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受け継ぐ剣

「覇王炎刃!」


 神領北部、本来神同士の小競り合いが絶えないこの場所では、珍しい平穏な時間が訪れていた。最も、それはあくまで一時的なものであり、各々の行動から推測するに、今までの小競り合いとは一味違う戦乱の前振りでしかない平穏なのだろうが、それでも、その平穏を誰しもが満喫していた。


「炎の型は、こんなもんだ」


 そして、その平穏を引き起こした一因であり、満喫する一人であるバーンは、とある人物に向けて、自らの剣技を披露していた。


「どうだ、やれそうか?レグナンド」


 とある人物とは、いつの日か、彼が拾った子供。経緯は知らないが、神領にて命を落とした母親に抱きかかえられていた赤ん坊の、成長した姿。

 剣技を披露しているのは、言わば見取稽古。自らの技術を見せて、吸収させる、修行の過程。

 

「楽勝」

「へぇ」


 そして、少年はバーンの問いに応えるために、剣を手に取った。

 そんなレグナンドに、バーンは思わず、感心する。何故なら、一度見ただけで剣技を再現するなんてことは、彼自身にも出来るはずないことだから。

 自信過剰という風ではなく、逆に自信がないようにも見えない、自然体の姿で剣を振るおうとする彼の姿は、成功を期待させるに十分な姿だった。


「覇王炎刃!」


 炎を纏わせながら、振り下ろす、剣。そして、その炎を纏った剣は―



「…ん?」

「ん?じゃねえよ、失敗だ失敗」


 不思議そうに首を傾げたレグナンドに、俺は笑いながら突っ込んだ。

 覇王炎刃は炎の型でも秘奥の次にゃ難しい技だ。流石に、この齢で出来るもんじゃねえ。それは分かってるんだが。


「だがまあ、構えは上等だったぜ」


 それでも信じたくなっちまうほどに、こいつの構えは堂に入ってやがった。才能、って言葉は好きじゃねえが、それを差し引いて尚、こいつには才能がある。


「当然、僕は天才だから」

「ははは、ぶん殴ってやろうかクソガキ」


 ったく、誰に似やがったんだか、大層な減らず口だ。俺じゃねえってことは、多分血なんだろう。


 こいつを拾ってからもう七年か。慣れねえ育児は本当に大変だった。気まぐれでガキなんてひろうもんじゃねえぜ、本当。

 だが、まあ、それを差し引いて余りあるくらいの物はあった。


「ま、覇王炎刃はまだ先だな。まずは炎牙とか、竜巻落しとか、若い番号から習熟しとけ」

「ん」


 レグナンドは素直に頷いて、また剣を振り始めた。

 こいつが俺の目論見通り、剣技を吸収しているのは勿論だが、俺自身もこの指導を思いのほか楽しんでる。こいつの成長を見るのが楽しくて仕方ない。


(師匠も、こんな気持ちだったのか)


 今更、あの人の域にたどり着けたことに自嘲したくなるような、嬉しくなるような、不思議な感覚に陥る。

 …なら、ようやくだ。師匠を超える域に手がかかった今、そして、不穏な情報が錯綜する今、俺の目的がようやく叶おうとしている。


 剣を振るレグナンドの姿を見ながら、俺は力強く拳を握った。



 それから、更に三年の時が過ぎた。


「師匠、大市行ってくる」


 レグナンドがある程度大きくなった頃から、俺は大市の近くに居を構えるようになった。例の影の旦那とは距離を置きたかった俺は、大市に来ることは殆どなかったが、レグナンドの教育のために、俺は悩みながらも、レグナンドを影の旦那の下へ通わせることにした。初めての弟子を剣しか能のない馬鹿にさせる訳にもいかねえしな。そのついでに家も借りた。


「…ちょっと待て、今日は俺も行く」


 大市に向かおうとしたレグナンドを止めて、俺はそう言った。レグナンドは眉を顰める。


「珍しい、師匠はスキアーが嫌いだったのでは?」

「嫌いじゃねえよ。ただ、顔を合わせたくなかっただけだ」


 俺の言い訳がましい言葉に、腑に落ちない表情をしつつも、レグナンドは俺と一緒に向かうことを受け入れた。


「…師匠、本当に何もない?」

「ねえよ」


 道中、レグナンドはそんな風に聞いてきたが、俺は笑って首を振った。

 この三年で、こいつはかなり上達した。一流四剣の四属性それぞれ、三番目までは習得したし、風に至っては不完全ながら秘奥まで再現しちまう実力だ。ケルビスの野郎が、ミクトに俺の弟弟子がいるとか言ってやがったが、そいつと比べても見劣りしねえ才能だと確信してる。嫌、俺そいつ知らねえけど。


「お前は、風だな」

「何の話?」

「属性の話さ」


 俺の発言に首を傾げたレグナンドに、俺は答えた。


「俺が炎で、ケルビスの奴は土、師匠は水で、俺の知らねえ弟弟子が雷、それでお前が風」

「…得意な型の話?」

「そういうこった」


 俺が炎なのは言わずもがな、無手で戦うケルビスの奴は当然土。師匠はそもそも全属性を作り上げたが、実際のところあの人の迂遠は化物すぎるし、水想禍星を一人で作り上げたのはイカれてやがる。


「だからお前は風を極めろ。誰にも負けねえぐらいにな」

「…」


 俺がレグナンドの頭をなでると、そのまま押し黙ってしまった。

 察しちまったか?まあ、どっちでもいい。いずれにせよ俺の選択は変わらない。俺はただ、俺のやるべきことをするだけだ。



 私はレグナンド、今年で十歳になる、らしい。らしいというのは、私が孤児であり、赤ん坊の頃にとある人に拾われたから、正確な年齢が分からないのだ。

 その拾ってくれたという人が、私の師匠、バーン。良い人だ。だけど、皆から恐れられているようで、皆から遠巻きにされてる。本人もそれでいいと思っているらしいのが手に負えない。


 師匠は私を育ててくれたけど、私に一つ条件を課した。それは、剣を覚えること。

 一流四剣という、師匠の、師匠が作った剣術。それを習得することが私の面倒を見る条件だった。だった、というのは、途中から名目に過ぎなくなったからだ。


 なんだかんだ、師匠は私が病気になったら必死に面倒を見てくれたし、避けてるらしいスキアーに頼んで文字や計算を学ばせてくれた。彼なりに、愛情を持って育ててくれた。

 だから、きっと、今から師匠がしようとしていることも、愛情から来ているものだと分かっている。師匠を恨もうとは思わない。だけど、それでも、私は、泣きそうになってしまった。


「大丈夫か?レグナンド」

「…ん、大丈夫」


 少しだけ、心配そうに聞いてきた師匠に首を振って、私は涙を抑えようとしたけど、結局涙ぐむような声で返答してしまった。


 大市が見えてくる。私は分かっている、師匠と今ここで話せるのは、これが最後だと。

 

「師匠」

「…どうした?」


 師匠はこの期に及んでも、優しい声でそう問い返してくれる。


「今まで、ありがとう」


 だから、私も必死に平静を装って、お礼を言った。


「…馬鹿だな、お前は」


 苦笑するように笑う師匠、と同時に、首元に衝撃を受けた。倒れこむ私を、師匠は抱きかかえた。


「それは、こっちの台詞だよ」


 薄らぐ私の視界に優しく笑う師匠が映って、そのまま、私は眠りに落ちた。



「それじゃ、スキアー。頼むぜ」

「ああ、この娘は責任を持って、ミクトに送るよ」


 俺は気絶したレグナンドをスキアーに受け渡して、スキアーはそれを受け入れた。


「でも、本当にいいのかい?彼女に説明もしないで」

「…ああ、俺の柄じゃねえし、何より、俺なんか憎まれてた方が良い」


 最も、そんな俺の思惑は上手くいかなかったみたいだが。

 こいつは才能があるし、頭も良い。なら、こんなところにいるより、ミクトで優れた教育を受ける方が絶対に良い。周りに同年代がいた方が切磋琢磨しようって気概も生まれるだろうしな。

 運が良けりゃ、師匠か弟弟子に出会うこともあるだろ。まだ剣の指導が足りないなら、そこから教わりゃいい。何をするにも理想的な環境だ、ミクトは。


「スキアー、あんたには随分と世話になった。なんか問題がありゃ言ってくれ、借りくらいは返させてもらうぜ」

「いざという時は頼ませてもらうよ。今は危険な時代だからね」


 スキアーの言う通り、今は一時の平穏が終わりを告げようとしている様な感覚を、俺も覚えている。

 グランドホルンのカスを筆頭にした軍団はアイゼンのおっさんと対抗する気らしいし、ギブザムハァトの婆がばらまいた薬のせいで魔獣までもが暴れ出してやがる。毒竜とかいう新顔が出てきたり、灼竜と花弁眼が手を組んだり。それに天使共、魔王。全く、神代じゃねえんだぞ、今は。


 俺は別れを告げて、大市の外に出て、家に戻った。


「お邪魔してるわよ」

「…はっ、こいつは珍しい顔だな」


 家に入ると、そこには客がいた。神代からの付き合いである、女が。


「何の用だストーム。引きこもりが」

「随分な態度だね、バーン。万年反抗期さん」

「おっさん好き」

「は?ロリコン」

「クソ喰らえ、若作り婆」

「お互い様でしょ?ひねくれ爺」


 ひとしきり悪態をつき終わってから、不毛な争いに気付いた俺たちは目を合わせて、休戦した。

 

「それで、何の用だよストーム」

「返事を聞きに来ただけよ。そうじゃなきゃ、君のところには来ないわ」


 返事?俺のところどころか、てめえの領域から出ねえだろ、という突っ込みを飲み込んだ俺は、心当たりがなく、首を傾げた。


「…ダンタリオンからの誘いよ」

「ああ」


 思い出した。ダンタリオンだの、デッドだので組んでる、分かりやすい集団のことか。


「それならNOだ。俺は関与しねえ」

「…オーケー。それだけ聞ければ良い。邪魔したわね」

「その前に、一つ聞かせろ」


 俺は去ろうとするストームを止めて、一つ質問した。


「お前らいつまで旦那に固執してやがる?」

「無論、お兄さんが帰ってくるまでよ」


 俺の問いに率直に返して、ストームは去っていった。俺はそんなストームの返答を笑いながらも、自分も同じ穴の狢かと思い直して、自嘲混じりにまた笑った。


 俺はずっと、俺と師匠の名を高めるのが、一つの目的だった。俺が戦場で名を上げることで、一流四剣を世界に轟かせようと必死だった。あの時、魔王の時、ケルビスは功績を上げたのに、何の力にもなれなかった俺の力を証明しようと必死だった。

 だが、結局、それは俺の本当の目的ではなかったことを、俺は最近ようやく理解した。


 俺はただ、寂しかっただけなのだ。七英雄に数えられなかった俺は、不安だったのだ。誰も俺を見てくれないような気がして、駄々をこねていただけなのだ。

 だけど、レグナンドと出会えて、俺は救われた。俺を慕ってくれたあいつが伸び伸びと成長していく姿を見て、俺は自分が名を轟かせなくても良いと思えた。こいつが幸せになってくれれば、それで良くなった。


「…また、いつか、会えるさ」


 俺はそんな、レグナンドに言い残した言葉を、彼女がいなくなって寂しくなった家の中で、小さく呟いた。いつか、大きく育った彼女の姿を夢見て。

今年もよろしくお願いします。

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