対【疑似太陽】
俺たちが巨人たちの下へ向かうと、意外にもスポットは襲ってきた先輩に迎撃した以外の動きは見せていないようで、状況は睨み合いに落ち着いていた。
その状況ならやはり、最も厄介なのはあの巨人。サンダルフォンと呼ばれていたそれは、何らかの回復能力を有しているようで、傷一つなく、次の攻撃に備えている。
反面、二体の蟲はある程度の傷を負っていた。特に、カブトムシ型、【ゴライアス】と呼ぶらしいそれは、カマキリ型、【マンティスティーク】を守りながら戦っていたようで、大きな傷を各所に負っているのが目視出来る。
つまり、敵は互いに注意を向けあっている状況。なら、有効なのは奇襲だ。
「行くぞ!」
俺の号令と同時に、全員が、目標となる敵の下へと駆け出す。
その中で、最も早く標的の下へ辿り着いたのは、レインさん。彼は、風属性の魔法を持って、瞬時に巨人の下へ辿り着いた。
「君はこっちだ、巨人くん」
そして、レインさんの周囲に強風が巻き起こる。そのまま、巨人を連れ去って、どこかへと消えていった。
レインさんは覚醒者であると同時に、人類史上最高峰の魔法使いだ。彼の魔法は、敵を薙ぎ払うだけにとどまらず、擬似的な空間移動をも引き起こす。レインさんたちが瞬時に援軍として来ることが出来たのも、彼のそんな魔法あってこそだ。
彼がこの場から離れたのは、俺たちを巻き込まないためだ。その繊細な技術には不釣り合いなほどに、彼の戦いは余りに大規模になりすぎる。
「【白雷光】!」
次に標的に攻撃を仕掛けたのは、ルーデン。白雷纏を起動して、光の速さで向かった彼女が放ったのは、俺の【大雷光】に似せた、白き雷の投射。
威力は【大雷光】に比べれば大分落ちるが、その巨体の気を逸らすには十分過ぎる。
「がぁ!」
ルインの、竜の腕力を、まともに食らわせるには。彼の拳は、マンティステークの片方の鎌を粉砕した。
しかし、単なる脚力のみで、レインさんとルーデンの次につけるルインの頼もしさと言ったら無い。
やはり、この二人の実力は群を抜いている。特に、あの巨体とも互角以上に殴り合えるルインは、レインさんのように単独で当てたって良いくらいだ。
そこでようやく、遅ればせながら、ゴライアスがマンティステークを守ろうと前に出る。それは彼にとって、大きな間違いだった。
「ぶっ壊してやる!」
次に攻撃を食らわせたのは、アイアン。人狼たる彼は、その内に秘めた獣性を開放し、ゴライアスに突撃した。
アイアンの攻撃を受けたゴライアスの甲殻が、凹んだ。あの巨人の攻撃と殆ど変わらない一撃。アイアンのその驚異的腕力はそこらの神をとうに超え、竜に比肩する。
人狼、彼らのルーツは遥か昔、神代へと遡る。人が神に支配されていた時代、ある一人の人物が神に対抗しようと立ち上がった。彼らは、自らを狂戦士と呼称し、戦いの最中に意識的に、自らの理性を外していた。敵を噛み、爪で裂き、大きな声で吠えた。そんな彼らには、いつの間にか、獣の特徴である尖った牙、切り裂くような爪、頭部の上に大きな耳が生えていた。
そんな狂戦士たちの子孫である人狼は、皆、戦いの時に意識的にリミッターを外す事が出来る。理性とある程度の知性を犠牲に、腕力、脚力、体力、概ね全ての身体能力を向上させ、彼らは戦う。
知性を失うことを嫌うナインハルト先輩は滅多にそうしないが、族長の息子たるアイアンは、理性と知性を保ったまま、能力の向上を実現している。
「それじゃ、露払いは任せといて」
ルビーはそう言って、ゴライアスに向けて【投擲する爆発】を投げつけた。
ルビーの破壊力はこの面子の中でも群を抜いている。それに、マリアも加われば、およそ破壊できないものの方が少ないだろう。安心して、任せられる。
さて俺たちも仕事を始めなくちゃな。
スポット、異様な存在感のそれは、未だに大きな動きを見せずに、されど、先程とは違い、確かに俺たちを見据えていた。俺たちを、見定めているかのように、じっとりした瞳で。
「Z」
そんな、言葉には表せないような、不可解な鳴き声を上げて、億劫そうにそれは立ち上がる。そして、俺たちに向け、手を翳した。
「スフィア!」
「お任せを」
その指先からルビーに近い、熱を感じた俺は、咄嗟に俺はスフィアに指示を出した。迂遠や渦巻も考えたが、どのような攻撃をしてくるのか、推測は出来ても確証は持てない。
スフィアは純粋な魔力で作った障壁を、俺たち三人の周囲に円状に発生させる。これなら、どのような攻撃でも守ることが出来る。
「何!?」
はずだった。
スポットが放った熱線は障壁を貫通し、全体にヒビが出来た障壁はそのまま一瞬にて崩壊した。
「Z」
スポットの攻撃は止まない。
燃え盛る炎を、球体にして放った。それは単発にとどまらず、無数とも思える数で、俺たちに襲いかかってきた。
「迂遠!」
これなら、対処は間違わない。スフィアの魔力でブーストさせた迂遠で、襲いかかる炎たちをシャットアウトさせる。
「…成る程な。覚醒者並ってのは、伊達じゃないらしい」
火球を防ぎきった俺は、思わず呟いた。何故なら、既にスポットは次なる攻撃の準備に入っていたからだ。その証拠に、スポットの全身から、とてつもないほどの魔力が滲み出ているのが、良く分かる。
これだけの大技を、矢継ぎ早に放っていく姿は正に、小さな太陽。先の天使も大概底なしだと思っていたが、こっちも相当に底なしだ。
「スカベラ、悪いが守備重視は負け筋だ。こっちも大技で対抗する。その隙に、頼めるか?」
「ハイ、地中から行きマス」
飛び出したのはダンゴムシ型の蟲、土の中を移動するそれの中に入り込みながら、スカベラは言った。
「…任せて下サイ。必ず成功させて見せマス」
「ああ、任せる。だが、無理はするなよ。生きて戻るのを、一番上に置け」
去り際のスカベラは、どうにも気を張っているように見えたから、俺は念を押して言った。伝わったかは分からないが、少しでも意識してくれれば。
「先輩も、リーダー役が板についてきましたね」
「何年もやらされてりゃ、多少は身につくだろうよ。それが向いてなくても」
言いながら、入学当初のことを思い出して嫌な気分になってきた。あんなことしでかす奴を代表に選ぶなんて、今思い出しても、むしろ今の方がどういう判断だと思う。
だけど、まあ、そのお陰で、思考の幅や視野は広がったと思うし、そのお陰で、神領で生き抜くことが出来たのだと思う。マリアやウィルにリーダー役は任せられねえもんなあ。
「それも、お前やアイアンたちがいてこそ、だけどな」
だからこそ、俺を支えてくれた皆の助力には、感謝してもしきれない。特に、俺らの世代じゃ一番まともだったアイアンや、ぼろぼろの俺に声を掛けてくれたスフィアには。
「さて、そろそろ佳境だ。サポート頼むぜ、後輩」
そう言って拳をぶつけ合わせると、指し示したかのように、スポットの攻撃が襲いかかる。
「Z」
スポットの全身から、悍ましいほどの熱気が放たれる。陽光めいた光を放ちながら、それはその熱気を爆発させた。
襲いかかるのは、その悍ましいほどの熱そのもの。そんな焼け付くような高熱は、それだけで、必殺に値する。
だがそれは、こちらにとっても好機だ。スフィアが水属性に変換した魔力を俺に送ってくれる。俺が何をしたいか、理解してくれている。だから、俺はこの剣を振ることに迷いはなかった。一流四剣、秘奥の一つを。
「【水想禍星】」
水の型秘奥、水想禍星。水を纏った剣を突きの様に、斜めから斬り上げることによって、他者が引き起こした現象、或いは変換を平常へと回帰させる、言わば、領域破壊の剣技。今回のパターンで言えば、スポットが放った灼熱そのものを消し去り、元の気温へと強制的に回帰させる。水は元々、守りに特化した剣だが、水想禍星はそれを象徴するような剣だ。
「それじゃ、お願いしますね」
「落ちるなよ」
スポットの攻撃を無効化した俺は、雷纏を起動させスフィアを左手に抱いた。そのまま、俺は雷速で走り出す。雷速で動き回ることで、的を絞らせない。そんな俺の意図通りに、スポットは俺の速度に困惑している様子で、攻撃が来る気配は見えない。
勿論、さっきの高熱みたいなのが来れば、一旦解除するしかないわけだが、それなりに溜めが必要なのは見てるし、そもそもさっき俺がそれを解除したのは見てるだろうから、そこまで考慮はしてない。
「【|極大雷光】!」
俺はスフィアの魔力を借り受けながら、大きな雷を放った。
確かに、スポットの攻撃力は途轍もないものがある。それこそ、覚醒者と比べても遜色ないほどに。大気中から魔力を吸収しているというのは伊達じゃない。
しかし、それは決してメリットばかりじゃない。絶えず魔力を吸収しているということは必然、魔力に対する防衛能力が薄いということだ。圧倒的な攻撃性能の代償に、奴は自分にとって危険な攻撃でさえも、受け入れてしまう危険性を孕んでいるのだ。
「…!?」
故に、それは防御行動に移ることなく、攻撃性の魔力を全身にて受け止める。その痛みは恐らく、俺たちが想像するそれよりも、遥かに強く、そして遥かに重く、奴の身体を蝕んでいるのだろう。
「…Z」
それでも、【極大雷光】を受けて尚、その慮外は倒れない。恐らく、単純に生命体としての強度の高さに由来しているのだろう、そのタフさにはある種、ルインに近いものを感じる。
だから、俺たちの本命も、俺の攻撃ではない。
その時、ダンゴムシに包まれたスカベラが地中から飛び出した。スカベラの行動に、スポットは反応する間もなく、首根っこを掴まれる。そして、それは、スポットの敗北を意味した。
「契約、履行!」
スカベラが声を上げた。その言葉は、蟲使いが、蟲を使役するための一言。最も、その言葉だけで、彼らは蟲を使役できるわけではない。ある時は戦いで、ある時は貢物で、蟲使いは蟲にその存在を認めさせる必要がある。
だがしかし、ことスポットに至っては、必要としない。何故なら、彼は契約に対する抵抗力を持たないからだ。魔力と同様、彼は契約の言葉ですら、無条件で受け入れてしまう。
スポットが、スカベラの手中へと収まっていくのが見えた。スカベラの所有物として、消え去っていくのが。一分にも満たない短い間に、スポットはすっかりと消え去ってしまっていて、彼女の使役する蟲の一体として、彼の存在は刻まれてしまった。
「…頂きましタヨ、バァル様」
ぽつりと溢した彼女の言葉には、かつての主に対する一言では言い切れない感情の渦が感じられた気がした。敬意であり、親愛であり、怨恨であり、疑念であり、どうしようもない程の、殺意。
俺にもそんな、矛盾だらけの感情には覚えがある。だから俺は彼女に声を掛けようとした。それは彼女のケアだけではなく、今後の指針であり、今もこの森のどこかに潜んでいるかもしれないバァルへの対処について話し合うためだった。
「そのバァル某というのは、これのことかね?」
だが、俺がそうする前に、何者かの声が聞こえた。
紳士的な、聞き覚えのない声と共に、何か、丸いものが放り投げられた。
その仔細を目視した時、俺は思わず後ずさった。そいつの顔を僅かにしか見ていない俺でも分かる。その、蝿のような顔は、バァルその人。バァルの生首が、俺たちに向けて投げられていたのだ。
俺は驚愕の余り思わず、その生首を投げつけた者の顔を見て、再度、俺は驚愕した。何故ならその顔は、誰もが知る、有名な男の顔だったからだ。
「【狼王】、ケルビス」
七英雄の一人にして、人類圏で最も有名な神の一人。数多くの戦争に姿を現し、毎度のようにとてつもない戦果を上げることから、最強の神として語られることもある。
そんな、有名な彼だが、俺にとってはそれだけじゃない。彼にとっては、俺は。
「ええ、そうですよ、フアイを食らった、少年よ」
燕尾服を身に纏ったその男は、そんな風に頷いた。
そうだ、フアイは彼にとって親も同然の存在。つまり、俺は彼にとって、親の仇とも言える存在だ。
だが、俺のそんな予想とは裏腹に、彼はその点に追求することはなかった。
「面白いことに、君はそれだけじゃない。デッドマンの師事を受け、アイゼンとルゥ・ガルーの娘を娶り、ハジメ師範の剣を受け継いだ。そして、ダンタリオンに目をつけられた」
「…娶っては、まだないが」
ケルビスの指摘に対し、俺は苦し紛れの言葉を放つ。
彼の言いたいことは分かる。俺はなんで、そんなに七英雄との、繋がりがある?
「私もそこの所は分かりかねますがね。偶然の産物、という可能性だって十二分にあるでしょう。ですが、私だけ除け者というのは余り気分が良くない」
だから、そう言って彼は、拳を構えた。その構えは明らかに、戦闘態勢。
「さあ、ブロンズ・アドヴァルト」
そんな風に、俺の名を呼ぶ、ケルビス。その声には、彼の紳士的な装いに隠された、獰猛さが垣間見えた気がした。
「貴方の力を見せてくれ」




