竜の落し子 2
「…それは、同じ親に育てられたから、という意味か?」
「いいや、違う。言葉通り、私と君は血縁関係にある、という意味だ」
ルインの疑問を、竜帝は即座に否定した。ルインもそれは想定していたようで、特段驚くことなくその答えを受け入れる。
再度、疑問を口にしようとしたルインを、デッドマン教授が手を上げたことで遮った。
「ルーガイン、ここからは俺に請け負わせてくれ」
「ああ、頼むデッドマン」
そんな教授の申し出に、竜帝は頷いた。
「よぉ、久々だな。ルイン」
「久々が過ぎるがな」
教授はどこか寂しそうに笑って、ルインは些か皮肉っぽく、互いに久闊を叙す言葉を投げかける。
恐らく、千年以上振りに出会った彼らの再会は、そのようにどこか素っ気ないもので終え、教授は俺を見て笑顔を浮かべた。
「ブロンズ、お前も壮健そうで良かったぜ。お前に何かあったらハジメに合わせる顔がねえ、って何かはあったか、ははは!」
ああ、そうだ。教授はこんな人だった。どこか真剣さが欠けているように、全てを茶化したような発言を辞めない。平常時なら、それ程気にすることもないのだが、授業の一環で彼の実験の被検体を務めなければならなかった時は止めてほしかった。心の底から。
自己完結的に愉快そうに笑う教授を見て、竜帝が実に忌々しそうにため息を吐いた。
「やはり、私が説明するか?屍体男」
「悪い悪い。死を克服すると、余計なことまで口にしちまうから困ったもんだぜ」
古参であればあるほど、教授に対する態度は素っ気ない。レインさんは頭を抱えて、ゲオルグさんに至ってはこちらにさえ聞こえるほどの大きさで舌打ちした。
ただ一人、ルインだけがそんな教授の様子を見て、憐れむように言った。
「変わったな、デッドマン」
「変わるさ、千年も時を経ればな」
ふと、教授の瞳に真剣さが宿ったように思えた。ルインの憐れみを、否定するように。
「だが、変わらない事実もある」
そう言って彼は、一枚の写真を投げて寄越した。そこに写っていたのは、一人の、恐らく人間種の男性だった。相当古いものなのか、画質は非常に悪い上に破損だらけ、それを無理やりケースで補強している。
「これは?」
「ジェイド・アルケー、お前とルーガインの父親の写真だ。旧世界の竜の一角で、当時俺と友人三人で討伐したが、特に一人が致命傷を負った。精神的に、だがな。竜峰山を竜種の住処にした張本人でもある」
なら、千年以上も前のものか。良く残っていたな、と思うが、ルインのために取っておいたのか?いつか来た時の為に?それこそ、正気の沙汰とは思えない。彼がここに来たのは、いくつもの偶然が重なったからだ。
なら、確信があった?未来を知っていた?ルゥ=ガルーのように?あるいは、ダンタリオンのように手のひらの上で転がしている?分からない、全てが推定。答えはない。俺が疑念を抱いているからそう見えるだけかも。
「どう見ても人間にしか見えないが」
ルインは俺の疑問とは別の、もう一つ大きな疑問点について指摘した。
「ああ、その通り。どこからどう見ても人間だった。そんな竜を、どこかで見た覚えはないか?」
言うまでもなく、ルインのことだ。例えハーフとは言え、竜の血が混じっている以上、竜らしい特徴が表出して然るべきなのに、彼は少なくとも外見上は人間にしか見えない。
それが、父親である竜の特徴であったなら、百歩譲って理解できるが、それならそれで疑問が残る。
「…なるほど。ではええと、ルーガイン?彼の外見は人間とは言えないだろう」
「簡単なことだ。奴が、そういう風に作ったからだ」
俺と同様の疑問を浮かべたルインが、その通りに尋ねると、教授は実にあっさりと返答した。
「ジェイド・アルケー、奴は竜を生み出す竜だった。生物無生物有機物無機物から、更には無の空間からさえ奴は竜を生み出すことが出来た。人と交配すればリザードマンに、鳥と交配すればワイバーンに」
「歴史の講義は私の担当なんだがな」
茶々を入れたゲオルグさんの言葉に薄く笑いながら、教授は続ける。
「生物学の領域だろ、ゲオルグ。そこまでは常識だが、純粋な竜共はどこから生まれたと思う?」
その問いの答えは知っている。かつてこの世界が生まれる以前には、多くの旧世界があった。旧世界の殆どは滅びたものの、竜たちはその持ち前の生命力で、世界が滅んでさえも、少なくない数生き残った。この世界を生み出すためのエネルギーとして、旧世界はそのまま削除されたものの、竜種たちはそのまま世界に取り込まれ、神代を生きたと言う。
これはあくまで余談だが、その凄まじい力を持つ竜から生態系を守るため、創造神にして破壊神たるラ・バースは、地上に神を生み出したのだとか。その神たちの多くは竜との戦いを裂け、人間種を支配していたのだというから皮肉な話だと思う。
その竜たちを産み出したのが、旧世界で言う創造神だったというが。
「…ちょっと待ってくれ教授。それじゃあ、そのジェイド某はまさか―」
「そう、旧世界での【創造神】だ」
咄嗟に尋ねた俺の言葉を、教授は肯定した。
「お前は、神によって作られた、純粋な竜なんだよ」
*
ミクト北部、大森林。昼であってもほの暗いそこで、息を荒げながら逃げ惑う、女の姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
羽を生やしたそれは、天使アルティナ。天使たちの拠点から逃げ出した彼女は、どこに逃げていいのかも分からず、とにかく思い付いた方向へ向かっていた。その結果として、幸いにも簡単には見つからないであろう、大森林に逃げ込むことができた。
しかし、彼女はそれが幸運だとも分からず、絶えない焦燥感に駆られたまま、再度尚、どこかへ逃げ出そうと考えていた。
しかし、彼女の思惑は失敗に終わる。走りだそうとした瞬間、彼女が地面に倒れたからだ。
理由は、疲労。一日中、どころか、ここ一ヶ月、まともな休息も取らずに走り続けた彼女には最早、少しの体力も残ってはいなかった。
「誰か、助けて―」
縋るように、しかし縋るものもなく、彼女は疲労のあまり、その場で意識を失った。
そして、その姿を、一匹の蝿は見過ごさずに、見据えていた。
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