領主会議 2
「さて、今回はスノーエルフの方からの召集だったと思うけど、主題は何だい?」
「当然、デスペラードの襲撃の件である」
発言を促す、スキアーさん。それに、スノーエルフが意気揚々と答える。
「今まではスキアー殿の威光のため、殆ど戦力を持たなかった大市ではあったが、どうやらその威光も翳りが見えてきたらしい。どうやら貴方の神性の対策もされていた様子で、アイゼン公の援軍を呼ぶことも叶わなかったというではないか。これでは、大市の市民も安心して眠れまい」
スノーエルフの些か演技がかった発言、それは誰にとってもおおよそ予想通りの内容で、各領主も眉一つ動かさず、黙して彼の言葉の続きを待つ。
「ならば、戦力が必要となるだろう?その提供を我々、或るいは他の領から補わなくてはなるまい」
「前置きは良いよ。君たちの要求を聞きたい」
続けたスノーエルフの言葉に、嘆息混じりにスキアーさんが返す。
「大市に人形使いを常駐させよう。その代わりに、我々がヘイルラと友好関係を結ぶことをお許し頂きたい」
やはり、貿易権か。友好関係というボカした言い方ではあったが、そう解釈してもいいだろう。しかし、人形使いというのは、考えられたチョイスだ。今回の一件で指摘された、スキアーさんの神性が対策されていたことについての解決案になりうる。
魔法で作り出した人形、或いは実在の人形に魔力を宿らせ、自在に操る。前者はどこでも使用できる代わりに魔力消費は重たくなる、後者は魔力消費は少ないがどこでも使おうとすると持ち運ばなきゃならない。元来魔力量が多いエルフは前者の場合が多いな。
「我々だけが話すのも公平ではないのでね、次はどこが言う?」
「では私が」
簡潔に終えたスノーエルフが、次の発言者を求めると、直ぐに蟲使いの、蝿のような顔の男が手を挙げた。
実のところ、スノーエルフの思惑は理解できる。彼らの大地は、非常に貧しいのだ。彼らが領を持つ、【氷結庭園】と呼称される場所は、およそ人の住む場所とは思えない極寒地帯だ。まともな農作物は育たないし、彼らが主に食する海産物でさえ数が多いとはいえない。また、非常に危険な土地でもあり、住む魔獣は神領南部に次ぐレベルであり、【凍竜】なる存在の棲家でもあるらしい。
蟲使い、彼らが住む場所も、スノーエルフに負けず劣らず、過酷な土地だ。【灼熱落花】、南東、アネリア方面、異様なほどの熱に常につきまとわれるその土地は、そこらの魔獣を軽く喰らうほどの食虫植物、そしてそれすら喰らう蟲たちの温床だ。そこに君臨する王こそが【灼竜】レーヴェルナーノ、異様な風貌の竜ということだけは聞いている。そんな場所に住む彼らもまた、スノーエルフに近い要求を持つということは、想像に難くない。
「バァルくん、君は何を望む?」
「我々は蟲の提供の代わりに、アネリア侵攻の許可をいただきたく思います」
その、バァルの発言に皆が驚愕した。余りに、バカな発言だったからだ。
マギエは分からんが、ミクトが大市に支援している理由には、各国家に危害を加えないという条件があるはずだ。あの人が属するミクトが許すはずもない。即座に支援が打ち切られる可能性も考慮に入れなくてはならない。
だが、まともな頭を持つ者であれば、そのような発言はしない。最悪、蟲使い全てが処分対象となることさえ有り得る。だからこそ、各々の反応も、呆れ、よりも困惑の方が勝っている様に見える。同じ、蟲使いの童女さえ、仮面越しに動揺が見える。
「あー、本気で言ってる?」
「我々は既にエルフやオーガから誘いは受けております故、いつでもアネリアを襲撃する準備は出来ているのですよ」
バァルは、呆れ混じりに問うスキアーさんなど気にせず続ける。彼の様子は飄々としており、本心を見せない。本気の狂人なのか、それとも別の意図を隠しているのか、分からない。
「…馬鹿か?」
「オイ、何ダ貴様。何ガ言イタイ?」
戯灰さんの皆の心境を代表するような発言に、今まで黙していた童女が口を開いた。努めて作ったのだろうざらついた声音からは、怒りではなく、彼女もまた困惑していることが伺える。
「文字通りだよ。許可するわけがないのは言うまでもない。それに、あんたらが戦争したいのは勝手だが、実際起こされちまうとこっちの責任問題になるんでね」
「…」
戯灰さんの発言に、返す言葉もなく童女は押し黙る。
「いずれにせよ、必要ありませんな」
童女が黙ったのを見てから、風の民が口を開いた。
「今、なんと?」
「あなたがたの助力は必要ない、と言ったのですよ」
スノーエルフが問うと、再度風の民の代表は首を振った。
「我々は大市にウィル・トトキを派遣しましょう。それで、戦力は充分のはずだ」
そこまでは予定通り、誰も驚くことはない。ウィルが出席している時点で、それは誰もがわかっていることだったから。
しかし彼が続けた言葉に、この場の全員が驚愕することになる。
「そして、我々風の民も常駐しましょう。それで、外敵の察知にも対応できる」