或いは陰謀を企てし者
ブロンズたちがそれぞれ天使たちと相対するなか、天使側に一人、浮いた駒がいた。
バァル、この場での最重要目標、アルティナ捜索に専念させるために、他の天使たちは彼を庇うようにして、前に出ていた。
それが、彼らにとっての間違いだった。
「さて、状況は整った」
一人になったバァルは満足そうに呟く。今の状況が、彼が描いた盤面そのものだったから。
悠々とどこかへ向かって歩くその姿には、いっぺんの迷いもない。
「お久しぶりです。アルティナさん」
彼が向かった先には、百足型の蟲に縛られたアルティナがいた。
彼はとうに、アルティナを見つけ出していたのだ。他の天使たちからその事実を隠し、彼は単独で邂逅出来るようにした。そして、そんな彼の思惑は、この通り成就した。
「まずは拘束を緩めましょう。そのままでは喋れないでしょうからね」
彼の指示によって、百足の拘束が多少ではあるが緩む。彼女の口は顕になったものの、全身の拘束までは解かなかった。そんな状況で、彼女は怯えながら、バァルを見据える。恐怖で震える唇を必死で抑えながら、彼女は言葉を紡いだ。
「わ、わ、私を、どうするつもり、なの。また、洗脳するつもり?」
「ええ、貴女にとっては受け入れ難い現実だとは思いますが、そうなります」
バァルの指先に、うねうねと蠢く、一匹の蟲。人の意志を喰らい、体を乗っ取る、洗脳用の寄生虫。それを、アルティナの耳にそっと入れた。
ぐらり、アルティナの首のすわりが失われ、彼女の首も、意識も、崩れ落ちた。
「ですがご安心ください。私は天使ではありませんので」
最早、彼女だった、と形容するしか無いその個体に、彼は笑った。
「【雷の門】」
魔法が宿る魔石を砕き、彼は魔法を発動した。雷の門を発生させ、アルティナを乗せた蟲を門の先へと送る。
「…最早、この隠れ蓑も不要の長物だな」
アルティナを見送った彼は、つまらなそうに言って、自らの翼を強く握り、そのまま引き抜いた。
それから、髪を大きく掻き上げ、どこか清々しい表情で、手を上げた。
「最期に、一つ、大花火を上げるとしましょうか」
*
一方、神領。竜峰山頂上。ルインの家に、二人の男女が来訪していた。七英雄の、二人が。
「悪いねアイゼン、ルゥが妊娠してるっていうのに付き合わせて」
【始まりの剣聖】ハジメ、【外】より帰還した彼女は、古くからの付き合いである彼を誘い、この山へとやってきていた。
「気にしないでくれ。私も、あれが気になっていたのでね」
【愛染明王】アイゼン、ハジメの誘いに乗った彼は、彼女と同じ、危惧を抱いていた。
その危惧というのが、ルーデンによって首を刎ねられ絶命した、ダンタリオンの遺体である。
「…あの時もそうだった。確かに私の拳は奴を貫いたはずなのに」
「回復系か、それとも幻惑系か。いずれにしろ、今回も生きている可能性は、高いもんね」
彼らは、ダンタリオンが死んだ、とは思っていなかった。特に、かつてダンタリオンに致命傷を与えたアイゼンは、その不気味さをその身をもって実感している。
「さて、悪いけどお邪魔するよ」
門番代わりの壊呑竜にそう言ってから、二人は家の中へと進んでいった。
「変わらないな、ここは」
「ここには余り訪れていなかった君がそう思うんだから、相当だよね」
アイゼンの言葉に、くすりとハジメは笑った。
「で、どこだっけ。あいつの死体があるのは」
「地下だ。かつて、彼らが研究室としていたね」
アイゼンに促され、二人は早速地下室へと向かった。
降りたハジメが、無造作に一冊の本を手に取り読み進めたところで、何かが気に障ったように睨みつけた。
「…成る程、あいつの名前は念入りに消されてるな」
「どうかしたか?」
「いいや、昔を懐かしんでいただけだよ」
そう言うと、手にしていた本をゆっくりと閉じた。
そして、【英雄】は再臨する。
「それはいいね。何せ、時は戻らない。あの時、輝いていた僕たちの時代は、二度と帰ってはこない」
「!」
突如として現れた、第三者。聞き覚えのある声に、二人が臨戦態勢へと移った。
そんな彼らを見て、嬉しそうにそれは笑う。友に笑いかけるように、懐かしさに耐えきれぬように、思わずと言った風に、それは笑みを溢した。
「だから、僕は時計の歯車を回す。世界がもっと早く動くように、世界がもっと早く進歩出来るように」
それを見た二人は、あることに気づいた。それには、肉体がなかった。否、あるにはあるのだが、まるで、形成途中かのように、未完成で、そのパーツ全てに細部がなかった。
「その末に、終わりがあると信じて、ね」
それでも、それは徐々に、肉体を完成させていった。朧気だった全身は、確かに生物と呼ぶに相応しいほどに明白になり、肉塊が支えるだけだった下半身は、いつのまにか二本の足となり、地に触れていた。
「―やあ、友よ」
「久しぶりだね、ハジメ。彼は、元気だったかい?」
そうして復活したダンタリオンとハジメは、互いに、久闊を叙する様に、親しげに声を掛け合った。
思ったより早く退院できました。




