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妹に負け名家から追放された俺は【雷神】となり高みへと昇る  作者: 雑魚宮
第二章 フィラウティアが足りないの
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鎖を断ち切る少女

「端的に言って、状態は良くありません」


 病院に辿り着いた、マリアたちに告げられた言葉はそんな、無慈悲とも言える一言だった。


「外傷や内蔵のダメージも相当ですが、それ以上に栄養失調が重篤です。常日頃からの低栄養状態、更にここ数日間は殆ど何も口にしていなかったのでしょう。彼女の全身は悲鳴を上げている」

「…おいおい、まるであいつを彷彿とさせるじゃねえか」


 医師から語られた、フーラに対する余りに凄惨な説明に、アイアンが耐えきれずに口にした。

 無論、アイアンが想像しているのは、ブロンズ・アドヴァルトの過去だが、フーラの置かれていた家庭環境は、彼のそれより、更に過酷だった。

 

 全身に夥しい程の傷を負わされ、常に大きすぎるストレスに晒され続けていたブロンズだったが、少なくとも食事に関しては身体を作るために最適なものが与えられており、栄養失調とは無縁だった。

 その点、フーラは前者二つに加えて、食事を与えられておらず、更に教育を受ける権利さえ両親によって剥奪されていた。


「それで、先生、フーラは、カテーナは、治るのか?」

「見込みは薄い、そう言わざるを得ません」


 マリアの問いに、医師は残酷ではあるが、伝えなければならない真実を、一言で告げる。


「魔法による回復である程度の外傷は治癒させる事は出来ましたが、問題はダメージが蓄積されている内臓器官です。こちらは外科手術が必要になりますが、それに耐えうる程の体力が彼女にはない。そのため、点滴治療を既に開始していますが、いずれ内臓の傷は悪化し、栄養状態の回復までそもそも持たない可能性が高い」


 医師の説明を聞いた、マリアたちは息を呑む。

 大陸でも有数とされるミクトの国立病院、その中でも最高峰の学府であるルーン・マグと提携した病院である。属する医師たちは無論、最高峰の才能が集結するルーン・マグの中から特に医療に適性を持った人物が集結している。

 そんな、最高峰の医師が、見込みは薄いと断言することが、どれだけ可能性が高いことか、マリアは肌感覚で理解し、他の皆は当然の知識で理解する。


「…まだ、話せる余裕はあります。面会して頂くことを、お勧めいたします」



「…だれ?」


 病室に入ると、ベッドに横たわった少女、フーラ・レパルドはそんな風に首を傾げた。病室には、彼女のストレスを加味して、マリアのみが足を踏み入れていた。

 幾つも繋がれた管が、現在の彼女の容態を示しているようで、実に痛々しい。


「そうなんだ、あのひとが、たすけてくれたんだ」


 フーラは誰かに説明されたかのように、ひとりごちる。何も知らないものから見れば、平静を失っているかのように見えるそれだが、マリアはそれが彼女に宿る化者、鎖の女(カテーナ)との対話だと理解した。


「おねえちゃん、あり、がとぉ」


 弱々しい、衰弱しきった声音で、それでも確かに笑顔を浮かべて、少女は、マリアに礼を言った。

 それを聞いたマリアの喉から音がなった。それは、彼女が助からないという現実が、目前に突きつけられたが故の衝撃から出た、動揺の証だった。


「こほ、こほ。えへへ、なんか、いっぱい、おいしゃさんとはなしたから、つかれちゃったな」


 咳をして、照れくさそうに微笑んだフーラ、それとは真逆にマリアの表情は硬直していく。フーラの咳には、血が混じっていた。それでも、何でも無さそうにしている彼女を見て、それがフーラにとって日常のような状態だということが嫌でも理解できたから。

 マリアの瞳から、涙がこぼれた。そして、咳を切ったように、咽び泣いた。


「ど、どうしたの?なんで、ないてるの?」


 無邪気に尋ねてきた少女に首を振って、マリアは心配は要らないと示す。それでも、彼女の涙は止まらない。

 フーラが置かれていた環境が、どれだけ悪質なもので、彼女がどれだけ不幸な境遇にいたのか、考えるだけで涙が滲んだ。そして、これから彼女が死んでしまうということを、考えるだけで悔しくなった。自分が彼女に対して何も出来ないという事実が、彼女の現実を変えてやれないという自分が、どうしようもなく嫌になった。どうしようもない無力感が、マリアの胸中を支配していた。


「いたいの?つらいの?」

「…いや、本当に、本当になんでもないんだ」


 フーラの問いかけに、マリアは首を振って答える。なんとか、涙をこらえて、彼女に笑顔を向けたマリアは、彼女の手を握った。


「そっか、わたしは、ずっとつらかったんだ。ぱぱもままもこわくて、いたくするから、カテーナがまもってくれなかったらもう」


 そこまで言った所で、彼女はマリアに向けて、儚い、笑顔を向けた。


「でもね。だから、おねえちゃんがたすけてくれる、っていってうれしかった」

「…そ、か」


 そんな笑顔を受けて、マリアはただ、悔しさを覚える。何が、助ける、だ。私には何も出来ない。命の危機に扮している彼女を助けることなんて、出来やしない。私に出来ることは、なにもない。

 自戒の念に駆られるマリアだが、少女の容態はそれを許してはくれない。


「こほ、こほ、こほっ、ごほっごほっごほ!」

「大丈夫か!?」


 血液の塊が、咳とともにフーラの口から吐き出された。ゼリー状のその塊は、余りに痛々しく、駆け寄ったマリアは思わず、目を背けたい思いに駆られた。それでも、彼女が少女の傍を離れようとしなかったのは、覚悟はとうに決めていたからだ。最期まで、彼女に寄り添うと。


「…だからね、わたしはもう、いいの。さいごにおねえちゃんにあえたから、もう、いいの」


 吐血が一旦の落ち着きを見せた頃、少女の瞳はぼやけていて、今にも気を失ってしまいそうな様に見えた。


「ありがおう、おねえちゃ、ん」

「フーラ!」


 そう言って、フーラは死んだように目を閉じた。マリアは直ぐに、彼女の状態を確かめる。

 幸い、呼吸も、心臓の鼓動も正常だ。どうやら、単に眠ってしまっただけらしい。だが、それでも、彼女に死期が近づいているというのは、変えようのない事実だ。


(…私なら、変えられるじゃないか)

 

 ふと、彼女は気づく。この変えようのない事実を、自分は変えることが出来ることを。

 直ぐ様、フーラの口腔に、自らの指先から滴る血液を含ませる。そして自らも、少女が吐いた血液を手にとって舐めた。


「汝に命ずる」


「血と血の盟約を、我と汝の混合を」


「ならば、神足り得る生命の糧、人より外れし根源の素、汝に能う」


 彼女が唱えるのは、使徒の契約。その、詠唱。以前、ブロンズがスカベラと交わしたその契約には、大きな特徴が二つある。

 一つ、使徒の契約を結んだものは、神の力の一部と不老を得ることが出来る。

 そして二つ目は、使徒の契約を結ばれたものは、神の生命力を分け与えられることにより、傷や病気など、命の危険に陥るような事象すべてを、治療される。


「使徒の契約を今、ここに結ぶ」


 だから、フーラの命も救われる。全身の傷は修復し、栄養失調も解消され、生命の危機から、彼女は解き放たれていた。

 現実を歪め、理想をもたらす、神だけが行使できるその特権は、ある種、神を神足らしめる神性以上に、神聖なものがあった。


「…あ、これ、私の方が」


 生命力を分け与えるということは必然、自らの生命力は削られるわけだ。マリアは、自分の身体を支えることもできなくなって、ベッドに顔を埋めて気を失った。

 それでも、彼女の顔はとても、満足げだった。

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