雷を受け継ぐ者
「…あ、れ?」
ここは、どこだ?目を開けた先に広がっていたのは、まるで見覚えがない景色だった。
周囲を見渡すと、薄汚れたコンクリート。各所に露出した鉄の柱が。
(廃墟、廃ビル?)
嫌、その割には小綺麗だ。撮影スタジオか何かか。
周囲を歩き回ろうとして、足に手錠の様な物がついていることに気付いた。鉄の柱と繋げられて、身動きは取れそうにない。両腕は無事だけど、これをこじ開けるには骨が折れそうだ。
『目が覚めたかね、少年』
僕が状況を推察していると、ラジオを通しているかのような、雑音混じりの声が聞こえてきた。
『無礼を謝罪するよ、ギルフォード・アドヴァルト』
「あなたは、何者なんですか」
『そう警戒しないでくれ。私は君に危害を加えるつもりはない』
僕の問いに、その音声ははぐらかすように言った。
察するに、彼の指示で、あの顔を変える男が僕を攫ったんだろう。その目的はまだ分からないけど、徒党を組んでいることは間違いなさそうだ。
深呼吸して、また考える。あくまで想像でしかないけれど、口振りからすると攫われたのは僕だけで間違いなさそうだ。サファイア、プラチナ、ゴーズは無事、なはず。
ひとまず、安心したくなるけれど、どうにも分からないことが一つある。なんで、僕だけを狙った?
『君を狙ったのは単純に、君自身の才能を目測しての判断さ』
「才能を目測?」
心を読んだ風に言う彼、性別は分からないが便宜上彼としておく、の発言は今一意味が分からなかった。
『要は、君の才能を見込んだということさ。君の兄弟は剣の才能に長じているんだろう?父親の血だ』
そう言って、彼は笑った。
『なら、君は母親の血を受け継いでいるのじゃないかと思ってね』
…嫌味か?生憎、僕の魔力は平均程度だ。逆立ちしても母さんには敵わない。
『ふ、魔力量だけが才能じゃないだろうに』
適性だけが高くても良いことはない。適性の高さを活かせるのは、結局魔力量が多い人に限られる。
『…だから、君に目をつけたんじゃないか』
瞬間、ドアが開いた。白衣姿の男と、僕を攫った男が入り込んでくる。
「やめろ!離せ!」
「暴れんなよ、坊や。早く済ませて早く帰りたいだろ」
幾ら僕が暴れても、大人の力には敵わない。押さえつけられた所で、僕の首に何かが刺さった。
「おい!」
「鎮静剤です。落ち着かせた方が早いでしょう」
「まだガキだぞ!」
それは注射だった。意識が揺らいでいく。傍で二人が言い争ってるのに、それも段々聴き取れなくなっていく。
『さあ、人体改造の始まりだ』
最後に聞こえたのは、ラジオの様な声の、不気味な笑い声だった。
*
「一体、何があった?」
ルファの相談が終わった頃、俺はスピネルさんとフーラに呼び出され、ルファの家を訪れることになった。悪いが、雷を纏って来たせいでルファは置いてきた。勿論そうするだけの理由はある、フーラの、あの鬼気迫る声音はただ事じゃなかった、一体何が。
「父さん!」
ルファの家に入った途端、今にも泣き出しそうなフーラが、俺に飛び込んできた。
「…ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいでギルくんが」
「落ち着けフーラ、お前のせいじゃない」
何が何だか状況が飲み込めていない俺ではあったが、俺は娘を強く抱きしめた。少しでも安心させてやらなきゃ。
だが、それと同時に何が起こったのかの把握もしておきたい。俺はスピネルさんに視線を向けて、彼に聞いた。
「一体、何があったんですか、スピネルさん」
「…ギルフォードくんが攫われた」
「!」
ギルが攫われた?余りの出来事に、頭が一瞬フリーズした。が、すぐに気を張りなおして、俺は現状の捜査状況について問う。
「通信機は?」
「玄関に落とされていた」
「スフィアに連絡は?」
「既にしてある。クィミミトルさんと共同で調査に当たってはいる」
それからスピネルさんは俺が聞きたいことを察したのだろう、聞くまでもなく、現在の捜査状況について答えてくれた。
「軍と共同で検問を敷いているが、未だ報告なし。雷の門の様な高い魔力反応は観測されていない。ならば、この帝都のどこかにいることは間違いない」
そんなスピネルさんの言葉に捜査は進展していると安心すると同時に、不安は尽きない。俺に出来ることは何もない。ただ、あいつの無事を願うことくらいだ。
俺はフーラをつれてリビングへと向かった。すると、そこでも泣きじゃくっているサファイアと、慰めながらも不安げな様子のプラチナとゴーズがいた。
「どうも、おじさん」
「ヘルガー、悪いな、巻き込んで」
ヘルガーが罰の悪そうに挨拶してきたので、俺は彼女の肩を叩いて謝罪する。
「何言ってんすか。うちら身内みたいなもんでしょ。むしろ、何も出来なくて辛いすよ」
「なら、お互い様だな。俺も何も出来ない」
ふ、と力なく笑って俺たちは窓を眺めた。何のつもりもない、手持無沙汰でそうするしかなかったのだ。
そして、驚愕した。稲光のような爛々とした光が目に飛び込み、轟くような雷鳴が耳に響いた体。
「今のは…」
計測器なんて必要ない。俺にだって分かるほどの、膨大な威力の魔法が、今、帝都で発動した。恐らく、覚醒者クラス。
「父さん!」
咄嗟にSNSを開いたフーラが、俺にその画面を見せた。この帝都でいきなりビルが倒壊したという書き込みが、幾つも並んでいた。撮影スタジオだというその場所には俺も心当たりがあった。
「ブロンズくん、どこへ行く?」
「あの雷鳴が鳴った場所へ、行ってみます!」
俺はスピネルさんにそう言い残して、外に出た。そこにギルがいるとは限らないが、少しでも手掛かりが見つかるのではないかと期待して。
*
「―い、おい、起きろ」
そんな僕に呼びかける声と、頬を叩かれる感触で僕は目を覚ました。
「目が覚めたか、さっさと立て。ここから逃げるぞ」
僕を起こした男、僕を攫った男と言い換えてもいい。彼は何の前触れもなくそう言って、後についてくるよう促した。
「…何が目的?」
僕は彼の意図が分からず、思わずそう尋ねた。
「あん?気にすんな、気が変わっただけだ」
そう言って、彼は頭をかいて、もう一度口を開いた。
「ちげえな、契約違反が起きたからだ。もう、あいつらに付き合ってやる必要はない」
そう言うと、今度こそ彼はもうしゃべるなというように、鼻に人差し指をあて、再度僕についてくるよう促した。
何が起きているのかはまだ分からないが、どうやら仲間割れを起こしている様だった。僕は彼の後を追うことにした。これを逃したら、無事に帰れるかも分からない。
「…ん?」
歩き出すと、何かを踏んでしまった。確認すると、雷の魔石が転がっていた。なんでこんなものが、困惑しながらも僕はそれを拾った。魔石は魔力を込めればその分だけの魔力を放つ。咄嗟の時に自衛する武器になるかもしれない。
「止まれ」
前方から現れた、先ほどの医者が拳銃を僕たちに向けて言った。
「インテリジェンス、貴方の言った通りだ」
『彼に不満があったのは明白だったからね』
片手に持った通信機から流れてくるラジオのような声、インテリジェンスというらしい彼は、誇るように笑いながら言った。
『さて、私にしては珍しいことに、君の意図が分からない。何故裏切ったのか、教えてくれるか、カメレオンくん』
「…先に約束を破ったのはそっちの方だぜ」
両手を挙げながら答えたカメレオンに、インテリジェンスは愉快そうに笑った。
『それが主な理由ではあるまい。その分、金は積むと言ったのだから』
「本音で答えろ、次はない」
「分かった、答える。だから納めろよ」
引き金に力を込めようとする医者に諦めがついたのか、カメレオンは答えた。
「ガキを殺すのは目覚めが悪い、それだけだ」
『ああ、成る程。確かに私は初め、目的は身代金の要求と言っていたね』
納得したように言ってから、彼は嘲笑した。
『しかし、盲点だった。君の様な屑にも善性なんてものが残っているとは』
ひとしきり笑ってから、インテリジェンスはとびきり邪悪な声で、医者に指示した。
『もういい、ドクター。目障りなシェイプシフターを始末しろ』
「了解」
冷淡なまでに冷たい声で頷き、医者は銃の引き金を引いた。
「クソが!」
そして、弾丸が届く前に、カメレオンは変身した。この姿は教科書で見たことがある、竜王ルーガインの姿だった。
「さっさと逃げろガキ!そう長くは持たねえぞ!」
流石にルーガインとは行かないだろうが、飛躍的に耐久力が上がったらしい彼は、そう言って僕に逃げるように言った。
だけど、本当にそれで良いのか?彼を見捨てて帰って、僕は前を向いて生きられるのか?彼は確かに僕を攫った。だけど、それでも逃がしてくれようとはした。
僕は決めた。彼を助けて家に帰る。理屈じゃない。僕は僕が納得できる道を歩みたい、それだけだ。
「止めろ!」
僕はさっき拾った魔石を手に、医者に向けた。あの医者は見たところ、普通の人間だ。雷が直撃すれば、ただでは済まないはず。
「…え?」
そんなことを考えて構えた僕だったが、すぐに、僕は困惑する羽目になる。手に取った魔石が僕の中に入り込んだのだ。
「…何が起こってやがる?」
「オペの成果が出たか」
カメレオンは困惑したように呟いて、医者は納得したように笑う。
『ああ、これこそ私の求めていた物―』
そして、感極まるような声を出した、音声だけの男。
僕は何が起こっているかも分からないまま、魔石の行方を目で追った。その魔石は徐々に上に登っていく。上腕から肩に、肩から肩甲骨に、それより上は見えない、けど喉を過ぎたのを感じた。そして、頬を登って。
「う、わあああああああ!!!」
眼孔へと、辿り着いた瞬間、僕の全身に凄まじい魔力が帯びた。訳が分からなくて、僕は必死で右目を手で覆う。
「うう、あああ!」
僕の体はその余りの魔力量に耐えきれなくて、体中で暴れる魔力を放出しようと必死だった。
だが、これは幸いだ。今僕は、力を必要としていた。この状況を打開する力を、あの医者を倒すだけの力を。右目に集中していく魔力、僕はそれをあの医者にぶつけることにした。
「【雷光】…」
僕は右目に力を込めた。集中していく魔力、今にも飛び出そうとする魔力を必死で抑えて、照準を合わせてから、一気に放った。
「破閃】!」
父さんの必殺技を真似た名前と共に放ったその雷は、生憎、医者に直撃することはなかった。そして、直撃させる必要もなかった。
「うう、あああああ!!!」
そのまま僕は首を上げた。当然の様に雷光破閃も上に向かい、医者の上の天井を崩した。
「な、ぐあ!」
そのまま、医者は瓦礫の下敷きになった。
それでもまだ雷光破閃は止まらない。止め方も分からないまま、建物を破壊していく。
「こりゃあ、不味いぞ」
ようやく止まった頃には、建物は崩壊間近になっていた。そして、僕は力尽きて身動き一つ出来なくなっていた。
「少年、しっかり捕まってろよ!」
意識が揺らぐ中、カメレオンがそう言って僕を抱き抱えた。
『いやぁ、実に良いものを見た。感謝するよ、ギルフォードくん』
そんな中、愉快そうに笑う男の音声だけが僕の耳に届いた。
『いつかまた、見えんことを』
そんな、不穏な言葉が。
*
「ここは…?」
目を覚ました僕の目の前に広がる光景は、まるで見覚えのない場所だった。なんか既視感。
とは言え、前の廃ビルのような不穏さは感じない。ごく普通の家だ、ベッドの上。だけど、僕の家じゃないし、友人の家でもない。一体、誰の家なんだ?
「あら、目が覚めたのね」
そんな聞き覚えのない声が聞こえてきた。か細い、だけれど芯の強さを感じるような、そんな声。
「もう二度と目覚めないと思ったのに。ふふ、人体って凄いわね」
そんな縁起でもない冗談と共に現れた少女は、どこかで見覚えのある姿をしていた。
真っ白な肌と銀色の髪をしたエルフ、彼女は確か。
「写真、見ていたわよね?」
はっとした。そうだ、彼女はサファイアの家にあった写真の―。
「私はユイ。仲良くしましょ。異物を身につけたもの同士、ね?」
彼女はそんな風に妖しく微笑んで、僕に手を差し出した。




