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登頂前夜

「悪いな、話の流れぶった斬っちまって」

「一度家には戻るつもりでしたから、それにマリアも喜びますよ」 


 一旦、ルインとウィルとは分かれて、俺たちは家に戻っていた。

 準備もあるし、それにマリアと柚子には伝えなければならない。戦闘の疲れもあるし、山登りは明日にするということで、今日はとにかく休もう。


「あ、ブロンズくん。おかえり」

「ただいま。マリアばぁ」


 出てきてくれた柚子に、応答しようとした時、戯灰さんに急に首を掴まれて持ち上げられた。何!?何!?


「おいブロンズこら、てめえマリアというものがありながら!」

「ごぼごぼ」


 誤解です、と言いたがったが首を締められてるので、泡吹いてるみたいな音しか出ない。助けてくれ。


「うわあ!何やってるんだ戯灰!」


 良かった。マリアが家の中から出てきてくれた。頼むから何とか言ってやってくれ。


「おお、マリア!こいつ、女連れ込んでる、ぞ?」


 そこまで言ってようやく状況のおかしさに気づいたのか、戯灰さんは俺の首から手を放して、大量の汗をかいていた。



「…ごめんなさい」

「嫌、良いですよ。気持ちはわかりますし」


 頭を土に潜らせる勢いで頭を下げる戯灰さんを必死に押し留めながら、俺は言う。

 気持ちは分かるしな。俺も俺がマリアを置いて、他の女と関係持ってたら殺してやりたくなるし。俺は何を言っているんだ?


「ブロンズは甘い!こういう阿呆は一度怒られた方が良い!」


 俺よりマリアの方がよほど怒っていた。よく見たら戯灰さんに髪を絡ませて、地中に押し込めようとしてる。止めろ止めろ。


「それより、そっちの子は?」

「スカベラデス。よろしくお願いしマス」


 柚子が怒りの矛先を逸らそうとしてくれたのか、スカベラを指差しながら問う。


「ブロンズさんと、使徒の契約を結びまシタ」

「…?ごめん使徒の契約って何?エッチなやつ?」

「何だてめえエッチなことしてんのか!?」


 …どこから突っ込んでやろうか悩んでくるな。(これもそういう意味に聞こえなくもない)とりあえず、戯灰さんは一度痛い目見た方がいい気がしてきた。俺に対する信用がなさすぎる。


「なんだ、使徒ってのは、血を分け与えた、部下?仲間?みたいな」

「あーうん、何となくは分かった。変なこと言ってごめん」


 戯灰さんがまた暴れ出しそうなので責任を感じたのか、罰の悪そうな表情で頷いた。


「…ところであの人何?拗れたロリコン?」


 続けて、小声でそんなことを聞いてきた。うん、妥当な反応だ。少なくとも、今の奇行を見て好意的な反応を返してくるような人間じゃなくて良かった。


「こんなんだけど、私の兄だよ」

「こんなんだけど、兄代わりの戯灰です」


 怒り混じりのマリアに続いて、遂に全身を縛られた戯灰さんが弱々しく名乗った。


「へぇ、お兄さんなんていたんだ」


 それを聞くと、柚子は売って変わって興味深げな態度を見せた。何も知らなければ、不審者丸出しなさっきの言動も、妹を可愛がる兄という見方になったことで印象も変わったんだろう。


「…うん、本当に呆れることも多いけど良い、兄なんだ」

「マリアが珍しく俺のことを褒めてくれた!?嬉しすぎて【最誕の炎】が起動しちまう!」


 嫌まあ、それはそれとして不審人物だな。


「アノ、ブロンズさん。そろそろ、本題に入った方ガ」

「…そうだな」


 その余りの光景に呆然としていた俺の袖を、スカベラがおずおずと引っ張ってくれた。


「二人共聞いてくれ」


 そう前置きしてから、俺は蟲使いの村で起こったことと、ルインの件について話し始めた。



「…そういう訳で、俺は竜峰山に向かいたいと思ってる」


 俺は今回の一件について語り終えると、一拍置いた。

 マリアは、蟲使いが滅ぼされたことを聞いてから、髪でスカベラの手をぎゅっと握っていた。柚子はただ、思案に耽っているようで難しい表情をしていた。


「それで、二人はどうする?」


 一拍置いた後、俺はそう尋ねた。そして、返答は直ぐに帰ってきた。


「勿論、一緒に行くよ」

「私も、行っていいよね?」


 マリアは微笑を浮かべて、柚子は軽く首を傾げて、それぞれ参加の意思を表明した。


 …その返答は正直、想定外だった。

 マリアはいつも俺に付き合ってはくれるが、今回は初対面の相手が二人も同行する。決して乗り気にはならないと思っていた。

 柚子は、そもそも知り合って間もない。会話を交わしたのだって数えるくらいだ、そんなに即答してくれるとは思っていなかった。


「…良く考えたのか。マリアは覚えてると思うが、あの山を登るのは決して楽じゃない。道のりは困難だし、魔獣も竜の血族ばかりだ。気楽に考えるべきじゃ、ないぞ」


 俺は主に、柚子に向けて言った。柚子はまだ神領、嫌この世界に来て日が浅い。竜峰山という場所の危険性を、彼女が正しく理解していないと、俺は思ったからだ。

 しかし、彼女はそれでも首を横には振らなかった。


「知ってるよ、竜峰山ってところが危険なことは。なにせ、スキアーさんのところでも、君が寝てた三日間もずっとこの世界に関する本を読み漁ってたからね。本の上の知識とはいえ、それなりに蓄えたつもりだよ」

「だったら、なんで」


 俺の疑念を否定した彼女に、改めて俺は参加する理由を尋ねた。


「良い機会だから言っておこうか。私はとびっきり、知りたがりなんだ。知れることは知りたい、知らないことは知りたい、君の黒い雷が何を由来としたものか、もう知りたくてたまらないんだ」


 そこまで言うと柚子は、くすっと笑った。


「君がいれば、そうそう危険もなさそうだしね」

「それは、買い被られたもんだな」

「そう?妥当な価格でしょ」


 そんな柚子のちょっとだけ遠回しな褒め言葉がむず痒くて、頬を掻く。


「それに―嫌、照れ臭いからやめとくよ」

「今さらじゃないか?」

「いつか、言えるようになったら言わせてよ」


 最後にそんなやり取りを交わし終えると、マリアの髪が肩を叩いた。


「私にも今さら聞く?」

「…いいや、感謝だけさせてもらうよ」


 マリアが行ってくれるというなら、彼女と無事に帰ることだけを考えればいい。

 嫌、柚子と、スカベラと、ルインと、五人で、無事に帰る、だな。


「どうやら、今回ばかりは俺が無粋だったみてえだな」


 ようやく、マリアの髪から逃れた戯灰さんが、嬉しそうに言った。


「悪かったな、ブロンズ、柚子ちゃん。どうやら、俺の考えが古かったらしい。結局、皆、幸せなのが一番だな!」


 勝手に一人で盛り上がり始めてるな。何かまたこの人、変な思い込みしてないか。


「それじゃ、明日だね」

「ああ、何度も言うようだけど、困難な道のりだからな。体調管理だけはしっかり頼むぜ。それと―」


 柚子の言葉に頷いて、改めて俺はマリアに拳を向けた。


「マリア、リベンジ果たしてやろうぜ」

「うん、頑張ろー!」


 そう言うとマリアは髪で俺の拳を叩いてくれた。


「ほら、二人も」

「うん」

「私も、デスか?」


 マリアに促され、二人も拳を掲げ、改めて全員で拳を合わせた。


「いざ、竜峰山へ!」

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