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episode of dragonfly

 神領、【灼熱落果】。全土が危険地帯とされる神領内部にて、最も危険な地域の一つとされるその場所は現在、その危険度を更に増していた。


「敵対生物を発見、速やかに排除する」


 その理由が、天使たちの侵攻である。

 先日、アネリアとの協力関係を世に示した彼らは、最早その繋がりを隠すこともなく、堂々とアネリア本土から続々と天使兵を神領内部に進軍させていた。

 そして、アネリアから程近い【灼熱落果】に進軍することを、彼らは選んだ。元より【氷結庭園】に向かうのでなければ、必ず通過しなくてはならない場所ということもある。この場所を早々に片づけた方が合理的だと、彼らは考えたのだろう。


 実際の所、その目論見は殆どが失敗に終わっている。

 【灼熱落果】の灼熱の気候こそ耐えられる天使兵たちではあったが、そこに住む食虫植物や蟲に真正面から戦えるほど、頑強なわけではない。


「…困りますねえ、ここのバランスが崩れる」


 だが、それでも尚、彼らは確かに【灼熱落果】に損害を与えてはいた。

 そうぼやいたのは、食虫植物の生産者、【花弁眼】ヘラーテ。彼女は植物と蟲の観測データを纏めながら、平時からは大きくズレたその結果に嘆息する。


 敵対関係にあるヘラーテと【灼竜】レーヴェルナーノだが、それと同時に彼女らが生み出した食虫植物と蟲は、ある種の共生関係を築いている。食物連鎖だ。ある種、偶然の産物で生まれた構造ではあったが、それが形成されたことによって、彼女らはその頂点に君臨する巨大な個体を生み出すことが出来たのである。

 

 だが、現状、天使たちの侵攻の影響によって、食物連鎖における下層のグループにあたる個体が減少傾向にあった。このままでは、無論、天使を殲滅する主力になる上位のグループの個体までもが減少するはめになり、最終的には天使の侵攻を許す羽目になりかねない。


「まあ、良い機会ではありますか」


 ヘラーテは嘆息しつつもどこか嬉しそうに笑みを浮かべて、立ち上がった。この場所を支配する、もう一人の女性に会いに行くために。



「単刀直入に言います。協力関係を結びませんか」

「断る」


 もう一人の支配者、レーヴェルナーノから返ってきた答えはそんな、素っ気ないものだった。


「…理由を聞いても?」

「必要なのか?そこまで愚かだったとは思わなかったな」


 嘲るように笑ったレーヴェルナーノに、ヘラーテは眉をひそめながらも怒りを示すことはせずに、続く言葉を待った。


「まあいい、僕は寛大だから答えてあげるよ」


 彼女の反応を見て、楽しむかのように笑いながら、灼竜は口を開いた。


「理由は大きく三つある。まず一つ、もう既に僕の研究は完成している。だから、この箱庭はもう必要ないものなんだよ。蟲自体には愛着があるし、自ら壊すのは気が引けるから継続してはいるけどね」


 小さな前足の、小さな指を一本立て、彼女は言った。


「第二に、もう蟲使いはいないからね。彼らの為の居場所を残す必要はもうない」

「そして、最後に―」


 レーヴェルナーノはそう言うと、ヘラーテの耳元に近づいて、そっと、彼女だけに聞こえる声で囁いた。


「…!」


 彼女の囁きを聞いたヘラーテは無言のまま、灼竜と目を合わせた。

 数舜だけ、目を合わせていた両者だったが、ヘラーテは直ぐに怒りの表情を見せて、翻った。


「ええ、なら、交渉は決裂です。あなたはそのまま滅びればいい。私は一人でなんとかします」


 そして、そんな捨て台詞を残して、足早に去っていった。


 それを覗いていた、何者かに追われながら。



「これは…」


 自らの領域に帰還した彼女はすぐにそんな、驚愕することになった。

 【百花猟蘭(ヘカトンケイル)】、彼女の住処を守る大植物が、ズタズタに切り裂かれている。そして、それと同程度に巨大な、見たこともない生物の死骸。


(何者…?)


 恐らく、この見たこともない生物を百花猟蘭が蹴散らしたということは分かる。だが、彼女に分かるのはそれだけだった。この生物が何なのかも、この生物を誰が送り込んできたのかも、百花猟蘭に誰がとどめを刺したのかも、何も分からない。

 彼女はそれ以上の推察を諦め、自らの住居に足を踏み入れることを選んだ。その先に待っているだろう厄介ごとを想起して、大きな嘆息をしつつ。


「よう、お邪魔してるぜ」


 そして、彼女の憂慮は現実となる。彼女の住居に待っていたのは、三名の神々。

 そんな風に気安く声を掛けてきたのは、大きな角笛を手にした、陽気そうな男。その中では唯一の人型の神、されど、その身からあふれ出る威圧感は、誰よりも人間離れしていた。


「なんて言ってみたはいいものの、俺が邪魔なわけないよなぁなにせヲレは君の為に良い話を持ってきてやったんだからナァナァ聞いているのかい【花弁眼】殿」

「…全く、嫌なことは続くものですね。何の用です、【笛吹】グランドホルン」


 息も切らさずに言ってのけるその神を睨みつけ、彼女は問う。

 【笛吹】グランドホルン、神代を生き、今も尚現役を続ける、最古参の神。【狼王】ケルビスと共に、人間領でも高い知名度を誇る神の一人で、幾度となく人間国家に侵略した過去を持つ。そして、幾度も人間国家を滅ぼした災害でもある。


「かはっ、何の用と来たかそんなことは決まっているだろう。例の【羽付き】共についてはヲレも厄介に思っているのだからその対応について君と話したくて来たんだよ当たり前だろう、なあ?」


 再度、長々と言ってのけたグランドホルンは、ヘラーテも知らない、獅子型魔獣(オルトロス)に似た神に問いかけた。


「ブレインフェースよ」

「【脳喰らい】―!」


 その名を聞いてようやく、ヘラーテはその正体に気付く。

 【脳喰らい】ブレインフェース、他生物の脳に寄生して生を続ける、神の中でも相当に異常な性質の持ち主。本体は極々小さな寄生虫だと目されているが、今尚、彼の正体を目の当たりにした者はいない。


「いぇす、いぇす、いえす。肯定、肯定、肯定」


 本来、オルトロスが発せられる訳もない共通言語を、その慮外は容易くこなす。


「羽付き、もとい天使の一群。否、一軍。すなわち、国、共同体に属する軍隊の兵の集合体。それはそれはそれは、我々我々が一個体で対応できる幅を超えてしまっている。なればその、そのそののののののののののの―」


 そのまま流暢に話していたブレインフェースではあったが、突然、何かが狂ってしまったかのように同じ音しか発せなくなる。それを引き起こしたのは、脳の酷使。ブレインフェースは寄生した生物の限界以上の能力を引き出せるが、このように脳の方が耐えられなくなることが多々ある。そうした場合、彼は息をするように自然に、他の生物へと寄生しなおす。

 彼が目に付けたのは、【灼熱落果】に残る天使の残骸の一つ。どこからか拾って、外に置いておいたらしいそれに、彼は見えもしない速度で寄生しなおしたらしく、そのままヘラーテの住居に入ってきた。


「これだから…」

「失、失、失、失礼。つまり、某らが望むことは」

「同盟の締結だよ、ヘラーテくん」


 不快げに顔を強張らせたヘラーテ、ブレインフェースは再度話続けようとしたが、もう一人の神が彼の言葉を受け継いだ。

 

(こいつか…)


 ヘラーテはその神の姿を見て、あることを察した。外の魔獣は、こいつの作品だと。

 何故なら、その神は、自らの全身を他の魔獣の四肢と取り換えていた。右腕は大猿の様に太く、左手の爪は竜の血筋のように鋭く、両足はどこかの食虫植物から取ってきたのか、根を張っていた。それに天使から奪ったらしい背に生えた両翼に、長いしっぽまで生えている。

 正に、合成獣(キマイラ)。継ぎ接ぎだらけの神を見て、あの見たこともない魔獣の正体が、彼と同じものだと彼女は気づく。


(…汚らわしい)


 そして、軽蔑する。ヘラーテは自らの好敵手である、レーヴェルナーノを思い出す。彼女もまた、自らの身体にメスを入れた異端だが、目前のこの神とはスタンスを大きく異なる。

 彼女は彼女なりの合理性、そうすべき理由があった。そして、竜と蝶の混合は、ある種で幻想的な美しさがあり、調和していた。


 しかし、この神はなんだ。片っ端に取り込んだだけのがらくた。確かに、どのパーツも単体では優れた物だと思う。しかし、それは調和あってこそだ。このような気色の悪い生き物は、彼女の足元にも及ばない。


「問題なのは天使だけじゃない。このグランドホルンと同時代に生きた怪物共もまた、活動を活発化している。決して殺せない群体の軍隊、吹けば飛ぶように流れて毒を振りまく災厄、泣いて鳴いて哭いて狂気を垂れ流す虚ろ、そして、【魔王】とその【使徒】もまた、復活の兆しが見えている」

「もう結構です」


 その後も長々と話していた神ではあったが、既にヘラーテの耳には欠片ほども届いていなかった。


「さっさと私の家から出ていけ、汚らわしい阿呆共が」


 吐き捨てた彼女はそのまま親指を下に向け、彼女の左の眼孔、つまるところ【花弁眼】に魔力を集中させた。

 これこそ、彼女の神性。【花弁眼】、花弁に包まれた左目に魔力を集中させて照射する、攻撃型の神性。その威力は無論、非常に甚大な物になる。


「!」


 驚愕するも、すぐさま防御態勢に移行する、合成獣の神。


「解除、解除」


 即座に判断し、寄生を解除し何処かへと消えるブレインフェース。


「…やってみな」


 余裕の構えのまま、両腕を大きく開いたグランドホルン。 

 対応はそれぞれながら、すぐさま決断に至る神々は、その戦闘経験の厚さを物語っていた。


「なんて」


 最も、その決断に意味はないのだが。

 【花弁眼】から魔力を散開させるヘラーテ、つまるところ、今の行為はブラフ。

 

「良くやったヘラーテ」


 本命を当てるための前振りに他ならないのだ。

 そのまま住居から飛び出したヘラーテに代わって現れたのは、【灼竜】レーヴェルナーノ。そして、住居に向けて渾身の炎の吐息(ブレス)を吐いた。

 余りの勢いと熱で、ヘラーテの住居は焼け落ち、二人の神も飲み込まれていった。


「作るの大変だったんですよ?」

「ごめんって、うちに来ていいからさ」

「冗談、あなたのかわいい子が気を遣うでしょう」


 一仕事を終えたとばかりに、気安く言葉を交わす二人。それから、彼女らは思い出したように、先ほどの会合の話題に移った。


「しかし、私があなたに会いに行っていなかったらどうしていたんです?私ごと消し炭ですか?」

「…僕って、そんなに節操なしに見える?しないよ、そんなこと。その時は、あの子にカバーしてもらうつもりだった。あの子はこの二年間でかなりの蟲と契約したからね、君を連れ出すくらいは訳ないさ」


 そんな風に、彼女らが会話を続けていると、焼け落ちた木の中から、何か、音が聞こえた。物音、ではない。笛の音だ、笛の音が高らかに鳴り響いている。


「【笛吹】!」

 

 気づいた、灼竜が声を荒げ、ヘラーテが食虫植物を生み出すために、種を撒こうとした。

 しかし、その試みは未然に防がれる。既に笛の音は周囲に届いていたのだ。鎧百足と呼称される蟲がヘラーテに襲い掛かり、彼女はその対処に追われた。

 グランドホルンの神性、【魔笛(ダ・カーポ)】。彼の奏でる笛の音は、そのリズムに合わせて多種多様な効果を引き起こす。今彼が鳴らした音は、周囲の生物を自らの益するように動かす、彼が特に好んで使う能力だ。

 

 そして、状況は更に悪くなる。

 グランドホルンたちが下敷きになった残骸を蹴散らす、巨大生物がいた。女王蟻、本来の領域は遥か遠くのはずの巨大生物すらも、この魔笛は操るのか?答えは否、この様な巨大生物の部類にはそれ相応に長い時間笛の音を聞かせる必要がある。だから、これはグランドホルンの仕業ではない。


【ふ、ふ、ふ、は。この程度で、其の方が死ぬことはない。某も、同様】

「【脳喰らい】まで…!」


 もっと、最悪な者の仕業だ。逃げ出したと思われた彼は、この地域で最も強大な二つの戦力がこの場に集合していることを察し、即座に【灼熱落果】で最も強大な個体の一つに乗り込むことを選択したのだ。


「…セキュリティちゃんとしないから」

「僕のせいじゃないだろ、あんなの!」


 冷たい瞳でレーヴェルナーノを見るヘラーテ、レーヴェルナーノはうんざりしたようにぶちまけた。


「かはっ、悪いねぇ【灼竜】!まだヲレらはここで終わるわけにはいかないんだよ!」


 女王蟻、もといそれに寄生したブレインフェースに助け出されたグランドホルンは、高笑いを上げながら、灼竜を指差した。


「最っ高の戦争が目の前に迫っている世界全てが巻き込まれるだろう最高の戦争がああ楽しみだ楽しみすぎて本当に狂っちゃいそうだよぉ!」


 言葉通り狂ったように笑いながら、彼らは女王蟻に抱えられたまま、その場を去ろうとした。


「…悪いデスが、女王蟻までは渡せまセン」


 その瞬間だった。女王蟻の動きが止まる。【脳喰らい】が止めたのではない。それよりも上位の契約が行使されて、彼は動きを止めたのだ。


【―【解除(リリース)】!】


 それに気づいたブレインフェースは即座に寄生を解除し、どこかへと逃げ出した。


「起きろマキナ」


 グランドホルンは合成獣の神を起こして、飛行する彼の背中に乗り移って事なきを得た。


「お前の顔覚えたぞ、蟲使い。戦争の楽しみが増えた」


 最後に、グランドホルンはそう吐き捨ててから、北西に向かって飛んで行った。


「やれやれ、何とか事なきを得たな」


 レーヴェルナーノはため息を吐きつつ、呟く。その呟きに対してヘラーテはじとっとした瞳でにらみつけたが、灼竜はそれを無視して、女王蟻を止めた者の前に向かって、彼女の頭を撫でた。


「良くやったスカベラ、お手柄だったぞ」

「…あノ、レーヴェさん。恥ずかしい、デス」


 撫でられた小さな少女、スカベラ・青碧はくすぐったそうに言った。

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