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episode of daughter board

 スフィア・コード、かの七英雄の一人である【屍体男(デッドマン)】によって造り出された、人造生命(アンドロイド)である私の名前。


「愚かですね、生物って」


 父が長年続けていた研究の、初の成功例である私は、それでも尚、多くの欠陥が伴っていた。

 感情の不理解、生存への嘲り、努力を冷笑、それ以外にもまだまだあるが、私の欠陥の殆どはそんな、他者に対する共感性の欠如だった。

 

「お前、誰でもいいから友達を作れ。そうしたら、少しはまともになんだろ」


 そんな私を心配したのか、あるいは余りの口の悪さに苛立ちが勝ったのか、父はそう言って私を研究室の外に放り出した。


(私を生み出した男にしては、余りに低俗な発想ですね)


 追い出された私は、父の行いを軽蔑しつつ、いつか復讐してやると誓いながら、学園の中を赴くままに彷徨っていた。

 時には授業をふらりと覗いて、時には食堂で談笑を楽しむ学生たちに聞き耳を立てて、時にはスポーツに興じている人たちを見学して、その全てを私は見下していた。


(こんな無為に時を消費していくだけなら、死んだ方がマシだと思うんだけれど)


 今思い出すと恥ずかしすぎてもだえ苦しむようなことを、私は愚かにも考えていた。

 せめてもの言い訳をさせてほしい、私は最初にそうなるように造られていたのだ。私の演算能力は人のそれを凌駕しており。また、知識もそれ相応のものが生まれた瞬間から備えられていた。そんな私には、人間の起こす殆どの事象が児戯にしか見えなかったのだ。


「まるで、夢みたいだ」


 故に、私は驚愕することになる。


「夢からは醒めなきゃな」


 そんな風に独り言ちた少年は、壁を見やったかと思えば、力任せに自らの腕を叩きつけた。

 みしり、異音が鳴る。折れた腕を見た彼はへら、と笑い、そのまま気を失った。


(なんですか、それ)


 少年の、余りに理解が出来ない行動に、思わず私は絶句した。

 その行動のどこにも合理性を見出せない。その思考のどこにも導線が見えてこない。

 こんなに分からないことは初めてだった。全てのことを知っていると思っていた私は、その疑問もすぐに理解できるのだと信じて、その行動に至った理由を考察し始めた。


「う、え」


 そして、私は、限界に達した。それは、過度なストレスから。全てを理解してしまった私は、その苦痛に耐えきれず、そこに至るまでの記憶を全て消してしまいたい衝動にかられた。

 ただ、私は耐えた。単なる意地、人に耐えられるものに私が耐えられないわけがないという、ちっぽけなプライドを基にした、ちっぽけな意地。

 

 そして、それが私が人になった理由。先輩に興味を抱いた理由。



 そして、今。

 屍体男(デッドマン)の研究室と彼の権限の一部を譲り受けてから、数ヶ月が経った。

 千年以上、ミクトの建国以来その座に座り続けていた父が遺したものは余りにも膨大で、それでもこの部屋、そしてコンピュータ上に残されたデータを持って尚、その量は彼のすべてを補うものではなかった。紛失、処分、隠蔽。いずれにせよ、残っていないものは仕方がない。それに何より、残っているものだけでとんでもない量だ。まずはこれを何とかしなくちゃならない。


 しかし、改めて閉口したくなる量だ。私だからまだ何とかなるものの、これをただの人間が管理するのはほぼ無理筋だ。


「今思うと、そのためだったんでしょうね」


 私が生み出されたのは。この凄まじい量のデータを管理させるために、自分が消えた後も管理できるように。

 父が何のためにダンタリオン某と組んでいたのか、ある程度は推測がついている。その推論が正しいのであれば、彼の目的はミクトに敵対するものではない。その経過で犯した罪はどうあれ、ではあるが。

 故に、自分の後継者を置きたいと考えたのも、理解が及ばないところではない。


「…それにしてはギリギリすぎる気もしますが」


 私が生み出される以前に、私の姉に当たる試作品が幾つもあったのは知っている。その殆どは既に廃棄されている。私以外のどれもに構造上の欠陥があったからだ。

 ようやく私が生まれたのが九年前、父の長すぎる人生にしては余りに遅すぎるくらいだ。それだけ、人造生命の開発は難航していたのだろう。


「そろそろ、メンテでもしますか」


 私はそう言って、自らの脚部を取り外した。忙しさにかまけて、最近手を抜きがちだった。少し、気分転換をするのもいいだろう。

 どこまで人間に似せたって、私の身体は所詮作り物。劣化の速度は人間の老化よりもずっと早い。最も、頭脳に関しては衰えることはありませんが。このボディがなくなったとしても、私の人格や記憶のデータのバックアップはありますし。


「そうした場合、私は本物の私と言えるんでしょうかね」


 脚部を磨きながら、私は少しだけ不安を覚えた。テセウスの船、余り考えたくもないことですが、そうなる可能性は捨てきれませんからね。今後必ず、戦場に立たなければならない日は来る。


 そんな、後ろ向きなことを考えていると、インターホンが鳴った。


「どなたですか?」

『私、ルビーだよ』


 その声を聴いて、私はすぐにドアを開けた。


「あーメンテ中だったんだ、手伝おうか?」


 買い物袋を抱えながらやってきたルビー先輩が、そんな風に尋ねてきた。


「はい。脚の方は終わったので、両腕お願いしますね」

「任せて」


 正直、ありがたい。脚部はともかく、腕部のメンテナンスにはどうしてもスペアの腕を持ってこないといけないから億劫なのだ。

 と、言うのは本音ではあるけど、実は二の次。


「ルビー先輩がやってくれるのが、一番気持ちいいんですよね」

「はいはい、知ってるから言わなくていいよ」


 素っ気ない返答ですけれど、ちょっと耳が赤くなっててかわいい先輩です。


「ああ、そうだ。ごはん買ってきたから先に食べちゃわない?」

「どこのですか?」

「『フォルネウス』のカツサンドとミックスサンド、スフィア好きでしょ?」


 はい、大好き。流石に長い付き合いということもあって、こっちの好みは知り尽くされてるな、と思いつつ、直ぐに私はカツサンドを手に取った。

 本来、私に食事は必要ないが、楽しめる機能はついている。エネルギー変換の効率も悪くないから、積極的に食事は取っている、と言いたいが、この数ヶ月はおざなりにしていた。


「ルビー先輩、食事の前に、先に伝えておかなければならないことがあります」

「…うん」


 私は手に取ったカツサンドを紙皿の上に置いてから、そう前置きした。ルビー先輩も、何の話かは分かっているようで、ただ相槌を打った。


「結果から言います。コーラル・シュライバー、彼女は父と、そしてダンタリオン某と手を組んでいました」

「―っ!」


 私が伝えると、彼女は強く、唇を噛み締めた。悲嘆、驚愕、困惑、納得、複雑に混じりあった感情。

 だから、私は次に伝えるべき言葉を止め、彼女の反応を待った。ただ真実を伝えるだけでは、意味がないから。


「う、う、ううう」


 少しの間を空けてから、彼女の頬を涙が伝った。

 だから、私は彼女のことを抱きしめた。それが安心してもらえる方法だということを、私は自らの体験を持って知っているから。


「ごめん、ごめんね、スフィア」

「大丈夫、大丈夫ですよ」


 謝りながら泣き続けるルビー先輩に、私は励まし続けた。そうしてあげたいと思っているから。


「ねえ、先輩?」

「…なに、スフィア」


 だから、私は一つ、先輩に提案しようと思った。

 今回の一件はコーラル氏だけに責任を求められるものではない。私の肉親も同罪だ。


 けれど、恐らく、彼女たちが先輩を傷つけようと思って行動したのではないとは思う。コーラル氏は先輩を溺愛していたというし、ルビー先輩にもかなり甘かったとも聞いている。

 そして、それはうちの父も例外ではない。特待生には親身に当たっていたし、竜王や覚醒者のお二方からの信頼も厚い。何より、あの父は私を置いて行った。先輩って私のこと大好きだから、連れて行ったら可哀想だと思ったんでしょうね。

 と、冗談はさておいたとしても、本気で人に仇をなそうとするなら、私を連れて行った方が楽だ。それだけの能力を私は与えられている。そんな私に自由意思を与えたのは、きっとそういう目的ではないから。


 それでも、きっと、彼らの罪は重い。国に対する背信行為、神と繋がって情報を流して、特待生を誘拐して神領に送り込んだ。その罪は、裁かれてしかるべきもの。

 ただ、それでも、情状酌量の余地はきっとある。少なくともコーラル氏の方は、ダンタリオン某の計画に何らかの利点を見出していなければ、彼に協力していないはずだ。


「いつか、ぶん殴ってやりましょうね、あの人たち」


 だから、私たちが彼らに与える罰はそれくらいでいい。ただむかつく感情をいつか、拳でぶつけるくらいで。


「…うん、良い考え、乗った」


 私がそう言うと、ルビー先輩は泣きはらした瞳で、微笑んでくれた。約束、ですよ。


 そんなことをしていると、着信音が部屋中に鳴り響いた。私の電話からだ。


「あ、電話。ちょっと待っててね」

「うー、まだ治まってないのに」


 ルビー先輩の頭をぽんぽんと撫でてから電話を手に取ると、泣き笑いでそう言った。少なくとも、冗談が言えるくらいには持ち直してくれたみたいですね。後は先輩の役目です。


『よう、お姫様』

「その呼び方やめてと何度言えば分かってくれるんですか?」


 ナインハルトさんからのお電話、この人との付き合いも長いけれど絶対呼び方を変えてはくれない。それさえ除けば、気の合う良い友人なんだけど。


『は、その様子だとやっぱりまだ見てねえか。MTVつけてみろ、嫌でもわかるぜ』


 からからと笑っていった彼の言葉に従って、私はテレビを付け国営放送に切り替える。


「アネリア?」

「ええ、ナインハルトさんが付けろって」


『卑怯なエルフも、低俗な魔法に縋るマギエも、絶対強者足る神さえも!最早この国に敵うことはありません!何故なら―』


 テレビに映っていたのはアネリアの議事堂前。そこで熱弁を振るっているのは、見慣れない女。こんな顔は、少なくともアネリア議会にはいない。一体、何者。


「ちょっと待って、これって…」

『我々が、守るからです』


 ルビー先輩が何かに気付いた瞬間、それの背中から、何かが生えた。

 嫌、生えたのではない。隠していたものを見せつけただけだ。四本の、翼を。

 

 そして、更に幾つもの有翼の人型が、空から下りてきた。まるで、違うところがない、大量生産の人型が、無表情のまま、下りてくるのは、どこか薄気味悪く思えた。


『見てください!有翼の人間が、空から下りてきます!』

「…成る程、とうの昔に終わっていた訳ですか、この国は」


 興奮するアナウンサーとは真逆に、思わず、私は吐き捨てた。その有翼の人型というのは、間違いなく、天使。この国にわが物で押し入り、大森林を荒らした外敵。


『この天使たちが、国民の皆様の安全を保障致します』


 そして、理解する。アネリアは、既に天使の手に落ちていたのだと言うことを。はるか以前から、この化け物共を飼っていたのだということを。

 否、化け物共に飼われていたのだということを。

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