episode of remember me
それから、一週間後。
「ごめん、遅くなった」
今日は、婆ちゃんの葬儀が、執り行われる日だ。
「気にするな。まだ、時間はある」
葬儀場に駆け足で現れたルビーに、スピネルさんは首を振った。
「…ありがと、ね」
俺の隣に座ったルビーは、そんな風に、曖昧に礼を言った。それが何に対しての礼なのか、俺には分からないし、きっとルビー自身にも分かっちゃいないんだろう。
一週間前、婆ちゃんの遺体を、痛いとも呼べない程に損壊しきった物を持ち帰った時のことを、嫌でも思い出す。泣き崩れたルビー、俺の肩を叩いて慰めようとするスピネルさん、憔悴しきった顔で礼を述べる二人の両親と祖父母。
ゴクリ。
俺の生唾を飲み込む音が、静寂なこの場には、よく響く。幸いなのは、それを誰も気にしていないことか。
葬儀に参加しているのは、シュライバー家の方々、ルビーの様な本家だけじゃなく、分家筋のルビーさえ顔も知らないような人たち、それに加えて、俺やルーデンの様な個人的な付き合いがあった人、ゲオルグさんを筆頭に有力者も何人か。
そんな中で、俺はルビーの横と言う、些か不釣り合いな場所に座っている。正直、居心地は余り良くはない。そもそも血縁じゃない俺が、そしてそれ以上に負い目がある。婆ちゃんは、俺のせいで。
「ブロンズくん、少し良いかい?」
そんな俺に、スピネルさんはドアを指差しながら声を掛けてきた。
俺は誘われるがままに頷いて、彼と共に外へ出た。
「いやあ、息が詰まるね。葬儀って奴は。出来れば今後一度も出席することなく死にたいものだ」
「…縁起でもないっすよ」
自販機の前まで向かった頃、彼は皮肉気に笑いながらそんなことを言ってのけた。そういう人なのは知っているから俺は何とも思わないけど、他の出席者に聞かれたら良い顔はされないだろう。
「君はどうする?」
「ああ、それじゃ、これで」
どうやら奢ってくれるようなので、俺は適当な飲み物を指差した。俺が礼を言って取り出すと、上からもう一つ、得体のしれない飲み物が落ちてきた。【激甘!砂糖50%コーヒー!】だとか何とか書いてある。
「一口飲んでみるかい?」
「いらないっす」
俺は丁重にお断りして、自分の飲み物を口にした。
「君は、コーラル媼には随分と可愛がられていたよな」
スピネルさんもまた、一口啜り、それからそう言った。それは俺に問うようではなく、確認する風でもなく、ただ、婆ちゃんのことを懐かしみ、悼んでいるかのようなニュアンスが感じられた。
「ルビーもだ。媼が君たちをかわいがるように、君たちもまた、媼に懐いていた。今でも思い出すよ、ルビーとあの人が仲良く喧嘩をしている姿をね」
そう言って、彼は少しだけ微笑んでから、首を振った。
「だが、俺は、はっきり言って、あの人との記憶がそれ程ない。本当はあるんだろう、きっと。でも、もう、靄、嫌、煙がかかっているかのように、思い出せない。また、あの、憎たらしい顔を見れば、思い出せそうな気がするのに」
それからまた、スピネルさんは笑った。先ほどのような懐かしむものではなく、寂しげな笑みで。
「…人が死ぬというのは、きっと、こういうものなんだろう。この記憶を鮮明にする機会はもう、二度と、訪れない」
言い終えると、彼はコーヒーを飲み切って、ゴミ箱へ放り投げた。
「だから、もう、悲しむのは止めろ。あの人だってきっと、君が後ろを向いて悲しんでいる姿よりも、前を向いて歩くことを望むはずだ。君と共に過ごした時間を、出来うる限り覚えていてほしいはずだ」
…スピネルさんの言う通りだな。この悲しみで記憶を曇らせるよりは、輝かしい記憶で婆ちゃんを覚えていたい。
「そろそろ、戻るか」
言い終えると、スピネルさんはそう言って、俺を招き寄せて耳元で言った。
「妹は、君に頼む」
分かってますよ。俺だってもう、誰かに支えられてばかりじゃいられない。隣に座っていてくれるルビーや皆を、支えていく人間になっていくんだ。
それが、人間ってものだから。
*
一方、神領。大市から南方に下った奥地。ゴブリンたちの集落の東に位置する場所にある、小さな小屋に手狭に集う幾人かの姿があった。ダンタリオンの一派だ。
「…すまん、キング。もう一度言ってくれ」
キングから、コーラル・シュライバー戦死の一報を受けたデッドマンが、彼の報告に耳を疑い、繰り返すよう求めていた。
「コーラル殿が、殺されました」
動揺するデッドマンにも動じず、ただ冷静にキングは事実を告げる。
「クソったれ」
頭を抱えるデッドマン、そして彼以上に動揺している者がいた。
「…なんでだ?」
それはダンタリオン。絞り出すように、そして震えるように言った彼を二人は見る。すると、ある異変が起こっていることに気付く。
彼の顔を塗りつぶしていたはずの黒が薄れ、些か幼い素顔が垣間見えていた。その素顔は、今にも泣きだしてしまいそうなほどに、悲しげな表情だった。
「僕が間違っていた、全部、何もかも、初めから」
「落ち着け、ダンタリオン」
「落ち着け!?止めてくれデッド、僕は今、一番落ち着いている。今だけだ、頭の雑音が薄れているのは」
いつもの飄々とした態度は消えてなくなり、まるで普通の人間かの様に、ただ彼は自らの失態を悔やんでいた。そして、自らの犯した罪に、苦しんでいた。
「一体、一体、なんで。コーラルが死ぬ未来なんて、どこにもなかったはずなのに」
頭を抱えて、顔を手で覆い隠しながら、狼狽え続けるダンタリオン。
そんな彼の頬を、デッドマンは殴った。
「二度は言わねえぞ」
「だって、だって、僕は、また―」
デッドマンは、縋るように手を伸ばしたダンタリオンに背を向けた。
「だからだ、当に後戻りは出来ない。どんな犠牲を払おうが、前に進むしかねえんだよ。俺らは」
そう言うと彼はまた、ダンタリオンに向き合って、しゃがみ込んだ彼に視線を合わせるために、腰を落とした。
「…だから、俺だけは、最期まで一緒に背負うよ。お前の罪も、お前の弱さも、俺たちの願いも」
ダンタリオンの肩を掴んだデッドマン、そんな彼の手を握るダンタリオン。枯れるまで涙を溢した瞳で、まっすぐ彼の瞳を見据えながら、ダンタリオンは口を開く。
「ありがとう、デッド。君がいなきゃ、僕はとうに終わっていた」
「大丈夫だ、俺だけはずっと、お前の隣にいてやるからよ」
デッドマンの頬を撫ぜる、ダンタリオンの指。そのまま、彼は気を失った。
「…おいおい、こんなところで寝るんじゃねえよ」
呆れたように呟いて、デッドマンはキングに目線を向けて、二人で寝床まで運び始めた。
「しかし、仲が良いですね。貴方がたは」
「ずっと昔からの仲間だからな」
何の気なしに言ったキングの言葉に、デッドマンはそう返答してから一拍置いて、また口を開けた。
「…見捨てられる訳がないのさ」
苦笑とも、微笑とも、或いは自嘲とも言い難い、複雑な表情でそう言って、彼は抱えていたダンタリオンをベッドの上に寝かせた。
「それよりキング、お前これからどうするつもりだ」
「どうするも何も、集落に戻りますよ。元より我々は独立独歩、大市に頼らずとも生きていけます」
「なら、いいが」
ブロンズ、或いは戯灰に、ダンタリオンたちとの繋がりを知られたことから、大市との関係悪化を危惧してのデッドマンの問いだったが、キングは気にした風でもなく、あっさり言ってのけた。
「それよりも、カーミラ氏の件ですが、あのように簡単に野放しにしてよかったのですか?」
「ああ、あいつはケルビスといた方が良い」
「ダンタリオン氏の予言ですか?」
「いいや、会いたい奴と会えるなら会うべきだって言う、ただの道理だよ」
小屋の出入り口へと向かいながら、彼らは少しばかりのやり取りをこなす。
「では、最後に一つ」
ドアの目の前に立った時、キングは振り返って、デッドマンに問いかけた。
「あなたは何故、国を捨てダンタリオン氏に付いたのですか?」
「あいつの隣にいられるのはもう、俺だけだからだよ」
率直な問いに、率直に返答する、デッドマン。
「今、ダンタリオンの苦しみを理解できるのは俺と、ハジメくらいのもんだ。だから、俺だけはあいつのそばにいてやる。最後まで付き合って、あいつと一緒に地獄に落ちるよ」
「…結構、それでは失礼いたします。良い夜を」
キングの目を真っすぐ見据えて言った、デッドマンの返答に満足したのか、彼は頷いて足早に別れの挨拶を告げた。
「は、流石、ルゥの奴に鍛えられただけはあるな。鋭い質問すぎて、胸を痛くさせてくれる」
感心したように、呆れたように笑いながら、彼はもう一度、寝床の方へ戻った。
「…久しぶりに見たが、こいつの顔、驚くほどに変わってねえな。出会った時のまんまだ」
ダンタリオンの寝顔を眺めながら、彼の素顔を見て、デッドマンは懐かしむように呟いた。
「あの時の、真っすぐだったあいつの、まんまだ」
泣きそうな声で言ってから、彼は額を抑えて、息を吐いた。
「俺さえ、いなきゃな」
最後に呟いた、デッドマンの言葉は、隠しきれない程に、自責の念が滲んでいた。
ということで、予定とは違うのですが、キリのいいところで間章はこれで完結となります。
いつものことなのですが、早い段階でプロットが崩れるので着地点に困ります。構想段階でちゃんと練るべきだと、これまたいつものことながら後悔。
次の章では、ブロンズや彼の友人たちの子供の話へとシフトさせる話になります。鎖の化者を持つフーラであり、今後生まれる、ブロンズの実子であり、アイアンやウィルの子供の話になります。
そして、ブロンズが一人の人間として、神として、親として、真の意味で一人立ちする話になります。ブロンズを、主人公として完成させる話になります。
次の章でこの話は完結する予定です。全てが終わるわけではなく、違う誰かが主人公を引き継ぐ形で物語は続きます。
どうか、この先もお付き合いいただけることを願っています。




