鎖の女 3
「…」
「沈黙は肯定と受け取るよ」
警戒を解かず、押し黙ったままのフーラに対し、マリアは構わず話し始めた。
「まずはっきり明言するよ。私は、君の助けになりたいと思っている」
「もぉ、おそぃ!」
怒りの声と共に、彼女の鎖の力が強くなる。それでもマリアの髪はびくともせず、解ける気配はない。
「かもしれないね。君は既に、傷を負いすぎた」
と、同時にマリアの髪が、優しくフーラを包み込んだ。
ふんわりとシルクの様な柔らかさと程よい反発力を併せ持つ髪で、全身を包まれた彼女には否が応でも、リラックス効果が与えられる。少しだけ、彼女の表情が緩み、全身の緊張が解け始めた。
「だから、私からその分取り戻せば良い。私は、私達は、君を愛する準備がある」
「…ぁ、ぅう」
マリアの発言に、反感を持っているはずなのに、彼女は明確に言葉にすることが出来ない。むしろ、この気持ちよさを堪能するような、声にならない声が漏れる。
それは大凡、彼女の自我が生まれて始めて味わう、安心感。生まれてこの方、神経を張り詰めすぎていた彼女は、その幸福感に逆らう術を持たない。
「どうか、信頼、してくれるかな。フーラ」
「…ちぎゃう」
マリアの問いを無視して、彼女は憮然と首を振って続けた。
「ふぅラは、あぁしじゃ、ない」
「ふぇ?」
予想もしていなかった返答に、思わずマリアは呆けた声を上げた。
「あぁしは、【鎖の女】だ」
マリアは少しだけ疑問符を浮かべてからはっとし、戯灰が言っていたことを思い出す、【化者】とは荒んだ家庭環境から生じる苦しみから逃れるためのエネルギーの発露であり、それは経緯としては多重人格に近いものだという説を。
「あぁしは、ふぅラをまもるためにうまれたんだ」
この子は正に、その説の通りなのだと、マリアは遅まきながら、理解した。
「ら、から、いぃ」
顔を背けて、彼女が、カテーナが言った。よく聞き取れなかったマリアが首を傾げると、カテーナはもう一度、言った。
「しんらぃ、すぅ!おまぇ、いぃやつなの、わかぅ、から」
「お前じゃないよ」
顔を赤らめながら言ったカテーナに、マリアは嬉しさを覚えつつも、そんな風に指摘した。
「私の名前は、マリアレス。家族は皆、マリアって呼ぶ」
「マ、り、ぁ?」
「そう、マリア。上手、だな」
それは、いつの日か、父が教えてくれたように。
「まずは、いっぱい食べないとな。そんなに痩せてると、可愛い顔が台無しだ」
「か、ぁいぃ?でも、ふぅラ、いっぱぃ、たたかれた」
「自信を持ちな。君は、ちゃんとかわいい」
それは、いつの日か、母が愛してくれたように。
それは、いつの日か、兄が褒めてくれたように。
「…なんか、ねむぃ」
「疲れたんだろう。良いよ、眠りな。私が、抱っこしててあげるから」
「…ぅん」
そのまま寝息をたて始めた彼女を髪で抱えながら、マリアは外に向かい始めた。
そんなフーラを抱きながら、穏やかな笑顔を浮かべるマリアは、一歩ずつではあるが、確かに、成長していた。
*
「それではこちらで責任持って病院に移送させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
「ブロンズくんと合流したら連絡をください。改めて、迎えに行きます」
必死になって気を張っていたカテーナだったが、身体の外傷や栄養不足は深刻で、直ぐ様病院で治療を受けることとなった。
マリアたちは一先ず、ブロンズたちと合流し説明することを選び、学園の方へ歩みを進め始めた。
「マリア、いつまでも悩んでてもしょうがないでしょ」
「…やっぱり一言相談すべきだったよね。今更、怖くなってきた」
そんな中、腕を組みながら難しい顔をしていたマリアに、柚子は声をかける。
マリアが悩んでいる理由は、端的に言えば今後のことだ。あくまで、マリアたちがこの国に居られるのは、客人として招かれているからだ。国民ではない。いつ神領に戻らなきゃならないかも分からない。
(その時、フーラをどうする?神領に連れて行くのか?)
余りに無責任だ、とマリアは思う。
その問題がクリア出来てミクトに永住出来たとしても、ブロンズたちに何の相談もなく決めたのは問題だ。子供の命を預かるのに、家族の了承も得ずに決めてしまったなんて、本当に馬鹿だった。
「少なくともブロンズは大丈夫でしょ、むしろブロンズも賛成なんじゃない?」
半泣きになり始めたマリアを励ますように、柚子が言った。自分と同じ様に虐待された子供なんだから、その言葉を放つことはなく、お互いに理解しながら、柚子は更に続けた。
「ていうか、いいチャンスじゃん。ブロンズと結婚すれば、国籍とか貰えるんじゃない?」
「けっ、けけけけけけけ」
「おーい、急に壊れるな」
動揺しすぎてけを繰り返すだけの少女と化してしまったマリアを抱きしめると、彼女は不安そうな瞳で柚子を見つめた。
「…そういう柚子は?」
「私は、どうかな。あっちに、戻りたいって気持ちだって、いっぱいあるからな」
そんな、マリアの指摘に苦笑した柚子を見て、思い出す。柚子が、この大陸の人間ではないのだと。
「ブロンズのことは好きだけど、正直、一生この大陸に残る、って決断は出来ないと思う」
少しだけ、寂しそうに言う柚子に、マリアは何も言えず、ただ彼女の表情を見つめることしか出来ない。
そして、その顔が驚愕の色に染まっていくのを見て、釣られてマリアも柚子の視線の先を見た。
「あれは、何?」
巨大な何かが、遥か北に出現しているのが、辛うじて見えた。




