廻る廻る世界で
竜の墓場、かつて竜の居住区だった廃墟の集合体。その内の一つに身を潜める、二人の男がいた。
ダンタリオンとデッドマン、ハジメたちの攻勢から逃れた彼らは、先程の諍いで負った傷を癒やしつつ、石畳に腰を落ち着けた。
「ひとまずは、お疲れ様、デッド」
「おう。別にめでたくはないが、祝杯と行くか」
そう言って、デッドマンは懐から二本の缶の麦酒を取り出し、片方をダンタリオンに投げ渡した。
「バァルを、弔う意味も込めてな」
「うん」
ダンタリオンが放り投げられた缶を開けると、中身が吹き出た。麦酒で顔を濡らしたダンタリオンは、恨めしそうにデッドマンを睨んだ。
「…デッド」
「嫌、そりゃお前が悪いだろ。急に開けんなよ」
「には、には、にはは」
デッドマンが彼を諌めると、そんな、奇矯な笑い声が聞こえた。
「相変わらず、愛も変わらず、会い代わらず」
笑い声の主は、ダンタリオンの腹部程度の背丈しかない、小さな少女。およそ、外見だけで脅威と判断し難い彼女を見た二人は、即座に警戒態勢を敷いた。それが、どれだけの脅威か、承知の上だから。
「…ルゥ・ガルー」
「来やがったか」
警戒とは裏腹に、驚いた風でもなく、ダンタリオンたちはあくまで冷静に、七英雄の一角である彼女の登場を受け入れる。
「身重の癖に、余り動き回るもんじゃないよ」
「げらげらげら、覗き見せせら笑い、下らない意思の行為。それなのに気付かない不可思議、だね」
「相変わらず、迂遠に言うのが得意な女の子だ。もっと率直になれば僕は止まったろうに」
そう言われたルゥ・ガルーは目を見開き、飲み込まれそうな瞳で、ダンタリオンの顔を覗き込んだ。
「止まらないよ、貴方は。だって、貴方の行動は客観的に見て正しいもの」
「客観、ね。そんなものに意味はないさ。なにせ、主観が混じらない生き物なんて、この世のどこにも存在しない、そうだろう?」
「否定はしない、行程は無数、死なないなら対応す」
彼女はダンタリオンの問いに答えながら、彼の背後にいた、小さな何かをその手で潰した。小型の蟲、蝿のような何かを見て、デッドマンは吐き捨てた。
「クソ、灼竜の差し金か」
「うふふふふ、残るのは更地だけ」
「感謝するよ、ルゥ・ガルー。それで、見返りに何が欲しい?」
ダンタリオンの端的な問いに、ルゥ・ガルーは再度、覗き込むような瞳で、彼らを見据え言った。
「共同戦線の、申し出。受けてくださると、助かるのだけれど」
「…何の?」
「【征服神】ラ・バースを殺すための」
*
「…ふん、狂い狼相手では蟲も役に立たないか」
「おい、聞いてんのか?焔ババア」
諜報用の蟲を殺され、思わず呟いたレーヴェルナーノに対して、ハルクツァは苛立ちを隠さない。
「悪いけど、僕にはやらないといけないことがあってね。魔王なんて些事に付き合ってる暇はないんだよ」
そのハルクツァに辟易している風にため息を吐きながら、レーヴェルナーノは答えた。
「ララが付き合うというなら、僕も吝かではないけど、どうなの?その辺」
続けて問う、レーヴェルナーノに対して、彼らは答えに窮する。何故なら、既にラララカーンに対する交渉が失敗したという報告を、彼らは既に受けていたからだ。
本来、この二者からの協力が前提だった、彼らの魔王に対する備え。それが、二つとも得られないとなれば、今後大きな支障となることは、想像に難くない。
「…残念ながら、凍竜は誘いを断った」
「まあ、そうだろうさ。ララが群れるわけがない」
「け、相変わらず仲のよろしいこって」
揶揄するように言ってのけたハルクツァを睨みつけ、レーヴェルナーノは不快そうに、再度ため息を吐いた。
「…理解に苦しむな。貴様も、ラララカーンも。幾ら最古参の竜とは言え、嫌だからこそ、魔王の恐ろしさは承知の上だろう。神代において、【死竜】と並んで、殺戮の限りを尽くした最悪の一つ。かつての二の舞いに陥らないためにも、徒党は組んでおくべきだと思うがな」
デスペラードの忠告めいた指摘を、彼女は一笑する。
「笑わせるな。魔王、この呼び方にも笑わせるなと言いたいんだがね。所詮、あれらが殺したのは有象無象の弱小だけ、この大陸で生まれたような新参者だけだ。あれが名を馳せたのは所詮、僕らと相対しなかっただけの幸運に過ぎない」
怒り混じりに言ってのけたレーヴェルナーノは、最後に思い出したように付け足した。
「ナインを殺した【影】の方が戻ってくるというなら、警戒の一つもすべきだと思うけどね」
「…?影は健在だろう」
「あれが健在?笑えもしないよその台詞」
デスペラードの蒙昧な発言に吐き捨てたレーヴェルナーノは、襟を正して言った。
「ま、そういう訳だから帰ってくれよ。僕が留守の内にヘラーテなんぞに僕の庭を荒らされたら、たまらない」
「…キシャアアアア!デス、もう良いだろ。インテリの真似事は終わりだ」
そう言って、ハルクツァは無数に分かれた尻尾を逆立てた。明らかな戦意に、レーヴェルナーノもまた、臨戦態勢を取った。
「どいつもこいつも、旧世代の老害共がいつまでも出しゃばってんじゃねえよ!」
「おい、ハルクツァ、待て―!」
デスペラードは制止したが、既に時遅し、ハルクツァの棘尾は一斉にレーヴェルナーノに襲いかかった。
だが、その尾はレーヴェルナーノに到達しなかった。何かが、未然に受け止めたからだ。遥かな熱を帯びた、何かが。
「…Z」
燃え盛るような熱を帯びたその蟲、スポットはハルクツァの棘尾を全身に受けながらも、まるで支障はないように、無感情に鳴き声を上げた。
「…んだ、こいつは」
「今回は、不問にしてあげるよ。早く、そいつを連れて帰りな」
ハルクツァは大きく、レーヴェルナーノはスポットの登場に僅かに驚愕しながらも、小さく首を振って帰りを勧めた。
「申し訳ない。では、失礼する」
彼女の促しに応じ、デスペラードは頭を下げ、そのままハルクツァを連れ去っていった。
「…やれやれ、お陰で彼らと揉めなくて済みそうだ。ありがとう」
ほっと、一息ついて、彼女は礼を言った。未だ姿を現さない、蟲使いに対して。
「それで、君は、なんで戻ってきた」
そして、続けて問う。その蟲使いに。
「スカベラ・青碧」
「私自身のために、デス」
問われたスカベラは、ただ端的に答えた。
「私自身の、納得のために」
「なら歓迎しよう。最後の蟲使い、君のために、私の全てを授けてあげる」
その返答を気に入ったらしいレーヴェルナーノは、微笑みながら頷いた。
「私自身のために、ね」
*
一方、神領北部。神同士の争いが絶えないこの場所にしては珍しく、極めて穏やかな一角があった。
「…暇だ」
【炎の剣鬼】、バーン。千年以上に渡って、ケルビスと小競り合いを続けている彼は、その好敵手の不在にいたく、退屈していた。そして生憎にも、彼以外の強者と呼べる神たちも殆どが身を潜めている。
およそ、戦闘以外の行動力に乏しい彼は、ただ退屈を凌ぐために、宛もなく歩を進めていた。
「…あ?赤ん坊?」
そこで、彼は奇妙なものを目にした。死骸の上で、泣く赤ん坊の姿だ。神ではない、スノーエルフでもない、その他諸々の亜人種でもない、人間の赤ん坊。
そして、彼は気づいた。その死骸も、人間の死体だと言うことだ。女の、死体。赤ん坊と繋がったままのへその緒から、どうやらそれが赤ん坊の母親だということにも気づく。
「胸糞悪い」
その母親がどのような末路を辿ったのか、想像した彼は、ただ吐き捨てた。
ふと、赤ん坊の方に目を向けると、その赤ん坊は先程までの泣き声が嘘だったかのように、ただじっとバーンの顔を見据えていた。
「は、いい目をしやがる」
赤ん坊と目を合わせたバーンは微笑んで、彼を優しく両腕に抱きかかえた。
「…所詮、暇潰しなら、少しは目新しいことでもしてみるかね」
バーンは思いついた様に呟いて、ぎらついた笑みを赤ん坊に見せた。
「お前を、俺の弟子にしてやる」




