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対【明星】

「【明星】を起動します」


 そういった彼女の手元に弓が現れる。神性や化物に近いものか、それとも魔道具の類いかは分からないが、どうやらこの天使も神領に相応しい、常識外れの存在として捉えるべきらしい。

 

 そのままその天使は、こちらに向けて弓矢を向けた。


「僕相手に弓?笑えるね」


 実体に戻ったウィルが笑いもせず、相対するように弓矢を構えた。

 ウィルは武器の扱いに長ける風の民たちの中でも、図抜けて弓の腕が良い。それに加えて、彼の魔法を加えた技術は、神領でも随一と言って良いだろう。


「うえっ!?」


 しかし、この相手はそのウィルさえ越えてきた。魔法によって自動追尾と威力の強化が加わっているはずのウィルの矢を、天使の矢は容易く撃ち落とす。


「油断はするな、この相手は手強いぞ」


 矢がウィルを貫こうとした最中、ルインが前方に立ち、数本の矢から彼を守った。


「…確かにそうだね」


 ルインの言葉に、ウィルは冷静さを取り戻したのか、頷いて目を細める。

 そして、彼は全身を水へと変貌させた。単一の属性に特化している覚醒者は、体の一部をその属性に変換することが出来る。最も、彼のように全身を変貌させられるのはウィルくらいだろうが。


「覚醒者、それに並外れた堅さを持つ何か、神に使徒。想像以上に骨が折れそうですね」


 面倒臭げに言った、天使が弓を納めた。


「何の真似だ?」

「この通りです。別に、私も、積極的に争いたくはないので」


 両手を挙げて言う彼女に嘘は無さそうではある。自分から弓引いておいて、その言い種もないだろうが。


「そちらの蟲使いを引き渡して下さい。そうすれば、私は心置きなくこの場を去ります」

「要求を言える立場か?こちらの方が数の上で有利だし、はっきり言って単独でも負ける気はしないぞ」


 天使の傲慢な発言に、ルインが怒り混じりに返す。そして、俺個人の主観的な考えでも、客観的に見ても、ルインが正しい。

 確かに、弓の腕だけならウィルの上を行ったが、彼の真髄はそれだけではないし、何よりこちらの戦力はウィル一人じゃない。蟲使いの彼女を除いても、三対一、有利な状況にある。


「そうですか。それならそれで、やることは決まりました」


 ルインの返答を聞いた天使は、特に表情を変えることもなく、ただ指を鳴らした。


「後で後悔しないで下さいね」


 彼女がそう言うと同時に、彼女の後方から天使の大群が飛んで来るのが見えた。


「ウィル!」

「任せてよ!」


 それを見た俺は咄嗟にウィルを呼んで、彼は直ぐ様首肯してくれた。彼が特化する属性は水、俺にとって相性は最高だ。


「【大渦巻(メイルシュトローム)】!」

「【大雷光(ドンナーシュラーク)!」


 ウィルが天使の大群を渦巻きに閉じ込めたところで、俺が雷を放つ。一騎当千の技が二つで、万にも値する威力を叩き出す、正に必殺の複合技(コンボ)


 しかし、やはり何か変だ。使徒の契約を結んで、更に今【大雷光】を放ったというのに、全く魔力が減っている気がしない。俺の体に何が起こっている?


「さて、どうする?これでお前の援軍は撃退した。お前が憂いた、四対一の構図は変わらないぞ」


 全滅した天使たちを指して、ルインが忠告する。確かにこの天使は図抜けた力を持っているが、四対一で負ける道理はない。


「…?ああ、別に、ただの時間稼ぎですから」


 だが、俺たちはまだ気づいていなかった。異形の天使の力を、この天使の規格外の力を。


「この子は()()()の中でも特にお寝坊さんでして、本領発揮するには時間がかかるんですよ」


 弓を手に、つまらなそうに吐き捨てる彼女が放つ光は、より輝きを増していた。


「さあ、昇ろう、【明けの明星】」


 天使が詠唱とともに弓を撫でた瞬間、多大な量の魔力が放出された。弓から放出された魔力から判断するに、一際、その天使は力が増しているように見えた。

 最も、その推測は直ぐに間違いだったとわかる。彼女の力の増し様は、一際では済まない程に強化されていたのだ。


「ぐぅ!?」

「おや、射抜くつもりだったのですが」


 そして、それは結果として現れる。瞬間、天使はルインの背後に現れ、彼の背に突き刺さる。


「【水腕(アクア・アーム)】!」

(ドンナー)纏剣(シュヴァート)!」


 ウィルの捕縛と俺の斬撃で反撃を狙う。が、二つの攻撃は空を切る。既に天使は、先程いた場所まで戻っていた。目で追うことが敵わない、どころか、移動したことにすら気づかなかった。

 俺の雷速よりも早いこの速度は、光速の域だ。


「では、このまますり潰します」


 止まらない光速移動、そして射撃。俺もウィルも彼女の動きを捉えられない。

 幸いというべきか、矢の速度まで光速には至らないらしく、辛うじてルインが俺たちに襲いかかる矢から、その身を削って守ってくれている。


 勿論、手をこまねいてるだけではない。いくら素早い相手でもやりようはある。反撃の狼煙は俺たちで上げる。

 ウィルとタイミングを合わせ、天使の軌道に合わせて、【飛刃連斬】。そして、ウィルが矢を放った。


「お、っと」


 急停止した天使目掛け、ルインが両の腕で捕らえにかかった。


「捕まえ、!?」

「知らないんですか?光に灼かれたなら、地に堕ちるだけです」


 捕らえようとしたルインの両腕が焼け焦がれ、熱に耐えきれず倒れた。全身に高熱を宿している?

 幸い、ルインの戦意は落ちてはいないようだが、手札は見せてしまった。違う戦法を考えなくてはならない。


 ウィルと目を見合わせる。俺は頷いて、分が悪い勝負ではあるだろうが、勝負に出なければ全滅だ。的を俺に絞らせれば、ウィルが止めを刺してくれるはずだ。


「おや、ようこそこんな所に」

「速さ自慢はあんただけじゃないんでな」


 俺の雷速を見ても全く動揺がない天使に、虚勢を張り俺は剣を握る力を強める。

 こうして近づいたことで、改めてこの天使の異様さを思い知るな。今までの戦闘を行って尚、汗一つなく、息を荒げる様子もない。俺の剣を受け止める弓も異様に硬い。


「それならまた、追いついてみて下さい。無理でしょうけど」


 敢え無く振りほどかれ、天使は更に距離を取った。

 天使に追いつくため、少しでも早く、更に雷を纏おうと試みた時、


 俺の中の何かが、決壊した感覚があった。俺の底に眠っていた何かが、目覚めたような、そんな間隔が。


「!?う、あああ!」


 そして、黒色が、俺の全身から放たれた。


「何が、起きた?」


 一瞬だけで消えたその黒色に、俺は戸惑いながら疑問を口にした。だが、その疑問より分からない事象が、この場では起きていた。

 天使が放っていた光が、黒で埋め尽くされていた。俺が放出した黒に塗られて、消えてしまった。俺の黒ごと何処かへと。


「は?」


 光を失った天使は呆然とした表情を一瞬だけ見せ、豹変した。


「何、が、あ、あああ!」


 呆然としていたはずの天使は、急に頭を抱えだし、その場でのたうち回った。苦しみながら、汗を垂らし、嘔吐し、涙を流し、地に堕ちた彼女は、まるで、今まで見てきた彼女とは別人のように見えた。


「あ、あ、何、で。これは、夢?なんで、私は、生きて」


 全員がその天使の苦しみ様に混乱する中、更なる混乱の種が来訪した。


「KIIIIIYAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 女王蟻(クイーン・アント)が奇声を上げながら現れたのだ。

 彼女の宿敵と共に。

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