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竜の落とし子 1

「会議が始まるのは、今から一時間ほど後。それまで、世間話に付き合ってくれるかな」


 ルインさんの言葉に頷いた俺たちは、喫茶店で席を共にしていた。二つの珈琲と、ルインさんが頼んだタルトが届いた頃、ルインさんが口を開いた。


「余り、山から下りる機会がなくてね。甘いものを食べるのも久々だ」

「山?」

「ああ、竜峰山。見えるだろう?あの一番上で暮らしてる」


 【竜峰山】、竜の墓場から更に南に行ったところにあるそれは、その名の通り竜の棲家と呼ばれている。とは言え、デスペラードの様な生き残りがいるわけではなく、ワイバーンやジェノレックスの様な、竜の血族に類する魔獣が多いという話だ。

 俺も一度、マリアともう一人で頭頂を試みたことがあるが、無理そうだったからやめた。とにかく、下層部から魔獣の量が半端じゃない。おおよそ、住むには適さない場所だ。そんなところに何故、ルインさんが住んでいるのか気になったから、聞いた。


「なんであんなところで」

「感傷、それだけだよ」


 ルインさんは多くを語ってくれなかった。察するに話したくないことなんだろう、気にはなるが深入りするほどのことでもない。


「…ああ、君にならいいか」


 と、思い出したかのように言ってから、驚くべき発言をした。


「僕は、ドラゴンなんだよ」

「…は?」

「とは言っても、人間とのハーフだがね」


 嫌待てハーフ?、考えようによってはドラゴンより珍しい存在じゃねえか。

 所謂竜の血族の元はハーフ、或いはクォーターに属する存在ではある。だがしかし、彼らはその時点で既に現在のそれと変わらないスペックだったという。つまりハーフの時点で、限りなく劣化した存在だったということだ。ワイバーンであれば飛行能力、ジェノレックスであれば肉体能力、リザードマンで言えば知性、それ以外の能力をことごとく劣化させてしまっている。


 ルインさんは会話が成立している以上、知性の劣化は認められない。その上、スキアーさんが対デスペラード用に呼んだ戦力だ。戦って弱いわけがない。飛行能力こそ見えないが、その程度の劣化で抑えられている時点でこの人は普通のハーフではない。


「ふふ、驚いてるみたいだね」


 ルインさんはそんな俺の反応を見て、優しく笑った。


「分かるよ。何せ、私自身が一番体感している。私の同類などどこにも存在しなかった。人は私を恐れ、竜の子たちもまた、私を恐れる。孤独だったよ、常に」


 強さ故の孤独、か。俺はルインさんの生い立ちを聞いて、妹のことを思い出していた。

 自分で手一杯だった俺は、図抜けた個人である彼女の心配をしたことなどはなかった。学園に行ってから、何度も俺に会いに来ていたのは、彼女なりに孤独を感じていたのだろうか。もう少し、気にしてやれば良かった。なんて、今更すぎる後悔ではあるが。今、あいつはどうしているのだろう。


「そんな、行き場所がなかった私を拾ってくれたのが、そう、君の中にいる、フアイだ」

「!」


 成る程、フアイが親しげだったのには、そういう関係があったというわけか。


「幼い頃に拾われたからね、彼は私にとって父親のような存在だよ」


 しかし、そうなってくるとルインさんは俺にそう良い感情を持ってはいないだろう。理由はどうあれ、俺は彼の義理の親を食った敵だ。


「そうだそうだ。デスペラードに食らわせた、君の雷は凄かった!【極大雷光】、だったかな?まるで、フアイの様だった。むしろ、彼以上に見えたな。君が十二分に神性を活かしてくれているようで私も嬉しいよ」

 

 そんな風に思っていたから、興奮気味に、早口で語られた好意的な言葉に驚く。


「彼を近くで見ていた貴方にそう感じてもらえたなら嬉しいですよ」

「そんなに堅苦しくなくて良い、私は別に偉くないからな」

「…了解、ならそうさせて貰うよ」


 良く分からない理論だが、やたらと機嫌良さげににこにこしているルインさんを見ると、堅苦しくしている方がおかしい気がしてくる。

 俺が肩の力を抜くと、ルインさんは嬉しそうに何度も頷いてから、少しだけ遠くを見つめるようにして、口を開いた。


「竜峰山は、そんな私たちが暮らしていた場所なんだ。フアイとケルビスの三人で、玉にダンタリオンやデッドマンたちが尋ねてきたりして、楽しかったなあ。あの頃は良かった」


 懐かしむように言ったルインさんだったが、俺には、嫌俺だけじゃない、誰もが気になる点があった。


「ちょっと待て。なら、あんたはケルビスの」

「ああ、ケルは弟のような存在だよ」


 【狼王】ケルビスが、弟?あの、神領でも指折りの強者と言われ、歩く災害の一人とも呼ばれる彼が、弟?


「あの頃のケルは小さくてね、これくらいしか無かった。今は少しばかり生意気になったが、それでも私のかわいい弟だよ」


 ルインさんが語るケルビスは、俺の知識にあるケルビス像とはまるで違って、頭がくらくらしてくる。やめろやめろ、膝下まで手を下げるな。

 俺も混乱しすぎだ。一旦落ち着こう。もう一つ、聞きたいこともあるからな。


「…ルインさん、ダンタリオンについても話を聞かせてもらえるか」

「勿論だ。君は当事者なのだからな、話を聞く権利は充分にある」


 真剣な表情を作ったルインさんは、快く頷いてから、思い出すように言葉を紡いでいった。


「私の知っている彼は、心優しい人物だった。幼い私をいつも、可愛がってくれたよ。フアイとダンタリオンとデッドマンたちは、とても仲が良くて心から信頼しあってた」

「彼らが主に行っていたのは魔法の研究だった。当時はまだ、デッドマンが魔法の基礎を作り出して間もない時期だったからね、いつも集まって、意見を交わしていたよ」


 そこで、ルインさんの語る時代にある程度の当てがついた。人が魔法を使えるようになった時代、神代の頃の話だ。魔王カインが七英雄によって討たれる、少し前。


「それから程なくして、魔王カインが誕生した。ダンタリオンがおかしくなったのは、丁度その頃だった。フアイやデッドマンたちにも余裕がなくなり始めて、皆切羽詰まっていた様子だったのを覚えている」


 ルインさんの発言で、俺の予想が合っていたことを知る。しかし、七英雄の一人として数えられるケルビスが、この時点で幼いという事実が分からない。ルインさんの口ぶりでは彼はまだ、そこまで強くないはずだ。


「いつの日か、フアイは私たちを置いて家を出た。絶対に家を出るな、と言われていたのに、ケルビスはいつの間にかこっそり彼についていって、私は焦っていたよ。焦って、ただ一人、家で待っていた」

「しばらくして、帰ってきた皆は憔悴しきっていた。そして、とても苛立っていた。何故か分からなくて、私は怖かった。それが魔王カインの討伐の後だと知ったのは、かなり後だったがね」


 ルインさんはそこまで語ると、悲痛な表情を強め、更に続けた。


「この後、ダンタリオンは何かに取り憑かれたように、明確におかしくなっていく。ハジメに大怪我を負わせ、ルゥの一族を惨殺し、魔王の再臨を目指すかのように、神の肉を手当たり次第に食い荒らしていたと聞く」


 ルインさんの話は一旦そこで切られた。


 …何か、不気味だ。ルインさんの話は充分な情報量とは言えないが、それでも何となくどういうことがあったのか、彼らがどういう関係だったのか察することは出来る。

 しかし、動機の部分がない。彼が狂った理由が分からない。まるで、意図的に切り抜かれたようにさえ思えるほどに。


「…と、そろそろ時間だ。会議室へ向かおう」


 ルインさんの言葉に頷いて、俺たちは会議へと向かった。ルインさんの話に感じた、不気味さを抱えて。

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