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神の領域

「に、肉を食わされたんだ!そしたら、いつの間にか、ここに!」

「肉?」


 息を切らしながら俺が答えると、少しだけ拘束が緩んだ。 


「…アイゼンに報告する必要があるか」


 少しだけ逡巡した様子だった彼女はそう呟いて、俺を解放した。


「ついてこい。逃げるなよ、逃げたら容赦はしない」


 ぶっきらぼうにそう言い放つと、背を向けて先に進んだ。

 俺は迷わず、その小さな背中を追った。彼女の髪による拘束を体感した自分としては、逆らわないほうが身のためだと思うし、何より、現状を正しく認識するためには、ついていくしかないだろう。正直、ワイバーンが当たり前のように飛んでいる場所で、探索する余裕はない。


「な、なあ!一つだけ質問させてくれないか?」

「…何?」


 俺が問いかけると、彼女は一言、無愛想に問い返した。


「ここは、一体どこなんだ?」


 質問が許されたと解釈し、俺は端的にそう尋ねた。

 周囲は、遺跡らしき古びた石造りの建物ばかり、形を残してるのはその内僅かばかりで、不思議と各所に見る石像はどれも形を残しているように見える。


「本気で言ってるのか?」


 振り返った彼女は、憮然とした表情で言った。その気持ちは分かる。なんで自分がいる場所のことも知らないんだ、ってのは俺だって思うよ。だが、分からないものは分からないんだ。聞くことくらい、許してくれ。


「どうやら、本気みたいだな」


 俺の反応を見て、本当に自分がいる場所もわからない間抜けだと理解したのか、彼女はため息を吐いてから答えた。


「ここは、神領南部。【竜の墓場】だ。どこぞの命知らずが、残ってもいない宝でも漁りに来たのかと思ったが、どうやら違うようだな」

「…は?」


 彼女は色々語ってくれたが、俺の頭には一つの名詞だけが残った。【神領】、大陸中央部に位置する、超危険地帯。ある所は絶対零度の地獄、ある所は止まない竜巻が全てを薙ぐ、ある所は焼かれるような灼熱と大型の虫どもが跋扈する、そして何より、人の身では遠く及ばない、神が住んでいるとされる、【神領】。そんな場所に、俺がいる?


 嫌、待て。確かに、その可能性は頭をよぎった。ワイバーンが飛んでいるのを見た時、その可能性があるのは知っていた。だが、そんな訳がないとも思っていた。だって、そんな、おかしいだろ?なんで俺は家にいただけなのに、そんなところにいるんだよ?勿論、アネリアの山岳部でもおかしいんだろうが、それでも俺はこの現実を受け入れられなかった。


「おい、いつまでも呆けているな。行くぞ」


 少女の言葉に、俺は何とか正気に戻る。嫌、正気には、流石になれないな。ずっとパニック寸前だ。

 困惑と混乱のまま、少女の後を追っていると、他に比べれば、まだ崩壊が少ない塔の前で止まった。

 

「ここだ、入るぞ」


 少女に促され、その中に入る。扉もないから素通りだ。

 中は実に簡素だった。塔らしく、背は高いものの、目ぼしい物は何もなかった。

 どうやら地下があるらしく、彼女に続いていくと、下に伸びる階段を降りる羽目になった。


 地下に降りると、そこら辺に保存食らしきものがあったり、洗濯物のような、紐にかかった多くの衣服があるなど、それなりに生活感があり、どうやら彼女はここで暮らしているのだろうと伺えた。

 生乾きにならない?とか、神領って服売ってるのか?とか、まあ色んなことを疑問に思ったが、口にはしなかった。


「アイゼン、連れてきたぞ」


 大きな部屋に入ると、少女がそう言った。部屋の中には一人、大男がソファに体を委ねていた。どうやら読書中だったらしい彼は、分厚い本を閉じ立ち上がった。


「あれ、ルゥと戯灰は?」

「買い出しだ。酒が切れたらしい」

「あー、二人共一晩飲まないだけでうるさいもんね」


 談笑を交わす二人、俺は入り口で置き去りとなっていた。


「で、君の名は?」


 そんな俺に、大男が聞いた。


「…ブロンズ、ブロンズ・アドヴァルト」

「ブロンズくんか。そこまで硬くならなくて良い、別に取って食おうという訳じゃないからな」


 俺の緊張を読み取ったのか、苦笑しながら男は言った。


「座りたまえ。落ち着いて、腹を割って話そう」


 その言葉に従って、男の対面に俺は座った。


「私はアイゼン、君が持っている【雷】の力を持っていた男の友人だよ」

「雷?」


 彼はそう名乗ったが、生憎雷の力とやらにはとんと覚えがなかった。ああ、もしかしてこの剣の本来の持ち主のことか?それなら納得できる、俺は盗人だと思われてここに連れてこられたということか。

 

 なんて、自分なりに納得していると、冷や汗を垂らしながら、男は少女を呼んだ。


「…おい、マリア。まさか、人違いをしたわけじゃないよな?」

「してないよ!ただ、そいつ、自分がなんでここにいたのかも分かってないみたいだから、自分が神になってるのも分かってないだけだと思うよ」


 聞き捨てならない、言葉が聞こえた。


「俺が、神?」

「ほら、私の思った通りだ」


 ふふん、とドヤ顔を決めた少女。俺はそれが目に入りつつも、頭が真っ白になりそうだった。

 師匠から聞いた話を思い出す。神の肉を食らったものは、自らも神に成り果てる、と。与太話だと思っていたが、まさか本当だったのか?ダンタリオンに食わされたあれが、そうだったというのか?


「大丈夫だ、深呼吸をするんだ。少し落ち着こう」


 男が俺の背中を擦ってくれた。言われるがままに、俺は深呼吸する。

 すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。少しだけ、落ち着いた気がする。


「すみません」

「大丈夫、だけど良ければ、心当たりが聞きたいな。君がここにいる理由もそうだが、君が神となった理由を推測したい」


 俺が謝罪すると、男は首を振って言った。

 心当たりは、幸いなことにあった。ダンタリオン、あの男が、大きく関わっているに違いない。


「ダンタリオン、と名乗った男に、なにかの肉片を飲まされました」

「ダンタリオン、だと?」


 どうやら、彼の地雷に触れたらしい、ということは一瞬で気が付いた。彼の表情は一気に血の気が引いて、ただ、冷たい表情を作った。


「成る程、あの屑が、まだ生きていたか」

「アイゼン、落ち着いてよ。ビビってるよそいつ」


 握っていたマグカップを握りつぶした彼を、少女は宥めた。


「すまない。ダンタリオンとは、古い因縁があってね。あの時始末したと思っていたんだが……」


 顎を撫でながら、男は謝罪した。


「まず、君の現状について、率直に言おう。今すぐに、君が故郷に戻ることは難しい」

「…正直、国に愛着もありませんから、まあ気にはしませんよ」


 彼は今すぐに、とは言ったが、正直ほとんど永遠に国に帰ることは出来ないだろう。神になるとはそういうことだ。学園の友人たちにも二度と会えないと考えると、悲しい気分にはなるが。


「だから、ひとまず君を【大市】に連れていく。顔役に会って、そこで住居や仕事を紹介してもらうと良い。私の紹介文があれば問題ないはずだ。マリア、案内してやってくれ」

「えー、アイゼンが行きなよ」

「敵が来ても一人で対処出来るのか?」

「う、分かった!分かったよ!」


 少々の言い争いが終わった後、少女はこちらを向いて言った。


「…足手まといにはならないでよ」


 少女はまた、憮然とした表情で言った。

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