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竜峰山 3

「確かに、こりゃ膨大だな」

「特にデッドマンは筆まめだったからな。とにかく逐一、書き記してたよ」


 地下室に足を踏み入れた俺は、その積み上げられた紙の多さに慄いていた。部屋を横にも縦にも埋め尽くす紙の数々。

 その中で無作為に一枚手に取ると、魔法でも化物の研究でもなく、一週間の食事を記したものだった。こんなことまでメモするか?まあそれも、教授らしいと言えばらしいが。


「これは…?」


 教授のメモを戻そうとすると、一際目を引く物を見つけた。

 ダンタリオンの日記帳。本来の目的である、俺の黒色の正体を理解することには関係なさそうだが、俺はその日記帳が気になって仕方なかった。彼の過去をルインから聞いたあの時の、なんとも言えない違和感の正体がわかるかもしれない。


「ん?それが気になるの?じゃ、私は研究資料を当たってみるよ」


 研究資料に関してはある程度纏められているらしく、ルインに案内されながら柚子は研究資料を読み始めた。

 さて、俺も早速読み進めていくか。


【今日から、フアイの棲家を研究所にすることになった。彼が正式に仲間になってくれたことで、魔法の研究は大きく進むことだろう】


 1ページ目を読むと、どうやら、ここに来てからの日記らしいことが理解できた。それ以前の話も見たかったが、仕方ない。ここからでも読み取れることは幾らでもあるはずだ。


【しかし、本当に―ンに出会えて良かった。彼のおかげで僕たちは、ここまで来ることができた】


 その名前は霞んで読めなかったものの、三文字と言うことと、年代的にルインではないこと、最後の一文字から推測することは出来た。


「…カイン、か?」


 魔王の名、あるはずのない名前を、俺は想起してしまった。

 だが、根拠はある。彼は、元は人間だったはずだ。魔王になる以前は彼ら、七英雄たちと組んでいたとしても、何もおかしくはない。


(…悪くない想像力だ)


 そんな俺の呟きに、フアイが反応した。


(元は、奴も我々の仲間の一人だった。研究メンバーではなかったものの、別の形で魔法に似た技術を生み出した一種の天才だ。旧支配者共の掃討にも、一際熱心な若者だったよ)


 フアイは懐かしそうに、しみじみと説明してくれた。

 【旧支配者】、というのは最初に生まれた神たちの通称だ。当時の人間種は奴隷にも等しい扱いを受けており、労働力以上の価値は存在せず、神によれば食用にさえされていた。そのために、各地に【牧場】なる、醜悪な施設が稼働していたことは有名な話だ。

 そのため、当時の神という存在は、今とは比べ物にならないほどに強大で、恐るべき存在だったのだ。


 そんな神々からの支配から脱却出来たのは、七英雄のおかげ。のみならず、神々を食らった魔王カインやその使徒、また神々と敵対していた原種の竜たち、そして神も竜も意に介さず殺害した【死竜】のお陰であるとされている。


「今更だけど、七英雄の残りの二人って」

(ああ、私とダンタリオンだろう。最も、その名が呼ばれるようになったのは、我々がカインを打倒して以降の話だがね)


 七英雄と呼ばれる七名の内訳は、ハジメ師匠、デッドマン教授、狼王ケルビス、それにアイゼンさん、ルゥさん。今のやり取りで、フアイとダンタリオンもその中に入ることがわかった。

 その内、人間領で広く認知されている七英雄は、デッドマン教授とケルビスの僅か二名だ。それ以外は、特徴のみが知られている。


【悪いニュースだ。―はどうやら魔力を使う才能に恵まれていないらしい。フアイによれば、魔力というものが少ないだとか。―には、【影】を扱う化物染みた技がある。元より神に通用していたあれがある限り、―が戦力にならないということにはならないだろう】


 気になっていたことを確認できたことで、改めて日記を読み進めていくと、また気になる記述があった。

 影、また名前のところが滲んで読めないが、これはスキアーさんで間違いないだろう。どうやら、記憶を失う前の彼は、七英雄たちと繋がりがあったようだ。アイゼンさんたちが彼を気遣っている理由が分かった。

 それと同時に疑問点もある。スキアーさんの持つ影の能力が、化物ではないかという疑惑だ。この記述から見るに、少なくともこの時点でスキアーさんは神ではない。それなのに、その能力を宿しているということは。


 更なる情報を得るために、ページを捲る。他愛のない、日常を描いた日記が続くと、とある日を境に大分日数が空いた。


【…久しぶりに日記を書く。明日は、カインを殺しに行く。気が重い。彼を殺さなくちゃならないことも、彼を殺すのに犠牲を伴うかもしれないことも、全部が不安だ。それでも、僕たちがやるんだ。ルインとケルを守るために、一人くらいは留守を任せたいけど、生憎そんな余裕もない】


 それもそのはず、この辺りでカインは魔王に覚醒したのだ。今までとは違い、震えるような字のそれは、彼の揺れる心を如実に表していた。


【嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。夢だ、これは夢だ。悪い夢なんだ。早く目覚めてくれ。嘘だって教えてくれ】


 更にページを捲った先にあったのは、先程以上に荒れた文字の羅列だった。

 …何だ?ルインによれば、この時期に七英雄たちは魔王討伐を果たしたはず。そして、ダンタリオンもその一員だったはずだ。それなのに、何故、彼はこのように動揺している?


(カインも元は我々の仲間だと言ったろう、動揺しても不思議ではあるまい)


 確かに不思議じゃない。だが、今更じゃないか?討伐を果たしてようやく、殺さなくちゃならない事実に気づいたと?他に、何かあったんじゃないのか?彼が狂う、大きな何かが。

 まただ、ルインから聞いた時と同じ違和感、一体、何が隠されている?


【今日は、ハジメが来た。久々に見た彼女は、どこかやつれているように見えた。最も、僕が言えることじゃないが。彼女が言うにはどうやら紫龍が【外】へ向かったらしい、彼女らしい豪胆な行動だと思う。僕には真似できない】


 疑問に思いながら、ページを捲ると、師匠の名前が出てきた。そして、死竜の名も。これほど早い時期に【外】へ向かっていたとは。


【それで、天啓を得た。嫌、そんな胡乱な物じゃないな。ハジメのお陰だ、彼女の助言のお陰で気づくことができた。この世界を壊せば良いんだ。この世界のルールをぶち壊せば良いんだ。何百年、何千年掛かるかは分からない、それでもやり遂げて見せる。さあ、早速行動に移そう。こんなところで、うだうだしてる暇はもうない】


 それに続いた記述で、俺はダンタリオンに対して一種の確信を得る。彼は、狂ってなどいない。断固たる意志を持って行動している。世界を壊す、そんな目標を持って行動しているのだ。

 それが狂気を孕んでいることに異論はないが、それでも全ての行動には彼なりの意味があるはずだ。ルゥさんの一族を惨殺したことも、俺にフアイの肉を食らわせたのにも、何らかの意味があるはずだ。


 …これ以降は白紙だ。記述通り、彼なりの行動に移っているのだろう。彼の世界を壊すという計画はどれだけ進んでいるのだろうか。彼が世界を壊した結果、何が起こるというのだろうか。誰かが、それを止めねばならないのだろうか。

 新たに浮かんだ各種の疑問についての答えは出せぬまま、首元にひんやりとした指先が触れた。


「何か、黒色に繋がりそうなの見つかった?」

「いいや、興味深くはあったがな。そっちは?」


 柚子とルインが資料を片手に戻ってきていた。彼女の疑問に首を振りながら、彼女に問い返した。


「黒色に繋がるかは分からないけど、化物、だっけ?何となく、分かったよ。それ、【外】由来のものだ」

「【外】、由来のもの?」


 柚子の言葉に、俺は疑問符を浮かべた。


「私たちは【異能】って呼んでたけどね。基本的に幼少期に発現すること、主に恵まれない境遇のものが発現すること、人でありながら人外の域の能力を得ること、そっくりどころかそのまま」


 研究資料を机に放った柚子が、それぞれの記述に指差しながら丁寧に説明してくれた。

 

「で、ブロンズくんの黒色に関する私の見解だけど、二つある。あくまで、それが化物だと仮定してね」


 そう、前置きしてから、柚子は自らの見解を語り始めた。


「まず、神になってから化物に覚醒した可能性。この場合、デスペラードとの戦いによる大怪我によって覚醒した、と考えるのが妥当かな。そういう大きな戦いを経て異能を得た例もあるから」


「そしてもう一つの説、君の幼少期の話、殆ど虐待みたいな訓練させられてたって言ったでしょ。そこで既に化物は生まれていた。けれど、目覚めなかった。その結果として、魔力量の減少だけが現れた」

 

 柚子が語った二つの説、それにはどちらもそれなりの蓋然性があるように思えた。


「…もし、後者なら気になることがあるな」

「何?」

「余りにも、符合しすぎてる」


 フアイの神性は、【雷纏】。雷を纏い、それを放出して戦闘に利用するもの。

 俺の化物は、黒色の雷。その正体は分からないが、黒い雷を放出して天使の光を塗りつぶした。

 アドヴァルト、俺の実家。理由は分からないが、デスペラードは俺の姓に反応して、雷に魅入られし一族と呼んだ。


 全てが、噛み合いすぎている。絡み合いすぎている。

 

「つまり、こういうこと?ブロンズくんに肉を食わせたダンタリオンという神は、君の黒色を知っていた可能性がある」

「ああ、俺の黒色を知っているから、俺にフアイの肉を食わせた」


 柚子の問いに俺は頷いた。相性が良いから、噛み合いを良くするために、俺という素体を選んだ。それが何を意味するかは分からないが、ダンタリオンの計画において重要なピースとなっているんじゃないか?そんな疑問が湯水の如く湧く中、ふと音が鳴った。


 パチパチパチ、拍手の音が部屋中に鳴り響く。


「よくそこまで答えに近づけたね。褒めてあげるよ」


 ルインではない、柚子でもない、マリアでもスカベラでもない、男の、声。場違いなほどに明るいその声は、どこかで聞いたことがある気がした。


「あー、なるほどね。【外】の子か。参ったな、僕のはルゥほどの精度はないから良く読み違える」


 柚子を見て頭を掻きながら現れたそれは、顔面が黒で塗りつぶされていた。それでありながら、確かに、知っている顔。


「やあ、久しぶりだね。ブロンズくん」

「ダンタリオン…!」


 あの時、俺にフアイの肉片を食わせた、張本人が、この場に現れたのだった。

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