた公園までなされるがまま手を引かれ、木陰のベンチに腰を落ち着けながら彼女が言う。その言葉を聞いて、自分がうまく立ち回れていなかった事を突きつけられた気持ちになる。
「……大丈夫?」
「…………わかんない」
そんな言葉しか最早出てこなくなっている。もうどうしたらいのか解らない。このまま家に戻ってもなんて言い訳すればいいんだ。
「じゃあ、」
ふと汗ばんだ左手を北上さんが両手で包み込む。
「解るようになるまで、待っててもいい?」
「………え?」
「私が小さい頃、悲しいことがあるとお母さんがこうして慰めてくれたの。こうやって落ち着くまで手を握ってくれて」
「俺子ども扱いじゃん…。 恥ずかしい…………」
「一番恥ずかしい所はもう見られてるんでしょ?」
「………そういえばそうだったね」
話しながら、冷え切っていた心が少しづつ戻っていくのを感じる。懐かしいような、落ち着く感覚。自分はこんなに単純だっただろうか。しかし、不思議とそれを受け入れている自分がいた。
「北上さん」
「うん」
「良かったら、俺の話を聞いてほしい」
幼馴染たちにもした事がない話まで、それ程過ごした時間が長くない相手に話したくなるなんて。
その言葉に北上さんが頷いてくれるのを見て、面白くない話だけど、と前置きをし俺は幼い頃を思い出していた。
◇
4才くらいかな。それくらいの頃に母親が病気で亡くなったんだ。
その頃の事はあんまり覚えてなくて、当時は多分ちゃんと理解できてなかったんだと思う。
それでも親父が悲しんでるのとか、元気がないのは感じてて。
親父が悲しまないようにって思いながら、その時自分が出来る手伝いとかをしながら暮らしてた。
小学校に上がってから母親がいない事で心無い言葉をかけられた事もあった。それで周りを巻き込んでケンカした事もあったけど、それで親父が学校に呼ばれて迷惑をかけてさ。直接言われたわけじゃないけどやっぱり母親がいないと教育が、なんて言葉が聞こえてきて。
言葉の意味をその時は全部理解できてた訳じゃ無いけど、悪く言われてるのだけは解って。とにかく迷惑をかけちゃだめだって思った。
そのケンカの時に一緒に怒ってくれたのが聡志と朝陽で、仲良くなったのはそこから。
まあ、多分それがきっかけで他の人と積極的に交流を持つのが怖くなってたんだと思う。
何を言われるか解らない、壁を作って、安心できる身内だけを中に置いて向き合わないようにしてた。
中学2年生の時に、親父が再婚したいって言い出して。親父が幸せになるなら喜んでと思ったけど、相手の写真を見せてもらったときは目を疑ったよ。だって俺の方が年近そうに見えたから、というか実際そうだったんだけど。
それが早紀さん。さっきの人ね。申し訳ないけど、正直美人局とか結婚詐欺の類かと思った。
でも顔合わせをした時、2人の空気感とかやりとりとかで、全然そんなんじゃなくって、お互いを思い合ってる事が解った。だから安心したんだけど、その時言われたんだ。
これから新しい家族になるんだって。
その言葉に、ふと思ってしまったんだ。
俺にとってこの人はなんだ?
この人にとって俺はなんなんだ?
その時は生返事をしてしまったけど考えだしたら止まらなかった。母親の記憶が朧気な俺にとってどういう人であれば母親なのかが解らなかった。
大人なのは間違いない、けど。どう接していいか解らない。あれよあれよと式が終わり、同居生活がはじまり、妹の悠が生まれた。
悠を抱いた早紀さんと親父を見て、良くない思考が頭をよぎった。
あれ?おれいらなくない?
早紀さんと直接繋がりがない自分が酷く異物のように思えてしまって。俺がいなくなれば何も問題ない円満家族じゃない? なんて。
………解ってる。ありがとう。そんな親父の事を考えたら口が裂けても言えないような事を考え出しちゃって。
家の手伝いをしなきゃいけないのに、日々帰る足取りは重くなってて。帰りたくないな、って思ったたらあの河川敷で何もせずに時間を潰すようになった。
◇
「そうやって過ごしてたけど、自分の中で処理しきれない何かが積み重なってたんだろうなって思う。 家族という言葉を聞くたびに嫌な考えが頭を走るようになって、最悪のタイミングで表に出てきてしまった」
口からこぼれ出した気持ちは、留まることを知らずにどんどんと自分の中から吐き出されていく。北上さんは変わらず俺の手を握りながら、時たま俺の言葉を否定しつつも話を聞いてくれている。
「今までは何も問題ないよう態度を見せられてたと思うけど、もう誤魔化しきれないような行動をとってしまった。 早紀さんを悲しませるつもりは無かったのに」
吐き出すので精一杯だった。親父の負担になりたくなかった。早紀さんを悲しませたくなかった。全部全部自分の物だ。でも自分が弱いせいでどちらにも顔が向けられない。
俺は。
「どうしたらよかったんだろう」
自分が作った壁の中でぐるぐると回ってどこにもいけなくなっている。
その言葉を最後に、沈黙が訪れた。
公園には誰もおらず、遠くを走る車の音が時たま聞こえてくる程度の静寂。
それでも北上さんは俺の手を話すこと無く、ゆっくりと口を開いた。
「進藤くんはどこに……ううん、進藤くん自身はどうしたいの?」
そう言う北上さんの顔は、どこか寂しそうな、泣きそうな顔をしていて。
「え………?」
俺は、親父を、早紀さんを
「そうじゃなくって」
「他の誰かじゃない、進藤未来くんの望み…っていうと大げさだけど、どうありたいのかが今の話には無かったから」
心の中では解っていた、しかし隠し続けていた事が外に出されていく。
でも自分がどうしたいかなんて言ったら、迷惑を
「というか!!」
「っ!?」
「相談とか誰にもしてないでしょ!」
「は、はい…」
「一人で抱え込んでたらぐるぐる同じところにいっちゃいがちなんだから。 …と言っても性格的にそうなっちゃったのもあるだろうし、偉そうにも言えないんだけど」
そう言われたとき、穏やかな日のしまい込んでいた舞伽とのやりとりが頭の隅から出てくるのがわかった。
『未来さー、ちゃんと自分の食べたいもの食べてる?』
皆で入った喫茶店でそんな事を言われて、当たり前じゃん、って何のけなしに答えて。
『いやだって、今日もだけど皆で遊ぶとことかどこで食べよーって決めるとき全然率先して意見出してなくない?』
その時は深く考えずそんなことないだろ、ってナポリタンを食べながら否定したけど舞伽は納得行ってなさそうで。
『んー…? 未来がそう言うならいいけど。アタシは未来が心配だよー」
何を勝手に心配してやがる。
『周りをよく見てるのも他人の事を思いやれるのも未来の美徳だけどねー』
急に真っ直ぐに褒め言葉を投げつけられて、うっせって言いながら顔を逸らして。
『まあなんかあったら、いつでもアタシ達に言いな! アタシ達には今更迷惑とか考えるなよ!』
聡志はともかく朝陽たちを巻き込むなよ、って言いながら周りを見たらみんな食べる手を止めて俺の方を茶化す様子もなくまっすぐ見ていて。
信頼のようなものを感じて、気恥ずかしくなり、おう、としか答えられなかった。
『それはそれとして…未来のナポリタン一口寄越せ!!」
きっと照れ隠しもあったであろうその行動に、朝陽も同じの頼んでるんだからそっちからも取れとか、行儀が悪いだとか、そんなとりとめもない事で笑った日。
どうして今まで忘れていたんだろう。
家族の話だからと、自分でなんとかしないと思ったのは確かだ。
こっちを見ていたはずの人達も見ないふりをして、自分だけの問題と一人で勝手に追い詰められていた。
「相談しても解決はしないかもしれないけれど、こうやって話してくれたみたいに言ったら楽になることもあるだろうし」
「うん」
「それに、私はともかくだけど、進藤くんの友達たちは頼りになるんでしょ?」
「うん…………」
言葉が素直に心の中に入ってくる。
もう取り繕うことは出来ない。俺の中の思いが涙として溢れて止まらなくなっていた。
「ゔん……うううううぅぅぅぅぅぅぅぅ」
子どものように泣きじゃくる俺を、北上さんは穏やかな表情でハンカチで涙を拭きながら、落ち着くまで側にいてくれていた。
「北上さんありがとう…もう大丈夫だから」
「うん、お疲れ様?」
そうやって労ってもらえるようなことはしていない…むしろ、
「ありがとう、こんな話をちゃんと聞いてくれて」
「ううん、私が聞きたかったの。 あなたの事を」
「え…」
それはどういった意味で。いや、今は考えるな。まだ何も終わってない。
「戻らなきゃ。 戻って、早紀さんと話をしないと」
「…私一旦帰ったほうがいいよね? 流石に部外者だし……」
「………良かったら、一緒にいてくれると、とても心強いんですが」
「いいの?」
「一人だとまた暴走しそうなのでお願いできますでしょうか」
「どんな言い方…? でもわかった」
北上さんはパッと笑顔を咲かせて、
「進藤くんが頼れるように、一緒にいる」
瞬間、時が止まったような感覚が俺を包んだ。
「………いやマジで、緊張してるから、頼りにしてます」
これから起こることへの不安と、相手を悲しませてしまうかもしれない憂いと、いま横を歩いている人物へのふわふわした感情。
それらがないまぜになったまま、俺は家への道を歩き出した。
◇
「それで未来くん、話って何…?」
早紀さんは不安な様子で机の向かいに座っている。親父は纏まったら後で話すと伝え悠の面倒を見てもらい、北上さんはソファーに座りながらこちらを気にかけつつも子犬を抱きかかえている。
「まず、さっきはすみませんでした。 急に外に出てしまって混乱したと思います。ちょっと俺の中で混乱してしまって。」
吐きそうだ。でもここで踏み出さないと、自分で勝手に作った壁を越えなければ。
「今更で本当に申し訳ないんですが、俺の素直な気持ちを、伝えさせていただけたらなと」
斬首台に載せられているかのような感覚。でもそれは自分が勝手にそう思っているだけだ。
北上さんの方に目線を向けると、彼女と目が会う。 心が落ち着いていくのを感じる。
「俺は…………………母親というものがどういうものなのかよくわかりません」
体をこわばらせるのが見える。自分の胸が締め付けられるのを感じる。
「なので、早紀さんにどういうスタンスで接すればいいのかが解らないんです」
崎さんが徐々に顔を俯かせている。でも、言葉を紡がなければならない。
「ただ、ちゃんと家族にはなりたいと思っています」
「え…?」
「ごめんなさい、わけわからないですよね。 これが俺の素直な気持ちです。
早紀さんは親父を支えてくれて、一緒になってくれて。二人が幸せそうなのが俺も嬉しい。
妹はとにかく可愛くて、色々大変だけど生まれてきてくれてありがとうって思える。
ただ、俺の自分にとっての母親がわからなくて、早紀さんとの年の差が親父よりも近いというのもあって
どういう風に接したらいいかわからず今まで過ごしていました。」
自分の中の思いを次々と言葉にしていく。まっすぐと、伝えるべき相手に向かって。
不安は消えきらない。だが、
「なのでこれからどう思えるかは正直わかりません。母さんと呼べるようになるかもわからない」
家族に対して、自分をちゃんと知ってほしい。
「ですが、早紀さんとちゃんと家族になりたいので、まずは」
ひとつ、すこしづつでも変えていきたい。
「敬語を、やめたいと、思う。」
自分で作った壁を取り払うんだ。
「………………嫌、かな」
ひとしきり喋った後早紀さんの様子を伺う。
すると、早紀さんから大粒の涙がこぼれだした。
「っごめんなさい! やっぱりいやでしたか」
「そうじゃなくって! 嫌なわけ無いじゃん!!」
「え…?」
「だって、未来くんずっと他人行儀だし、私受け入れられてないなって、嫌われてるって思ってたから…!!」
そう言って泣く早紀さんの元に近づき、ハンカチを渡して背中をさする。
「良かった…良かったぁ………私ここにいていいんだ…………」
もしかしたら早紀さんも俺と同じような事を考えていたのかもしれない。
そう思ったら、自分が幼い行動を取っていたことに後悔の念に駆られてしまう。
「これからは、気になったこととか、思ったことは素直にいいます。 もちろん、家族でも内緒にしたいことはあると思うので全部とはいわないけど」
「うん、私もこれから改めてちゃんと家族に…ううん、未来くんに母さんって呼んでもらいたい、だから、ちゃんと話そう?」
「すぐには難しいと思うけど、いつかは。 改めてよろしくお願いします、なんてのも硬いかな…?」
「ううん、改めてよろしく、未来くん」
いや、それもこれから取り戻していける。
今日、今このときから今この時から始めることができるんだ。
◇
話が終わり、北上さんが子犬を引き取り帰ったあと、親父に一通り今までのことを話した。
親父には謝られてしまったが、全部自分の問題だったから、と言い聞かせる。
それを聞いて、いやそう思うようになってしまった事自体が、とうなだれてしまったが。
その日の夜、夕食の準備を早紀さんとしながら、今まで話せなかった事をお互いに話し合っていた。
「えー!? そんなに仲の良い子達いたなんて全然わかんなかった……っていうのも私のせいだよね〜紹介しづらかったよねぇもーホントごめんねぇ…」
「いやいやいや、俺がちゃんと話せてなかったのが悪いって言ってるでしょう、謝らないで」
早紀さんが離乳食を、俺が家族の分の食事を用意しながら謝り謝られながらも心の中にあった重いものはもほとんど感じられない。
調理自体は終わり後は肉じゃがに火が通れば終わり、ということでひとまずの洗い物に入る。
親父に迷惑をかけない、と今まで可能な限り自分で頑張ろうとしていたが、それはとても寂しいことだったんじゃないか。
これからはもっと甘えていってもい
「いやーしかし未来くんの彼女さんには感謝しなきゃねぇ」
思考を切り裂く言葉が聞こえ、洗っていた包丁が手から滑り刃先が指を走った。
「ったぁ!」
「えっどうしたの!?」
俺の傷を確認した早紀さんが絆創膏を取って戻ってくる。貼ってもらいながら、事実を話す。
「あの、今日いた子は、ただのクラスメートで、別に付き合ってるわけでは無いす」
「え?」
「え?」
当然の疑問だと思うが、疑いようもない事実なのだ。
「えーだって未来くんを連れ帰ってきてくれてあの場に立ち会ってたからそれだけ信頼してるんだと…それにあの子だって私が見るに…」
その言葉に今までの事が思い返される。北上さんの行動。しかしそれ以上に自分の行動を省みると、胸の奥から羞恥に近い、しかし別物の確かな熱を感じる。心臓の音がうるさいくらいになっている。これは
「はぁ〜なるほどなるほどなるほど。 少なくとも未来くんがどう思ってるかは良くわかった」
顔にまで出てたのか。全く自分の制御が出来ていないらしい。
「まあご飯食べよっか! いやしかし青春だ〜眩しい〜」
早紀さんは楽しげに皿の準備のために俺の前から離れていった。
いったいどのタイミングから? 何がきっかけで?
俺が彼女を真っ直ぐ見たのだってこの前が初めてだったはずだ。 だが、その時には既に彼女に対して自分の中に壁が無かったように思う。 一目惚れ? というのもしっくりこない。
頭の中で思考がぐるぐる回るが答えは出ない。囁くように言葉が溢れる。
間違いないことは、俺の中には
「好きだ…」
北上真尋に対する確かな恋心が存在しているということだけだ。
◇
「ただいまー」
子犬が入ったケージを持ち家に入る。すると2階から騒がしい音と共に妹が駆け降りて来た。
「お姉ちゃんおかえり! 遅いよ! ワンちゃんは!?」
「茉奈落ち着きなー。 この子をお父さん達の所に連れて行ってくれる? 私疲れたから一旦部屋に戻るね。 ご飯になったら呼んで」
「んん? 解った!」
子犬を受け取った茉奈がケージの中を覗きニヤニヤとした顔を浮かべながらリビングへ向かうのを見送った私は、階段を上り自室に入るとドアを閉める。 そのままドアにもたれかかると力が抜けていくのを感じて、その場へと腰をつけた。
「………………………………っああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
安堵と羞恥心とうわついた気持ちが一体になった呻き声を上げながら折りたたんだ膝に顔を埋める。
最近の私はどうしてしまったんだ。
クラスメイトで、気になっていた進藤くん。泣きぼくろがあって垂れ目がちで、見かけはめちゃくちゃイケメンってわけじゃないけれど、カッコいい寄りって言えると思う。普段の態度は冷たく見えて、クラス内では天宮くんといる時だけは楽しそうで。
でも気になっていたのは、大体1年前位から、帰り道で彼が時たま一人で座り込んでる姿を見ていたからで。
その横顔が、どこかで見たような、寂しさか何かわからない様なものを感じて。
高校で初めて同じクラスになったのが解った時は何か声をかけようか、と思ったけど彼の他人を寄せ付けない感じが怖くて、何も出来なかった。
だからこの前、彼が座り込んでいる場所で何か小さな動物が近づいてるのに気づいて、どうなるにせよなにかきっかけになるかなと。心を決めて近づいてみたんだ。
そしたら。 なにあれ。
すごい優しい声で捨て犬に話しかけてるし。
恥ずかしがって耳まで真っ赤になるし。
見つけた子犬達を見捨てれず何とかしようとするし。
今まで感じていた怖さは何だったの、って。
そこから私はずっとおかしい。
子犬達を見つけたのは自分でもあるからって強引について行ったり。
あなたの話が聞けると嬉しくなったり。
家族と話す時の雰囲気がまた違って気になって。
連絡先も知りたいと思ってたら向こうから言い出してきてびっくりしちゃって。
その日の夜引き取れる事が家族会議で決まって、最初のメッセージを送るのがどうしてか緊張して送れなくて。ドキドキしてしまって。
…どうしてなんてそんなわざとらしい事を、と考えながら、それが少し嬉しくて、温かい気持ちを感じて。
でもまだその時は自分の中で認められなくて。
だって今までちゃんと誰かを好きになんてなった事なかったし。
友達の恋バナを聞いて大変だねーなんて気楽に言ってるだけだったのに。
子犬のひきとりだけなのに今持ってる服からなに着るかずっと迷ったり。
気合い入れすぎるのもおかしく思われるかなって悩んだり。
迷いに迷った結果髪だけでもやりたいって普段全然使わないヘアアイロンを引っ張り出したり。
そんな所をちゃんと気づいてくれて可愛いっていわれた時は本当にドキッとして嬉しくて。
………彼女がもういる可能性を考えてなくてそれが頭をよぎった瞬間冷や水をかけられたかのような感じがして。 舞い上がってた自分が急に惨めに思えて。
彼女じゃないと解ると心の底から安心して。
一挙手一投足に振り回されてて。
でも。
それ以上に。
彼のお母さんが出てきた時様子がおかしくなって。
追い詰められたあの横顔を見て。
自分の事を辛そうな顔で話すのを見て。
話してくれたことに喜びを感じて。
その目から流れる涙を見た時。
…気づいたのはその時だっただけで。 きっと本当はもう最初から。
彼のそばにいたいと、心の底から思った。
……その涙さえも、私の前だけで流してほしいなんて感情も心の底にあって。
どうしてなんてごまかす余地は微塵もなく。
この胸の高鳴りは。
思うだけで涙が出そうにるのは。
後ろ暗いような独占欲は。
「私、進藤くんが、好きだぁ…」
言葉と同時に涙が一筋流れるのを感じた。
ああ。 なんてことだろう。
恋とは、本当の本当に大変な事だったのだ。
◇
子犬たちの里親も見つかり、少し時が経ち季節の変わり目を感じるようになった頃。
テスト最終日の半日授業が終わった俺は朝陽と夕美に誘われたので、早紀さんに連絡を入れ了解をもらい、昼食にチェーンのハンバーガーショップに来ていた。
聡志は舞伽と貴重な制服デート、と息巻いて学校が終わって即教室から飛び出していっていた。楽しそうで何よりだ。
「んで、未来は北上さんにフラレでもしたの?」
幼馴染の一人で朝陽の彼女でもある藍崎夕美が茶色の爽やかなショートヘアーを揺らし、席につきながら藪から棒にそんなことを言い出すから危うく鼻からコーラを出す勢いでむせてしまった。
「...振られてねぇよ。 急に何だ」
「えーでもテスト始まってから明らかに様子がおかしいじゃーん」
「お前らが気にする事じゃねーっての」
「ケンカしたなら早くごめんなさいしなよー」
「そんなんじゃないからいらん気を回すなって…」
そう、ケンカをしたわけではない。ただテスト前日の事が恥ずかしすぎて申し訳なさすぎて顔をまともに見れないだけだ。
そう思っていると、夕美の隣の彼女と同じ髪色を持った朝陽が俺のポテトをつまみながら
「未来はいい加減北上さんに告白しないの?」
なんて言ってくるもんだから俺は固まってしまう。
「いや、だって、まだちゃんと話すようになってから3ヶ月くらいしか経ってないし...」
「俺が言っても説得力ないけど時間なんて関係ないだろー。 ほぼ毎日一緒に帰ってるんだろ」
朝陽達には言ってあることだ。 北上さんとは何もなければ一緒に帰るようになっていた。
「一緒に公園で犬の散歩してるのを結構見るって聞いたよ」
夕美からも目撃例が出てきた。 成長してきたので遊ばせられる公園までお互いに連れて行ってるのだ。 まああの辺りに同じ学校の生徒はいるだろうからな…。
「水族館デートは楽しかったかぁ?」
「おい待てそれは誰にも言ってないだろ何で知ってるんだ」
「実はたまたまその日聡志と舞伽もデートでいたんだってさ」
言われ俺は肘をついた片手で頭を抑える。見られて恥ずかしい事はしてないはずだが、どうにも慣れない感覚が襲ってくる。
「………はー未来くんの恥じらっている姿…栄養がありすぎる……」
夕美、《《素が漏れてる》》ぞ。勝手に謎の栄養を俺から摂取するんじゃない。
「俺としては2人が...というか北上さんが未来と一緒にいてくれたら安心なんだけど」
「何だよそれ...俺は要介護者かっての」
「だって未来が一番しんどい時に支えてくれたんだろ? 俺らにもなーんにも話してくれなかったあの未来がそうしたってだけでも信頼できるし」
「そうなーんにも私たちに相談してくれなかったあの未来がねー」
「だからそれはもう何度も謝まっただろ...」
2人の本心半分からかい半分の言葉に俺はばつがわるくなる。
早紀さんとちゃんと話せるようになったあの休日の次の月曜日、登校中に朝陽と会い、下駄箱で北上さんと会ってしまった時。
みっともない所を見せてしまった恥ずかしさと、顔を見れた嬉しさと、自覚した思いから。
どもりながら、顔を赤くしながらその場でうずくまってしまった。 北上さんには言い訳をして誤魔化したけど、それを間近で観てた朝陽のそれはもう嬉しそうな、面白いものを見つけたような顔を見たときは、碌なことにならなそうとは思ったが。
その日の夕方には幼馴染み全員が招集(舞伽は通話だったが)されてあった事を洗いざらい聞き出されてしまった。
その時、今まで話せなかった事を謝って、……悲しい顔をさせてしまったが、自分の問題が解決した事を喜んでくれて、ちゃんと自分の心を預ける事が出来たような気持ちになった。
………それはそれとして、自分の心の中を全部打ち明けた事は、未だに恥ずかしい思いをさせられてしまっているが。
「急かしてもしょうがないとは思うけど、未来的には脈アリなんでしょ? 何を躊躇ってるのさ」
そう。 そうなのだ。 あの時は自分の事でいっぱいいっぱいで周りもちゃんと見れず、深く考えれてもいなかったが、思い返すと最初からこちらの事を気にしたような行動ばかりだったと思う。
しかしだ。これを口に出すのは恥ずかしいが、もうこいつらには取り繕いたくは無い。
「……………いや、だって、俺が好きって自覚した時、既に相手が好意を抱いてくれてるとか都合良すぎじゃ無いか………………?」
結局は自信が持てない事を言い訳してるだけだとしても素直な気持ちを吐く。
2人は呆れながらも、真面目な目を俺に向けている。
「ちゃんと話してくれるようにはなったけど、ヘタレとビビリは治らなかったか……」
「俺は夕美に告白しようと思ったとき聡志にも未来にもめちゃめちゃ相談してたからお前に言えることが無いよ……」
そうだぞヘタレ仲間。あの時ズルまでしようとしやがって。 俺は解っても絶対に言うなと釘刺しまでしたんだぞ。
「好意を向けられてるから好きになるってのはあると思うけどねー。 未来がそうとは今までを見てると言えないけど」
「なんにしても今のままのつもりはないんだろ。 ちゃんと仲直り出来る事を祈ってるわ」
「ケンカじゃないって………」
「ならなおさらだろ。しかしケンカじゃないのにあの微妙な感じは………」
「やめろ、考えるんじゃない、なんとかするから報告待ってろ!」
2人と話しながら、自分の中では心を決めていた。あんなことになったならテストを言い訳に自分をごまかすのも終わりにしないと。
それに、気持ちを素直に言葉にして伝えたい。そして彼女との関係を変えたい。そう求めるようになった自分がいた。
◇
テスト最終日の半日授業の後、友達から誘われた私は駅近くまで一緒に遊びに来ていた。
「はい、進藤くんと何があったか全部、ぜーーーーーーんぶ話しなさい。拒否権はないからね」
「空ちゃん落ち着いて………」
「二人揃って目が合うと顔を赤くしてさっと目を逸して! なにかあったに決まってるじゃん!? 私を置いて先に行っちゃったの!?」
高校に入ってからできた友達の空ちゃんにそんな風に言われて、そんなバレバレな姿を見られてたと思うと恥ずかしくて顔を上げられなくなる。
「あなた達本っ当に付き合ってないんだよね!? 空気がぶっちゃけヤったあと…………」
「大きな声で何を言ってるの空ちゃん!?」
慌てて正面にいる空ちゃんの口を抑える。チェーンのコーヒーショップにいる周りのお客さん達の視線が刺さるのを肌で感じる。
前のめりになっていた空ちゃんは少し落ち着きを取り戻したのか椅子の背もたれに体を預ける。
「出会った頃は好きな人いないどころか恋した事ないとまで言ってた真尋が気づいたら一気に進展してるんだから驚きもするわよ」
「うう…」
そう言われると言葉もない。以前では考えられない事もしている自覚があるので尚更だ。
「しかも相手があの進藤君だってんだからねぇ。 未だにあの虚無の自己紹介覚えてるわ」
「みんなが趣味とか色々言ってたのに名前だけ言って座っちゃったやつね……」
高校に入ってすぐのホームルームで各自自己紹介するという流れになった時、彼は立ち上がり名前を名乗った後よろしくの一言もなく座ってしまったのを思い出す。
そのすぐ後に天宮くんがこんなんでもいいやつなんで共々よろしく、なんてフォローをしてたっけ。
「そんな風だった進藤くんが気づいたら空気柔らかくなってる感じするし、真尋と話してる時には笑顔も見せるしでねぇ?」
「そ、そうなのかな…?」
なんて口では言いつつも、彼の自分への態度の違いは自覚していて、自然と口元が緩んでしまう。
彼の中で自分が特別なんだと思えて胸の高鳴りを抑えられなくなる。
「まあ大丈夫だと思うけどあんまりフワッとした状態ではいられないかもよ? 最近進藤くんのこと良いって言ってる女子が出始めてるみたいだし」
「え?」
寝耳に水だ。まさか私以外にも彼のことを見つける人が出てくるなんて。
「元々見た目は悪くないし、最近はさっきも言ったけど柔らかくなって人当たりも良くなってるからねぇ。 ちゃんと相手を見てる人は真尋の存在も解ると思うから良いんだけど、そうじゃないのもいるからね」
「………そんなの、駄目」
自分の中の暗い欲が顔を出す。 これも以前の私では抱きようがないものであり、振り回されている物だった。
「それを言う相手は私じゃないでしょ。 ちゃんと進藤くんにどう思ってるか、どうなりたいか伝えなきゃ」
「うん……解ってる」
解ってるのだ。 でも今の距離感だけでも幸せで、これ以上を望んでも良いのか、なんて思ってしまう気持ちもある。
だが、自分達以外が絡んでくるかもしれないとなると話は別だ。曖昧なままでは横槍が入るかも知れない。
駄目になってしまうかもしれないけど。
伝えなければ。自分の心の内を。
「で、実際何があったの?」
「へっ」
「このまま聞かずに終わるわけないじゃん。 さあ、吐くんだ!」
「えーーーーーっ、と………………き、キスを、」
「は? キス? したの!?」
「未遂です…………」
「はい?」
「この前進藤くんのお家で一緒に勉強してる時にね」
「は?」
「隣に座って教えあってた、というか殆ど教えてもらってたんだけど、ふとした時にお互い目があって固まっちゃって」
「…」
「その時に、えっと、魔が差したといいますか、目をつぶってしまいまして」
「……」
「そしたら、頬に手が当たる感覚がしたから、もしかして本当にこのままとか考えてたら」
「………」
「リリちゃん……進藤くんちのワンちゃんの鳴き声が間近で聞こえて、びっくりして目を開けてしまい」
「…………」
「それで進藤くんとすごい距離が近づいてるのを認識した時、もうものすごく恥ずかしくなっちゃって、その場から逃げるように飛び出して来ちゃって、それ以来恥ずかしくて顔がまともに見れません………」
「……………もうさっさと押し倒しちゃえばいいんじゃない?」
「ちょっとぉ!」
言えっていうから話したのに急に雑にならないでよ!
◇
朝陽達と別れて帰り道を歩く。 日が沈むのが早くなるのを感じる中、あの河川敷に差し掛かったとき、ふと足が止まる。
川面を眺めながら、あの時の事を思いだし、感慨に浸っていた。
「え、ちょっと、どうしたの?」
そんな言葉が聞こえた方を見ると、北上さんが少し焦りを見せた表情でこちらを見ていた。
「どうしてもないけど……ただ見てただけ?」
「ならいいけど……ここにいた理由を聞いてるこっちからするとまた何かあったんじゃないかと思って」
「わざわざ心配してくれてありがとう。 まあただ見てたわけじゃ無いのは確かなんだけど」
そう言いながら腰を下ろす。すると北上さんも拳一つ分の距離を開けながら隣に座った。
「じゃあどうして?」
「………今日は早終わりだし、普通に考えたらこのタイミングではありえないんだけど、ここにいたら北上さんがくるかもなって思って」
「……………ひゃっ?」
空気が漏れるように声を出す北上さん。ああもう。惚れた弱みか、可愛くて可愛くてしょうがない。
「この前は、ごめん」
場の空気に流されて行動してしまった事、まだそういった関係でも無いのにも関わらずそそうしてしまった自分に自己嫌悪していた。
直前で止めてくれた、なんて意図は無いと思うけど、リリには様々な感情がありつつも感謝していた。
「いや、あれは、その、私のせいだし。 逃げちゃったし」
「いや、俺が自制しなきゃいけなかった事だよ。 場の空気だけでしていいことじゃなかった」
そう。だから。ちゃんとしなければならない。
静かに息を吸い、長く吐き、自分を落ち着かせる。怖いが、踏み出さなければならない。
「北上さん」
「進藤くんっ」
意を決して相手に向かい言葉を出すと同時に、北上さんもこっちを向きながら俺を呼ぶ。
「………俺から言ってもいい?」
「………………はい」
ああ。もしかしたら同じ事をしようとしているのかも、なんて自分に都合のいい考えが止まらない。喉が乾き焼け付くようだ。あいつらもこんな気持ちだったのか。
「北上真尋さん」
「あなたの事が、好きです」
「俺と、付き合ってくれませんか」
言い切り、言葉がなくなる。 自分の心臓が激しく脈打つのを全身で感じる。自分の中で押し留めていた物が外に出たことによる心地よさ以上の緊張が俺を支配していた。
少しのような、長い時間のような間の後。
「はい」
「私も進藤未来くんが好き……大好き」
「今日、今から、あなたの彼女がいいです」
その言葉を聞いた瞬間、緊張からは解放され、それ以上の安堵と多幸感に包まれる。なぜだか泣きそうにまでなっていた。
「…………嬉しすぎるな、これ。 えっ、本当に? 今現実!?」
テンションが際限なく上がって行くのを感じるが自分では抑えられそうもない。
すると、北上さんがそっと俺の手を握り、
「落ち着いて、現実だよ。 私は、あなたの事が大好き」
そう言われてしまい、落ち着くと同時に羞恥心が襲ってきた。
「なんかいつも俺ばっかカッコ悪い所みせてるなぁ……」
「そんなことないよ。 ほら」
そう言って俺の右手を自身の左胸に寄せる。 その行為に一瞬驚きはしたが、意図は解ったので冷静であるよう努める。
俺の右手には、自分の鼓動と同じくらいの激しさの脈動が伝わってきた。
「お互いにすごい事になってるね……」
「ね………本当は今すぐ走り出しちゃいたいくらい嬉しいの」
気持ちを向けているのが自分だけではないことへの安心感が俺たちを包む。
「ところでですね」
「? はい」
「私たち、彼氏彼女になったわけですよ」
「は、はい」
「告白はしていただいたので、これは私から改めて言わせて頂くんですが」
そこまで言われて、恥ずかしそうに目を逸らす北上さんを見て、何を言われるかの予想がつかないなんてことはなく。
「進藤くんとき、き、き、キス、したいでひゅ」
噛んでいた。可愛すぎる………….。
恥ずかしさからか顔を真っ赤にしながらもこちらに向き直り、目を閉じる
周囲を確認する。 犬の散歩をしている人も、下校途中の生徒も誰も見当たらない。
今この時は、誰にも邪魔されず、2人だけの物にしたいと思った。
彼女の頬に手を添える。
少しづつ距離を近づけ、目を閉じ、そして彼女に口づけをした。
緊張からか唇の感触とか、レモン味がどうとか気にする余裕なんてなくて。
それでも、ただただ幸せだと思った。
少しの後、どちらともなく離れて。
「……幸せすぎる」
「へへ、ふへへへへへ」
二人して笑い合って。
「これからもよろしく……真尋、さん」
「…………………さん?」
「………………………………真尋」
「うん、これからもよろしく、未来!」
その言葉と共に、真尋が俺の胸に飛び込んできた。
ああ。
先の事なんて解らないけど、これからも一緒に歩いていきたい、なんてありきたりな事を願った。




