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episode of ruby Ⅱ

「遅い!」

「うるさ…」


 帰宅早々、大声でがなりたてた祖母に辟易しつつ、私は扉を閉めた。

 この、私の背丈の四分の三程度の大きさの少女こそが、私の祖母にしてかつてのシュライバー家当主、【煙】の覚醒者コーラル・シュライバー。初代から数百年仕えたアネリアを離脱することを選んだ張本人でもある。


「ごめん、祖母ちゃん。早く顔を見せたいとは思ってたんだけど、色々忙しくて」


 そう言って謝るブロンズは少しばかり、言い訳がましくも聞こえるが、本音だと思う。本当にこの一ヶ月は忙しかったし、何より彼はきっと義理は果たしたかったはずだ。最も、義理だけではないと思うけど。

 身内の私が言うのは気が引けるが、身内の私が言えるほど、祖母は彼に親身になって接していた。あの人のブロンズへの溺愛っぷりは凄くて、一時期はブロンズたちを養子に取ることを真剣に検討していたほどだ。最も、あの爺に固辞されて白紙に終わったわけだけど。それもまた、言い訳がましいか。


「許す!」

「ばあちゃん、今のところ二文字でしか喋ってないよ」


 余りにも言葉足らずな祖母に私は思わず突っ込む。まあそれで伝わってるのだから、意図してやってるんだとは思うけど。

 そのまま、ブロンズの下までとことこと寄って、左手で彼の頭を撫でた。屈んだブロンズだったけど、それでも届かないのか祖母は背伸びしながら撫でていた。


「お主も、良く来たな。ルーデンよ」


 そして、ルーちゃんにも同じように、屈ませて頭を撫でた。

 祖母が目をかけていたのはブロンズだけではない。ルーちゃんにも、あの人は出来うる限りの愛を注いでいた。


「…済まなかったな、お主には辛い決断をさせた」

「いえ、お婆ちゃんが尽力してくれていたのは知っていますから。あれはただの、巡り合わせの問題です」


 だからこそ、この一年間の祖母の悔しさは想像以上のものだったと思う。

 外交問題になってでも、養子縁組を強行していれば。アネリアと戦争になってでも、あの子たちを保護していれば。合理的に考えて、有り得ない仮定を何度も重ねて、後悔を積んでいた。


「ルーデン、ブロンズ同様、お主も良く似ておるわ、わが夫に」


 ルーちゃんの微笑を受けた祖母はそう言って、ふと笑った。


 祖母の夫は、アドヴァルトの分家の人だった。彼女曰く、人類史上有数の剣士だったとか。確かな実力を持ちながらも、宗家以上の実力を持っていたその人は不遇の待遇を受けており、同じく飛び抜けた才能を持つが故に周囲と軋轢を生んでいた祖母とはそれはそれは意気投合したらしい。

 ま、言わずもがな、だよね。ブロンズもルーちゃんも、その通り飛びぬけた才能を持っていたが故に、色々と辛い運命を背負っていた。あれ、もしかして私って祖母ちゃんそっくりってこと?それはちょっと、不服だなあ。


「湿っぽいのはもう良かろう。食事を用意してある、そこでこの一年、何があったのか聞かせておくれ」



 ブルスケッタ、ほうれん草とベーコンのキッシュ、柿とモッツァレラのカプレーゼ、各人に供された前菜を頂きつつ、私たちは歓談を楽しむ。私たち、というか主に祖母だけれど。

 

「アイゼン公と狼殿の子か、随分と人らしくなったものじゃの」

「二人はともかく、私を知ってるの?」

「アッシュを神領まで連れって行ったのは儂らじゃからの、お主が髪だった頃は儂自身で何度か足を運んでおったわ」


 へえ、それは初耳。アネリアにいた頃から祖母ちゃんが神領に行っていたことは知っていたけど、まさかあの七英雄とも知り合いだったなんて。


(ねえ、ブロンズ。アッシュって知ってる?)

(その名前は知らないけど、多分知ってる。アイゼンさんの使徒の、エルフの人だ)


 と、言われてもあまりピンとは来ないけど、とにかくそういう人がいるってことは分かった。


「それが我が孫の配偶者となるのだから、人生とは何が起こるか分からんわ」

「ブロンズは孫じゃないでしょ、ていうか私も孫じゃないし」


 機嫌よさそうに笑った祖母に、私は思わず突っ込んでから、ああこれはへそを曲げてしまうな、なんて後悔を遅まきながらしつつも、絶対屈してはやらないという意固地な意思を固めて、来るだろう祖母の叱責に備えた。


「ええい!ルビー、お主言って良いことと悪いことがあるぞ!」

「本当のこと言って駄目ならなにも言えないよ」


 祖母が生み出した、人型の【煙】が配膳する海老と帆立のグリルに感謝しつつ、私はそう言い返した。私これ大好き。


「うええん、ブロンズゥ、ルーデン、ルビーがいじめるぅ」

「はい残念、ブロンズもルーちゃんも私の味方ですぅ」


 年甲斐もなく、噓泣きしながら訴える祖母。私はそれに乗っかって、ふざける。


「流石に言いすぎだろ」

「お婆ちゃんが可哀想ですよ」


 そんな、私たちの様子を見て、祖母はくつくつと笑った。


「…ああ、幸せだな。私は満たされてる、思い残すこともない程に」


 そう言って笑った祖母に、どことなく不審さと不穏な予感を感じたけれど、私は気のせいだろうと断じて、食事に戻った。



「ルビー、ブロンズ、新居の鍵と権利書じゃ」


 食事を終えた私たちに、祖母は何の前置きもなく、そう言って鍵と書類を差し出した。

 唐突だなあ、と思いつつ、権利書に私は目を向けた。なんか、見覚えのある住所、というかこれ。


「って、祖母ちゃん、これ…」

「高かったんじゃない?いいのこれ?」


 私の実家のすぐ近く、そこに住んでる私が言うのもなんだけれど一等地だ。繁華街からほど近い割に閑静なところで、かなり住み心地は良いけれど、その分良い値がつくはず。うち所有の土地でもないだろうに、流石にちょっと心配になる。


「何、金は使うべきところに使わねば意味があるまい」

「かっこよ」


 流石、うちの祖母。やる時はやる。

 なんて、軽々な態度の私とは真逆に、ブロンズは大粒の涙を溢していた。


「ばあ、ちゃん、ありが、ありがとう…」


 涙声で、覚束ない呂律のまま、彼は必死で礼を述べていた。

 別に今更、驚かない。彼がそういう人間なのは知っている。人から向けられる好意とか、善意とか、そういうものに、脆い。幼少期の経験を彼は未だに引きずっていている。改善の兆しは見えてきてはいるけど、先は遠い。


「本当に、ずっと、あなたには、お世話になり続けて、俺は、何も返せていないのに」

「もう良いよ、大丈夫だから」


 泣きながら続けたブロンズに、祖母はそう言って彼を抱きしめた。


「それは私の台詞なんだよ、ブロンズ。私は結局、何も出来やしなかった。結局、私は見過ごしてしまった。だから、これはせめてもの、お返し。私にできる助けは、これくらいだから、気にしないで受け取って」


 いつもの芝居がかった老人口調をやめて、ばあちゃんなりの慰めの言葉を彼に送った。

 

 ばあちゃんは、ブロンズが消えてルーちゃんが失踪したことを聞いても、全く驚いていなかった。その代わり、悔しそうに、嗚咽の声を上げた。なんとなく、ばあちゃんは予想していたんだと思う。あの家が、アドヴァルト本家が瓦解することを。それにブロンズたちが巻き込まれてしまうことを。

 だから、言葉の通り、ばあちゃんなりのお詫び、ということなんだろう。まあ、それがなくても普通に頼めば買ってくれそうな気がするけど。


「…それでも返したいと言うなら、早く元気なひ孫の顔が見たいのう」


 最後に株下げるのやめてよ。初体験もまだなんだよ、こっちは。

 それから、私たちは帰路についた。また、近いうちに顔を出すことを約束して。


 そして、この三日後に、祖母は失踪した。どこへ行ってしまったのかも、何故消えてしまったのかも、分からない。



「…これだから、嘘は嫌いなんじゃ」


 ルビーたちが帰路についたころ、コーラルはそう独りごちる。


「全く、露呈せずに済んでよかったわ。お主の計画がご破算にならずに済んで、の」


 否、続く言葉でそれは独り言ではなく、誰かに向けて告げた言葉であることを如実に示した。誰もいないこの部屋で、通信機器を持つわけでもなく、彼女は確かに、誰かに向けて言葉を紡いでいた。


「別に、バレてしまっても良かったんだけどね。僕が生きていることなんて既にハジメから聞かされているだろうし、僕と君が繋がっていることなんて分かっても大勢には影響しない」


 返答と共に、何かは姿を現す。何もなかった空間から、初めから存在していたかのように、実に違和感なく、その場に登場した。


「だって、君の役割はあくまで戦闘員だからね、コーラル」


 ダンタリオンは、そんな風に笑みを湛えながら、彼女に言った。コーラルは一切取り乱すことなく、ただ問い返す。


「それで、面子は揃ったのか?ダンタリオン殿」

「うん、待たせた分だけ、とびっきりの逸材を集めたよ」


 ダンタリオンは答えてから、苦笑混じりに続ける。


「と言っても少数精鋭だ。数はいくらでも欲しいところだけど、あくまで僕らは正義ではない。それでいて悪逆の徒は受け入れないと来てる。これじゃ、少なくて当然だよね。本当はイヴァンあたりにも声を掛けたかったところだけど」

「所詮はパフォーマンスじゃろ。なら、頭数が揃ってるだけで良しとする他あるまい。マギエへの干渉は難しく、レイザスとヘイルラには大した個人がおらず、アネリアは既に終わってることだし、の」「理解してくれているようで、何より」


 コーラルは静かに目を閉じて、ダンタリオンはその返答に満足そうに頷く。


「無いものを数えても仕方ない。それより、名は決まったのか。名無しでは、色々と不便じゃろ」

「ああ、うん」


 勿体ぶることもなく、ダンタリオンは笑顔と共に答えた。


「【イルミナティ】、って呼んでよ」

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