白き雷と狂獣
「馬鹿、な」
ルーデンと相対していたサタナエルは血反吐を吐きながら、現実を受け入れられない様に、呆然と言った。
彼女は、ルーデンに一つの傷さえつけることが出来ずに、圧倒された。彼女が、スカベラにそうした様に。
「何故、何故、何故だあああああああ!」
それでも彼女は再び立ち上がり、攻撃を放った。【憤怒】、自らの怒りを原動力とし、闘気として放出する。その闘気は様々な用途に利用でき、ある時は攻撃手段として、ある時は防御手段として、ある時は示威行為として敵に実像以上の力の持ち主としてアピールできる。
攻撃手段としては特に優れており、自らを中心に円状に奔るその闘気に触れたものに、鋼鉄すら焼き焦がす程の高温の熱が襲う。場合によっては半径数メートルにも及ぶそれから逃れるのは困難となろう。収束させ腕に纏わせた場合には、触れたものを内部から破壊する、これまた厄介な代物になる。
これ程に高度な能力を有する彼女が、こうまで圧倒された理由は、彼女の、たった一つの敗因は一言で済む。
「【白き雷一閃】」
今回は、相手が悪すぎた。
サタナエルが闘気を生み出したその瞬間、白い、雷の刃が奔り、彼女の腕を切断した。
「ぎ、いいいいいいいい!」
思わず、彼女は苦悶の声を上げた。本来、痛み以上に怒りを優先する様に出来ている彼女だが、最早それ程の余裕は無かった。幾ら怒りを燃やそうとも、燃やすたびに打ちのめされるこの戦況に、彼女の心は折れつつあった。
そんな、サタナエルの心境には一切興味を持たなかったルーデンだったが、一滴も血液が溢れないその切断面には、彼女も不思議そうに首を傾げた。
「…ま、全部解体せば分かりますか」
彼女はそれ以上疑問に思うことは止め、戦闘に専念することにした。
全力を持って、目の前の敵を殺すために。親友を傷つけた、目の前の塵を振り払う為に。
「【白雷纏】、起動」
最早、サタナエルには一筋の勝ち筋すら無かった。
*
一方、ナインハルト。
「あぁ、糞、痛え」
ザドキエルの攻撃を受け地面に倒れていた彼は、頭から滴る血を拭いながら立ち上がる。
「まだ立ち上がるか、愚かな」
ザドキエルはそんな彼を見て、嘲笑混じりに言った。
ルーデンとは真逆に、状況は明らかにナインハルトの劣勢だった。それもそのはず、二人の地力こそ殆ど互角だが、ザドキエルには再生能力がある。
いくら傷を与えようと、彼が回復のため防御に専念すれば、ナインハルトがそれを崩すのは難しい。無論、それを続けていれば、徐々にコンディションに差が出てくる。その差が如実に出たのが、今のナインハルトの劣勢という現実だ。
「最も、思った以上に手こずったのは事実だがな。神を相手取るために生まれた私に対し、こうも食い下がるとは。成る程、彼が人を素体に選んだのも頷ける話だ。しかし、惜しいものだな。そこまでの実力を持ちながら、私と出会ってしまうとは。貴様なら、幾多もの神を殺し得る存在になれたものを―」
「五月蝿えよボケ」
勝ち誇ったように長々と講釈を垂れるザドキエルを、ナインハルトは嘲笑い返し、奇襲に掛かった。
人狼特有の凄まじい健脚を活かした、疾走。その勢いから凄まじい推進力を持っての突撃。直線的過ぎる動きだが、話すのに夢中だったザドキエルは対応しきれない。
「くっ!」
それでも何とか、顔面に振り落とされた斧を、剣で持って受け流す。
それがブラフであることも知らず。
「爆、砕斧!」
もう一本の斧が、ザドキエルの腹部に直撃。と、同時に、爆発が生じ、ザドキエルが吹き飛ばされる。
元々、ナインハルトの斧は火の魔石で精錬された物であり、常にある程度の高い熱が点っている。そして、それに加え、彼の振りの早さによって、火属性の魔法で生じる現象が起こる仕様になっている。その内の一つが今の様に、爆発が生じる効果だ。
「貴様ぁっ!」
「勝負が決まってねえ内に勝ち誇ってんじゃねえよ、ド素人が」
高熱により再生の効果を抑え込まれた、彼の腹部の再生は思うように行かず、爛れる腹部を抑えながら、苦悶の表情と共に、彼は何とか立ち上がった。
無論、その様な状態で戦闘を行うのは無謀に等しい。彼は立ち上がって直ぐに、ナインハルトに蹴り飛ばされ、また地面に転げ落ちる。
「もう、立たせねえからよぉ」
再度、ナインハルトが斧を振り下ろした。ザドキエルの両足が切断される。
「がああああ!」
「ん?何だ、機械の類いかてめえ」
悲痛な悲鳴を上げて悶えるザドキエル、それを気にせずナインハルトはようやく、それに血が通っていないことを理解する。
「なら、殺しちまっても問題ねえか。教授か学長が何とかしてくれんだろ」
「ま、待て。頼む、止めてくれ。許してくれ。何でも話すから、何でもするからぁ!」
「やだよ馬ぁ鹿」
最早、先ほどまでの不遜な態度など欠片も見えないほどに、無様に命乞いをしたザドキエルを笑いながら、ナインハルトは斧を振り上げ、ザドキエルに向けて振り下ろした。
何度も振り下ろした末、天使の絶命を確認した瞬間、力が抜けた様に、ナインハルトは倒れ込んだ。
「…は、言いたかねえが、普通にやってたら負けてたなこりゃ」
全身のダメージを如実に感じながら、冷静に今の戦闘の評価を下す。事実、彼の身体はとうに限界であり、これ以上戦闘が続いていたら、危なかっただろう。
それでも、彼が勝てた理由は、確かに存在する。その一つは、ザドキエルの慢心。そして、もう一つは。
「だが、良い機会だったぜ。あいつにこれ以上、差はつけられたくねえからな」
彼の、ライバルへの対抗心だ。ライバルに対する、負けてたまるものかという精神が、限界を超えた彼の身体を支えていたのだ。
戦闘において殆ど同格に見えた二人ではあったが、こと精神という点では、大きな差があった。それが、ナインハルトが一瞬の好機を掴む理由になったのだ。
精神力というものは軽視されがちなものの一つであり、事実、今回の場合でも実力に大きな差があれば勝機は見出だせなかっただろう。しかし、それでも、大きな傷を与えることはできていたかもしれない。精神というものも、戦闘を左右するものに違いはないのだ。
「見てろよブロンズ、俺は絶対お前に追い付いてやるからよ」
そこまで吐き出した彼は、ゆっくりと、満足そうに、目を閉じた。




