再会
ルーデンと再会してから、一月が過ぎた。一時期の事件続きの毎日は嘘のように消え去り(最も、ルゥさんの妊娠というのは、ある意味ではデスペラードなり、天使なりの襲撃以上に大きな事件だったと言えるが)、以前のような日常が戻ってきた。日常を共にする人数が、かなり増えたのを別にして。
あれからルーデンだけじゃなく、ルインも俺の家に住むことになった。一気に四人も同居人が増えたことで、余裕のあった我が家は大分手狭になってきた。
とは言え、余剰スペースと引き換えにした賑やかさは嫌いじゃない。マリアと二人でも十二分に楽しかったが、更に楽しく生きれてる気がする。
「ちょっとマリア、好き嫌いしないで食べなよ」
「や!」
「む、マリア好き嫌いはいけないぞ。大きくなれないからな」
「…神は大きくならないデショ」
「大丈夫ですよ!私が食べてあげます!」
…まあ、少し賑やかしすぎるきらいはあるが、それも悪くない。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「あれ、ブロンズ、出かけるの?」
強引に酢漬けをマリアに食べさせようとしていた柚子が、立ち上がった俺を見て聞いた。
「言わなかったっけ?スキアーさんから、呼ばれててさ、ミクトからの使節団が来るから、良ければ同席しないか、って」
「ミクトって確か」
「ブロンズさんの母校があるとこデスね」
柚子が思い出すように言うと、スカベラがその続きを請け負った。
ミクトは、八歳の頃から八年間を過ごした、第二の故郷とも呼べる国だ。何なら、アネリアなんかよりずっと思い入れがある。
学園に在籍していた頃は、授業の一環として、軍人からの指導も何度か受けた。そこで見出された結果、俺は師匠と出会えた。師匠に振り回されてる内に、色々パイプも出来た。
だから、今回の使節団にも、知人がいる可能性は高いだろう。というか、俺は期待している。何の、別れも言えなかったから、せめて一目、会いたい友人たちもいるから。
と、顔に出ていたのか、マリアの髪につんつん、肩を叩かれた。と、そのまま、髪で包まれ抱き寄せられた。
「行ってきますのチューしてあげる」
「あー、どういう反応すりゃ良いんだそれは」
別に俺の心情を慮った訳ではないらしいマリアに、頭を抱えた。愛情表現が率直なのは嬉しいけれど、前以上にストレート過ぎて、俺はいつも心が治まった試しがない。
「それより、俺の作った酢漬けを食えお前は」
「やだ~酸っぱい~」
照れ隠しに、嫌がるマリアの口に酢漬けを突っ込んでから、俺は家を出た。シワだらけになったマリアの顔を見て、柚子が笑いを堪えるために、目を背けた。
俺がこの先どんな選択をしても、後悔のないように生きていければ、と思う。
*
「おはようございます」
スキアーさんの家、ではなく、以前領主会議を行った建物の方へ、俺は足を運んでいた。スキアーさんの影を介して、既に使節団の面々が滞在していることを伺った俺は、彼の許可を得て、一人やってきたという訳だ。
俺が声を掛けると、奥の部屋から足音が聞こえてきた。どこか、聞き覚えのあるあくびをしながら、現れた男は、俺を見ると狂気じみた笑い声を上げた。
「かかか!影の旦那から言われて待ってりゃあ、懐かしい顔じゃねえか」
「…げ、ナインハルト先輩か」
その顔は忘れもしない。ナインハルト・グラム、俺の四つ上の先輩。そして、俺が在籍していた七年間で、最も強かった生徒。そして、最も厄介だった生徒。
「先輩に対してご挨拶だな、後輩よ」
「俺はもう学園の生徒じゃないんで」
先輩のからかうような発言に、俺は素気なく首を振った。
学生時代、俺はずっとこの人に付き纏われていた。師匠に見出される前から、この人は俺を高く評価していて、何度も喧嘩を吹っかけてきた。勝っても負けてもおかしそうに笑う姿は、正しく戦闘狂。いつからか、俺も同類に見られて誤解を解くのに必死だったことは忘れちゃいない。
俺が恨めしそうに睨みつけていると、何か勘違いしたのか、彼は胸元のバッジを見せつけてきた。
赤い星が一つ、成る程、それで彼が何をアピールしているのか理解できた。
「大尉、ですか」
「その通り、在学中で大尉に昇進だ。すげえだろ?」
「サプライズみたいに言いますけど、あんたならそうなっても、別に不思議じゃねえよ」
この人は戦闘バカだが、それ以上に優れた才能を持つ。例を見ないほどのスピード出世だが、この人なら全くあり得ない話ではないし、それほど驚きはない。それくらいには、俺はこの人を信頼している。
「ま、おめでとうございます、早く大将になってくださいよ」
「か!柄にもねえこと言いやがって、だが嬉しいぜ」
だから、俺は心から称賛した。ナインハルト先輩は笑って受け入れ、固く握手をした。
色々言ったけど、別に俺はこの人のことを嫌いなわけでも苦手なわけでもない。むしろ、同級生の三人を除けば、最も深く関わった人物だ。会えて良かったと、心から思う。
「ところで、使節団、と聞いていたんですが、他の方は?」
「自由に観光させてる。何せ、今回が初神領のガキ共でな」
話の流れで、俺が何となく気になったことを問うと、先輩はニヤつきながらそう答えた。
ガキ共、彼が学生時代そう呼んでいたのが、誰か、俺は知っている。なら。
俺は、溢れそうな涙を堪えながら、先輩に聞いた。
「…すみません、先輩。失礼しても、いいですか」
「さっさと行けよ。俺なんかより、よっぽど会ってやらなきゃならねえ奴らだろ」
先輩に背中を押されて俺は、一目散に集会所を飛び出した。
当てもなく駆け出した俺は、何度も何度も首を振って周囲を確認しながら、とにかく走る。
「急いでどうしたのブロンズくん」
途中でウィルに出会った。彼は不思議そうな顔をしていたが、そんなのは気にせず、顔を近づけて問う。
「ウィル!三人組見なかったか!?人狼とエルフと赤髪の!」
「三人組?ああ、さっき見たよ。あっちの方」
「サンキュ!今度なんか奢ってやる!」
ウィルに礼を言ってから、彼が指差した方向に向かって、また走る。
向かったのは、屋台が並ぶ通り。人通りが比較的多いここでは、走ることは出来ず、早足で三人組の姿を探す。
ふと、目立つ白髪が視界に入った。あの、髪は。俺はその白髪を追う。
そして、その隣りにいた二人を見た。二つ結びの赤髪、狼耳の男、褐色肌の、白髪。もう、間違いはなかった。
「アイアン、ルビー、ルファ…」
忘れもしない、忘れるわけがない。ここに来てからも、何度も、何度も、頭をよぎった。俺の代の特待生組四人、人狼の族長の息子、元・アネリア御三家シュライバーの息女、ミクトに逃れたダークエルフ。
俺の声に気づいた彼らが振り向いた。そして、一様に、驚愕の表情を見せた。
「ブロ、ンズ」
アイアンが咥えていた串を落とした。そして、俺たちは共に駆け寄って、わんわんと、泣いた。




