造られし娘 2
「この一年、先輩はどうされていましたか?」
首を傾げて、それでいて何の感情も含めないような表情で彼女は尋ねて、即座に首を振った。
「いえ、聞いておいてなんですが、ある程度の推測は立ちます。先輩が神領にいたことは確定。何故、神領にいたのかは分かりませんが、神領に留まっていたということは、恐らく現在、先輩は使徒、或いは神になっているはず」
「正解」
彼女はそう推測するに至った理由は説明せず、されど大凡正答に辿り着いていた。
「ミクトは神領と交流があり、使節団も何度か行き来しているというのに、先輩方だけでなく私にさえ情報が流れてこなかったことから、竜帝、いえ恐らく教授ですね、情報を独占していた可能性濃厚」
淡々と、すらすらと、彼女は言葉を紡ぎ続ける。その推理が正しいと半ば確信しているように、その発言には淀みがない。
それもそのはず―
「故に、教授が何らかの企てを隠している疑い。先輩が神領にいた理由にも関わっている可能性アリ。共犯者も存在する?【雷の門】?嫌、それは流石に誰かしら感づくか。神性の類?いずれにせよ、彼は疑わしい」
彼女は、デッドマン教授に生み出された、この世で唯一の思考する人造物であり、教授から全てを学んだ彼の娘なのだから。その程度の予測は、彼女にとっては息をする様に自然なことで、試験管の中にいた頃からの平常でしかないのだから。
「だから質問を変えます。先輩は、これからどうされるおつもりですか?」
故に、彼女の質問は、相手を貫くように鋭い。
「お前の予想通りだよ、スフィア。教授に、俺の生存を隠していた動機を問い詰める」
「良。実に良い選択です。彼が真実を語るとは限りませんが、少なからず語らざるを得ないでしょう。騙す時、そうするのが普通ですから」
俺が頷くと、にっこり、とはしなかったものの、機嫌良さそうにスフィアが言って、俺の手を引いた。
「では、早速向かいましょうか」
「その前に情報の共有だろ。お前の予測できなかった事柄を埋めといた方が良いんじゃないか」
早速過ぎるスフィアの行動に追いつけず、俺は彼女の手を強く握って止めようとしたが、歩く速度を緩めず反証を示す。
「可。ベターな行動ですが、実のところそれは後回しで構わないと思います。ブロンズさんが教授との会話でそれについて言及すれば、私は勝手にそれを予想できますからね」
そう、俺に説明しながら、階段を登った俺たちの先にいた二人を指差して、彼女は言った。
「それにほら、戦力まで揃っちゃいました」
そこには、疲れ切った表情のゲオルグさんと、苦笑したルビーの二人が待っていた。
「…あ?戦力だ?」
「そうです、学長。あなた方のことですよ、覚醒者のお二方」
困惑した表情のゲオルグさんに、淡々とスフィアが言う。
「分かるように説明してくれよ。俺みてえな爺の脳は、お前ら若者ほど柔らかくねえんだ」
「体はとても柔らかいのに、不思議ですねえ人体」
説明を求めるゲオルグさんに、スフィアは冗談めいて言うが、くすりともしない。
「…まあ、何だ。急ぎなのは分かった、説明は歩きながらしてくれ。その前に」
何となく、ただならぬ雰囲気を感じたのか、ゲオルグさんはそれ以上は何も尋ねなかった。その代わり、俺の肩を強く握った。
「良く妹を連れてきたな。立派だよ、お前さんは」
少しだけ、声を震わせて、ゲオルグさんは俺をそんな風に俺を褒めてくれた。止めてくださいよ。いつも気に留めてくれた貴方にそんなことされると、俺も泣きそうになります。
「積もる話はあるし、復学についても話し合いたいところだが、それはまた今度だな。それでいい、なにせ俺たちには十分すぎるほどに時間はある」
「…はい」
復学、と言ってくれたのも嬉しくて、また俺は泣きそうになりながら、声を絞り出した。
と、そこで俺は、マリアと柚子がいないことに気がついた。
「マリアと柚子は?」
「もみくちゃにされそうになる前に逃げてったよ」
なんて薄情な。信頼を履き違えてるよ、困った奴らだぜ。
「ていうか、あの二人、通信端末持ってないよね?大丈夫かな」
…多分大丈夫だろ。俺は二人共信頼してるからな。
*
一方、学園から離れ、街中へと向かったマリアと柚子は、ふらふらと目的もなく歩いていた。
「…あのさ、マリア」
「どうしたの?」
どこか、顔色が悪い柚子が、後ろに着くマリアを呼ぶ。不安そうに振り向いた彼女が話しやすいように、マリアは柚子の口元まで近づいた。
「…迷子になっちゃった」
顔面蒼白になった柚子が、申し訳無さそうに、ぽつぽつとマリアに告げた。
「あはは、顔真っ青だよ。柚子」
そんな発言を受けたマリアは、焦ることなく柚子の頭、には届かないから背中を擦った。
「大丈夫だよ柚子。あの学園は有名なんだろ?いざとなれば、道行く人達に尋ねれば、いつでも辿り着ける。そんなに焦らなくても、今は今を楽しもう」
「…うん」
「あ、あれ美味しそうじゃない?一つ、買ってみようよ」
それでもどこか不安そうにしている柚子を、マリアが引っ張っていく。
どこからどう見ても童女としか思えない容姿でありながら、百を超える齢のマリアに対し、長身ながらも未だ十代の柚子は、久しぶりに年相応に甘えられる機会に、何となく安心感を覚えていた。
とは言え、マリア自身、神としてはかなり若輩者に当たる年齢である。事実ブロンズと出会うまで、アイゼンたちに守られる立場であった。しかし、今、彼女の周りには年下の者しかいない。柚子、スカベラ、ルーデン、そしていつの日か彼女を守ってくれたブロンズさえも、彼女にとっては年下なのだ。そんな環境から、徐々に守る者としての自覚が彼女の中に芽生え始めていた。
「あれ、なんの騒ぎだろ」
屋台で買った串焼きを食べながら歩いていると、ざわついている集団が彼女たちの目に入った。二人は、興味をそそられたようでそちらの方へ向かっていった。
どうやら住宅街のようで、周囲の住民が不安そうに、或いは好奇心むき出しで、野次馬集団を形成していた。
その中には、制服を着た男がいて、湧き立つ住民たちを制止させていた。また、野次馬が入らないように一軒家の周りを、蛍光色のテープが覆っていた。
「結局、何?」
「多分、何か、事件があったんじゃないかな」
その男は警官だった。マリアにとっては知らない組織だが、柚子にとっては何となく察せられる存在であり、その一軒家で何らかの事件が起こったことを彼女は察した。
柚子がこの場を離れたほうが良いだろうか、と考えていると、ふと、か細い、幼い声が、聞こえた。
「…ダ、れも、近寄るナぁぁッ!」
家の中から、鎖に縛られた警官が放り投げられた。そして、その中に見えた物の姿に、住民たちだけでなく、マリアたちも驚愕の声を上げることになる。
警官を縛っていた鎖は、一人の童女の瞳から飛び出していたのだ。




