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或いは堕つる天の使い

 撤退した天使たちは、とある建物の内部にいた。白で埋め尽くされたその場所は、この世界ではともかく、別の世界では神々しいと称されるべき、浮世離れした光景であった。


 中央部に座した車椅子に乗った少女の像、そこに一人の男がいた。輪っかも、羽も持たない、およそ天使とは思えない男が。


「ご苦労、早速報告を聞こうか」


 白ばかりのこの場所で唯一、色が指したそれの目前に立っていた男が、彼らに問うた。


「―以上が報告となります」


 憔悴しきったアルティナに代わり、グリゴリが今回の襲撃の顛末を語り、一礼した。


「その黒色を放った男、何者だ?」

「ブロンズ・アドヴァルト、七英雄の一人、フアイの肉を喰らった者です」


 グリゴリの返答に、男は興味深そうに目を向けた。


「フアイ?なら、まだ神と化してから一年程度か。随分と、早いな」

「同感でございます。これ程早く神の肉体に適応したものは他に類がありません」

「しかし、不思議だな。そのような技を持っているなら、お前のデータに残していてもおかしくないだろう」


 ブロンズを瞠目すべき個体であると認識した男は、疑問を口にした。


「どうやら黒色を見せたのは今回が初めて、理由は分かりませんが、あの瞬間に目覚めたのだと推測します」

「成る程な。だがいずれにせよ、素体持ちは今後慎重に出さなくちゃならんな。アルティナ程じゃないが、邂逅した場合のことを考えたくはない」

「ならば、私にお任せ下さい!」


 そう言って難しい顔をした男に、今まで黙していたバァルが名乗りを上げた。


「私は黒色なぞには負けませぬ!どうか!私に汚名返上の機会を!」

「確かに、記憶を継続させたお前には効き目はないか。良いだろう、バァル。お前には外部出向を多目に与えてやるよ。最も、お前一人じゃ不安だ。ザドキエルなり、サタナエルなりはつけさせるがな」


 バァルのその必死な様を見て苦笑した男だったが、提案自体は受け入れた。それを受けて、バァルがわざとらしいほど大きく頭を下げた。


「報告はこの辺りで充分だろう。解散だ。グリゴリ、お前はアルティナを戻せ」

「御意」


 男の言葉に二人は従い、各々別の場所へ向かっていった。



 グリゴリが向かったのは、試験管だらけの部屋。幾つも並んだそれらの殆どは空っぽだったが、その中の幾つかには、液体とそれに浸かった者がおり、アルティナもそれらの隣に入れられようとしていた。


「こ、こは」


 その時、アルティナは目覚めた。怯えたように声を上げたアルティナに、やれやれと呆れたような表情を作り、グリゴリは対応する。


「大丈夫ですよアルティナ様、ごゆっくりお眠りぁ」


 宥めようとしたグリゴリだったが、彼の言葉はそこで終わった。アルティナの矢によって脳天を貫かれて、絶命したから。


「は、はぁ、はぁ!」


 グリゴリを射貫いた、アルティナ。彼女は今も尚、混乱の最中にいた。


(なんで、なんで、なんで!?)


 言語化も出来ないまま、何度も何度も、頭の中で疑問符を反芻させながら、彼女は宛もないまま、建物の中を動き回る。激しい頭痛と、泣きたくなるような記憶の混濁に、苦しさから大粒の涙をこぼしながら、あるものを目にした。


「ミ、トン。リール、カブン」


 彼女が呟いた三人の名、彼女の知己であるそれらは、試験管の中で眠っていた。

 そして、思い出す。自分もその中にいたことを。そこにいて、別物に変えられたことを。【天使】に改造させられたことを。


(早く、逃げなきゃ)


 そう願った彼女は無意識に、【明けの明星】を起動させる。逃げる場所なんてどこにもないと気付くのは、彼女が建物を出てからだった。



「…ええ、ええ、勿論です。その点は、つつがなく行いますよ」


 一方、バァルは何者かと対話していた。ように見えた。彼の周りには他者の姿などどこにも見えないのに、彼は誰かと会話をしているかのように、何かを喋っていた。


「ああ、そうだ。貴方が仰っていた彼、ブロンズ・アドヴァルト。確かに異物でしたねぇ。私は蟲越しに見ていただけですが、それでも感じましたよ。誤解を恐れず言えば、貴方や【影】に近い」


 バァルがそう言うと、発言を否定されたのか、笑いながら彼は弁明する。


「ははは、存じておりますとも。確かに近いですが、似て非なるものでしょう」


 返答が来ると、バァルの表情は一変し、苦々しげに口を開いた。


「…ああ、確かに気が重くはありましたが、犠牲なくして何かは為せない。貴方も仰っていたことですよ」


 彼はそう言うと、更に言葉を続けた。


「ええ、共に地獄に堕ちましょう。我が主、ダンタリオン様」


 天使たちに紛れ込んだ異分子、バァルは恭しく頭を下げた。

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