巨大な者たち 2
「―兄さん!」
「ルーデン」
森の外に向かった俺たちを、先に出ていたらしいルーデンが迎えてくれた。それと、もう一人。
「スカベラ、無事だったか」
「…ハイ、ご迷惑をおかけしまシタ」
気の毒になるくらい縮こまった様子のスカベラが、ルーデンの背後から出てきて、頭を下げた。俺はそんな彼女を見て、息を呑む。後悔が、俺の脳内に湧いて出たから。
スカベラが何故単独でこんな所まで来たのか、あの巨大な蟲を見れば、嫌でも分かる。やはり、スカベラは街中で何か、バァルがここにいるという確信を抱けるだけの何かを見たのだろう。
思えば、などという前置きがなくとも、前兆はあった。どころか、彼女の復讐に対するスタンスについて相談を受けていたんだ俺は。それも前日に。なら俺が、スカベラと行動を共にしなきゃならなかった。少しでも、天使が入り込んでる可能性があるのなら。俺が共にいてやらなきゃならなかった。
「おーい」
「っぇ!?」
ルビーに耳元で爆音鳴らされた俺は、思わず変な声を上げてしまった。恨めしげにルビーを睨むと、彼女は苦笑しながら言った。
「考え込んでないで、ちゃんと話してあげなよ」
「…ああ、そうだな」
ルビーには考えてることはお見通し、だよな。誰よりも俺のことを知ってるルビーの言葉に従い、俺はスカベラと本心で話すことに決めた。
「スカベラ」
「…ハイ」
「帰ったら、式を挙げよう」
「…は?」
「結婚、してくれないか?」
告げたところで、スカベラはパンクしてしまったように動かなくなってしまった。やはりというか、急すぎたな。
と、これだけだと誤解が生じるか。誤解を解くために俺はルビーに向けても、自分の意志を告げた。
「勿論、ルビーも、マリアも、それにスフィアもだな。ルビー、悪いが本家に連絡頼めるか?挨拶をしたい」
「え、いや、いいけど、今?」
「分かってる。遅すぎたくらいだよな」
「駄目だこいつ、伝わってねえ」
この一年、何よりも後悔したのはルビーに想いを告げることが出来なかったことだ。十年も一緒にいたのに、俺は自分が傷つくことばかり恐れて、ルビーとはあれだけ一緒にいたはずなのに。
「ところで、この場でプロポーズって、地味に死亡フラグみたいですね!」
「ルーちゃんはなんでそんな笑顔なの…?」
「嬉しいからですよ!お姉ちゃん!」
「気が早いなあ」
呆れたように、ポリポリと頭を掻いてから、俺に向かい合った。
「…でも、良かったよ。ブロンズが、同じ気持ちで」
「実を言うと、あの時から、ずっと好きだった」
「十三の時の文化祭だっけ?」
「なんで知ってんだよ」
「去年、二人から言われてやっと気づいたよ。それで、死ぬほど泣いた」
アイアンの奴、まあそりゃ死体に口無しか。むしろ三年以上も黙っててくれたことに感謝しとくべきだろうな。
と、ルビーについては一安心だが、問題はこちらだ。未だ、フリーズしている彼女に向けて、俺は問う。
「スカベラ、そろそろ、返事を貰ってもいいか?」
スカベラには、生きる理由が必要だ。それが俺になるのならば、これ以上に嬉しい話はない。
「あの、その、ごめんなサイ!」
「うわお、ストレート」
…振られちゃったか。まあ、別に、好意を持ってもらえているという確証があるわけじゃなかったし、はあ、ショックだな。
「あの、あの、そういう意味じゃナイんです。ブロンズさんはずっと、私に真剣に向き合ってくれていマス。だから、私も、真剣に、応えたいのデス。その為に、時間が欲しいのデス」
「それもまた良し…」
誤解だというのは分かったが、ルーデンはなんでそんなにしきりに満足そうに頷いてるんだ?
そんな時だった。
一層、目を引く何かが、巨大な蟲たちの下で発生した。
「…太陽?」
禍々しい程の煌めきが、森全土に輝く。小さな太陽とさえ思えるその煌めきは、その後瞬時に消え去った。
「そんな、あれハ」
疑問符を浮かべる俺たちの中で一人、スカベラだけが驚愕の色に染まる。スカベラに詳細を聞く前に彼女は、驚愕と共にその名を呼んだ。
「スポット―!」
*
サンダルフォン、強大な存在感と巨大なる実体を伴うそれは、生まれると同時に行動を開始した。設定された行動原理、この森にいる全ての物を殺せ、そんな命令に従って。
そして、それはそれが出来るだけの力を持ち合わせていた。それが拳を振り上げるだけで、巻き込まれた木々が抜け、根付いていた地面が抜け、小規模なクレーターが幾つも生まれた。
そして、それと対峙する未知の蟲が、三体。対峙できるだけの格を備える、怪物が三体。
まず、枝のような姿かたちをした、カマキリ型の蟲。余りにも細すぎる、自立していることが信じ難いそれは、両腕の鋭い鎌で、的確に、そして残虐に、サンダルフォンに傷を与え続けている。
そして、二足歩行のカブトムシ。見ようによっては鎧のように見える甲殻を纏うそれは、その全身を持ってサンダルフォンからの攻撃を防ぎ切っている。
最後に、黒色に白の斑点が混じった、謎の球体。最早、蟲どころか生命かどうかも怪しげなそれは、他の二体の蟲以上の巨体でありながら、一歩も動かずにただ沈黙を貫く。その姿は何か、好機を、見計らっているような不気味さがあった。
サンダルフォンと同等、或いはそれ以上の戦力を有する蟲たちではあったが、戦況は互角であった。理由は唯一つ、サンダルフォンにはザドキエルが有していた【正義】、自動回復能力によって蟲たちの攻撃は殆ど無に帰していた。
反面、サンダルフォンの攻撃のダメージは蟲たちに徐々に蓄積しており、特に彼の攻撃を受け続けているカブトムシ型のダメージは無視できないものになりつつあった。
「はっはっはぁ!こんな大物放っといて、寝てられっかよぉ!」
サンダルフォン有利に傾き始めていた戦況の中、乱入する者がいた。
ナインハルト、特待生随一の戦闘狂は、ザドキエルとの戦いでの傷を忘れ去ったようにして、真っ先にその
巨人共の下へ駆け出していた。
射程内に入った瞬間、彼は二つの斧を上段に構え、そのまま振り回し始めた。廻る斧はそのエネルギーに反応し、真っ赤に燃え始め、最も近い距離にいた、球体型の蟲に狙いを定める。
「炎月!」
振り回す遠心力を持って振り下ろした斧は、豪炎を纏い、弧を描くようにして蟲に直撃した。
「―!?」
想定外の一撃に、重厚な一撃に、遥か巨大であるはずの蟲がぐらつく。
ぐらついた球体はそのまま倒れ、そのまま動かなくなった。まるで、死んでしまったかのように、あっさりと。
「…はっ、勘が鋭いのも困りもんだな」
ナインハルトは思わず、苦笑する。余りの手応えのなさに、ではない。その球体から溢れ出た、尋常ではない量の魔力を感じて、だ。ナインハルトが炎月を当てた箇所に、小さな孔が空いていたのだ。つまるところ、その球体は卵。中に何かがいると、確信を持って言えた。
孔の中から、小さな手が伸びた。その手は外殻を掴み、肉体を這い上がらせる。まず、二本の細い触覚が見え、虫らしい大きなオレンジ色の眼球とガチガチと震わせる顎の下から、人型の身体が垣間見えた。
長身のナインハルトからすれば一回り小さなその身体は警戒心を抱くのが難しいほどに軽微な戦力に見える。だが、ナインハルトは理解している。否、ナインハルトでなくとも、他二体の蟲はそれを崇めるように跪き、意志があるのかさえ怪しいサンダルフォンさえも後ずさった。
「…Z」
そんな有象無象の動きなど興味なさげに、太陽の如き灼熱、スポットは目を覚まし、ただ、退屈そうに唸った。
唸りと同時に、眩い光を放って。
来年もよろしくお願いします。




