対【狂人】 下
「暴虐の炎!」
マリアから放たれた、極大威力の炎。
「凄い炎だ。アイゼンに育てられただけのことはあるね」
その炎を見たダンタリオンが、感心するように言う。
「だが避けるのは容易い」
ダンタリオンは笑いながら、炎を回避する。強大な炎だったが、速度はそれほどではなかった。誰かのフォローを前提としていたかのような。
その推測は正しかった。スカベラがマリアの後方から現れた。
「想定通りデス」
スカベラが何かを投げた。盾のような何か、彼女が契約した蟲の一つ、盾蟲だ。
投擲された盾蟲、暴虐の炎の射線目掛けて放たれたそれは、狙い通りの場所に届き、ダンタリオンが避けた炎を反射する。
「う、くううう!」
その炎を受けたダンタリオンは、苦悶の声を上げた。全身を焼く炎に身悶えする。
「ああ、熱いなあ。こんなに苦しいのは久しぶりだ」
焼け焦げて尚、ダンタリオンは立ち上がったが、苦しむような声で判断するに、それなりのダメージを与えたのは間違いなさそうだった。
「全部夢ならいいのになあ」
だが、問題はそこじゃない。炎のダメージを契機として、咳を切ったように、彼の放つ言葉が止まらなくなる。
「夢にしては、長い夢だ。僕はいつ、この悪夢から目覚められる?」
こいつは、正気じゃない?そんな疑問が、俺の頭をよぎる。
明らかに、言っていることが無茶苦茶だ。俺たちと相対しながら、苦しみながら絞り出す様に言うその姿は、どこぞの病人と思えなくもない。
「僕の罪は、いつになったら実を結ぶ?」
呆けている今の奴は、隙だらけのはずなのに、誰も攻撃に向かおうとしない。
演技か、俺たちを惑わそうとしているだけか?そんな、疑いが先走って、攻撃を躊躇させる。
「なら、罪を重ねよう。僕の罪が、いつか、罰せられる時まで」
陶酔するように言ったダンタリオンが懐から取り出したのは槍、途轍もない魔力を伴った槍を持ったダンタリオンはそのまま詠唱を開始した。
「病み、蝕み、喰らい、吐き、彷徨い、惑い、終わり、殺し、報いを」
そこでようやく、俺はそれの正体に気づく。【神性宝具】だ。
竜の墓場から得たと推測される、その規格外の武器はかつて原種の竜が集めていた宝の類。創造神にして破壊神、【征服者】ラ・バースが世界に残したもの。
「防御態勢!」
「死んでくれ、【爆散する毒槍】」
最早、それの起動を止めることは叶わない。俺が全員に向けて指示した瞬間、神性宝具の詠唱も完了した。
奴は自らの真上に槍を放り投げた。地下室の天井まではそれほどの高さではない。それが幸運なことだとは後に知ることになる。
投げた槍の中で、何かが蠢いている。無数に存在する何かが、槍の柄から、穂から、這い出でようと、食い破ろうと、暴れている。
そして、その槍が最高到達点に達した時、腹の中にいた何かたちが一斉に飛び出した。まるで、爆散するかのように。
飛び出したのは無数の槍、毒々しさを孕んだそれらが、俺たち目掛けて一斉に飛びかかってくる。
何より恐ろしいことに、それら全てが、神性宝具に相応しい魔力量を兼ね備えていることが見てわかった。ルインならともかく、俺を含めた皆がこれを受けてただで入れるとは思えない。
なら、咄嗟に俺は前方に立った。皆をあの槍から守る算段があったから。今までやったことはない、出来る確信はない。だが、出来ないことはない。師匠のそれは何度も見た、実力も充分ついてる、なら、やれるに決まってる!
「迂遠!」
そして、それは成功した。今までで一番の水量、師匠のそれとほぼ変わらない質量。前方に生み出した水の壁は、殆ど全ての槍を飲み込み、留める。
しかし、それでさえも、全ての槍を受け止めることは出来なかった。数本の槍が後方へと飛んでいく。
だが、この程度の本数なら。
「現われろ、【土壁】」
誰かが止めてくれる。
柚子が生み出した壁は、残った槍を全て受け止めた。
「あ、ははははは!凄いな!」
毒槍を全て受け流しきった俺たちを見たダンタリオンが、心の底から愉快そうに笑った。
「あのイカれた剣鬼以後弟子を持たなかったハジメが、千年振りに持った弟子なだけはある。フアイの体に、君を選んでよかった」
「飛刃!」
興味を引くような話題だが、相手にしない。また、弄ばれるのはごめんだ。刃を放って、その言葉を止めさせる。
「何だよ、興味ない?ま、君にとってバーンなんか、只の他人だもんね。僕もよく知らないから良いんだけど、ん?」
瞬間、ダンタリオンの背後が光った気がした。眩い、白い光が、灯ったのが見えた気がした。
そして、ダンタリオンの首元に、剣が刺さった。何者かが、彼の首元に剣を突き立てたのだ。雷をバチリ、バチリ、と鳴らしながら、その剣の持ち主は突如として姿を現した。
「…おいおい、君を誘ったつもりはないんだけどな」
「貴方が望んでいた罰です、謹んで受けなさい」
そのまま、刃はダンタリオンの首を刎ねた。俺の足元に転がる、ダンタリオンの首。俺はそれに視線を向けることはせず、その下手人を呆然と見つめ続けた。
「ようやく、会えましたね。兄さん」
「ルーデン…!」
俺の妹が、この世で最も強い妹が、この場に現れた。
【白雷】、到来。




