表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/100

吸血姫 2

「吸血鬼、ですか」


 二百年ほど前に起きた、【ミュトーラル防衛戦】。ミュトーラル、現在のマギエに当たるそこに、とある神が大軍と共に攻め込み、アネリア、それにヘイルラの二国が恊働で対処にあたった。近年では最も被害が大きかった、神害だ。吸血鬼という名は、そんな一国が落ちるほどの大きな戦となった、その戦の渦中にいた種族の名だ。


「流石に、その名は忘れ去られちゃいないだろう?どう伝わってるかまでは詳しくないが」

「概ね、そちらの持ってる知識と違いはないと思いますよ。個体の神が起こした規格外の疫病、その被害者の総称、でしょう?」


 彼らは元は人間であり、多くはミュトーラルの国民だった。人を超えた膂力と血を吸い感染させる能力を得た彼らは、意思を奪われたまま、感染者を増やし、自らの領土を荒らし、他国の、或いはミュトーラルの元国民たちに斬られ、殆どの者は命を落とした。


「で、彼女は一体何者なんです?」


 額面通りに単なる吸血鬼、ということはないだろう。あれから二百年が経っているというのに、今更実力を試すなんて可能性は端からない。


「君もハジメの弟子なら知っているだろう?この大陸の外のことを。彼女は【外】育ちの吸血鬼だよ」

「ああ…【外】の人ですか」


 師匠からその存在を聞いていなければ、こうもすんなりとは頷けなかっただろう。この大陸の【外】に存在する、この大陸よりも遥かに進歩した世界があるなど。そして或いは、遥かに退化した世界があるなど。


「それなら、試す必要もないんじゃないですか。【外】の人って強いんでしょう?」

「別に、あっちの世界の人がみんな強いわけじゃないよ。こっちと同じ、戦えない人が殆どさ」

「スキアーさんも、【外】に行ったことが?」

「…それがね、分からないんだよ。軽い記憶喪失でね、大市を開き始めた以前の記憶がなにもない」


 それは、軽くはないんじゃないだろうか。


「フアイやハジメは知ってるんだろうけどね。僕の素性とか、僕がなんで大市を開いたのかとか」


 彼の言葉は何故か、思い出したくないと言っているように聞こえた。それは俺の錯覚だったかもしれない。けれど、彼の、彼も思い至っていない本音だとしたら、何故、彼は思い出したくないのだろうか。その理由には、俺なんぞが思い至れる訳もなく、話題は吸血鬼の彼女に移る。


「すまない、すっかり話し込んでしまった。改めて紹介しよう、彼女が」


 続く言葉はない。というか、先程までいたはずの彼女が消えてる。


「え、何処に?」


 俺に聞かれても困る。


 探し始めるとすぐに彼女は見つかった。というか、すぐ傍にいた。本棚の陰になって見えなかっただけらしい。座り込んでいた彼女は、こちらに目もくれず本を読んでいた。呼んでも聞こえないくらい、集中してたらしい。


 慣れない場所だろうに、我を忘れて読書に興じるとは、肝が据わってるというか何というか。呆れる、というよりはある種の感心を覚えるくらいだ。


 とんとん、とスキアーさんが彼女の肩を叩く。彼女は顔を上げてようやく気づいたようで、本を片手に立ち上がった。


「…すみません。売り物を勝手に」

「いやまあそれは良いんだけどね」

「そうですか、では遠慮なく」


 そう言うと、彼女は再度座り込んで本を読み始めた。嫌流石に呆れるわ。遠慮がなさすぎる。心なしか、スキアーさんも動揺しているように見える。


「後は頼むよ、ブロンズくん」


 投げ出さないでくれ、頼むから。



「柚子です。どうぞよろしく」


 こちらこそ、と言ってはみるけども、本当にどうぞよろしくしたいかと問われると、少しばかり首を傾げたくなるというのが正直なところだ。悪い人じゃないと思うけどね、悪くないだけというか。


「別にそんなにかしこまらなくていいよ。俺もここじゃ新顔同然だ」

「そ?じゃ、遠慮なく」


 軽く自己紹介をしながら、スキアーさんの店を出る。聞くところによると、歳も同じくらいということで、俺はそう言った。彼女の方も異論はないようで、直様軽い口調に変えた。気軽に口を聞ける相手というのは珍しいからな。


「出る前に何かお腹に入れたいわ。朝から何も食べてないの」

「オーケー。好みはなんだ?肉?魚?」

「そうね、洋食系…いえ、軽く食べられる店がいいわ」


 改めて見ると、どこか気品を感じる仕草だ。俺もある程度は学んだだけにそれなりには自信がある方だが、彼女は自然体というか、【外】ではさぞ良い家庭で育ったんだろう。スキアーさんのところでの自由な態度も、お嬢様育ちと言うなら、納得はいく。


「で、【外】からなんでこっちに?」

「父さんが育った場所を見てみたかったから、かな」


 直ぐに紡がれた彼女の言葉、用意していた返答だということは嫌でも分かる。まだ、心を開くつもりはないということだろう。別にいい、初対面で直ぐに心を開くというのも、無警戒すぎる。


 俺は彼女をカフェに案内した。トーストに目玉焼き、ベーコン、軽い食事を所望ならここで問題ないだろう。


「メシ食ってる間に、相棒を呼んでくる。ちょっと待たせるかもしれんが、その時は悪いな」

「いいよ、本でも読んで待ってるから」


 自慢気にひらひらと、一冊の本を見せびらかす。結局、彼女はスキアーさんから一冊貰っていた。何という図々しさ。




「遅かったねー、なんかあったの?」

「悪いな、マリア。もう一件仕事だ。新顔の腕試しだ」


 俺の言葉を聞いて、マリアがにやっと笑った。正直嫌な顔をされると思っていただけに、拍子抜けだ。


「良かったね」

「何が?」

「嫌だって、ブロンズが期待してた通りじゃん。もう一人欲しいって言ってたでしょ?」

「…必ずしもあいつが期待する戦力に合致するとは、限らねえけどな」


 俺は柚子の戦闘スタイルを何も知らない。どれだけの実力かも。それはこれから見極めることだ。だから、期待はしないつもりだったが。


「…ありがとな」


 それよりも、自分のためにマリアが喜んでくれたのが、何だかとても嬉しくて彼女の髪を撫でてやる。自分はあんだけ嫌がっていた癖に、それでも喜んでくれたのが、嬉しかった。


「うへへ~くすぐったいよ~」


 マリアはそんな俺の胸中を知ってか知らずか、そんな風にただ呑気に言う。


「さ、行くぞ」


 マリアを肩車しつつ、俺は家を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ