【白雷】 3
「ルーデン、全部思い出したよ」
「…そうですか」
走馬灯から帰った俺がそう言うと、ルーデンは変わらない、ただただ悲痛な表情で、曖昧に頷いた。
「あの時、爺に付けた傷と同じ場所か?」
「ええ。その方が、思い出せると思いまして」
俺に手を差し出してきた妹の手を借りて、俺は立ち上がった。切られた箇所を手で抑えると、血は殆ど流れていなかった。薄皮一枚で済ませてくれたらしい。
「最早、戦う必要もありませんね」
ルーデンが自らの剣を懐に収める。それに倣って、俺も剣を収めた。
「…なんか終わる雰囲気になってるけど、分かった?」
「嫌、これっぽちも分からん」
見学していた皆は、そんな俺たちの様子を見て困惑していた。懇切丁寧に説明してやりたいところだが、生憎今は他に聞きたいことがあった。
「爺はなんで、俺を後継者にしようとしたんだろうな」
化物に目覚めてるのは俺だけじゃない。ルーデンもあの日、殆ど同じタイミングで、なんなら俺より早くに目覚めていた。というより、化物に目覚める前から、奴は俺を後継者として決めていた。【雷】の後継者とやらに、俺を選んでいた。記憶を取り戻した今でも、まだ良く分かっちゃいない。
「…ダンタリオンですよ」
「何?」
ルーデンが口にした名に、俺は思わず問い返す。ダンタリオンだって?
「ええ。爺の手記によると、兄さんが生まれる前から奴は、爺に接触していたようです。兄さんこそが雷を継承する者で、自分に罰を与える者だと、奴は爺に語ったようです」
つまらなそうに、ルーデンは語った。そんなに前から、奴が関わっていたなんて。俺の家を知ったふうに語っていたが、あれは実際に知っていたからだったのか。意外な話ではあったが、俺の化物とフアイの神性の符号が、それに信憑性を持たせる。俺にフアイの肉を食わせたのが、念入りに考えられた計画の一つなのではないかという疑惑が、俺の頭から離れない。
俺がそんなことを考えている内にも、ルーデンは続けた。
「最も、爺はダンタリオンの正体には気づいていないようでしたがね。私が殺す直前には、神が兄さんを狙うはずがないなんてほざいていましたよ」
本当に、救えない。彼女はそう吐き捨てる。確かに、救えない話だ。俺にしろ、ルーデンにしろ、爺にしろ、誰も得をしない結末だったんだからな。
「…兄さんに会えて良かった。これでもう未練はありません」
ふと、ルーデンが儚げな微笑みを浮かべた。どこか消え失せてしまいそうな、そんな儚さが、今のルーデンの表情にはあった。
「どこに、行くつもりだ?」
「さて、どこに行きましょうか。【灼熱落花】か【氷結庭園】で竜の一角を殺しに行くか、北部の戦場で狼王や剣鬼と争うのも良いかもしれません」
およそ正気とは思えないルーデンの発言、自棄になっているようなその発言を聞いた俺が返答しようとした時、誰かが声を上げた。
「私たちと、一緒にくれば良いんじゃないの?」
「…柚子さん?」
唐突に口を挟んだ柚子に、ルーデンが不思議そうな顔をした。
「正直さ、私はあなたのことが結構怖い。訳がわからないくらいの強さなのに、それをおくびにも出さないし、挙句の果てにブロンズくんの方が強いとか言い出す」
「実際、兄さんのほうが強いですけど」
「そういうところもそっくりなんだよね…まあそれは置いといて」
あくまで俺を持ち上げようとするルーデンに、柚子が呆れるような言葉を放った。
「それでも、あなたがブロンズくんのことを慕っているのは、痛いほど理解できたよ。だったら、一緒に住むっていうのも有りな選択なんじゃない?ねえ、ブロンズくん?」
柚子はそう言ってから、俺に目線を向けてニヤッと笑った。ルーデンは不安そうな瞳で俺を見つめていた。
俺は意を決して、答えた。
「お前が来たいなら、歓迎するよ。でも、いいのか?俺は今まで、ずっと良い兄じゃなかった。ずっとお前を一人にして、挙句の果てにはお前を恐れて―」
「そんなこと、言わないでください」
涙で目を腫らしたルーデンが、俺の言葉を制止した。
「兄さんは、ずっと私の心の支えでした。両親がいないのは同じなのに、爺の虐待でいつもボロボロになっていた兄さんはそれでもいつも、私を慮ってくれた。私の、兄であってくれた。だから私は、兄さんの助けになりたかったのに、あなたを守りたくて参加した訓練でも、結局私は兄さんに助けられて」
ボロボロと涙を溢れさせながら吐き出したルーデンを抱きしめながら、彼女の頭を、俺は何度も何度も撫でた。俺だって、お前の存在に救われていたよ。お前がたった一つの心の拠り所だった、はずなのに、いつのまにかそんなことを忘れてしまっていた。
ひとしきり泣き終えると、ルーデンはか細い声で言った。
「兄さんと、一緒にいたい」
ルーデンの本心が、やっと聞こえた気がした。
「もう、我慢するのは嫌だよ。ずっと、兄さんと一緒にいたい」
掠れた声のまま、俺を抱き締め続けるルーデンを、俺はより強く抱きしめた。




