屍体男は空虚に笑う
一方、【ルーン・マグ】。スフィア、レイン、ゲオルグの三人に加え、ルインが合流した一行は、今正に、デッドマンの部屋へと向かっていた。彼の真意を問い詰めるために。
「ルインさん、貴方なら心当たりがあるのでは?」
「分からないよ、生憎。私より遥かに付き合いが長い君たちのほうがありそうなものだけど」
向かう最中、レインがルインに問う。首を振ったルインは、そう問い返した。
「…ま、なかねえがな」
その指摘に、顎に手を当てながらゲオルグは答えた。
「レイン、覚えてるだろ。まだ俺らが若い頃、先生が酔い潰れた時のことだ」
「…ああ、イヴァンがいた頃の話か」
レインは、ゲオルグにそう言われて思い出したように頷く。
「あん時、先生はしきりに謝っていた。泣きながら、許しを請うようにな。誰かは知らないが、想像はできるさ」
そこでゲオルグはルインに視線を向けた。
「神代が終わって間もないあの時代、知っているとしたらあんたしかいねえよ。ルインさん」
指摘されたルインはただ押し黙る。ルインには心当たりなどないからだ。それでも手がかりを探るため、必死に思い出そうと頭を巡らせた。
「…影?」
巡らせた記憶の中で、微かに滲み出たその姿は、記憶にない男。これと言った特徴もないその男は、もう一度思い出そうとしても、黒に塗りつぶされて、その顔は二度と出てこなかった。まるで、影に覆われたように。
「影って、スキアーのことか?」
「嫌、違う。けど」
違うはずなのに、何か、確信に迫っている様な。そんな、感覚。だけど、遠すぎて手が届かないまま、その記憶はルインの手をすり抜けていく。
ルインが悔しさを覚えた頃、パチンと手を叩く音が聞こえた。
「お話はそこまでにしましょう、皆さん」
スフィアが叩いた音に反応し、三人が彼女に注目した。そして気づく。もう、デッドマンの部屋が直ぐそこに近づいていたことを。
「父から聞き出したほうが早い」
*
「…四人か、概ね想定通りの人数だ」
ドアを開けると、特段驚いた様子もなく、デッドマンは言った。
そして既に、ルインとレインは戦闘態勢に入っている。彼を、逃さないために。
「しかし、レインとゲオルグにルインか。俺を相手にするには、余りに過剰戦力すぎないか?」
「良く言う。単独なら、ここから逃れる手段なんてあんたは幾らでも持ってるだろうが」
「違いない」
ゲオルグの指摘に、一笑してからスフィアに顔を向けた。
「だがスフィア、お前がこちらを優先したのには驚いたよ。お前は、ブロンズについていくと思っていた」
「着いていきたいと思ったのは本当ですが、貴方の本意を知りたいのが上回りましたので」
「…お前はいつも俺の想定を超えてくる。生まれた時から、ずっと」
デッドマンはそこで初めて、本心から嬉しそうに微笑んだ。
「覚悟は、決めてあるみたいだな」
「ああ、決めてるよ。あの時からずっと、な」
椅子から立ち上がりながら、彼は思い出すように言う。
「それで、何でお前はフアイをブロンズに食わせた。何で、彼を神にした。いつから、ダンタリオンと組んでいた!」
「おいおい、質問が多いぜ。だからまあ、一つずつ答えてやるよ」
ルインの恫喝にも、微笑みを湛えながら、彼は答え始めた。
「まず、フアイをブロンズに食わせた理由だが、それが最もベターだったからだ。何もせず放っておいた場合、フアイもブロンズも、今後十年以内にどこかで命を落とす可能性が高かった。だから、片方でも生かすために、フアイの意識だけでも残すために、俺とダンはフアイを殺した」
「ブロンズを神にしたのは、それが最も大きな利益を生むからだ。彼が神になったことで、スカベラ・青碧は生き長らえ、水の覚醒者ウィル・外刻がミクトに訪れ、お前も、こうやって歩み始めた。彼の子どもたちも、大きな戦力になる」
そんな、まるで、未来を知っているかのような発言に、一同が動揺する。些か信じ難くもあったが、それでもデッドマンの真剣な物言いは、少なからず発言に真実味を帯びていた。
「最後に、ダンと俺がいつから組んでいた、か。そんなのは、簡単だ。余りに、簡単すぎて、もう笑えやしねえ」
笑みは消え失せ、飲み込まれるような空虚な瞳で、彼は話し始めた。
「あの時、俺が【あいつ】とダンに出会った、あの時からだ。俺はずっと、ダンと歩み続けている」
ダンタリオンの話をしていたはずのデッドマンの言葉は、いつの間にか重心がずれ、【あいつ】の話に熱が帯び始める。
「出会った時のあいつを、俺はずっと覚えてる。ミスター・ファルカスと渡り合って、勝利を収めたあいつを」
懐かしむように言ったデッドマンの言葉に、徐々に狂気が滲み出す。そして、次に彼が口を開いた時、その狂気が表出した。
「人狼たちに臆さず交渉したあいつの肝の太さも、竜と対峙しようと決めたあいつの決意も、紫龍とハジメと三つ巴の戦いを演じたあいつの強さも、救ってきた村を蹂躙され泣いたあいつの悲しみも、カインが魔王になった時の滅多に吐かなかったあいつの弱音も、ケルビスに慕われたあいつの優しさも、あいつが消える前に言ってくれた、あの言葉もぉ!!!」
早口に述べるデッドマンの言葉を、誰も真の意味で理解できない。誰のことを言っているのかも、何のことを言っているのかも、分からない。だが、それでも、一つだけは理解できた。彼の行動の根底には、【あいつ】とやらに対する妄執があることを。
「俺はずっと、覚えてるんだ。あいつのことが、好きだから」
泣きそうな笑顔で言ったデッドマンのその言葉は、その場の誰にも理解されない。だが、その悲痛さだけは理解できた。何らかの固い決意で、彼が動いているのが理解できた。
「だから、俺はダンと共にあいつを取り戻す。あの時の三人の誓いを、俺たちはまだ果たせてないんだから」
だから、一歩、行動が遅れる。狂気に歪んだ表情で魔石を砕く、その姿を止められるものは誰もいない。
「【雷の門】、起動!」
デッドマンの背後に、雷の門が生まれた。瞬間移動を行うその門に、倒れるように入り込むデッドマン。彼に手を伸ばしたルインだったが、その手は届かず、雷の門は消え、空を切る。
「クソッ!」
消え失せた門を見て、ゲオルグが苛立ちと共に、強く、彼の机を叩いた。
*
「何だ?」
デッドマンの部屋を出た彼らは、学園内が騒がしいことに気づく。風の覚醒者であるレインが自らの能力を活かし、何に騒いでいるのかを正確に聞き取ろうとする。
怯えが混じったざわめき、何か理解できないものに対する、本能的な恐怖であることを理解した。
「良かった、ルイン!」
そんな中、駆け上がってきた柚子とマリアが、ほっとしたように声を掛けた。
「二人共、何があったんだ?」
「こっちに来て」
ルインが二人に問うと、彼女たちは窓の近くへと彼らを誘った。
「あれは、蟲?」
彼女たちが指を指した先にいるのは、巨大な蟲。恐らく、女王蟻のような神領に生息する類の蟲。されど、見覚えのないそれらに困惑していると、それ以上に困惑すべき何かが、直ぐ近くに存在していた。
「…あれは、何ですか?」
巨大な、銀色の人型が、蟲に襲いかかっているのが見えた。




