吸血姫 1
あれから、一年が過ぎた。
俺とマリアは、スキアーさんから仕事を受け、竜の墓場へとやってきていた。
【竜の墓場】、かつてのこの大陸の支配者であり、今もなおその強大さは語り継がれているドラゴン。ここは、彼らのかつての居住区であり、今は墓標。そこにはドラゴンが集めたとされる宝物が眠っており、動く石像、ガーゴイルが守っていたが、その殆どは奪われてしまったし、動く石像は只の石ころへと変わってしまった。
とは言え、何事にも例外はある。
「マリア!ちょっと硬すぎねえか!」
「想定より単純に硬いし強いよこれ!」
俺とマリアの二人は今、その数少ない生き残りと相対していた。どっかの誰かが残った宝を探そうとした結果、幸運にも残った宝を見つけ、不幸にもこの石像を起動させてしまい、殺されたらしい。
さっき見た死体からの推測だが、間違ってはいまい。
俺たちはこいつの討伐を依頼された、訳ではなく、いつも依頼されている、大市周辺の見回りをしていたら、偶然居合わせてしまったのだ。報告のために、一旦帰還するべきなのは分かっているが、このガーゴイルは俺たちを見た瞬間に襲いかかってきたから、そういうわけにも行かなくなった。
「クソ、【雷纏剣】で斬れないとか、想定外にも程がある」
しかしこいつ、思った以上に強いし硬い。もう既に剣技、神性など、使える手札はかなり試したが、この石像に負わせられたのは精々がかすり傷だ。本来、この程度の岩ならバターのように滑らかに斬れる【雷纏剣】でさえも、一部を欠けさせるのが精一杯だ。
「もう私が押し切ったほうが早くない?」
「それは最終手段だな、他のガーゴイルに飛び火しない保証はねえ」
マリアの魔法はどれも規格外の威力を持っているが、それ故に広範囲に影響を及ぼす。それはメリットと言えるが、少なくない場合でデメリットにもなりうる。今回は扱いづらい場合だな。
「今回は俺が決めるから、サポートに回ってくれ。流石にあれで斬れないことはないだろ」
「おっけ~」
俺の指示に快く頷くと、彼女はガーゴイルに向けて髪を伸ばした。【髪も神であればいい】、髪を自在に操るマリアの神性。神性を宿した彼女の髪は鋼鉄よりも硬く、シルクよりも滑らかであり、敵を突き刺すのも絞め落とすのも、自由自在だ。
しかし、伸ばした髪でもガーゴイルを捕らえるには至らない。が、それで良い。元々、捕らえるのが目的ではない。
幾多もの髪を避けたガーゴイルだったが、それは一直線に動かすための誘導だということに気づかない。
狙いは一点、そこに全集中力を掛ける。
「【雷一閃】!」
俺は体に宿った雷を全て剣に宿し、剣を振った。雷速の刃を避けることは敵わず、耐えることも敵わず、ガーゴイルは真っ二つに裂かれ、只の石像となって地面に転がり落ちた。
*
「せめて、もう一人欲しいな」
「何が?」
「決まってんだろ、仲間だよ。前衛一人、後衛一人じゃ回らねえことが多すぎる」
大市までの帰り道、俺はマリアに言った。抱えた死体が重い。
今日は上手くいったが、上手くいったのはマリアと俺の神性が刺さる相手だったからだ。今回の手段が、次回もそのまま使えるとは限らない。使える手札は増やしておきたい。
「私はこのままでも良いけど」
「お前はその人見知りを少しは克服したほうが良いと思うんだがな……」
アイゼンさんたちみたいに、複数のポジションを兼ね備える人材ばかりなら良いが、生憎俺もマリアもそこまで器用じゃねえからな。出来なくはないが、攻撃役という本来の役割に比べると、だいぶお粗末な出来だ。
「ちなみに一人ってのは最低限の話で、俺は出来れば二人欲しい」
防御役に、補助役。火力は充分すぎるほど足りてるからこそ、その二つが埋まれば何も言うことはないんだが。
「新しい人入れるのはまあ、良いとしてさ?二人も見つかると思う?」
「…思わねえな」
自分より遥かに上の存在なら幾らでも手はあるのだろうけど、まあまずそういった手合いは既に徒党を組んでいるか、生粋の一匹狼のどっちかだ。そもそも、仲間を見つけたいというのに釣り合わない相手は求めちゃいない。
十年、百年単位で見りゃ、容易いことかもしれないが、元人間の感覚としてはそこまで気長にはなれないしな。
「ま、別に今すぐ答えは求めちゃいないさ。帰ったら、ちゃんと話し合おうぜ」
マリアは聡い。多少考えれば、自分にも利があるということくらいは分かってくれるだろう。
問題は、それでも拒んだ時だが、その時は潔く諦めよう。マリアの信頼を裏切ってまで、すすめるべき事象じゃない。
「じゃ、俺はスキアーさんに報告してくるから先戻っててくれ」
「うん、後でね」
今まではアイゼンさんたちが逗留していたが、彼らが去るということで、マリアは一ヶ月ほど前から俺の家に住み着いている。まあその前から泊まり込むなどしょっちゅうだったけど、それも入れれば半年くらいはこいつと同棲してることになるかな。
本当に、ありがたいことだよな、と改めて思う。彼女のおかげで俺は、孤独、危機、あらゆる困難から救われていると言っても過言じゃない。彼女に好かれているという実感が、生きる理由になっているし、彼女が恥じない自分でいたい、というのが俺の生きる原動力だ。
スキアーさんの家に辿り着いた俺は、いつもの通り狭い道のりを乗り越えて、彼のもとへと向かう。死体は入らなかったから入り口に置いてきた。
辿り着くと、そこには既に先客がいた。長髪の赤髪の女性、見た感じ相当出来るな、相当の経験を積んだ人間の雰囲気だ。しかし、見たことがない顔だな。新入りか?
「すみませんね、取り込み中でしたか?」
「嫌、気にしなくていいよ。報告をお願いできるかな」
「はい」
スキアーさんに促されたので、ガーゴイルの件と死体の件を出来るだけ正確に説明した。
「うーん、少なくともうちに来てる顔じゃないね。この死体は少し詳しく調べてみよう」
死体の顔を確認したスキアーさんはそう言って、死体を奥まで引っ張っていった。良く入れたな。
「それじゃ報酬、とその前にブロンズくん、これから別件を受け持ってくれる気はないかい?」
「別件、ですか?」
俺は問い返した。今までそのような提案はなかった。無理難題を押し付ける人ではないことは重々承知しているが、未知の提案なので話を聞いてから判断したい。
「うん。新入りの初仕事の護衛役を任せたいんだけど、頼めるかな?」
マリアが担当してくれたあれか。ついに俺にもお鉢が回ってきたか。ちょうど仲間を求めていたこともあるし、仕事にも慣れてきた。提案を受けることは、やぶさかではない。
「新入りってのは、彼女のことですか?」
「流石に察するよね、その通りだよ」
「マリアも呼んで良いですか?」
「勿論、好きにすると良い」
いくつかの質問をすると、逆にスキアーさんの方からも質問が飛んできた。
「ただ一つ懸念材料がある。君は、他人種に差別的な感情を抱いたことがあるかい?」
「…生まれた環境が環境ですからね。ミクトで矯正される前は日常的に思ってましたよ」
アネリアは長きに渡り、エルフと戦争状態にある。戦争が終結しない理由は主に二つで、魔法技術が遅れたアネリアではエルフの生来から持つ魔法の才に敵わず、うちの家含む対抗できる戦力の殆どが神領周辺の防衛に充てられているからだ。
攻め込んでいるアネリア軍も少なくない被害を与えられているため、エルフに留まらず亜人種全体に差別意識を持つものが、アネリアには多い。客観的に見て、勝算もなく攻め込んだアネリアの王侯貴族を責めるべきだと思うが、そんな通りは被害を受けた国民には通用しない。被害を受けていない者も変わらぬくらいの差別意識を持っているのは、少なくとも思想誘導には成功している証だろう。褒めるべきかは微妙なところではあるが。
「つまり、今はない?」
「ミクトの生活が長かったですから」
それに反して、ミクトの多様性は目を見張るものがある。人間、リザードマン、オーガ、ワーウルフが混在する地域にて、それらは身内意識こそあれど殆ど格差なく生活しており、差別も全くとは言わないが殆ど存在しなかった。それを可能としているのは、国を統べる皇帝の存在が大きいだろう。自称ハーフドラゴンのそれは、建国以来変わらず皇位の座についており、突出したカリスマで国をまとめ上げてきた。
「ありがとう。形式的なものではあるけど、一応確認はしておかないとね」
しかし、聞くってことはあの彼女は神ではなく、何らかしらの亜人種なのだろうけど、全くピンとこない。それというのも、彼女の姿はどう見ても人間のそれだからだ。背の高さが若干オーガっぽくはあるかもしれないが、筋肉量が少なく痩せた姿は余りオーガっぽくないし、別に角も生えちゃいない。
「伝えても?」
スキアーさんが彼女に確認すると、彼女はこくりと頷いた。
それを受けたスキアーさんが意を決したように口を開いた。
「彼女は、吸血鬼なんだ」