大いなる責任が伴う
(糞、何故私が、こんなことを―!)
スコーピオン、その名の通り蠍の様な尾を生やした彼の出身はアネリアである。十年ほど前にミクトに移住してきた彼は、故郷では将来を嘱望される軍人の一人だった。
彼の両親は医者だった。現代では極めて珍しい、アネリアでは然程珍しくもない、魔法を全く活用しない医者だった。アネリアで生まれ育った彼の両親は、アネリアらしく徹底した魔法不要論者であり、尚且つ徹底した差別主義者だった。
そして、スコーピオン自身もその例に漏れず、徹底した魔法不要論者兼差別主義者に育つことになった。
(あんな、あんな、仕打ちを受けたのに。この国は、私の今までを真っ向から否定する)
彼の不幸は、アネリアで生きるには賢く生まれすぎたということだ。
彼は思い出す。幼い頃に受けた虐待の数々を、幼い頃に口にした疑問が切っ掛けで、鞭を打たれたことを。なんで、魔法を使っちゃいけないの。なんで、エルフは駄目なの。
そんな、他愛もない質問に、彼の両親は声を荒げた。分かりきったことを聞くな、根拠があるんだ、奴は奴らは―。
そんな中で、彼の化者は目覚めた。虚をつく刺尾、彼に蠍の尾が生え、鞭を持つ父親の腕を貫いた。
彼にとっては意外なことに、それは喜びを持って受け入れられた。アドヴァルト家がそうだったように、アネリアでは化者というものはある種の贈り物として認知されている。その目覚めを喜びこそすれど、咎めはしない。
そして、そのまま彼は両親から勧められるがまま、軍人の道へと進んだ。それが、最も化者を活かす道だったからだ。
幸いなことに、彼は軍人としての適性があった。軍学校では非常に良い成績を残し、将官への道を切り開くことが出来た。
無事、学校を卒業。晴れて、軍に所属することになった。
そんな時、彼の目の前に、天使が現れた。
正確には、彼の目の前、ではない。彼が見ていたテレビの中で、天使たちの演説を見たのだ。今後は我々がこの国を守る、と。
彼の両親は歓喜し、涙ぐんでさえいた。救世主が現れたと。アネリアに尽くしていて良かったと。
ここで、彼の不幸は再来する。彼は、突如として現れた天使たちを救いの主と思える程、愚かではなかった。
彼は必死で他国へと逃げ込んだ。命からがらで、国境が隣接しているレイザスへ密入国することが出来た。マギエの選択肢もあったが、多くの人種が共存する所に自分が馴染めるとは思わなかった。
だが、悲惨なことに彼はその選択を間違ったことを悟る。レイザスでは、化者というものはアネリア程好意的に見られなかった。
アドヴァルト家の様な定期的に化者が現れる家系―それが望ましいこととは言えないが―があるわけではないレイザスでは、化者は文字通り化物として扱われ、彼は裏社会に身を寄せる他なかった。
自尊心は打ち砕かれながら、それでも燻る差別心だけで生きる彼は、ミクトに流れ着いた。他人種に、今までの不幸をぶつけるために。
(人狼如きが、私の上に立つんじゃない!)
ホブゴブリンが彼をリザードマンの援護に向かわせたのは、その捻じ曲がった復讐心を知っていたからだ。同じ化者持ちで人間種であるフーラよりも、人狼であるヘルガーの方が彼のモチベーションを上げられると画策したからである。
そして、その期待は確かに実った。スコーピオンはアネリアを出て以来、最も高いモチベーションで戦闘に臨もうとしていた。
「…あ?」
だが、またもや彼に不幸が襲い掛かっていた。目前に迫る、実態を伴った敵として。
リザードマンは既に意識を失っていた。一分にも満たないような時間で、相方はのされていた。
「バァン」
思考が停止する彼に襲い掛かる銃撃。彼は咄嗟に、自らの尾で銃撃から身を守る。視界が尾でふさがった。
「ナイス判断」
けらけらと笑いながら称賛するヘルガーの声が届くと同時に、スコーピオンは首を掴まれ宙に浮いた。
「ま、あたしからすれば、鈍いけどね」
「が…!」
そしてそのまま、地に叩きつけられる。意識が失いそうになる感覚、必死に強い意思で意識を保ち、立ち上がる。
「意外とタフだね、おっさん。流石、先輩の同類だけある」
「…舐めるな、人狼が」
手を叩くヘルガー、スコーピオンは吐き捨てる。同時に、彼は自らの窮地と不幸を実感していた。
(…クソ、私はもう、あの時既に終わっていたのだな)
彼は自らの過去を、走馬灯のように振り返りながら、苦笑した。自分は、あの国に生まれた時点で終わっていた、そう自嘲するように結論付け、彼はその場に座り込んだ。
「投降する。知っていることは全て話そう」
「へえ、案外素直だね」
「そうでなければ、私はもっと簡単に死ねていたろうよ」
腕を縛られながら、彼は自嘲するように言った。
「全く、嫌な人生だ」
そう言って、彼は瞼を閉じた。そして、思う。あの同類は何故化者を宿したのだろう。あの同類は何故、化者なんぞを身に着けて、まともに生きているのだろう。
尽きない疑問を頭に浮かべながら、彼は警官の到着を待った。また邂逅する機会があれば、彼女に問おう。そんな、ちっぽけな希望を抱いて。
*
一方、フーラとホブゴブリンたちの戦闘は、ヘルガーたちとは違い、熱戦の様相を呈していた。
「四羽、抜刀!」
「あら」
捕えようとしたフーラの紐を、カブト虫型のアーマー姿の女、ビートルは自らの羽で切り裂く。
「食らえ!」
その隙に、ホブゴブリンが小型の爆弾を無作為に投げつけた。
「ひ…!」
無論、その爆弾は一般市民にすらも猛威を振るう。
「危ない!」
フーラはワイヤーアクションで広範囲を素早く移動しながら、市民を抱き抱え安全な場所へ運びつつ、爆弾を次々紐で包み無力化していく。
フーラの扱う紐は特別性だ。スカベラが契約している白雲蜘蛛から抽出した蜘蛛糸を、更にスフィアとクィミミトルの共同開発により、硬度を高めている。そこらの剣や炎じゃびくともしない。
「その武器、どこから手に入れたんです?」
つまり、ホブゴブリンやビートルが扱っている武装はそこらのものではなないということだ。
「神性宝具じゃない。ただものでもない。なら、神領にいる飛びぬけた製作者。私、一人心当たりがありますが」
「…ご名答。これはかの、【屍体男】の製作品さ」
「ホブ」
答えを明かしたホブゴブリンを咎めるような視線を向けるビートル、だがホブゴブリンは笑って続きを話す。
「最も、俺の物じゃないがね。キングが頂いた品を、俺が持ち出して、ビートルが実戦で扱えるように弄った」
「何故、貴方はそんなことを?」
フーラが尋ねると、ホブゴブリンはまた、おかしそうに笑った。
「ついていけなくなったのさ。何のゆかりもない連中の計画に付き合うのはごめんだ。キングは良くとも、そして考える頭のない同胞共は良くとも、俺はうんざりだった」
そう言うと、彼は自嘲するように笑った。
「だが、里を出てみると分かる。ゴブリンってのはちっぽけな生き物だ。吹けば飛ぶような。だから、今じゃキングには同情してるよ。ああやって、強者に縋ることで俺たちを守ってたんだと、今更気づいた」
そして、彼はリパルサーを片手にフーラ目掛けて投げつけた。
「なら、俺はその強者になろう。誰にも頼らない力で、この世界を生きる。その糧となれ、英雄気取り!」
「…全く、お目出度い頭ですね」
先ほど、彼女の紐を切り裂いたはずのリパルサーだったが、実に敢え無く破壊された。確かに、彼の使うリパルサーという円型の投擲武器は強力だ。機械仕掛けで動くその武器は、投擲した瞬間光刃を纏い、近づくものすべて焼き切る。その攻撃性能は特筆すべきものがあり、その上、自動的に手元に戻る機能さえ備えている。弱者だろうが何だろうが、それを持った者は全て脅威となり得る、危険な武器だ。
だがしかし、それが通じない相手というのは、存外少なくない。
「私にも通じない代物で強者気取りなんて、おかしな話だと思いません?」
そして、フーラ・アドヴァルト。彼女も、その内の一人だ。彼女は瞳から出した鎖で、リパルサーのコアを破壊した。周囲の光刃など、気にも留めず。
彼女の化者、鎖の女は、異様な程に硬い。鉄程度ならバターを斬るように裂ける、ブロンズの雷纏剣でも、彼女の鎖に傷つけることさえできない。
「さて、次はあなたです」
彼女はリパルサーを壊してすぐ、鎖をビートルに向けて放った。
「やらせるか!」
ビートルはそれを防ぐために飛行しながら、腕部から小型のミサイルを掃射した。
「危ないですねえ」
だが、そんなことは読み通りだと言わんばかりに、フーラは紐で彼女が放ったミサイルを全て封殺する。
「捕まえた」
「くっ…!」
そして、彼女の鎖がビートルにたどり着く。彼女はそのまま全身を絡み取られ、地面へと墜落した。
「はい、まずは一人」
羽を破損された彼女は最早紐を斬ることは出来ず、紐による捕縛で無力化された。
「隙だらけだぞ!」
そんな彼女の下へ突撃する、ホブゴブリン。彼が搭乗している小型のグライダーの速度でぶつかれば、相手もただでは済まないと確信して。
「はい、残念」
だが、それすらも彼女には届かない。彼女は何でもない様に、腕力のみでその突撃を止めた。
彼女は、神の身体能力を受け継ぐ、使徒である。この程度、訳はない。
「ふう、これで終わりですね。おじさまに連絡しちゃいますか」
「せ、ゴーストお疲れぇ、こっちもお願い」
「ロボ、お疲れです」
ホブゴブリンを拘束したフーラの下に、ヘルガーが二人の敵を抱えながら戻ってきた。
「どうでした?楽しめました?」
「んー、微妙。やっぱ、身内のが歯ごたえあるわ」
他愛もない会話を交わしながら、彼女らは警察の到着を待つ。
「…おい、貴様ら、今すぐ家に戻れ」
スコーピオンが、そんな彼女たちに向けて、唐突に言った。
「何です?」
「これは警告だ。我々は所詮、囮でしかない。本当の目的は―」
フーラが首を傾げる。が、即座にスコーピオンの話ぶりで、それが冗談や同情をひくための物でないと気づく。
そして、気づいた時には、スコーピオンの首から、夥しい程の血液が噴き出した。
「…なんで予定にないことをするかな、人間風情が」
ホブゴブリンの仕業だった。彼は手元に隠し持っていた、リパルサーに近い、光刃を出すナイフで、紐を切り裂き、そのナイフをスコーピオンに投げつけたのだ。
そして、彼の下へ飛んできたもう一機のグライダーに飛び乗り、逃げようとした。
「逃がすか」
ヘルガーは手元に持った二丁の拳銃を結合させ、ライフル銃へと変え、グライダーに向けて銃弾を放ち、飛行機能を壊し、鎖が改めて、彼を捕縛した。
「おい、てめえ。さっきの蠍が言ってた話はどういうことだ」
「…変だとは思わなかったのか。スコーピオンが、君が化者だと知っていたのを」
ヘルガーが眉間に銃を突きつけ、ホブゴブリンは話し始めた。そして、彼の言葉に、フーラは目を見開く。
今の彼女はスーツで、全身が覆われている。鎖を出すにしても、それが眼孔から出ていると悟られないように、手首から飛び出させている。それなのに、化者だと確信を持って言われていたということは。
「知られていたんだよ、君の正体は」
「目的は、なんですか?」
フーラの絞り出すような問いに、ホブゴブリンは一笑してから答えた。
「君のかわいい弟くんだ」
*
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
サファイアの家に到着した僕たちは、そのままリビングに向かって鞄を下した。
「…ん?」
早速探し始めようとした瞬間、僕らはテーブルの上に置いてあった、ある写真に気が付いた。
(サファイア、知ってる子?)
「嫌、知らない。でもエルフっぽいね」
そこに映っていたのは、なんというか、神秘的な女の子だった。綺麗な透き通るような銀色の髪に、不健康とさえ思える程に白い肌。振れば壊れてしまいそうな、柔らかな雰囲気の少女だった。
「…?」
ふと、僕は後ずさった。なんで?自分でも理由が分からない。
「あれ?」
もう一度写真に目を向けると、何か違和感があった。どんな違和感?それには気づく。なんとなく、さっきの写真と、今見ている写真が別物の様な気がしたのだ。
動いている?そんな疑念を抱いてから、苦笑する。そんなの目の錯覚に決まってる。
だけれど、そう心から僕は否定できなかった。何故なら、この違和感はどんどん強くなっていっている。今にでも決壊してしまいそうな程に強まる違和感、そこで僕はようやく何がおかしいのかに気付いた。
この写真が僕のことを覗いているのだ。僕たちが写真を見ていたはずなのに、立場が逆転しているのだ。
「!」
僕は咄嗟に、後ずさった。この写真は普通じゃない。嫌、或いは、この被写体の彼女が、かも。
「ギル、どうしたの?」
「…嫌、何でもないよ。ちょっと、トイレ行ってくる」
僕は一刻でも早くこの写真から離れたくなって、行きたくもない癖にそう言った。
「あ、おじさん。こんにちは」
あの写真は一体、何だったんだろう。そんなことを考えながら、トイレへ向かっていると、偶然帰ってきたらしい、ウィルおじさんに挨拶した。
「俺は幸運だな、偶然一人のタイミングで会えるとは」
「おじさん…?」
だけど、そのおじさんの様子も何かおかしかった。いつもの様な、飄々とした感じじゃなくて、何だか卑屈そうに笑いながら、僕に近づいてきた。
「悪いな、少年」
「え―?」
そして、おじさんは布の様な物を僕の口に押し付けた。
視界がぐらっとした。睡眠薬?まずい、これじゃ、皆に伝え―。
「俺はカメレオンだ」
意識を失う僕の目に最後に映ったのは、おじさんではない、知らない男だった。




