episode of platonic sword
コーラルが第三者の手によって墜落したことに対する、彼女と相対していた二人の反応は真逆と言っていいものだった。
「…クソがァ!」
「あん…?何が起こった?」
下手人の正体に気付き、怒号の声を上げるカマエル。呆然とし、困惑するアギト。
カマエルは困惑するアギトに目もくれず、剣が放たれたと思われる地点に、駆けだした。
「やっぱり、てめえか!」
そして、到着した瞬間、彼は叫んだ。彼の予想通りであった、下手人の顔を見て、彼はその名を呼んだ。
「【司る者】ォ!」
「…大声を出すな。耳が痛くなる」
怒り心頭で剣を向けるカマエルに対し、司る者は冷めた瞳で、一切の感情の揺らぎなく、カマエルを見据える。
その余りの反応の無さに、カマエルにも少しばかりの冷静さが戻ってくる。彼は大きく息を吐いてから、司る者に問うた。
「てめえら、どうやってここまで来やがった」
「どうやってって、お前は以前神領に行ったことがあるだろう。それと同じだ」
その一言でカマエルは思い出す。空間移動の能力を有する天使、グリゴリ。顔面に羽が生えたそれを頭に浮かべながら、カマエルは首を振った。何故なら。
「馬鹿言うんじゃねえ、あの顔面爺は死んだだろうが」
彼はアルティナの弓矢に貫かれて命を落とした。故に、彼では有り得ない。
「お前は本当に馬鹿だな、あれはお前の様なワンオフじゃない。作ろうと思えば、幾らでも作れる」
最も、自我はもう要らんがな、何のこともない様に、司る者は淡々と答えた。
カマエルの推測は誤っていた訳ではないが、実のところもっと決定的なところで齟齬があった。司る者、そして彼が率いる天使たちには彼が想定していた以上の、技術を有していたのだ。
(…クソが、意識だけってのはこういう時に困る。思っていた以上に俺は何も知れてねえ)
カマエルが心中で毒づいた時、司る者は被る帽子を深くして彼を見た。
「それより、お前は何をしている?」
その声音は、先ほどよりもずっと冷たく、詰問しているかのような重圧があった。
「何もクソも、てめえの指令だろうが、神領に侵攻しろってよ」
「ああ、確かに言った。だが、正確な指令はこうだ、天使兵を指揮し、進軍しろ。単独で先へ進めなんて、俺は一言も言っていない」
その重圧を気にすることもなく怒りをぶつけたカマエルだったが、その怒りさえも超える司る者の重圧は徐々に強くなっていっている。
「…仕置きだ」
そして、その重圧は唐突に臨界点に達した。そして、彼は手に持った、盃を逆向けた。盃を満たした液体を、流すために。
地が震えるような錯覚、否カマエルに限って言えばそれは錯覚ではない。彼は確かに全身が震えていた。体そのものに拒否反応を起こしているかのように、彼の全身は奇妙な程にねじ曲がり、その意識は今にも消えようとしていた。
「つ、かさど…ォ!」
それでも、彼の強靭すぎる程の意志によって、何とか、悪あがきでしかなくとも、声を上げた。それが、何かに繋がることを信じて。
だが、それは真実、悪あがきにしかならない。目的半ばで意識を失った彼を抱えて、司る者はその胸に手を突っ込んだ。
「君はもうその時が来るまで外には出さない」
大天使兵の亡骸から手を抜いた彼は、背後にいた何者かを見た。
「いるな、【探る者】」
「はいはーい」
彼が振り向いた先には、男とも女とも断じがたい、中性的な者が、そこにはいた。
「カマエルの精神を持ち帰って厳重に保管しろ。こいつはもう、再誕の日まで出さない」
「良いけど、神領侵攻の指揮は誰に取らせるの?これが一番使いやすい人材なのに」
「誰でもいい。既に、ブロンズ・アドヴァルトは神領に居を構えてはいない。七大天使も真の意味で完成した」
つまらなそうに呟いてから、司る者は探る者に帽子を預けた。
「サリエルらには元より帰還機は持たせてある。これ以上ここにいる意味はない、俺たちは戻るぞ」
「おっけ~」
そう言って、彼は探る者の背後にいた、もう一人の男に目を向けた。
「そして、【壊す者】」
「仕事だ」
*
「―そろそろ、種を明かすべきじゃないか、キング」
婆ちゃんの下へ向かいながら、俺はそうキングに言った。さっきの天使と戦って、少しだけ頭が冷えてきた。
「何のことでしょう?」
「仕掛けがあるんだろ?」
だから、ようやく俺は、こいつがこの場にいる理由に思い至っていた。
彼は先ほど、俺たちを戦いへ参加させないためと言っていた。それが婆ちゃんからの依頼だと。その動機には違和感がなかったから、俺も疑わなかったが、考えれば婆ちゃんにそんなものは必要ない。あの人が俺たちの下へ巨をつく人型、蹂躙すでも送っておけば、それなりの時間稼ぎになったはずだ。カマエルには相性が悪かったが、あれの耐久力はいつぞやのスポットに比肩しかねない程だ。
故に、彼には他にここにいる理由がある。それは恐らく。
「婆ちゃんを生き返らせる仕掛け、ダンタリオンの神性が」
俺の指摘に、キングは肩をすくめた。
婆ちゃんがそうであるように、恐らく、彼とダンタリオンは組んでいる。なら、彼が死者蘇生を行ったことは知っているだろうし、もしかするとその絡繰りも知っている可能性は捨てきれない。
あくまで可能性はあるレベルの話だ。殆どはったりだし、些か以上に飛躍した発想だ。だから、この問いは答えが返ってくることを期待してるわけじゃない。少しでも彼らの情報が得られればルビーとスフィアの為にもなるだろうし、何より本当にそうであれば婆ちゃんが無事でいることになる。
「生憎、それは無理な話ですよ、アドヴァルトくん」
彼は立ち止まってから、首を振った。
「私はダンタリオンという男を知っています。あなたが思っているより、昔から。だから、断言できる。彼の神性、英雄の書もう一度は、自らの蘇生しかできない。そして、復活するには事前に指定した人間が触れることが条件です。私やあなたは、その中には入ってはいない」
想定以上に明快に返ってきた答えに、俺は落胆した。これで、婆ちゃんが容易に助かるということはなくなった。
それと同じくらいに、俺は疑問に思うことがあった。何故、彼はこんなにも包み隠さず話す?勿論、これが全部嘘という可能性もあるが、それにしても話過ぎだ。俺を騙すだけなら、ここまで飾る必要もない。
「…なんでそこまで話す?」
「簡単なことです。最早、彼とあなたの物語が重なることはなく、そして何より、彼の生死はもう、この後の物語には大きく寄与しない。従って、この情報が出回っても何の支障もないのです」
メタ的な、とでも言うべきか。この世界そのものを作り物だと言わんばかりのキングの言葉は、どこか演技がかっているように聞こえるが、それ以上に彼は正気のように言ってのける。
そう、彼の様な話し方をする者を、俺はもう一人知っている。
「物語を円滑に進めるには、多少の狂言回しも必要なのですよ」
ルゥ・ガルー。いつの日だったか、マリアが言っていた。マリアの育ての親の一人である彼女は、未来が見えている、と。確定した未来を、彼女はその化者を身に宿した瞬間から見ていると。その副産物として、彼女の螺子は外れた。いくつかの例外を除いて、誰にも伝わることのない迂遠な、抽象的な語りで話すようになった。それが、彼女の異名である、狂い狼の所以。
ならば、彼もまた、同じような化者、或いは神性を所有している?疑問を抱くも、それを問うまでには至らない。何故なら。
「婆ちゃん!」
俺たちはもう、目的地にたどり着いていたから。
「ブロンズ、か」
婆ちゃんの状態は思っていたよりは良さそうで、肩で息をしながらも何とか両の足で歩いていた。
「お婆さん、ちょっと座って。治療するよ」
「嫌、それには及ばん」
ウィルからの申し出を拒む婆ちゃんに、呆れて俺は口を挟んだ。
「それには及ばん、じゃないよ。大人しく回復してもらえって」
「…そうじゃな、なら頼むとしよう」
幸い、そう言うと、婆ちゃんは大人しく従ってくれた。思っていたほどの傷ではなかったとはいえ、放置できるほどの軽傷じゃない。
「すまんな、ブロンズ。お主には、ルビーにも、迷惑をかけた」
「…そんなことないって言いたいけど、本当だよ。何やってんだよ、婆ちゃん」
そんな状況ではないと知りつつも、思わず俺はそう尋ねた。
スフィアによると、婆ちゃんがダンタリオンたちと繋がっていたのは別に俺らが憎かったからじゃなく、多分俺を助けるためだったと言う。
それは、分かる。自分で言うのは気恥ずかしいものがあるが、婆ちゃんには可愛がられていた自覚がある。だから、アネリアでの俺の境遇を知った婆ちゃんが、俺を助ける手段としてダンタリオンたちとの共闘を選択したというのは分からなくはない。
「儂はただ、お前やルビーを守りたかった、それだけじゃ」
「…ルビー?」
ちょっと待て。スフィアの想定と、微妙に食い違っている。
「ああ、無論、お主をあの国から救い出すというのも、儂の目的の一つじゃったがな。それとは別に、もう一つ、理由がある」
外傷が目立たないほどに治療された婆ちゃんは、立ち上がって俺たちと多少距離を取ってから、続けた。
「ブロンズ、お主も感じておるじゃろう。この大陸は今、未曽有の危機に直面しておる」
「未曽有の、危機?」
俺は、その少しばかり突飛な発言に困惑しつつも、オウム返しをした時には、その理由について思い至っていた。
教授の裏切り、アネリアと天使たち、魔王の復活。それに、今まで姿を潜めていた神の復活や、いくつかの名のある神々が徒党を組んでいるという話も聞く。確かに、今までにない程の何かが起こりかけている。
「儂がダンタリオンや老公と手を組んだのは、それが理由じゃ。彼奴らはこの後に起こるであろう危機を、最小限に防ごうとしておる。故に、儂は、奴らの誘いに乗ったのじゃ。お主らに危険が及ばぬように」
婆ちゃんの言いたいことは分かった。確かに、ダンタリオンも、ルゥさんの様に未来を見る神性を有していると聞く。最も、ルゥさんのそれとは違い、未確定な物に限るらしいが。
なら、未曽有の危機というのは恐らく、本当のことなのだろう。最小限に防ぐ、というのもあながち間違ったものではないかもしれない。
だが、だからこそ、彼が経過を気にするとは到底思えない。ダンタリオンは自らにも関係の近い人狼たちの集落の一つを滅ぼし、自らの使徒であるバァルには同族を根絶やしにさせた。未来を守るためには犠牲が増えようが構わないということだ。
そんな中で、俺やルビーの犠牲などが果たして、考慮されるものだろうか?
「…問題ない。ダンタリオン曰く、そもそもお主は未来に欠かせない存在であるから、神にさせたのじゃ。ルビーもまた、重要な役割があるとな。そういう言質がなければ、信用もせぬよ」
俺が欠かせない存在?俺は、どんな役割を担うことになる?疑問は尽きないが、今はそういうものだと理解するしかない。
「さて、いずれにせよ儂の役割はここまでじゃ。儂はもう、ミクトに戻ろう」
「…いいのかよ」
「ああ、儂が彼奴らと交わした約定は最早果たしきれぬ。国に戻り、沙汰を待つ方が幾ばくかマシじゃ」
婆ちゃんがそう言ってくれて、安心した。婆ちゃんがどれだけの罪を被ることになるかは分からないが、それでも国にいてくれるならいつでも会える。
「だがその前に一つだけ確認させてくれんかの。何、すぐに済む」
婆ちゃんはそう言って身をひるがえした。俺も婆ちゃんを追おうと思った、瞬間だった。
上空から、何かが落ちてくるような、風を切る音が聞こえた。俺は、その音に誘われるように見上げて、その時には既に、落ちてきた何かは既に地表へと近づいていて、俺たちのいる場所のすぐ前方に、爆音とともに着陸した。
舞う、土煙。何も見えない、それよりも、何が起きたのか分からない。だが、爆音と共に、何かが聞こえたのは分かった。ぶちゅり、果物が潰れたかのような、嫌な音が。
「この程度か、意外と脆いな。煙の覚醒者とやらも」
そして、全く聞き覚えのない男の声が。
「は…?」
土煙が止んで見えた現実に、理解が追い付かない。信じがたい光景に、俺の脳は理解を拒む。
だが、要素は目に入る。先ほどまで婆ちゃんがいたはずの場所に立っている男、その男の足の下敷きになった赤い何か、それは血液、そして誰かの死体、婆ちゃんの―
俺は剣を抜いて、その男に斬りかかった。片腕で受け止める男、俺は全身の魔力をその剣に込めて、吐き捨てた。
「…てめえは、俺が殺す!」
雷の魔力が剣に充填した時、そいつは俺の腹を蹴って間合いを取った。
「そういう活きのいい台詞は、殺してから言って見ろ!」
「抜かせ!」
挑発するように手招きするそいつの言葉に乗って、俺は雷を纏い、剣を振った。




