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宙から

「とりあえず、食事にしましょ?お腹すいてるでしょ、あなた、丸一日寝ていたのよ」


 確かに、そう言われるとお腹が空いている。僕は立ち上がって、彼女の後を追おうとした。


「…おっと」

 

 なぜか上手く立てない。平衡感覚がおかしい。

 そして、気づく。右目が何かに覆われている。眼帯だ、姉さんも時折つけていることがある。


「ああ、言い忘れてた。その眼帯で、あなたの右目の異物を抑えているらしいわよ」


 そうか、そう言えば僕の右目に雷の魔石が。こういう物が作れるのは、母さんかクィミさんだろうか。


「良いお母さんね」


 彼女がそう言うなら母さんの方か。あの人ならこの程度は一晩で作るだろうから違和感もない。


「座って」


 階段を恐る恐る下りて、キッチンにたどり着く。彼女に従って、適当な席に座った。


「あのさ、その前に一つ聞きたいんだけど」

「いいわよ、何?」


 彼女はスープを器によそいながら、僕の言葉の先を促した。


「僕はなんでここにいる?」

「ええと、それはね」


 僕がそう尋ねると、彼女はためらうまでもなく答えだした。まるで、自分で見たかのように。



「マリア、そっちの数値はどう?」

「同じだよ、今までのギルの数値を遥かに超えている。間違いなく、覚醒者だ」


 倒壊したビルの中から連れ出されてきたギルフォードは即座に病院に運ばれた。そして、大きな傷がないことが確認されると、更に魔力量の検査が始まった。

 それにはあの雷と魔力反応、ギルを連れ出した男の証言から、ギルを使った人体実験が行われたということが分かったからだ。男はそれ程内情を知らなかったらしいが、要点だけは知っていた。つまるところ、人為的に覚醒者を生み出す実験を、首謀者は行っていたという。


「分かったよブロンズ、要はスフィちゃんと同じ原理だ」

「スフィアと?」

「うん。眼孔だけじゃない、体内にも幾つかの魔石が埋め込まれてる」


 魔力の最大限の効率化、か。幾多もの魔石で魔力を循環させることで、殆ど無限大の魔力を有することになる。スカベラが契約した、あのスポットにも近しいところがあるな。


「少なくとも、命に別状はない、けど」

「この魔力を自在に操るには骨が折れると思うよ」


 二人曰く、今のギルではこの魔力量をコントロール出来ず、常に魔法が漏れる状態になっているという。今は眠ることで抑制しているが、目を覚ませば恐らく右目から破壊的な魔力が飛び出すという。

 

「お待たせしまシタ」


 そんな時、スカベラがスフィアを連れて現れた。


「スフィア、それは?」

「ギルくん専用の眼帯です。ある種の拘束具ですね、眼孔から飛び出す魔力を抑制します」


 息を切らしながら現れたスフィアは、そのまま眼帯をギルに着けた。これで、少なくとも日常生活は問題なく送れる。だが。


「魔力を扱う術も何とかしないとね」


 これはあくまで対症療法だ。魔力と上手く付き合っていく術を、ギルは学ばないといけない。そして、恐らくこの子のような経験をした人間はどこにもいない。普通、魔力ってものはそう極端に上下しない。あるとすれば、人間種から神になった時くらいだろうか。だが、それさえも、今のギルとは比べ物にならない程小さな振れ幅だ。彼とは状況が違う。


「お邪魔するよ」


 袋小路の状況の中、ギルの病室に入り込む、一人の女性がいた。


「あなたは」

「スルドさん!」


 スルド・インターノーン、ルファの叔母であり、六星将の一人。なんで、彼女がこの場に?


「話は姪から聞いているよ。それで、私は提案に来た」


 彼女はそう前置きしてから、端的に本題を告げた。


「その子、私が預かろう」

「…どういうことです?」


 俺は彼女の言葉の意図がつかめず、そう問い返す。


「ルファから聞かなかったか?うちには彼と同じような状況に陥っていた子がいる」


 ユイ、だったか。宇宙から落ちてきた生物に寄生されながら、その生物を支配した女の子。


「あの娘なら、君たちの子の助力になると思うが、どうだい?」


 スルドさんの言葉に、俺たちは逡巡する。だが、結局それが一番可能性がある方法だと結論に至った。他の方法を探して、無為に時間を消費するより、最も蓋然性が高い方法に頼ることに決めた。


「…よろしくお願いします、スルドさん」


 俺たちはそうして、ギルを彼女に預けることに決めた。



「…つまり、君は僕にこの力の使い方を教えてくれる。そういうこと?」

「そういうことね。最も、私は君のそれとは違うけれど」


 彼女が話した父さんたちの会話を纏めると、どうやらそういうことらしい。

 しかし、宇宙か。余りにも現実離れした話に、僕は正直反応に困る。彼女が異様な力を持っているのは確かだと思うが、余りに現実味がない。


「安心して。その内、サファイアちゃんやハイデルンくんも家に来る予定になってるわ。怪物(わたし)と二人きりなのはそれまでの辛抱」

「怪物なんて、卑下するなよ」

「卑下?してるつもりないわ、客観的事実なだけ」


 眼帯に馴れず、僕がスプーンを落とした瞬間。


伸びろ(のびろ)


 彼女の腕から太い、タコのような触手が伸びて、僕が落したスプーンを掴んだ。


「これを怪物じゃなくて、なんて呼ぶのかしら」


 彼女が僕にスプーンを渡しながら、自嘲するように僕に尋ねた。


「人だよ」


 だから僕は端的に答えた。


 宇宙人が取り付いてるだとか、そんなことはどうだっていい。彼女は人だ。倫理とか常識とか、そう言う物が端から全部違うなら話は別だけど、今のところ彼女が訳の分からない発言をしたわけじゃないし、混乱している僕に状況を説明してくれて、落したスプーンを拾ってくれた。僕たちの常識は共通している。なら、人以外の何物でもない。


「ギルフォードくん」


 彼女は唖然とした表情で言った。


「あなたって素敵な人ね」

「あり、がとう?」


 今の話で何がどうなったのかは知らないが、褒められたのでお礼は言っておいた。


「デザート、食べる?」

「…うん、いただくよ」


 いやに上機嫌な彼女の問いかけに頷きながら、僕は彼女がデザートを持ってくるのを待った。僕も手伝おうと思ったが、彼女が出した触手に止められた。まあ、この眼帯に慣れない内は手伝いもまともに出来ないか。

 彼女が持ってきたのは、リンゴのパイ。表面がキャラメリゼされているのが、食欲をそそる外見になっている。


「おいしい」


 一口食べて、僕はそう言った。パリッとした食感、コンポートされた中のリンゴは酸味も強く、キャラメリゼして甘みが強くなったパイとのバランスが取れている。どこかの有名な菓子店の物だろうか。


「うふ、嬉しい」


 僕の言葉を聞いて、彼女は薄く、気づかない程度に口角を上げた。


「私が作ったのよ、それ」

「え、本当に?」


 ちょっと信じられないくらいだ。彼女がどうという訳じゃなく、本当にプロが作ったみたいな味だったのに。


「気が変わったわ。ギルフォードくん、あなたにちゃんと力の扱い方を教えてあげる」

「…?元々そういうことじゃなかったの?」

「それは母さんが勝手に言っただけ、私は意地悪してやろうと思ってたわ」


 それはそれは。まあ、親から勝手にやること決められるのは、やる気もなくなるよなと気持ちは分かるので、強く責めようとは思わない。それはそれとして、彼女の気が変わって良かった。僕にとっても、死活問題だろうし。


「それじゃあ、早速始めましょ。こういうのはスタートが肝心なの」

「了解、ボス」


 僕は彼女に従って、立ち上がった。彼女の気がまた変わらないことを願って。


「…もう、変わらないわよ。鈍感さん」

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