表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/100

大いなる責任が伴う

(糞、何故私が、こんなことを―!)


 スコーピオン、その名の通り蠍の様な尾を生やした彼の出身はアネリアである。十年ほど前にミクトに移住してきた彼は、故郷では将来を嘱望される軍人の一人だった。

 彼の両親は医者だった。現代では極めて珍しい、アネリアでは然程珍しくもない、魔法を全く活用しない医者だった。アネリアで生まれ育った彼の両親は、アネリアらしく徹底した魔法不要論者であり、尚且つ徹底した差別主義者だった。

 そして、スコーピオン自身もその例に漏れず、徹底した魔法不要論者兼差別主義者に育つことになった。

 

(あんな、あんな、仕打ちを受けたのに。この国は、私の今までを真っ向から否定する)


 彼の不幸は、アネリアで生きるには賢く生まれすぎたということだ。

 彼は思い出す。幼い頃に受けた虐待の数々を、幼い頃に口にした疑問が切っ掛けで、鞭を打たれたことを。なんで、魔法を使っちゃいけないの。なんで、エルフは駄目なの。

 そんな、他愛もない質問に、彼の両親は声を荒げた。分かりきったことを聞くな、根拠があるんだ、奴は奴らは―。


 そんな中で、彼の化者は目覚めた。虚をつく刺尾(スコルピオ)、彼に蠍の尾が生え、鞭を持つ父親の腕を貫いた。

 彼にとっては意外なことに、それは喜びを持って受け入れられた。アドヴァルト家がそうだったように、アネリアでは化者というものはある種の贈り物(ギフト)として認知されている。その目覚めを喜びこそすれど、咎めはしない。


 そして、そのまま彼は両親から勧められるがまま、軍人の道へと進んだ。それが、最も化者を活かす道だったからだ。

 幸いなことに、彼は軍人としての適性があった。軍学校では非常に良い成績を残し、将官への道を切り開くことが出来た。

 無事、学校を卒業。晴れて、軍に所属することになった。


 そんな時、彼の目の前に、天使が現れた。


 正確には、彼の目の前、ではない。彼が見ていたテレビの中で、天使たちの演説を見たのだ。今後は我々がこの国を守る、と。

 彼の両親は歓喜し、涙ぐんでさえいた。救世主が現れたと。アネリアに尽くしていて良かったと。

 

 ここで、彼の不幸は再来する。彼は、突如として現れた天使たちを救いの主と思える程、愚かではなかった。

 彼は必死で他国へと逃げ込んだ。命からがらで、国境が隣接しているレイザスへ密入国することが出来た。マギエの選択肢もあったが、多くの人種が共存する所に自分が馴染めるとは思わなかった。


 だが、悲惨なことに彼はその選択を間違ったことを悟る。レイザスでは、化者というものはアネリア程好意的に見られなかった。

 アドヴァルト家の様な定期的に化者が現れる家系―それが望ましいこととは言えないが―があるわけではないレイザスでは、化者は文字通り化物として扱われ、彼は裏社会に身を寄せる他なかった。


 自尊心は打ち砕かれながら、それでも燻る差別心だけで生きる彼は、ミクトに流れ着いた。他人種に、今までの不幸をぶつけるために。


(人狼如きが、私の上に立つんじゃない!)


 ホブゴブリンが彼をリザードマンの援護に向かわせたのは、その捻じ曲がった復讐心を知っていたからだ。同じ化者持ちで人間種であるフーラよりも、人狼であるヘルガーの方が彼のモチベーションを上げられると画策したからである。

 そして、その期待は確かに実った。スコーピオンはアネリアを出て以来、最も高いモチベーションで戦闘に臨もうとしていた。


「…あ?」


 だが、またもや彼に不幸が襲い掛かっていた。目前に迫る、実態を伴った敵として。

 リザードマンは既に意識を失っていた。一分にも満たないような時間で、相方はのされていた。


「バァン」


 思考が停止する彼に襲い掛かる銃撃。彼は咄嗟に、自らの尾で銃撃から身を守る。視界が尾でふさがった。


「ナイス判断」


 けらけらと笑いながら称賛するヘルガーの声が届くと同時に、スコーピオンは首を掴まれ宙に浮いた。

 

「ま、あたしからすれば、鈍いけどね」

「が…!」


 そしてそのまま、地に叩きつけられる。意識が失いそうになる感覚、必死に強い意思で意識を保ち、立ち上がる。


「意外とタフだね、おっさん。流石、先輩の同類だけある」

「…舐めるな、人狼が」


 手を叩くヘルガー、スコーピオンは吐き捨てる。同時に、彼は自らの窮地と不幸を実感していた。


(…クソ、私はもう、あの時既に終わっていたのだな)


 彼は自らの過去を、走馬灯のように振り返りながら、苦笑した。自分は、あの国に生まれた時点で終わっていた、そう自嘲するように結論付け、彼はその場に座り込んだ。


「投降する。知っていることは全て話そう」

「へえ、案外素直だね」

「そうでなければ、私はもっと簡単に死ねていたろうよ」


 腕を縛られながら、彼は自嘲するように言った。


「全く、嫌な人生だ」


 そう言って、彼は瞼を閉じた。そして、思う。あの同類は何故化者を宿したのだろう。あの同類は何故、化者なんぞを身に着けて、まともに生きているのだろう。

 尽きない疑問を頭に浮かべながら、彼は警官の到着を待った。また邂逅する機会があれば、彼女に問おう。そんな、ちっぽけな希望を抱いて。

 


 一方、フーラとホブゴブリンたちの戦闘は、ヘルガーたちとは違い、熱戦の様相を呈していた。


「四羽、抜刀!」

「あら」

 

 捕えようとしたフーラの紐を、カブト虫型のアーマー姿の女、ビートルは自らの羽で切り裂く。


「食らえ!」


 その隙に、ホブゴブリンが小型の爆弾を無作為に投げつけた。


「ひ…!」


 無論、その爆弾は一般市民にすらも猛威を振るう。


「危ない!」


 フーラはワイヤーアクションで広範囲を素早く移動しながら、市民を抱き抱え安全な場所へ運びつつ、爆弾を次々紐で包み無力化していく。

 フーラの扱う紐は特別性だ。スカベラが契約している白雲蜘蛛(クラウド)から抽出した蜘蛛糸を、更にスフィアとクィミミトルの共同開発により、硬度を高めている。そこらの剣や炎じゃびくともしない。


「その武器、どこから手に入れたんです?」


 つまり、ホブゴブリンやビートルが扱っている武装はそこらのものではなないということだ。


「神性宝具じゃない。ただものでもない。なら、神領にいる飛びぬけた製作者。私、一人心当たりがありますが」

「…ご名答。これはかの、【屍体男】の製作品さ」

「ホブ」


 答えを明かしたホブゴブリンを咎めるような視線を向けるビートル、だがホブゴブリンは笑って続きを話す。


「最も、俺の物じゃないがね。キングが頂いた品を、俺が持ち出して、ビートルが実戦で扱えるように弄った」

「何故、貴方はそんなことを?」


 フーラが尋ねると、ホブゴブリンはまた、おかしそうに笑った。


「ついていけなくなったのさ。何のゆかりもない連中の計画に付き合うのはごめんだ。キングは良くとも、そして考える頭のない同胞共は良くとも、俺はうんざりだった」


 そう言うと、彼は自嘲するように笑った。


「だが、里を出てみると分かる。ゴブリンってのはちっぽけな生き物だ。吹けば飛ぶような。だから、今じゃキングには同情してるよ。ああやって、強者に縋ることで俺たちを守ってたんだと、今更気づいた」


 そして、彼はリパルサーを片手にフーラ目掛けて投げつけた。


「なら、俺はその強者になろう。誰にも頼らない力で、この世界を生きる。その糧となれ、英雄気取り!」

「…全く、お目出度い頭ですね」


 先ほど、彼女の紐を切り裂いたはずのリパルサーだったが、実に敢え無く破壊された。確かに、彼の使うリパルサーという円型の投擲武器は強力だ。機械仕掛けで動くその武器は、投擲した瞬間光刃を纏い、近づくものすべて焼き切る。その攻撃性能は特筆すべきものがあり、その上、自動的に手元に戻る機能さえ備えている。弱者だろうが何だろうが、それを持った者は全て脅威となり得る、危険な武器だ。

 だがしかし、それが通じない相手というのは、存外少なくない。


「私にも通じない代物で強者気取りなんて、おかしな話だと思いません?」


 そして、フーラ・アドヴァルト。彼女も、その内の一人だ。彼女は瞳から出した鎖で、リパルサーのコアを破壊した。周囲の光刃など、気にも留めず。

 彼女の化者、鎖の女(カテーナ)は、異様な程に硬い。鉄程度ならバターを斬るように裂ける、ブロンズの雷纏剣ドンナー・シュヴァートでも、彼女の鎖に傷つけることさえできない。


「さて、次はあなたです」


 彼女はリパルサーを壊してすぐ、鎖をビートルに向けて放った。


「やらせるか!」


 ビートルはそれを防ぐために飛行しながら、腕部から小型のミサイルを掃射した。


「危ないですねえ」


 だが、そんなことは読み通りだと言わんばかりに、フーラは紐で彼女が放ったミサイルを全て封殺する。


「捕まえた」

「くっ…!」


 そして、彼女の鎖がビートルにたどり着く。彼女はそのまま全身を絡み取られ、地面へと墜落した。


「はい、まずは一人」


 羽を破損された彼女は最早紐を斬ることは出来ず、紐による捕縛で無力化された。


「隙だらけだぞ!」


 そんな彼女の下へ突撃する、ホブゴブリン。彼が搭乗している小型のグライダーの速度でぶつかれば、相手もただでは済まないと確信して。


「はい、残念」


 だが、それすらも彼女には届かない。彼女は何でもない様に、腕力のみでその突撃を止めた。

 彼女は、神の身体能力を受け継ぐ、使徒である。この程度、訳はない。


「ふう、これで終わりですね。おじさまに連絡しちゃいますか」

「せ、ゴーストお疲れぇ、こっちもお願い」

「ロボ、お疲れです」


 ホブゴブリンを拘束したフーラの下に、ヘルガーが二人の敵を抱えながら戻ってきた。


「どうでした?楽しめました?」

「んー、微妙。やっぱ、身内のが歯ごたえあるわ」


 他愛もない会話を交わしながら、彼女らは警察の到着を待つ。


「…おい、貴様ら、今すぐ家に戻れ」


 スコーピオンが、そんな彼女たちに向けて、唐突に言った。


「何です?」

「これは警告だ。我々は所詮、囮でしかない。本当の目的は―」


 フーラが首を傾げる。が、即座にスコーピオンの話ぶりで、それが冗談や同情をひくための物でないと気づく。

 そして、気づいた時には、スコーピオンの首から、夥しい程の血液が噴き出した。


「…なんで予定にないことをするかな、人間風情が」


 ホブゴブリンの仕業だった。彼は手元に隠し持っていた、リパルサーに近い、光刃を出すナイフで、紐を切り裂き、そのナイフをスコーピオンに投げつけたのだ。

 そして、彼の下へ飛んできたもう一機のグライダーに飛び乗り、逃げようとした。


「逃がすか」


 ヘルガーは手元に持った二丁の拳銃を結合させ、ライフル銃へと変え、グライダーに向けて銃弾を放ち、飛行機能を壊し、(カテーナ)が改めて、彼を捕縛した。


「おい、てめえ。さっきの蠍が言ってた話はどういうことだ」

「…変だとは思わなかったのか。スコーピオンが、君が化者だと知っていたのを」


 ヘルガーが眉間に銃を突きつけ、ホブゴブリンは話し始めた。そして、彼の言葉に、フーラは目を見開く。

 今の彼女はスーツで、全身が覆われている。鎖を出すにしても、それが眼孔から出ていると悟られないように、手首から飛び出させている。それなのに、化者だと確信を持って言われていたということは。


「知られていたんだよ、君の正体は」

「目的は、なんですか?」


 フーラの絞り出すような問いに、ホブゴブリンは一笑してから答えた。


「君のかわいい弟くんだ」



「ただいまー」

「おじゃましまーす」


 サファイアの家に到着した僕たちは、そのままリビングに向かって鞄を下した。


「…ん?」


 早速探し始めようとした瞬間、僕らはテーブルの上に置いてあった、ある写真に気が付いた。


(サファイア、知ってる子?)

「嫌、知らない。でもエルフっぽいね」


 そこに映っていたのは、なんというか、神秘的な女の子だった。綺麗な透き通るような銀色の髪に、不健康とさえ思える程に白い肌。振れば壊れてしまいそうな、柔らかな雰囲気の少女だった。


「…?」


 ふと、僕は後ずさった。なんで?自分でも理由が分からない。

 

「あれ?」


 もう一度写真に目を向けると、何か違和感があった。どんな違和感?それには気づく。なんとなく、さっきの写真と、今見ている写真が別物の様な気がしたのだ。

 動いている?そんな疑念を抱いてから、苦笑する。そんなの目の錯覚に決まってる。


 だけれど、そう心から僕は否定できなかった。何故なら、この違和感はどんどん強くなっていっている。今にでも決壊してしまいそうな程に強まる違和感、そこで僕はようやく何がおかしいのかに気付いた。

 この写真が僕のことを覗いているのだ。僕たちが写真を見ていたはずなのに、立場が逆転しているのだ。


「!」


 僕は咄嗟に、後ずさった。この写真は普通じゃない。嫌、或いは、この被写体の彼女が、かも。


「ギル、どうしたの?」

「…嫌、何でもないよ。ちょっと、トイレ行ってくる」


 僕は一刻でも早くこの写真から離れたくなって、行きたくもない癖にそう言った。


「あ、おじさん。こんにちは」


 あの写真は一体、何だったんだろう。そんなことを考えながら、トイレへ向かっていると、偶然帰ってきたらしい、ウィルおじさんに挨拶した。

 

「俺は幸運だな、偶然一人のタイミングで会えるとは」

「おじさん…?」


 だけど、そのおじさんの様子も何かおかしかった。いつもの様な、飄々とした感じじゃなくて、何だか卑屈そうに笑いながら、僕に近づいてきた。


「悪いな、少年」

「え―?」


 そして、おじさんは布の様な物を僕の口に押し付けた。

 視界がぐらっとした。睡眠薬?まずい、これじゃ、皆に伝え―。

 

「俺はカメレオンだ」


 意識を失う僕の目に最後に映ったのは、おじさんではない、知らない男だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ