或いは同居する者たち
「うん、これで依頼は完了だ。お疲れ様」
その後は特に魔獣と遭遇すること無く、無事スキアーに報告を終えることができた。
「しかし、まさかジェノ・レックスと遭遇するとはね。単なるはぐれ個体か、縄張りの変化が起きたか、どちらにせよ改めて調査しないとなあ…」
「で、お詫びの品くらいは勿論あるよね?」
「ああ、勿論。当初予定していた住居の提供に加えて、ここ【大市】で流通している紙幣も上乗せしておこう」
思案を始めたスキアーにマリアレスが問うと、彼は机の下から札束を二つほど取り出してきた。
「こっちから言っといてなんだけど、ちょっと多すぎない?」
アネリアとかミクトからすると、幾らぐらいになるのかは分からなかったが、どうやら相当な高額だったようで、マリアレスが怪訝な表情を向けた。
「そんなことはないさ。ジェノ程度なら単独で殺せる実力があるというのは、こちらにとってもいい情報なのでね」
そう説明したスキアーに、俺は疑問を覚えた。
俺が利用した雷の力は確かに強力だったが、その能力を活かしていたとは言い難い。だが、それでもジェノ・レックスは殺せた。その程度の魔獣を殺した実績を高く評価される、というのは余り信じられないというか、神が跋扈するこの場所で出来ないほうが少ないんじゃないかと思う。
「君からすれば意外かもしれないけれど、マリアレスのように単独での戦闘に向かない者、そもそもが戦闘を得手としない者は、ここ【神領】にもそれなりにいるんだ。特に【大市】というのは、そういった者たちの集合体でね」
確かに、それは意外だった。
人間領で知られる、【神】という存在はどれも高い戦闘力を有している。遥か昔人の身でありながら神を喰らい、当時の生態系の覇者であった竜種と原初の神々を滅ぼしたカイン、大きな笛の音とともに幾多もの魔獣を呼び出し一国を滅ぼしたグランドホルン、人間同士の戦争に介入し両方の国の被害を拡大させたケルビス、いずれにせよ人の身では及びもつかない化け物だとされている。
「アイゼンたちのような、昔からの友人たちが協力してくれているから、幸い荒くれの神たちからは攻められなくて済んでいるけど、亡くなってしまったフアイのように、いつまで頼れるかは分からない」
「…何?アイゼンやルゥが死ぬとでも?」
「すまない、失言だったね」
マリアレスが怒り混じりの声を上げると、直様彼は謝罪した。
「そういうことじゃなくて、彼らにも彼らの事情というものがあるだろう。例えば、君と【大市】が同時に窮地に陥っていた場合、迷うこと無く彼らは君を助けることを選ぶはずだ。勿論、この話は仮の話であって、もう少し【大市】と迷う選択肢の場合もあるかもしれない。そんな時、彼らに負担を掛けない方が良いに決まっている」
「そんな中で、君のようなある程度の戦闘力を有している存在が常駐してくれるというのは、単純にありがたいのさ。能力に慣れれば、より強くなれるだろうしね」
要するに、義理立てを狙ったのと将来性の期待も込めた支払いということか。行くあてのない俺にとっては必要がないように思うが、単純に彼の気遣いも含まれてると解釈してありがたく受け取っておくとしよう。
俺たちはその札束と家の鍵を入れた布袋を受け取って、彼の家を後にした。
「マリアレス、付き合ってくれてありがとう。おかげで助かったよ」
「…マリアでいいよ。家族はそう呼ぶから」
礼を言うと、彼女は照れくさそうに言った。それと、髪がうねうねと複雑に動いているのが目を引く。
気になっていたけど、あれ、何なんだろう?
「あ、髪?これはね、私の神性」
俺の視線で気づいたのか、マリアが答えてくれた。
「神性?」
「知らない?ブロンズで言うところの、【雷】みたいなやつ」
ああ、それで合点がいった。神は各々、人が持たない特異な能力を持つ、というのは聞いたことがある。しかし、それにしても自由自在に動かすな。彼女からすると、四肢の一部のような感覚なんだろうか。
「マリアは元々神なのか?」
「うん。ていうか、人から神になるやつなんてそうそういないよ」
マリアが笑いながら答えた。まあそりゃそうか、どこの国も【神領】への入国には厳しい制限が掛けられている。無条件で認められるのなんて、軍務を除けば、冒険者の最上等級、白金級くらいだ。その白金級でさえも、多くのものは帰国している。
「…ね、ブロンズ。知らないところで、一人で、心細くない?」
「どうだろうなあ。ガキの頃から知らない国に送り出されてたから、そんなに抵抗はないかもしれん」
おずおずと問うマリアに、俺は答えた。
流石に笑えないだろうから言わなかったが、それより前は虐待と変わらないほどの過剰な指導だ。心細さとか、そういうのはあの時に比べたらだいぶマシだ。人間領に戻れないと言われたのに、大して悲壮感もない。何なら、もう妹という強大な存在を意識せずに済むことに、清々しささえ覚えている。どこか、頭のネジが緩んでるのかもしれねえな。
「そ、そっか」
そんな風に残念そうにマリアが呟いたことで、俺はようやく自分の失態に気づいた。
「…なんてな。強がりだよ、かなり不安さ」
「!だ、だよね!大丈夫安心しな!この私がついていってあげるからさ!」
俺がそんな風に言ってみせると、意気揚々とマリアが宣言した。
はっきり言って、全然心細さはない。だけれど、他人の善意を無下にするほど、俺は壊れてはいない。
何より、マリアはここで出会った初めての友人だ。そんな貴重な彼女と仲を深められるのはメリットが有る、なんてのは少し打算的だし、後付だ。俺は彼女と仲良くなりたい。それだけで充分な理由だろ。
「それじゃ、早速アイゼンに言ってくる!」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫!ルゥと戯灰拾っていくから!」
マリアは駆け出していった。アイゼンさんのところで言っていた二人か。あれから大分時間経ってるけど、その二人はまだいるんだろうか。と思ったけど、あれだけ自信たっぷりで行ったなら、多分大丈夫だろ。大丈夫だと良いなあ。
と、そこで大きく俺の腹が鳴った。思えば、飲まず食わずだ。
入り口の方で屋台が並んでいたことを思い出し、俺はそちらへと向かった。
向かうとそれなりに賑わっており、そこには人間のような姿をしたものから、リザードマン、オーガなど人間領でもよく見かける亜人種らしき者、更にはゴブリンなど人間領では魔獣に分類される者におよそ生命体とは思えない、植物の塊までもが存在した。
色々と見たことのない料理を出す店が多かったが、ハンバーガー屋があったので、そこで食べることにした。最初くらい、無難なものでいいんだ。
「【神領】でも畜産してるんですか?」
「してなかねえけど、うちはミクトからの輸入品だよ」
注文しながら、気になったことを聞くと、店主はあっさりと答えた。
ミクトからの輸入品だあ?なんで普通に流通してるんだよ、と思わずにはいられないが、店主が語るにはミクトに限らず、マギエからも相当数流れてきてるらしい。察するに、【神領】の資源や魔道具目当てなのだろう。この二カ国の生活水準は他国に比べて、些か先進的だ。
ちなみに、我が祖国アネリアからは全くといっていいほど少ないらしい。技術競争での遅れの原因が見つかったことを嘆くべきか、それとも【神領】と関わっていないことを喜ぶべきか。
多種族国家のミクトや魔法使いならばどの種族も歓迎するマギエからの流通が多く、人種差別の激しいアネリアからの流通が少ないのがとてもそれっぽくはある。
ついでにコーラもミクトの会社が出してる奴だ。馴染み深いし、好きだけど、さあ。
「!」
余り、期待せずに口にしたハンバーガーだったが、その味は記憶のどれとも違い、記憶のどれよりも旨かった。
(当然だろう)
夢中になって食べた俺がそんな感想を抱いていると、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
(ここ【大市】には数百年以上もの歴史がある。その歩んだ歴史の中で、【大市】独自の文化、技術は多く生まれてきた。無論、料理も【神領】の特異な風土に合わせた物が作られる。少し考えれば、猿でもわかると思うがね)
辺りを見渡し声の主を探すが、誰もいない。当然だ、この声は俺の頭の中から聞こえてくるのだから。
この声は、俺がジェノ・レックスと相対した時に聞こえた声だ。あの時、俺に【雷】の能力を使わせた、あの声だ。
(ほう、猿並みの脳だが、記憶力はあるようだ)
くつくつと笑いながら皮肉交じりに言ってのけたそれは、更にこう続けた。
(私の名はフアイ。【雷】の神性の元所持者だ、精々長生きすることを祈っているよ、宿主殿)
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