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episode of ruby Ⅰ

 私が彼と出会ったのは、忘れもしない、七年前。学園に入学した頃の話だ。

 

 あの頃の私は、まあ、簡潔に言って調子に乗っていた。祖母、と呼ばせているご先祖様と同じ【覚醒者】であると判明した私は、他の子たちとは別格の存在であるという余りに肥大化した自意識と共に、学園へと足を踏み入れた。

 同学年どころか上級生も、何なら先生も舐め腐っていた私は、当然、クラスメイトたちにも舐めた態度で会話を交わした。幸いだったのは、私のクラスメイトはどいつもこいつも私と同じく全てを舐めており、特別な才能を有していたことだ。

 

 ミクトの大将、【六星将】の子供だったアイアンは、その才能を十全に受け継いでおり、少なくとも身体能力の一点に置いては誰も相手にならないほどの能力を有していた。

 これまた【六星将】の姪であるルファは、四属性に高い適正を持ちつつ、私とは比べ物にならないくらいに魔法の技術に長けており、私とは違う意味で特別な魔法の才能を持っていた。

 

 誰も彼もが特別な才能を持ち、それを鼻にかけている中、一人だけ、私たちとは一線を画した存在がいた。彼は自信なさげな態度で、教室の中心から離れたところで、どこか、遠くを見ていた。

 ブロンズ・アドヴァルト、名前を聞いただけで私はほくそ笑んだ。アドヴァルト、かつてシュライバーが属していたアネリアの、これまたシュライバーが属していた御三家の一つ。とうの昔にシュライバーが脱出した泥舟にすがったままの愚鈍な一族。私は嘲笑いながら、その名前に興味を失った。


「よぉ、お前も将軍の子供なんだって?」


 だがしかし、他の二人はそうではなかったようで、アイアンの方がブロンズに絡み始めた。魔法を扱う私とルファとは違い、彼ら二人は純粋な戦士タイプ。そんな中で、彼がブロンズに興味、或いは対抗心を持ったのは理解できる。


「軽く殴り合おうぜ、どっちが上か、決めるのは早いほうが良いだろ?」

「…どっちが勝つかなんて、決まっているだろうに」


 だから、次の発言も実にわかりやすい。どちらのカーストが上かを結果を持って決めようとする、脳筋らしい発言。

 そんな二人のやり取りをルファは興味深そうに、私はさして興味もなく、ただ眺めていた。どちらが勝つかなんて、それこそ彼の発言の通り、決まりきっている。武器があればわからないが、徒手空拳で人狼相手に、ただの人間が敵うわけがない。それがアネリアの人間なら尚更。


「オラァ!」


 だけど、そんな予想はすぐに間違いだったと気づいた。

 彼を襲う、アイアンの連撃。拳闘を基調として、人狼らしくアクロバットを混ぜたその拳は、余りにも次の展開を予測し難い。

 しかし、彼はそれを意にも介さず回避し続けた。まるで、未来が見えているかのように。


「…クソ、なんで、当たらねえ!」


 実のところ、それは存外にも間違ってはいなかった。アイアンの鋭い拳の行く先を、ブロンズは見てから回避していたのだ。つまるところ、五感から行動に至るまでの工程が異様なまでに早いということ。

 彼が祖父から受けた虐待と呼べるほどの過剰な指導が、彼にそれを身に着けさせていた。優秀な才能を持ち、その才能を正しく育てられたアイアンには、この時点では決して身に着けられないもの。皮肉な話では、あるけどね。


「かはっ!」


 そして、そんな歪な能力は、当然攻撃にも応用できる。

 攻勢に転じたブロンズは、回避しようと試みるアイアンに対し、先んじて殴打を浴びせ続けた。これは明らかにアイアンの判断ミスだった。


 ここは防御に徹するべきだった。それを分かっていながら、俺は回避することを選んだ。俺はこいつより優れてる、なんてちっぽけな、プライドに縋って。これはアイアン自身が、のちに語ったことだ。

 彼はこの敗戦をバネにして、ブロンズと肩を並べ、背中を任せ合う親友となるけど、それはまた別の機会に話すよ。


 さて、本題に戻ろう。

 アイアンはその後、防御態勢に入ったけど、その判断は余りにも遅すぎた。防御しながらも打ち付けられる、ブロンズの絶え間ない連撃に、遂に生も根も尽きて、その場に崩れ落ちた。


「…この、程度か。まるで、夢みたいだ」


 へたり込んだアイアンを見下ろす、ブロンズ。その瞳は、アイアンを見ていながら、アイアンを見ていなかった。空っぽの瞳で見つめるその先には、まるで何も映っていないかのように、彼は自分だけで完結していた。彼は、本気で、今自分が見ている世界が、夢だと信じ込んでいた。

 自己肯定の圧倒的欠如、そしてそれにまるでそぐわない類稀な実力を併せ持つが故の、彼だけの合理的結論。私たちには全く理解できないそんな結論に至った彼は、空虚に笑いながら壁に近づいて腕を振り上げた。


「なら、夢からは醒めなきゃな」


 そのまま、ブロンズは壁に自分の腕を打ち付けたのだ。全力で打ち付けた腕は、当然のように折れ、彼は痛みとともに気を失った。

 その、余りの衝撃に私たちは何も出来ずに、彼の姿を見ていた。驚くべき強さを持つ、驚くほどに気の触れた、彼のことを。


(…こいつとだけは、関わりたくない)


 そんな、彼に対する忌避感だけが、私たちの胸中を占めていた。



「…こんな、感じだったかな。はっきり言って、酷い第一印象だったよね」


 そう言って、私は言葉を切った。話を聞いてくれたマリアは、分かりやすいくらいにドン引きしていた。


 月日が経つのは早い物で、私たちがブロンズと再会してから一月が経っていた。

 流石に、いつまでも迎賓館に世話になるのは不味いだろうということで、色々な手続きや体の検査、復学に関する課題に追われるブロンズたちに変わって、ここ一週間ほどは私やルファ、アイアンが実家と掛け合って、皆の新居を探していた。


 ブロンズとルーちゃんくらいならうちか学生寮で事足りるけど、流石に他の同居人を受け入れるほどの余裕はない。今日はそのための相談というか、新居の当てがついたことを話しに来たのだけど思い出話が楽しすぎて思わず話しすぎてしまった。


「ルビー、お前、マジでやめろよな。人の思い出したくもない話を、本人が横にいる時に話すの」


 案の定というか、お茶を淹れてくれていたブロンズは苦々しい顔をしながら、隣のソファに座った。


「いいじゃん。私も昔の自分を思い出すとぐわー、ってなるけど、所詮お互い、子供の頃の話なんだしさ」

「お前のかわいいイキりとかとは尺度が違えんだよ…」


 ため息を吐いて、お茶を飲むブロンズの横顔を見ながら、ふと疑問に思う。そう言えば、何がきっかけだったんだっけ。ブロンズ、というか、私たちが仲良くなれたのは。


「しかし、それで皆良く今みたいに仲良くやってるよね。何か、きっかけでもあったの?」


 そんな、私の疑問と同じことをマリアが聞いた。

 私は首を傾げたが、ブロンズは迷いなく、淀みなく、その疑問に答えた。


「三人はどうか知らねえが、俺は間違いなく、スフィアと先輩のお陰だよ。あの二人がいなきゃ、俺は周りと関わろうとはしなかった」


 …ああ、そう言えばそうだった。二人が積極的に、ブロンズに絡んだからこそ、彼は変わり、それに伴うように私たちも徐々に、徐々に変わっていったんだ。


 そのスフィアは今、ここにはいない。今、というか、教授の離反から、ずっと、彼女は彼が残した職務に追われている。というか、彼女自身がその職務を求めた。本来、ゲオルグ先生に任されるはずだったその役目を、彼女は自ら背負った。

 それが何故かは分からない、彼女なりの贖罪なのかもしれないし、彼女なりの手向けなのかもしれないし、残った彼の研究室に、何かが残っているのか、期待しているのかもしれない。

 だからこそ、彼女の選択をゲオルグ先生も、レイン将軍も、竜帝も、尊重しているのだろう。スフィアは、教授が残した唯一の娘であり、随一の後継者なのだから。

 

「それで、ルビー。何か用か?嫌、別に迷惑って言ってる訳じゃないし、来てくれて嬉しいんだけど」

「なんでしどろもどろになる」


 好意の表し方が下手くそっていうかなんていうか、私もお前のこと好きだって分かってるんだからそんな不安になる必要なくない?なんか、むかつく。


「新居、必要でしょ。ばあちゃんから許し貰ってきたよ」

「…何だよ、水臭い」

「さぷらーいず。嬉しいでしょ?」

「ああ、嬉しいよ。ありがとう」


 新居の件は、また変に気負うと思って、ブロンズには伝えていなかった。言わなかったのは、それだけが理由じゃないけれど。


「けど、一つ、交換条件」


 そう言って、私は人差し指を立てた。言わなかったのはこっちのほうが、実は理由としては大きい。


「ばあちゃんが、早く顔見せに来い、ってさ」


 ばあちゃんがこう言うのが、目に見えていたからだ。

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