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一歩ずつ

「…綺麗」


 ユイに手を繋がれながら外に出た僕は、そんな感嘆の言葉を漏らした。

 神秘的な森、差し込んで、一際輝く光、川のせせらぎの音、緑の匂い、どれを取っても都会生まれ都会育ちの僕には馴染みが薄く、新鮮味がある。


(そうか、ここは)


 ここはダークエルフの自治区、深淵の森。ミクトで森と言えば、大森林かここかのどっちかだ。

 すっかり失念していたけど、今、僕はそこにいるんだ。


「ほら、こっちよ」


 僕が立ち止まっていると、そんな風にユイが手を引っ張った。


「…あのさ、人通り、なんか少なくない?」


 彼女に手を取られながら歩いている最中、僕は彼女にそう尋ねた。家の数は多い割りに、人影が殆ど見えない。


「殆どのエルフはもう外にいるからね。ここにいるのは時代遅れの爺婆くらいよ」


 ユイは、なんでもないようにそう言った。ああ、そうだった。僕は失礼な質問をしたなと、恥じる。  

 エルフや人狼あたりの、人間と殆ど変わらない種は、多くが都市部で暮らしている。ギガントやリザードマンとは違い、都市部で暮らしていても何の問題もないからだ。アイアンのおじさんだって、つい最近まで帝都で暮らしていた。


「過疎化なんて、珍しいものじゃないわ。元々、私たちの個体数は少ないからね」


 長命の種族はその分だけ、出生率も低い。そして、人間以外の殆どの種族は長命だ。だから100年足らずで死ぬ人間の数は他の種族よりもかなり多い。

 

「さ、着いたわ。始めましょ」

 

 そう言って、足を止めた場所は居住区から離れた、森の中では特に開けた場所だった。中心に立つ大木を囲むかのように広い空間が開けている。


「さ、眼帯を解いて」


 大丈夫?これってなんか、歴史のある木とかじゃないの?と質問をしようとしたけれど、その前にユイがそう促したので、僕は質問を飲み込んで眼帯を解いた。


「う、あああ!」


 瞬間、僕の右目から、雷が放射された。そのまま、転んだ僕の視線は上空、木々に遮られた場所に向かって放たれる。


飲み込め(のみこめ)


 不味い、そう思った瞬間、彼女が言った。その時、雷の射線上に黒い何かが生じて、僕が放った雷を飲み込んだ。僕はすぐさま、眼帯をつけなおした。


「ふんふん、予想通りね」


 ユイは何度も頷きながら呟いて、僕に顔を向けた。


「ギルフォードくん、次は制御するよう心掛けて外してみて」

「…おーけー、ボス」


 彼女の指示に、僕は不承不承従う。彼女を疑ってる訳じゃないけど、正直、心掛けなんかで変わるとは思えない。

 制御、制御か。とりあえず、魔法を扱う時のことを思い出してみるか。魔力を手元に集中させて、それを属性に変換、詠唱と共にそれを形に変える。


(…駄目だ)


 まず、魔力の集中からして出来ない。膨大な、無限大の魔力は、そもそも集中させようがない。僕の体に、パンパンに詰まっている。

 そう言えば、ゲオルグ先生が言っていたっけ。覚醒者は、魔力を繊細に扱うことは難しいって。レインさんの様に自由自在に扱うには長い鍛錬と才能が必要になるって。

 まさか、それを身をもって体験することになるなんて聞いてる時は思わなかったな。


「そうじゃないよ、ギルフォードくん」


 僕が四苦八苦していると、ユイが首を振った。


「扱おうとしなくていい。異物は、力で抑えつけるの」

「力?」

「そう、力」


 僕がオウム返しで首を傾げると、彼女は笑みを浮かべて頷いた。

 …とりあえず、やってみるしかないか。僕は眼帯を外した。


「う、くぅ!」


 今にも飛び出しそうな魔力の波を、僕は必死で抑えた。右目から、バチバチ、と電気が鳴る音が聞こえてくる。雷の魔力が漏れ出ているんだ。さっきと比べれば、本当に微々たるものではあるけれど。


「その調子」


 ユイがほほ笑んだ。少なくとも、今のところは上手くいっているらしい。

 バチリバチリ、鳴る音はどんどん強くなっていく。呼吸が荒くなる。何とも言い難い辛さが、全身に波及していく。今にも飛び出してしまいそうな雷を、僕は努めて無心で抑え続けた。


「いい加減に、しろ!」


 僕は叫んで、顔を上げた。そして、何かが、確かに変わった。

 魔力が逆流していく。右目に集中していた魔力が全身に広がっていって、体表に纏うようにして放出していく。これは、まるで、父さんの。


「…へぇ」


 そんな僕を見て、感心したようにユイがつぶやいた。


「本当に、素敵ね。ギルフォードくん」

「…ありがと」


 僕は彼女にお礼を言いながら、全身に纏った雷をどうすればいいのか考えていた。



 それから三日後。この力の扱い方にも大分慣れてきた頃。


「ギル、元気だったか?」


 今日は休日、父さんたちが友達の皆を連れて尋ねに来てくれた。


「うん、来てくれてありがとう。父さん」

「当然だろ」


 父さんは笑ってから、サファイアに視線を向けた。


「サファイア」

「…良かったよ、元気そうで。眼帯は取れないみたいだけど」


 僕が声を掛けると、彼女はほっとしたように息をついてから言った。

 結局、眼帯はまだ着けている。目から雷が出てくるのは止められても、いつも全身に雷を纏っているわけにもいかない。それに、眼帯を着けた生活にも慣れた。


「だから、言ったじゃないか。ギルは大丈夫だって」

「言っとくけど、ハイデルンの大丈夫は全然信用できないから」


 ハイデルンはそう言われて呆然としていた。ハイデルンはそういう奴だ。


「ていうか、あれだね。なんか良いね、ここ」

「サファイアも初めて来たのか?」

「そうだよ。ユイって子も初めて」


 ヘルちゃんがサファイアにそう聞いた時、ユイがこの場にいないことに気付いた。彼女の家を見ると、ドアの隙間から出ている触手が見えた。


「ユイ?どうしたの?」

「…あの、その、いっぱいの人は、恥ずかしいわ」


 家に戻ってドアを開けると、彼女は顔を真っ赤にしてそう言った。今更だけど、ユイはいつからここに住んでいるんだろう。


「あなたがユイ?私サファイア、よろしくね」

「う、うん、よろしく…」


 後を追って来たらしいサファイアがそう言って、ユイの手を握った。サファイアというか特待組は皆物おじしないからなあ。

 

「その子か、サファイアの親戚って」

「確かに見た感じやりそうじゃん?」

「はいはい、皆一人ずつね」


 予想通り、皆ぞろぞろとやってきたので、列を作らせて、ユイが一人ずつ対応できるようにした。


「え、あ、うう」


 それでもユイの顔は真っ赤のままで、対応に四苦八苦してる様子だった。


「ギル」

「どうしたの?カテーナ姉」


 そんな僕に声を掛けてきた姉さんに、僕は尋ねた。身内以外がいる場所で、フーラ姉じゃなくて、カテーナ姉の方が表に出てるなんて珍しい。


「ちょっと、二人で話したい」

 

 僕は、そんな姉さんの後を追った。


「この辺りならいいか?」


 姉さんの後を追って着いた場所は、奇しくも僕がいつもユイと訓練をしている場所だった。


「ギルくん、ごめんなさい/ギル、ごめん」

「…何の話?」


 二人の姉さんは僕に謝罪した。僕はその意味が分からず、ただ首を傾げた。


「ギルくんが狙われたのは私のせいなんです。私が、あんなことをしていたから」


 フーラ姉はそんな風に自分を責めていた。何が起こったのか、はっきりとは分からなかったけど、真偽はともかくフーラ姉は、自分のせいで僕が攫われたと思っている様だった。


「それならむしろ、姉さんにお礼を言いたいくらいだよ」

「え?」


 だから、僕は首を振った。フーラ姉を慰めるため、とかじゃなくて、本心で。


「ようやく、僕は、僕であれるようになったから」


 僕は、出来損ないだったから。剣を教わっても父さんの様に、ハイデルンの様に、レグ先輩の様になれない。魔法を教わっても、サファイアの様になれない。肉体能力では、ヘルちゃんの様に、ゴーズの様になれない。守備役としては、プラチナに勝てるわけがない。使徒じゃない。化者も、ない。

 何もない僕は、なんで特待生の中にいられるのか、ずっと不思議だった。


 だから、この力は僥倖以外の何物でもなかった。これで僕は、皆の前で胸を張って生きられる。皆と一緒にいられる。あの人たちの息子として、いられる。


 パチン!


 そんな風に、僕が卑屈な笑みを浮かべた頃、僕の頬を、姉さんははたいた。


「そんなこと、言わないで!」


 どうやら、無意識で僕は考えていたことを呟いていたらしく、姉さんは涙で、目を腫らしていた。

 それから、姉さんに、僕は抱きしめられた。


「…ギルくんが何も持ってないなんて、嘘。あなたが強い子なのは、私が、そしてみんなが知ってるよ」

「そんなことないよ。僕は、劣等生だ。皆と共に立つ資格もない、落ちこぼれだ」


 僕が泣きそうな声で言うと、姉さんの抱きしめる力はずっと、強くなった。


「ギルくん、あなたがなんで特待生に選ばれたか、知っていますか?」

「知らないよ、コネとか?」

「ばか」


 僕が冗談めかして言うと、姉さんは少しだけ笑ってくれた。困らせてるのも、自分だけど。


「ゲオルグ先生から教えてもらったの。ギルくん、あなたは皆のリーダーになることを期待されてるんですよ」

「リーダー?」

「そ、リーダー」


 僕が問い返すと、姉さんは頷いた。


「今だって、あなたは皆の輪の中心にいる。気づいていました?こんな風にみんな集まってくれるのだって、あなたが皆から好かれているからです」

「…それって結局、僕が一人で出来ることなんて何もないってことじゃないの?」

「とぼけてるのか知りませんけど、ギルくんの成績、総合値で言えば五人の中で一番でしょう?それを、もっと誇りなさいよ」


 …そうだね、姉さんの言う通りだ。僕は結局、そう言って欲しかっただけだ。ずっと、不安だったことを否定して欲しくて、姉さんに甘えていただけだ。この劣等感を否定してほしかっただけなんだ。


「いいですよ、私はお姉ちゃんですから。弟のわがままには応えてあげるのが役目です」


 僕が自覚した頃、姉さんはそう言って、僕の頭を撫でてくれた。


「…でも、姉さん。これだけは本当だよ」


 僕は姉さんから離れて、眼帯を外した。それでも、この力を得て良かった、それを姉さんに見せるために。

 僕の全身に雷が纏ったのを見て、姉さんは目を見開いた。


「…お父さん?」


 姉さんは呟いて、溜め息と一緒に笑った。


「そうですね。確かに、この力は凄いです」


 それから、姉さんは振り返って、僕に向けて言った。


「だけど、練度不足。帝都に戻るにはまだ、自在に扱える様になる必要があるでしょう」


 ですから、そう前置いて、姉さんは本題を告げた。


「父さんに、鍛えてもらいましょう」

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