領主会議 3
「それはありがたいね。それで、君たちは何を望む?外刻くん」
「そうですな、近日中に竜巻様にお会いしていただけると助かります。出不精の癖に、寂しがりやですので」
交渉は実に温厚な形でまとまった様子だった。嫌、正確に言えば、予定通りなのだろうが。俺は正直、二人が繋がっていたとは考えていなくて、呆然としてしまった。
「…茶番だな」
スノーエルフの一人が吐き捨てる。まあ、今の二人の様子を見るに、話は初めから決まっていたのだろうな。
「…ね、なんでブロンズくんが驚いてんの?」
「嫌、だってもっとこうエルフみたいに、権利の交渉とかすると思ってた」
「あのねえ、うちの人皆引きこもりだって知ってるでしょ?神領外との交渉なんて誰もやりたがんないの、今の状況が続くのがうちにとっては最良なの」
ウィルの呆れ混じりの反応に、渋い思いをしつつも納得する。変革による利益を求めるのは簡単だが、実際に得られるかは定かではない。変革によるリスクを嫌うというのは、おかしな話じゃない。
後はゴブリンの出方次第だろうが、
「我々は風の民殿の案に乗りましょう。スノーエルフ殿がヘイルラに輸入ルートを開拓した結果としてマギエとの交流が打ち切られた場合はマイナスですし、蟲使い殿のようにアネリアに戦争を仕掛けるなどは以ての外でしょう。魔法技術に劣るとはいえ、アドヴァルト家を含め人材は豊富だ。虎の尾を踏みたくはない」
これで、過半数。心中では意見を通したいだろう二人の領主も、これでは閉口したほうが得策だ。結局のところ、最も大きな力を持っているのは、アイゼン一派と繋がっている大市なのだから。
「それに、我々は現状維持で何も問題はありませんからな」
「その頭が実に羨ましいものだな、子鬼」
「おや、腐ってもエルフに褒められるとは。中々経験出来ないことで嬉しい限りです」
彼の皮肉交じりの返答に、スノーエルフが歯ぎしりした。
実のところ、ゴブリンは最もこの会議に参加する部族だ。スノーエルフや蟲使いの領とは違い、非常に肥沃な領を持つ彼らは、最悪自給自足で暮らすのに何の問題もないのだ。魔獣の強さこそ最も高い南部に住む彼らだが、それでも自衛が可能なレベル。だからこそ彼らは、何かが変わることの方が余程不満なのだろう。
「それじゃあ、今回の問題の対応策は、風の民からの協力を得ることに決まりとするね。勿論、不測の事態、或いは風の民からの助力が及ばなかった場合なんかは、改めて議論の機会を設けよう」
領主たちの反応はそれぞれだったものの、特に反論の声が上げられることはなく、解散の流れとなった。一人、また一人と退室していく。
「それと、バァルくん」
「はい?」
スキアーさんに呼ばれ、去り際の蟲使いが振り返る。演技臭い声と共に。
「さっきの発言、本当に行うようであれば、君を始末しなくちゃならない。いいね」
「…ええ、無論。許可もなく行いませんよ」
蟲使いの言葉が真実かどうか、それは分からなかったが、信用できない相手とは思っていたほうが良さそうだ。
「そういや、ブロンズくんが呼ばれたのなんでだったんだろうねぇ」
そう言えば確かに俺、本当に黙って座ってただけだったな。単に話題の矛先が向かなかっただけなのか、それとも予定通りだったのか。それとも他に何か、用があるのか。
「矛先が向かなかったのは幸いだったが…」
「ま、単に話の流れ的に、ブロンズくんの話題が出なかっただけじゃないの?」
ウィルの予想が当たってれば、一番いいんだが、生憎そう上手くは話は運ばなかった。
「…思ったより厄介なことになったな」
そんな、不穏な声が聞こえてきたのは、それから直ぐのことだった。
「どうした旦那。そんな剣呑な声上げて」
戯灰さんがいち早く、スキアーさんの言葉に反応する。頭を抱えたスキアーさんは、大きなため息を吐きながら、その問いに答えた。
「蟲使いの集落が、壊滅した」
*
「アノ、バァル様?」
「なんだい、スカベラ」
「何故、アノヨウナ発言ヲ?」
二人の蟲使いはそれぞれ、巨大な蛾と百足を乗りこなしながら、帰路についていた。
「マサカ、本当ニ侵攻スル訳デハナイノデショウ?」
「うん、勿論本気で侵攻するつもりなんかないさ」
「ナラバ」
そう言って童女、スカベラは続く言葉を急かす。彼女の心中で渦巻く不安、そして焦燥。目の前のバァルが何を考えてあんな発言をしたのか、理解できなかったから。
「そうだね。僕は彼らの注目を浴びたかったんだ」
そんな言葉を聞いた彼女は、当たり前のように混乱する。何を言っているのか、理解できない。
そこで、彼らは自らの集落に辿り着く。バァルは蛾から降りながら、スカベラを抱きかかえ百足から降ろす。そして、発言を続けた。
「ああ、僕の進化を。そして、真なる支配者の姿を彼らには観測して欲しかったからね」
スカベラの頭を撫でるバァル。表面上の優しさと、意味を理解できない発言の落差で、スカベラは困惑することしか出来ない。
「ア、ノ。何ヲ、言ッテイルノデスカ?」
だから、そんな、蒙昧な言葉を述べてしまう。答えなど、自分にとって最悪なことに決まっているのに。
されど、嫌、だからこそ、彼は微笑んだ。この期に及んで自分への信頼を失わない彼女を嘲笑うかのように、或いは救われない彼女を憐れむかのように、優しく、笑った。
「僕は天使になるのさ」
そして、彼は背から二枚の羽を生やし、頭に光る輪っかを浮かべ、空へと飛んだ。
同時に、空から無数の天使が現れ、蟲使いの集落を襲撃した。