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天使襲来 3

「良し、充分な距離は稼いだ。ブロンズ、やってくれ」

「ああ」


 村外れまで逃げてきた俺たち、ウィルが都度都度回復に努めてくれたとは言え、効果は気休め程度だ。最早、一刻の猶予もない。

 

「汝に命ずる―」


 今から行うのは、【使徒】の契約。使徒とは、神に血を分け与えられ、神の力の一部と不老を獲得した者のこと。

 それが何故治療につながるかと言うと、使徒の契約を結ぶことで、俺と彼女の間にラインが生まれる。神の力を、使徒に受け渡すためだ。そして、ラインを繋げる際に生命力を神使徒間で共有する過程を持つ。つまり、瀕死である彼女に俺の生命力を分け与えることで、結果として彼女の命を救うことに繋がるわけだ。


「血と血の盟約を、我と汝の混合を」


 爪を立てながら拳を強く握って、彼女の口腔に血を垂らす。


「ならば、神足り得る生命の糧、人より外れし根源の素、汝に能う」


 そして、俺は彼女の腹部から血を啜る。

 これで、行程は済んだ。後は、彼女にどれだけ体力を持っていかれるかだが、別に死ぬわけじゃない。何も考えず、最後の言葉を紡ごう。


「使徒の契約を今、ここに結ぶ」


 俺は彼女の血を飲み込みながら、誓いの言葉を結んだ。

 すると、直ぐ様効果が目に見えて現れてきた。彼女の傷痕は瞬時に治り、顔色には血色が戻っていく。意識はまだ戻らない様子だが、息は穏やかになり安眠に近い状態に見える。


「成功だね、お疲れ」


 どうやら成功には間違いないようだが、俺の方には全く変化がない。もっと、へたり込むとか、ぶっ倒れるとか、そういうのを想像してたんだが、それどころか多少の気怠さとかそういうのもない。むしろ、今まで以上に満ち溢れている気がする。なんでだ?


(…成る程、そうなる訳か)


 フアイが合点がいったように呟き、そのまま押し黙ってしまった。何か見当がついてるなら、隠さず教えてほしいんだがな。


「ありがとよ、ウィル。この後はどうする?」

「天使とやらはどうやらバァルだけではないだろう。出来ることなら殲滅していきたい」

「でも、ブロンズくんとあの子はもう戦闘出来ないでしょ。先に、僕かルインさんで影の下まで送ったほうが良くない?」


 俺はひとまず、今後の指針の確認すると、ルインがそう提案し、ウィルが懸念を示した。


「嫌、俺の方は今のところ問題ない。単独での戦闘も可能だと思う。だから、俺がこの子を送ってくる。そっちの方がいいだろ」


 確かに、この二人なら単独での行動も問題にはならないだろうが、異形の天使の情報は無きに等しい。手札次第では万が一ということがある。その点で言えば、俺なら最悪、雷を纏えば戦闘は回避できる。一人になるなら、俺が一番マシだろう。


「あのさぁ」

「…その必要はありまセン」


 ウィルが分かりやすく俺の提案に渋面を作った時、そんなか細い声が聞こえた。


「まずは、助けてくれたこと、感謝しマス」


 どうやら彼女は自分の置かれていた状況も、俺が使徒の契約を結んだことも理解しているようで、俺に向けて彼女は頭を下げた。


「嫌、気にしなくていいよ。何より、聞きたいこともあるからな」


 俺がそう言うと、申し訳なさそうな表情をして彼女は答えた。


「私はあなた達の求めるであろう情報は一切持っていまセン。それほど、奴の裏切りは唐突でシタ」


 そう話す彼女の瞳に、暗く燃えるものが見えた気がした。


「…恩を返せず、申し訳ありまセンが、私は奴を、バァルを殺さなくてはなりまセン。単独行動の許可を下サイ」


 複雑に絡み合ったような感情を孕ませながら、彼女はまた、頭を下げた。

 バァルに会議に連れられて来たくらいだ、それなりに信頼関係はあったのだろう。それに裏切られて、一族郎党滅ぼされた。感情の整理がつかなくてもおかしくはない。


「少なくとも、単独行動に支障はありまセン。蟲もとっておきを残してありマス、今殺す術がありマス」

「悪いけど、許可は出来ないな。この場に残りたいなら、俺たちと行動を共にするのが最低条件だ」


 俺と彼女の間に、信頼関係などなきに等しい。信頼関係を構築するためにも、彼女の意思は尊重したいとは思う。彼女の置かれた状況を思えば尚更な。

 とは言え、単独で戦闘を行うなど以ての外だ。今の状況、彼女の状態ではな。


「…ですガ」

「どちらにせよ、今は止めておいた方がいい」


 反論しようとした彼女の発言をルインが静止した。

 それと同時に聞こえる、風を切るような音が複数。そこに至って俺はルインの意図を理解する。


「敵が来た」

「標的を確認、【明星】を起動します」


 眩いほどに輝く異形の天使が、俺たちに矢を向けた。



「もう終わりかい?」

「う、う」

 

 大凡、数の点では大幅に優位に立っているバァルは、単独の戯灰に手も足も出ていなかった。

 彼の主要な武器である蝿型の蟲は、放てど放てど簡単に撃退され、切り札である大型蟲も戦局を変えるものにはなり得なかった。

 

「お、おお!救いの手だ!」

「ち、援軍か」


 複数の天使たちを見た戯灰は、直ぐにバァルを蹴り飛ばし、天使たちの対処を先決とすることに決める。既にバァルの機動力は奪っていたし、援軍の天使たちはそれほどの強さではないということを、彼は経験から知っていた。


「何?」


 順調に複数の天使に槍を突き刺した後、戯灰は驚愕する。自分の槍を受け止める個体の存在に。

 それでようやく彼は気づく。同じ顔をした天使たちの中に、途轍も無い強さを持つ者が一人いると。


「あ?」


 気づいた頃にはもう遅かった。一刀両断、戯灰の体は真っ二つになり、地面に落とされる。


「感謝します!大天使様!貴方様が私如き―」

「うぜえ、さっさと消えろ」


 既に戦況は決まったと思えるほどの致命傷を与えたカマエルではあったが、一切の油断はなかった。グリゴリが警戒していた戯灰が、これだけで終わるとは考えられなかったから。

 故に、ニ体の天使にバァルを担がせ、グリゴリへの下へ送りながら、再度彼は剣を構える。


「成る程、異形にも個体差がある、か」


 彼の予想通り、上半身と下半身を二分割させられた戯灰は、それでも尚一切の焦燥なく、冷静に次の一手を放つ。


「まあ良い機会だ、一緒に燃えてけ。【再誕の炎】とな」


 戯灰の全身が燃えていく。燃えて、焼けて、灰になり、彼は羽ばたく。

 灰となった彼の亡骸から生まれた火の鳥が、天使たち目掛けて飛んでいった。


「成る程なぁ、顔面が危惧する訳だ」


 そう言って、カマエルは狂ったような、悦楽の笑みを浮かべた。

 何人もの天使たちが焼かれながらも、冷静に剣を火の鳥に向け、切り払った。


「で、お前、誰?」


 火を全て切り払った後、槍とともに舞い戻った戯灰。剣を交えながら、彼はカマエルに問う。


「ああ、名もなき一般天使だぜ。よろしく」

「名乗るつもりはないか。いいさ、喋りたくなるようにしてやるよ。戦いが終わった後でな」

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