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妹に負け名家から追放された俺は【雷神】となり高みへと昇る  作者: 雑魚宮
第二章 フィラウティアが足りないの
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神代の遺産

「…久しぶりだな、兄よ」

「久しぶり、だって?良く言えたな、ケルビス。千年間、一度も会わなかった私に対して」


 ケルビスの発言を、ルインがそんな風に一蹴した。そして、その言葉に応じるようにして、二人の会話は口喧嘩の様相へと転じていく。


「お前こそよく言う。俺の誘いを断って家に閉じこもって出なかったお前が」

「それはお前らが、皆であの家を捨てようとしたせいだろうが!皆が彼処を捨てたら、誰が彼処を守る!?」

「だから、ベヒーモスが居る。家を守るにはそれで充分だ」

「充分?は、思わず笑ってしまいそうだ。外観だけ、見てくれだけ良ければいいのか?」

「そんなことは一度も言っていないんだがな。過去にだけ縋ってちゃ、何も変わらないんだよ」

「過去に縋ってる?良く言えたな、いつまでも、いつまでも、あいつの跡ばかり追ってるお前らが―」


「はいはい、そこら辺で少し落ち着こうよ」


 今にも、お互いに掴みかかろうとしかねないほどにヒートアップする、二人の口論をレインが仲裁した。


「…失敬、少し取り乱しました」

「はっ、何が取り乱した、だ。今が取り繕ってるだけだろ」

「あ?やるか、ルイン。やりてえなら、そう言えよ」

「おいおい、頼むよ」


 一度は収まりかけた喧嘩を、ぶり返すように始めた二人にレインは思わず頭を抱える。


(しかし)


 それと同時に、レインは驚きを覚えていた。


(これが、彼の素とはね)


 ケルビスの、いつもとは違う一面に。

 レインとケルビスは、長い付き合いだ。味方としても、敵としても、幾度も戦いの中で出会ってきた二人だったが、それでもレインはケルビスがこのように砕けた話し方をする者だとは、思っていなかった。

 戦いの場に好んで姿を現しながらも、常に慇懃であり、理性的な一面を保つケルビスに対して、レインは一定の評価と不気味さを覚えていたのだが、二人のやり取りを通じて、不気味さに関しては氷解するような思いがあった。


(あくまで、そうあろうと、理性的であろうと務めていただけ、ということか。それなら、理解できる)


 熱に浮かされそうになる頭を、理性の縄で繋ぎ止めていただけ。そういう感覚は、自らにも覚えがある。千年近い付き合いの中で、今更だとおかしくはなるが、ようやく彼の在り方について飲み込めた気がする。


(ゲオルグやイヴァンの奴は疾うに理解していたんだろうが、まあ、そういうのも私らしい、か)


 最後に、そう結論づけると、思い出したように、ケルビスが何かを取り出して、レインの方へ投げ渡した。


「これは、天使?」

「ええ、バァルと交戦していた所を摘み取りました。損壊はありますが、ゲオルグが分析するには充分でしょう」


 その天使の残骸を、レインは注視する。肩から腹部の部分まで斬撃のような痕があるが、思ったほど損壊は多くない。これならば、確かに充分過ぎる程だと、レインは結論づける。


「助かるよ。量産兵はともかく、異形の天使のサンプルは貴重だ」


 大市経由で既に幾つかの天使の残骸を回収しているミクトだったが、異形の天使については今回の一件が初の邂逅だった。そして、その内一体は逃走、二体はダンタリオンが回収、一体はサンダルフォンへと改造、一体は既に天使と呼べるものではなく、このラジエルの遺骸が最初に手に入れた異形と認識していた。


「…我々は奴らについて何も知らない。行動指針も、潜伏場所も、集団規模も、戦力も、何もかも。貴方達が頼りです。頼みましたよ」

「ああ、任せてくれ」


 そう言って頭を下げたケルビスに対して、レインは頼もしく、頷いた。

 

 ケルビスは他の有力な神々が有しているような情報収集能力を持たない、故にこの手の厄介事は常に協力者に託してきた。それは時にイヴァンであり、ゲオルグであり、或いは今までに散ってしまった各国の有力者たちであった。

 今回、彼がレインに頼んだのは、初めての試みであった。これは既にデッドマンが退いていることへの安心感でもあったが、レインに対する長年の付き合いからの信頼でもあった。


「ルイン、ちゃんと飯は食えよ。規則正しく生活しろ。玉には外に出ろ。ブロンズくんたちに迷惑は掛けるな。それと…」

「長い!」


 要件を済ませたケルビスは、最後にルインに忠告を送って帰ろうとしたが、その長過ぎる発言は余りに冗長すぎて、ルインに一喝された。


「それに、勝手に帰ろうとするな。私はまだ、お前に聞きたいことがある」


 しょんぼりしながら、この場を後にしようとしたケルビスを、ルインが留めた。


「ケル、お前は覚えてるのか、もう一人いたはずの誰かを」

「…ああ、悲しいことにな」


 問い詰めるように聞いたルインに、ケルビスはただ、その言葉の通り、哀愁を纏いながら、ゆっくりと頷いた。


「…お前こそ、思い出したのか」

「これが、思い出したって言えるならな」


 ケルビスに問われたルインは、ギリ、と歯を強く噛み締めた。それには、苛立ちとどうしようもない苦痛が、滲み出ていた。


「覚えてない、覚えてないはずなのに。あの時、微かに記憶に引っかかってから、気持ちが悪くてたまらない。僅かに滲み出た、あの人の影が、引っかかって仕方がないんだ」

「影、か。そいつは良い」


 ルインの物言いにケルビスは苦笑する。その言葉は余りに、その人を表現するのに的を射ていた。


(口は挟まないほうが、良さそうだな)


 レインはそんな二人を見ながら、黙することを選択した。レインはルインが引っかかっているという人物の名に、見当がついている。ゲオルグ曰く、ジョン・ドゥ。ハジメ曰く、【影の英雄】。


「…悪いな、ルイン。その件については、師範に任せている。彼女の方が、俺より主観なく説明してくれるだろうからな。俺では余りに、主観が混じりすぎる」


 ケルビスはそう言って、説明することを拒んだ。


「なら、それでいい。だが、お前の口からも聞きたい。その人は、どんな人だったんだ」

「眩しい人だったよ、とても」


 それでも問うルインに折れたのか、ケルビスは端的に、それだけ言った。その言葉には、隠しきれないほどの、郷愁と悔恨が、感じられた。


「さて、俺はもう行くとしよう。またいずれ、戦が始まる時に」


 そう言って、ケルビスは去っていった。その後姿が二人から見えなくなった頃、ケルビスは小さくつぶやいた。


「ああ、そうだ。説明なんか、しなくたっていい」

「…どうせ、あの人はここに戻ってきてしまうのだろうからな。そうなれば、嫌でも皆、思いださなくちゃならない」


 そんな、誰に聞かせるまでもない、自嘲じみた独り言を残して、ケルビスは神領へと戻っていく。


「あの人の優しさも、恐ろしさも」

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