巨大な者たち 3
「スポット…?」
俺たちが疑問符を浮かべていると、意を決した風にスカベラは口を開いた。
「…【灼竜】様が、【花弁眼】、そして【凍竜】に対抗するために生み出した、最強の蟲デス」
【花弁眼】、灼熱落花の半分を担う大勢力、食虫植物の首魁にして生産者。蟲を生み出した【灼竜】とは敵対関係にある。俺はそれ以上、そいつに対しての知識を持たない。だから、危険であることは理解できるが、それがどこまでなのか、正確にはわからない。
「それは、中々に難儀な相手だな」
だが、【凍竜】に関しては、多少なりとも知っているつもりだ。
師匠曰く、大陸最強。教授曰く、近寄りたくもない。シュライバーの婆ちゃん曰く、死そのもの。
彼女と相対した者たちは、口を揃えて言う。【凍竜】とは関わってはいけない、と。
「でもでも、こっちにはルビーさんがいますよ。そのスポットとやらがどれだけ凄くても、魔力自体は覚醒者程ではないでしょう?」
「いやいやいや、婆ちゃんの話忘れた?下手しなくても覚醒者並、もしくはそれ以上の力は持たされてるでしょ」
ルーデンの指摘に首を振ったルビーだが、これは明らかにルビーが正しい。
一度だけ、【凍竜】と相対したことがあるシュライバーの婆ちゃんもルビーと同じ覚醒者だが、彼女はその戦いで、右腕と仲間、俺の先祖に当たる人を失っている。そして、戦いにすらならなかったと、彼女は言っている。
当時の人類最強クラス二人でその結果だ。もし、本当にスポットとやらが、【凍竜】と同じ力を持っているのであれば、俺たちどころか、ミクトすら、一巻の終わりかもしれない。
俺たちが難しい顔をしていると、くすりとスカベラが笑った。
「本当にスポットが【凍竜】と対抗できる力を持ってるのナラ、今頃あの方は氷結庭園に攻め込んでいマスよ」
まあ、それもそうか。単独で【凍竜】の相手が出来るのなら、後は蟲の人海戦術と【灼竜】で氷結庭園を支配できるはずだ。蟲の何割が氷結庭園で生きられるのかは知らないが、生きられるように弄るのは【灼竜】にとってお手の物だろう。自らの身体すら都合のいいように改造できるという、あの竜には。
「それでも、最強の蟲と呼ぶに相応しい存在ではありマス。覚醒者並の力、というのも間違っていまセン。詳しくは分かりませんが、体内の魔力タンクに複数の魔石を利用することによって、魔力の消耗率を極限まで効率化していマス。殆ど、無尽蔵と言っていいでしョウ」
教授、というかミクトの魔導具制作理論に近しいものがあるな。確か、ナインハルト先輩の斧も似たような構造だ。あくまでナインハルト先輩の例と同じものだと仮定するなら、体内の魔石だけじゃなく、大気内の魔力も利用しているはずだ。放出と同時に吸収、循環を果てなく行うことによって、魔力の低下を防いでいる。
(…それなら、もしかすると?)
俺があることを思いついていると、スカベラは拳を握りながら言った。
「それでも、あれには、欠陥がアル。私は、それをつけマス」
「一人じゃ足りないだろ。スポットを止める奴が必要だ」
スカベラの言葉に、俺の推論が当たっていたことを確信した。そして、スカベラは頷いた。
なら、一応の指針は決まった。スポットという飛び抜けた個体には退場願う。それが済めば、他の巨体の奴らを排除する。
最も、それには問題が一つある。
明らかに、戦力が足りない。あの巨体三体を相手にしながら、スポットに狙いを定めるのは、余りにも無理筋だ。巨人と蟲たちが敵対していることから、漁夫の利を狙えれば良いのだが、今の状況は余りにも巨人の劣勢だ。あれがもう一体いれば話は別だろうが、それはそれで、状況があまりにも混沌としすぎる。
「正直私、あれに攻撃通せる自信ないです…」
それに、あの手の巨大な奴らには、有効打を与えられる者も限られる。申し訳無さそうに言うルーデンは、特に人間程度の大きさ相手には極めて優れた戦力だが、大火力の攻撃技を持たない。故に、あのような巨大な相手に攻撃を通すことは難しい。
この場に来ている人材なら、俺、ルビー、ウィル、それにアイアンが状況によっては、くらいか。やはり、もっと戦力が欲しい。
「まずは、皆と合流を目指そう。作戦はそれから、改めて」
「なら、さっさと決めちまおうぜ」
俺が移動を促そうとした時、ここにはいないはずの人の声がした。
「ゲオルグさん、皆。何故ここに?」
ナインハルト先輩を肩に抱えたゲオルグさんが、そこにはいた。
ゲオルグさん、レインさん、スフィア、マリア、柚子、ルイン。待ち望んでいた戦力が、一斉に揃ってくれた。勿論、アイアン、ウィル、ルファも一緒だ。
「そりゃ、あれだけデカけりゃな。ルーン・マグからも薄っすら見えるほどだったぜ、そんな騒ぎはさっさと収めるに限る」
あんなサイズの魔獣は、少なくとも人間領じゃ見ることもない。神領内でも数は多くないし、そもそも大壁に遮られている。そんなのが急に現れたら、そりゃ騒ぎにもなるだろうな。
「…それと、その先輩は」
「あの蟲にやられて這々の体で逃げてるところ拾ってやった。先走った自業自得だ。寝かせとけ」
先輩らしい行動に頭を抱えるべきか、キレるべきか悩んだものの、この人に頭を悩ませるだけバカらしいので考えないことにした。
「その馬鹿は置いて、作戦の話をしよう。ブロンズくん、考えはあるかい?」
「はい」
あいも変わらず愛弟子に冷たいレインさんに問われ、俺は頷く。
本来は、将軍たるレインさんが立案するべきところだが、俺の今の能力を試しているのだろう。どこか授業の延長線のような感覚に懐かしさを覚えつつも、意識して気を引き締める。今は実戦だ、甘えは許されない。
「まず、確認できる敵戦力は四体。銀色の巨人。カマキリ型の蟲、カブトムシ型の蟲。それに、スポットと呼ばれる、一際危険な小型の蟲です。この内、スポットに対してはスカベラが有効打を持っているので、それを踏まえたものにしたいと思います」
「これらを纏めて相手をするのは愚策ですので、一体一体に焦点を合わせた小隊を作りたいと思います」
いつも涼し気な表情のレインさんの真意は読めないが、今のところは指摘はない。なら、想定より大分余裕のある計画を告げるだけだ。
「巨人にはレインさん単独。カマキリ型にはルーデン、ウィル、ルファ、ルインを。カブトムシ型にはルビー、マリア、柚子、アイアンを。スポットには俺とスカベラ、スフィアで当たりたいと思っています。ゲオルグさんはナインハルトさんの回復に専念してください」
「各隊の意図は?」
当然、そこは聞かれるところだろうな。俺は包み隠さず、構成の意図を話す。
「まず、巨人ですが、これはレインさん一人で足ります。むしろ、他の戦力は邪魔にしかならない。カマキリ型は、攻撃特化で防御が薄いということで、速さでかき回すルーデンとその攻撃すら意に介さないだろうルインを入れました。カブトムシ型の装甲は硬いので、大火力のルビーとマリアで突破出来ると考えました。それに加えて、補助役としてそれぞれウィルと柚子。リーダーとしてルファとアイアンにそれぞれ役割を全うしてほしいと思います」
話しながら思う。レインさんたちが来てくれて本当に助かった。そうじゃなかったら、間違いなく撤退の判断を下すしかなかった。勿論、それならそれで、軍の出撃にはなっただろうが、出来ることなら俺たちの手で済ませたい、スカベラのためにも。
「うん、悪くない。心配は無用だったね」
どうやら、俺の案はレインさんを納得させられたようで、笑顔で頷いてくれた。ほ、と安心して息が漏れる。学生気分とは言われたくないが、学生時代一番厳しかったレインさんだ。そんな彼に認められたことに、ほっとするくらいは、許して欲しい。
「それじゃあ、早々に済ませるとしよう。あまり、時間を掛けるのも良くないからね」
そんな俺の気の緩みに釘を刺すかのように、俺を一瞥してから、レインさんは言った。何というか、あの人はこういう、人の感情を簡単に読んでくるところがある。それが、風の覚醒者故か、それとも経験の賜物かは分からないが。
レインさんの言葉とともに、小隊別に別れていく中、とことことやってきたスフィアと目を合わせる。
「やっぱり、あの人は敵だったようです」
「…そうか」
教授の件を聞こうか悩んでいると、スフィアは簡潔に言った。予想通りではあったが、それが故にショックだ。まさか、あの人が、そんな月並みではあるが、強い衝撃が脳を離れない。
「スフィア、お前は大丈夫か?」
俺が聞くと、彼女は首を振った。
「大丈夫かと問われれば、大丈夫ではないでしょうね。怒りが沸々と煮えたぎっています」
あいも変わらずの無表情で言う彼女から、怒りを見出すのは中々に難儀ではあったが、続く言葉を聞いて、彼女の抱える感情はそれだけではないのだと理解した。
「ですが、父はこうも言っていました。先輩とフアイを生かすためだったと。あの人は、意味のない嘘をつく人ではありません。故に、真実かどうかは置いておいても、彼の中でそれは真実、あるいは蓋然性の高い予想だったのだと思います」
俺を神にする理由があったとして、何故彼らの親友であるフアイを殺したのかは謎だったが、成る程それなら理解は出来る。フアイの状態はどうあれ、意識は確かに俺の中に残っている。
「それに、あのまま放置していれば、先輩が死んでいた、というのは、私でも想像に難くない事象だったと思いますから」
「…否定は出来ないな」
今思えば、神になる前の俺は、スフィアやルビー、師匠たちのお陰で大分マシにはなったとは言え、それでも尚酷い状態だった。いつかその内、唐突に自殺したとしてもおかしくない、とさえ思えるほどに。そうでなくても、自暴自棄の果てに戦場で野垂れ死にとかもあり得る。
そんな俺が、また少しマシになれたのはマリアやウィルと出会えたから、ルーデンと再会して過去を清算出来たからに他ならない。そこまで、教授たちが考えていたかは分からないが、教授は俺だけじゃないが、特に問題を抱えていた俺、ルビー、アイアン、ルファ世代の特待生組には親身になってくれてた人だ。そう思いたくはある。
「…先輩、抱きしめてください」
「急だなあ。良いけど」
唐突な要求に困惑しながら、俺は彼女を抱きしめる。少しだけ骨ばってはいるが、柔らかい感触。長い、さらさらとした髪。人造生命とは言え、彼女の身体は、人と何も変わらない。
「安心、します。先輩が、本当に帰ってきたのだと、改めて、実感します」
彼女が抱きしめて欲しいと強請るのは、珍しいことじゃない。俺じゃなくても、ルビーとかルファにもしてもらっていたことを覚えてる。彼女曰く、そうして貰うことで生きてることを実感するとか。自分が、ただの機械じゃないと思えるから。
そのまま抱きしめていると、そっと、スフィアが耳元で囁いた。
「私は、こんなんで、表情もうまく作れませんが、貴方がいてくれて、生きて戻ってきてくれて、本当に嬉しいんです」
俺は聞きながら、彼女の頭を撫でる。相変わらずだ、俺にはそういう言葉が一番響く。生きていてよかったんだと、生きていて良いんだと、実感できる。
「相変わらず、俺はお前に励まされてばかりだな」
「お互い様、ですよ。私は、貴方のお陰で、人に慣れたんですから」
それこそ、お互い様だろ。お前がいなきゃ俺はずっと、人の振りした道化でしかなかったよ。
さて、いつまでも続けてやりたいところだが、時間はいつまでも待ってはくれない。抱きしめていた手から彼女を離して、俺は言った。
「さあ、そろそろ実戦だ。頼むぜ、後輩」
「任せてください、先輩」
俺とスフィアはお互い、ただ信頼の証として拳を合わせあった。
*
一方、観測する者は、ただ、戦況を正確に見定めていた。
「司る者、蟲使いの想定外の戦力によって、サンダルフォンが劣勢です」
観測者ラジエル、サンダルフォンを生み出した彼は、戦況を観測しつつ、そのまま正確に、自らの主に報告する。
『…ならいい。撤退しろ、ラジエル。バァルの動きは気になるが、お前をここで失わせる訳にもいかない』
「是」
つまらなそうに吐き捨てた司る者、ラジエルは彼の指示に従って、撤退の準備を始めた。
だが、その指示を全うすることは許されない。
「見つけた」
覗くのは、蟲の王。
常に大量の蝿を大陸各地に送り込ませているバァルは、他者の追随を許さないレベルの情報網を敷いている。単純な情報量で言えば、分身を生み出し情報を収集しているスキアーやルドロペイン以上である。そんな彼に、知り得ないことなど、早々ない。
「【七大天使】、観測者ラジエル、愛しい人へのお別れは済ませたまえ。君はここで終わるのだから」
無数の蝿を呼び寄せながら挑発するバァル、ラジエルは表情一つ変えず冷たい瞳で一瞥し、戦闘態勢に入った。
「裏切り者バァルを発見。私の手で排除します」




